このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 

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インドネシア>KRLジャボタベック>ボゴール駅

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▲Stasiun Kereta Api Bogor Konstruksi pada 1881.

 

 ボゴール間はジャボタベック鉄道の電車の折り返し地点。そこから先はインドネシア国鉄のディーゼル動力の鉄道車両達の縄張りとなっている。

 ただし、ボゴール駅から先は土砂崩れなど自然災害によって列車運行が不安定である。おかげで、ボゴール駅はインドネシア国鉄の中継駅としてよりも、ジャダボペック鉄道の折り返し駅としての方が知名度も利用度も高い。

 駅舎は1881年建築。歴史的建築物であるが今でも鉄道員に使用されている。ただし、建物外観などは乗客には立ち入り禁止なので、間近で眺めることは適わない(グラフティーとか言われる不謹慎なクソガキの手による落書き防止と思われる)。

 プラットホームにはファーストフード風の飲食店が店子として入り、駅の外は駅前市場状態になっている。さらに駅敷地の直ぐ脇にはマタハリ・デパートなども立っている。

 さらにジャカルタ中心部へ乗り入れる直通電車の始発駅であることも相まって、ボゴールはこの付近では中心的な地位を確立していることは確かだ。

 


▲歴史的建築物でありながらボゴール駅は現在でも利用されている。

 

 


▲ボゴール駅のプラットホーム(屋根付き部)。

 


▲ボゴール駅の踏切。観光地の植物園はこの背後方面にある。

 


▲ボゴール駅の線路沿いの商店街。

 

 

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インドネシア>インドネシア国鉄>ボゴール駅

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▲ボゴール駅のプラットホーム(屋根無し部)。

 

 ジャカルタ〜ボゴール間の鉄道はインドネシア鉄道史の最初期にオランダ東インド会社によって開発された。同国で初めて施設された1067mm軌間で、これが採算ベースに乗ったことから他の鉄道でも同軌間を積極的に採用する流れが出来た様だ。

 採算ベースとは、世界の何処でも言えることだが・・・建設費用の返済と配当を顧客から回収できる運賃によってまかなうことを意味する。建設に調達した借金を返済し、さらに配当を出させなければ企画者に待っているのは破産という運命しかない。

 インドネシアの場合、山岳地形が多いことからだだっ広い平野にまっすぐな鉄道を施設るのと比べて建設費用面で不利だった間違いない。それらマイナス要因はビジネスの利益率が下げ、返済期間も延ばしてしまう。

 どうすれば儲かるのか考えている人が、野心的な前人未踏のビジネスモデルを捨てて、証明済みのビジネスモデルを真似るのは正しい判断だ(彼らは鉄道愛好家でもないので、標準軌に対する拘り、憧憬はない)。何と言ってもすでに標準軌で建設した鉄道会社が経営危機に面している情報は入っていただろうし。

 多分、標準軌でなければ運べないほどの輸送需要もなかったのだろう。鉄道建設が世界潮流となった頃は、しっかりした返済計画なしで着工してしまう人が多かった。ともなくご利用は計画的に! だ。

 そんなわけで・・・推測に過ぎないが鉄道ビジネス挑戦者達大半が将来的な接続というより大きな展望があって、つまり経済界が意図的に規格統一を行ったわけではないだろう。

 ボゴール駅舎は、ジャカルタ〜ボゴール間が開通後しばらくしてから建設された。それからさらに暫くしてからインドネシア植民地政府鉄道に併合される。これは植民地政府は遅刻気味ながらも鉄道網の発展方向に意図を持ち始めたことを意味する。民間主導の鉄道ビジネス挑戦の時代が終わり、政府主導の公共インフラ化時代が始まることになる。

 私鉄から国鉄への転換はボゴール駅に大きな変化をもたらせた。それは終着駅から中継駅に変わったことだ。植民地政府はボゴール駅を起点にSukabumi、Bandung方面への新線の建設に着手した。

 おそらく新線の施設は苦労したに違いない。先にも書いたようにボゴール駅から先は今でも土砂崩れが多く、何かあるとすぐに長期間に渡って通過不能となる。

 そんな事情でボゴール駅はこれからもジャタボペック鉄道の折り返し駅として活躍することだろう。しかし、時々思い出してやって欲しい。実はその先もしっかりと鉄路が続いていることを。

 


▲ジャボタベック鉄道には折り返し駅となっている。

 

 


▲ボゴール駅に停車中の日本製KRD。

 

 


▲ボゴール駅からはるか彼方に鉄路は繋がっている。

 

 


▲Sukabumi、Bandung方面へ向かう単線。

 

 


▲ボゴール以東へ向かう路線はインドネシア国鉄のKRD(DC)が受け持つ。

 

 


 

 

 

 







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