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村を出る





 驚いたことに、それでもダケマは命脈を保っていた。村人の怨念を一身に受けたというのに、しぶとい男だ。

 村人たちは一通りダケマを痛めつけていたため、最終の処断はおれに一任されることになった。村長を差し置いておれが指名されるとは、生半可なことではない。おれがこの件の最大の功労者と目されていると同時に、おれが次代の村長にふさわしいと認められたということなのだろう。

 おれは村長にふさわしいといえるだろうか。

 賊と折衝している間こそ、おれは村の要として振舞ってきた。おれ以外には村を守りえる者はないという自負があったからだ。だが、賊が退治された今では、おれでなくとも村長は務まる。おれが村長を務めなければならない道理は薄い。

 それに、八兄弟−−今では生き残りは四兄弟だが−−の動向が気になる。臆病なくせに奇妙なところで意地っ張りな四兄弟は、おれの台頭を決して喜びはしないだろう。実際、居並んでいる四兄弟は一様に不機嫌な顔をしている。賊を退治したところで、争いの種が残ってはなんの意味があるだろうか。

 微妙なところだ。ダケマを前に置きながらも、処断を下す決心がつかない。ダケマの後ろには村人たちが群がり、おれがどんな処断を下すかを心待ちにしている。

「ねえ、なにを悩んでいるのよ。こんな奴、とっとと首を刎ねちゃえばいいじゃない」

 おれの気も知らずに、隣の座のナトラは気楽なことを言っている。イェドゥア城からの賓客であるうえに、おれ以上の功労があるナトラのことだ。ナトラに与えられている待遇は村では最高のものといえる。もっとも、こんな田舎の賓客扱いといっても高が知れてはいるのだが。

「ハリヤ。みんな待ってるわよ。早く刑を宣告してあげなさいよ」

 言われるまでもない。ダケマには死を与える以外の刑はありえない。ただ、おれの口からそれを言うにははばかりが残るのだ。

「じれったいわねえ」

 ナトラは小物入れから椎の実を取り出し、白州に降りる。ぼそぼそと小声で魔法を唱えると、椎の実をダケマの額に埋め込む。

「ナトラ、いったいなにをした」

「ちょっとした魔法よ。『椎の実よ。邪なる意識を打ち砕かん』って唱えたの。こいつがなにか良からぬことを考えた途端、椎の実はこいつの頭を粉砕するわ」

「おいおい、そんなことして、どうしようっていうんだ」

「こうするのよ」

 村人の最前列にいた男から鉈を受け取ると、ナトラはダケマの戒めを切断する。鉈を無造作にダケマの前に転がして、ナトラは言う。

「この椎の実がある限り、こいつはもう悪さできないってこと。なんてったって、悪さをしようと思った時には椎の実に頭蓋を砕かれているんだもの。だから、こんな風に縛を解いてもこわいことはなにもないわ」

「やれやれ」

 なんとも殺伐としたいたずらだ。あきれて見ざるをえない。

「さ、悪党さん。これで改心する気になったかな。それとも、まだ抵抗を試みるかな」

 腰に両手をあて、高飛車な態度でナトラは言う。ダケマはうつろな目をして聞いている。

「この魔法の効力は永遠に続くわよ。わたしを殺さない限りわね」

 言い捨てて、ナトラは座に戻っていく。その隙を見てダケマは起死回生を図ろうとしたらしい。鉈を手にして思い切り振りかぶり、ナトラの頭に一撃を加えようとする。村人たちの間から悲鳴があがる。

 だが、その意図は果たせない。椎の実がみるみるうちに膨張し、猛烈な勢いで破裂したからだ。瞬時にしてダケマの頭は吹き飛んでいる。先に倍する悲鳴があがる。首を失ったダケマの体は、血を勢いよく吹き出しながら、鉈を持ったまま崩れ落ちる。

「ばかな奴。邪なことを考えた瞬間に頭蓋が砕かれると言っといたのに」

 ナトラは酷薄な笑みを浮かべている。おれは思うより前に動いている。

「ナトラっ」

 ぱあん、と小気味よい音が響く。おれはナトラの頬をひっぱたいていた。

「なにすんの」

 負けじとナトラもはたき返してくる。平手打ちの応酬だ。お互い、相手の頬を何度叩いたことだろう。みんなに引き分けられた時には、おれもナトラも頬を真っ赤に腫らしている。

「憎き賊を殺してあげたというのに、ひどい仕打ちじゃないの」

 荒い息でナトラは毒づく。そんなナトラがおれにはかなしい。

「なぜ、あんな殺し方をした。なぜ、なぶるようにして殺した。殺すならば、殺すならば、他のやりようがあるだろう。同じ殺すなら、なぜ、もっと明快な死を与えることができないんだ」

 おれは涙声になっている。ナトラは言葉に詰まり、周囲の者をふりほどいて逃げていく。

「ハリヤ、あの子の後を追って、謝ってこい」

 村長がおれの前に立つ。

「え、でも」

 まごまごするおれに、村長は遠慮ない言葉を浴びせてくる。

「おまえだって、昨日あやつを滅多打ちにしたのだ。あれこそなぶり殺しというもんじゃないのか。そもそも、刑の宣告に躊躇していたのはおまえではないか。おまえが奴に明快な死を与えてさえいれば、あの子だってあんな残酷なことをする暇はなかっただろうに」

 村長の方に一理がある。おれはナトラの頬を叩いたことを強く後悔する。



 おれは湿原に向かって走る。ナトラはそこにいた。アルジュばあさんの小屋の前で膝を抱えてうずくまっている。

 おれの気配をどう察したか。うずくまったままでナトラは言う。

「よくここがわかったね」

「なんとなく、な」

 なんとなくとはいえ、おれにはナトラがここにいるという強い確信があった。確信に違わず、ナトラはさびしそうな風情で膝を抱えている。すまない気持ちが心から溢れ出しそうだ。おれはナトラの前に平伏する。

「許してくれ。さっきはおれが悪かった」

「いいのよ。わたしもやりすぎた」

「おれこそ、言いすぎた。許してくれ」

 それ以上は言葉にならない。おれは額を地に押しつけ、息をひそめ、ナトラの気色がほぐれるのを待ち続ける。

「顔を上げてちょうだい」

 おずおずと頭を上げる。ナトラの頬には涙が伝っている。

「お願い。わたしをきらいにならないで」

 ナトラはおれにしがみついてくる。細い体が小刻みに震えている。なにかに脅えるかのように。戸惑いながら、おれはナトラを抱きしめる。涙まじりの声でナトラは言う。

「お願い。あんただけは、あんただけは、わたしをきらいにならないで」

「きらいになるなんて、そんな」

 滅相もない話だ。好ましく思えるからこそ、つい手が出てしまったのだ。ナトラをきらうなど、おれにできることではない。

「ハリヤ。これだけはわかってちょうだい。確かにわたしはひどいやり方で賊を殺した。でも、わたしが殺さなければ、あんたがあの賊を殺さなければならなかったのよ」

「おまえ、まさか」

 いつの間におれの思いを覚ったのか。おれはナトラをまじまじと見つめている。

「わたしは魔法使いよ。人の心を読むくらいたやすいことだわ」

 全てはお見通しというわけだ。おれの心はナトラへと傾倒していく。なんとも血生臭いやり方でおれに好意を寄せてくる、猛々しくもまた麗しき魔法使いよ。おれはどのように報いればよいのだろう。

「ねえ、ハリヤ。あんた、イェドゥア城に住まう気はない」

 唐突な問いかけだ。返答に窮していると、ナトラは爛々と目を輝かせ、さらに問い詰めてくる。

「村に残れば、あんたは村長の座をめぐって、立ち回らなけりゃならないんでしょ。そんなばかなことに日々を費やすよりも、イェドゥア城に来なよ。理由はなんとでもつくんだからさ」

 そうか、その手があったか。おれが村を出さえすれば、いさかいなど起こりようがない。ここはナトラの提案に乗るべきだ。村を出よう。イェドゥア城に行こう。

 待てよ。なぜ、イェドゥア城なんだ。おれはそっとナトラの目を見る。

「えへへ。わたし、あんたと一緒に暮らしたいんだ」

 ちろりとナトラは舌を出す。

「さあ、どうする、ハリヤ」

「魔法使いナトラ様。どうかこのハリヤめをイェドゥア城にお導き下さいませ」

「よろしい」

 ナトラは満足しているようだ。

 ふと、ナトラの表情が曇る。重大な不安でも思い出したような顔だ。

「どうしたんだい」

「こわくなっちゃった。こんなことって、今までになかったことだから。ちょっと待っててね。ばば様とも相談してくる」

 なにを相談するというのだろう。おれはかなり長い間待たされる。小屋の中に呼び入れられた時には、陽はすっかり傾いている。

 呼びにきたナトラは常になく真剣な顔をしている。なにごとかを決意した、真摯な面差しだ。アルジュばあさんの前に、おれとナトラは並んで立つ。

「ほんとうにいいんだね」

 ばあさんが念を押す。

「はい」

 ナトラはこくりとうなずく。おれには前後の経緯がよくわからない。

「心の鎖よ」

 ……

 覚えているのはここまでだ。ばあさんの後の言葉はどうしても思い出せない。意識がはっきりした時には、ばあさんの魂はこの世から去ってしまっている。



 日々は駆け足で過ぎていく。賊に殺された六人と天寿を全うしたアルジュばあさんの弔いごとに村人たちは忙しい。

 アルジュばあさんの初七日の法要を終え、おれは出発の準備をしている。この七日の間、声を大にして村を出ることを宣言してきたから、もう誰もとどめようとはしなくなっている。四兄弟などは喜色を隠せないという正直さだ。村長だけは最後まで反対したが、おれの決意が固いことを知り、昨日ついに折れている。

 村長を動かしたのは「修行」という言葉だ。賊を退治したとはいっても、おれは自力でそれを果たしたわけではない。ナトラの助けがあればこそ、初めて賊とまともに戦いえたのだ。そんな自分の無力さを顧みて、イェドゥア城のナトラの許で修行を積んできたいと、おれは村長に言い切った。これでようやく村長は納得した。

 村を出ることが先決だったから、理由はどうでもよかったことは確かだ。とはいえ、広い天地に飛び出して自分を鍛え直してみたいという希望に決して偽りはない。あえて苦しい点を探すとすれば、修行するのに村を出る必然はないというところか。

 いや、正直に言おう。本気で村を出るつもりになったのは、ナトラに強く魅かれたからなのだ。ただ、気恥ずかしくて誰にも言っていないだけのことなのだ。

 そのナトラ、一昨日あたりから虫の居所が悪い。ナトラの許には絶え間なく村人たちがやってきて、口々に感謝の言葉を述べ、礼物を置いていく。本来は喜ぶべきことなのだろうが、それがうわべだけのことだとナトラは気づいてしまった。

 村には他を排する弊がある。ナトラは格好が異風というせいもあるが、なによりも、ダケマに対する仕置の印象が悪すぎる。村人たちがナトラを敬遠するのはいたしかたないと、おれでさえ思わざるをえない。そんな村の空気を肌で感じているナトラは、もうイェドゥア城に帰ると駄々をこね始めている。

 おれが出発の支度を始めたのを見て、ナトラは花が咲いたような顔になる。まさに喜色満面、意気揚々とアルジュばあさんの墓に詣でていく。

 準備は簡単に終わる。身の回りのものをかき集めるだけのことにすぎず、風呂敷に下着などをくるんでおしまいという手軽さだ。

 村長が部屋に入ってくる。おれが村を出ることにまだ反対しようというのだろうか。

「ほんとうに村を出るのか」

 未練がたっぷり残っているような言い方だ。おれはわざとつっけんどんに答える。

「ああ」

「支度を終えたら離れに来い。話しておきたいことがある」

 支度ならば既に終えている。おれは村長についていく。離れの狭い部屋の中で、おれと村長は向かい合う。村長は眉をしかめた顔でずけりと切り出してくる。

「おまえ、あの魔法使いの小娘を好いているだろう」

 いきなり正鵠を射抜かれた心地がする。どぎまぎしているおれに、村長はとどめをさしてくる。

「そうなんだな」

「はい」

 正直に認めるしかない。おれはナトラを好いている。

「やはり、そうか。考えてみれば、おまえは嫁がいてもおかしくない年頃だ。いつまでも好きな娘の一人もいない朴念仁であるはずもないか」

 村長は居住まいを正す。つられておれも背筋を伸ばす。

「おまえに二つの魔法を教えておこう」

「魔法、ですか」

 頑丈な体だけが自慢のこのおれが魔法など使えるものなのだろうか。だが、村長の顔色は真剣そのものだ。

「そう、魔法だ。この二つの魔法はおまえがあの娘を心の底から好きになった時に使うのだ」

「心得ました」

「一つ目の魔法。目を軽くつぶって、あの娘の唇を吸ってあげること。二つ目の魔法。あの娘の胸を撫でてあげること」

「ちょっと待ってくれ、村長」

 なにが魔法か。どちらも幼い時からきつく戒められてきた女に対する禁忌ではないか。なぜ、それを今になって魔法と呼ぶんだ。

「おまえの言いたいことはわかる。けれど、おまえがあの娘を心底から愛するようになったその時にこそ、おまえはこの魔法を使うべきなのだ。もちろん、無闇に使ってはならぬ。あの娘以外の女に用いてもいけない」

「承知しました」

 村長は間違いなく真剣だ。そうである以上、おれも真剣に聞くしかない。

「二つの魔法の後のことは、神様に聞くのだ。おまえの体の奥底には神様が手ずから刻み込んだ記憶がひそんでいる。その記憶に頼って、あの娘との愛を成就するのだ」

「はい」

 なんのことやらさっぱりわからないが、村長の言葉はしかと頭の片隅に定着する。

「では、行け。達者でな」

 村長はおれがもう村には帰らないものと予感しているようだ。おれは村にこそ愛着があるものの、愚昧な四兄弟がいる村長の家の雰囲気を必ずしも好んではいない。知らず知らずのうちに、再び村には帰らじという色が顔に表われていたのかもしれない。

 おれとナトラは数多くの村人たちに見送られて村を出発する。湿原まで川を溯って鳳を呼べば、イェドゥア城まではひと飛びの道のりだ。





次章に続く

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