このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
● ここへ行ってきました ●
28.11.24-26錦秋の京都 【東福寺-トロッコ列車-嵐山-嵯峨野-もみじ舟-北野天満宮-永観堂-清水寺】 マイカーで桜の京都を訪問したのは、平成17年4月だった。それ以来、11年目にして、今度は紅葉巡りの旅である。歳をとってマイカーも自信が無くなっので、今回はツアー旅行とした。いずれにしても、久方ぶりの再訪である。 <1日目>
降雪は尚も続いて、除雪車が前方にいるので遅れに遅れ、恵那山トンネルを岐阜県側に抜けて漸く正常走行になった。 予定時間を1時間ほど遅れて、最初に訪ねたのは東福寺。奈良の東大寺と興福寺になぞらえて、「東」と「福」の字を取り、京都最大の大伽藍を造営した。嘉禎2年(1236)から建長7年(1255)まで19年を費やして完成した。その後、3回の火災に見舞われたが、そのつど再建し現在に至っている。鎌倉・室町期の国宝・重要文化財が数多くある。
境内には、三門、本堂、方丈、庫裡などの主要伽藍を中心に25の塔頭、寺院がある。
主要伽藍の北には洗玉澗(せんぎょくかん)という渓谷があり、西から東へ臥雲橋、通天橋、偃(えん)月橋という3本の橋がある。通天橋は、本堂から通じる廊下がそのまま屋根付きの橋となっている。この付近は特に紅葉の名所として知られている。経堂野の脇から庭園を横切り、臥雲橋を渡る。 渓谷沿いに上っていくと愛染堂。その先に通天橋と開山堂が見える。渓谷沿いは紅葉が連なっている。
みごとな前庭を進み、普門院の総門を潜ると、そこにも庭園が広がっている。
開山堂の南側は山の斜面に庭園が築かれている。背後は針葉樹で静謐な世界である。門外に出ると渓谷の向うに方丈と本堂が見える。
そこに行く為に通天橋を渡る。橋上は行き来する観光客でごった返している。紅葉を展望できるので写真を撮る人が多い。撮影禁止の絵文字札が、あちこちに貼られているのだが、お構いなしだ。
今日の見学はこれで終わり。琵琶湖大橋を渡って滋賀県守山市のリゾートホテルに宿泊。バタンキュウで朝まで死んだようぬ眠った。
<2日目>
走行している車窓から撮影することが多いため、画像が流れたりチャンスを逃したりすることも多い。座席が通路の反対側だと窓枠が写ってしまう。
保津川下りの船とJR嵯峨野線の鉄橋が見える。
トロッコ亀岡駅からJR馬堀駅まで10分ほど歩き、JR嵯峨嵐山駅まで返る。
昼食後、約120分自由散策。嵯峨野で渡月橋や天竜寺など紅葉名所や名刹の景勝地を歩く。まさに物凄い雑踏で歩道は立錐の余地もない。車道にはみ出る始末であるが、そこは京都である。タクシー・人力車初め京都ナンバーの自家用車も、観光客に対して鷹揚である。警告フォンを鳴らすことはしない。
歩道を北に歩いて直ぐに天龍寺。かつては嵐山の広大な敷地のほとんどが境内であったという。臨済宗の寺として、禅の教えを現代に伝えている。現在は「古都京都の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。
天龍寺を後にして境内北側の嵯峨野竹林の道に行く。細い道で、ここもごった返している。
さらに進むとT字路に出る。左折し急坂を登ると亀山公園だ。保津川の左岸に切り立った崖に展望台がある。真下に川の流れが望まれる。
その遊覧船に僕等も乗った。称して「嵐峡もみじ舟」。嵐山の中心を流れる大堰川(おおいがわ)をゆったり舟に乗って遊覧する。軽食を販売する船まであり、僕らは甘酒を飲んだ。
今日の最後は、北野天満もみじ苑宮を見学する。学問の神様-菅原道真公をお祀りする、全国天満宮の総本社である。境内西側には、紙屋川に沿って豊臣秀吉公が洛中洛外の境界と、水防のために築いた「御土居」がある。自然林を背景に、紅葉が鮮やかに色づいている。
以下、史跡 御土居のもみじ苑。
2日目も終わって昨日のホテルに連泊。 <3日目>
中門の近くに売店があり、阿弥陀堂の近くに植わっている「三鈷の松」から落葉した3本の葉をもつ松の葉を無料で戴ける。「三鈷の松」とは密教法具で、3本の葉がそれに似ていることに因んだ名前らしい。葉の長さが27cmもあるのは珍しい。
最後の観光地は清水寺。阿弥陀堂には秘仏千手観音坐像が祀られている。清水寺は、京都東山の音羽山の中腹に建っている。始めは「北観音寺」と呼ばれていたが、境内に湧き出る清水が信仰の対象になり、後に「清水寺」に改められたという。
清水寺の一番の見所は「清水の舞台」で有名な本堂である。崖下からの高さは18mあり、舞台からは京都市内が一望できる。
清水寺は東大路通りから約1Kmの清水坂を上った音羽山の中腹にあり、清水坂は多くの土産物店でにぎわっている。
清水寺の由来となった清水が、現在でも「音羽の滝」の名水として、観光客に親しまれている。
3日間の紅葉めぐりは天候にも恵まれて無事終わった。群馬県を出発したときには、雪中の出発であったが、京都では幸運の旅で終わることができた。後日、気象協会の発表によれば、前橋市の積雪は4cmで1955年以来66年ぶりだそうである。 以上 |
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |