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 私のサポートコンピューターにはいろいろなプログラムが入ってる。補助AIもその一つ。ロボットのAIほど高級な物じゃないけど、私の脳に万一の事があった時には、私に代わってこの身体を動かしてくれる。危険が付き物の特殊公務員にとっては命綱みたいな物だよね。じゃあ、フツーの会社員の私にはあまり関係ない代物かというと、それがそうでもないんだよ。
 カンタンな作業なら私が寝てても私の代わりにやってくれる。使い方を間違えなければ、とっても便利な機能なんだけどね……。

「八木橋さん、ちょっといい?」
「はい? 先輩、何でしょうか?」
「部長がね、会議室3にすぐに来てくれって」
 下っ端社員の私に部長直々のお声がかりって……。
「うー、用件は何ですか?」
「さあ、私はただ八木橋さんを呼んでくるように言われただけだから」
「……」
「別に怒っているようには見えなかったわよ?」
「先輩、それじゃまるで、私がいつも怒られてるみたいじゃないですか」
「あら、違うの? うふふ、冗談よ。早く行かないと、本当に怒られても知らないわよ」
 先輩、いい人なんだけど、なにかにつけて私をからかうの、なんとかならないかなあ。会社に入ったら、いじられキャラは卒業だあ!って思ってたんだけどなあ……。あ。会議室3。ここだ。

ノックをして部屋の中に入ると、大きな会議テーブルの向こう側に部長が座ってる。
「おお、八木橋君、ご苦労様」
……部長、私、まだ何もしてないんですけど。
「八木橋君を見込んで、ぜひやって欲しい仕事があるんだが。引き受けてもらえるかな?」
「あの、どんな仕g」
「君にしかできない仕事だよ。どうかな、やってくれるよね?」
「私、今日中に仕上げなければならない報告s」
「ああ、それは課長に言っておくから、八木橋君はこの仕事だけやってくれればいいんだよ。どうかね?」
「……はい」
 どうやら私には選択権は無いらしい。
「うん、八木橋君ならきっと引き受けてくれると思っていたよ。実はだね」
 部長は、会議テーブルの反対側にある紙の山を指し示す。部屋に入ったときから、ずーっと気になってたんだけど……。
「コピー機が故障していてね。午後イチの会議に使う資料をコピーしたのはいいんだが、ソートもホチキス留めもできていない。コピーが終わってから気づいたんだが、まさかこのまま配るわけにはいかないだろう?」
 同意を求めるように、言葉を切って私の顔をじっと見つめる。
「……はい」
 他に答えようがあるだろうか?
「うんうん。八木橋君もそう思うだろう。そこで!」
 再び言葉を切って意味ありげに私の顔を見る。次に出てくる言葉は分かっているけど、私には相槌を打つしかない。
「君の仕事というのは12時までに、このコピーを資料の形に仕上げるというものだ。なに、ページ毎の山になってるから、ページ順に揃えてホチキス留めすればいいんだよ。八木橋君の力をもってすれば12時までにできるだろう?」
 部長はカンタンに言うけれど、この紙の山の高さ、半端じゃない。こんな単純作業、誰だってできるだろうけど、これじゃみんな嫌がるだろうなあ。
「はい。大丈夫、です」
 最後に出かかった「多分」という言葉を飲み込みながら、私はできるだけ明るい声で返事をした。部長にどう思われてもかまわないけど、嫌々やってるって自分自身で思いたくなかったんだもん。

 部長は、よろしく頼むよ、なにしろ大事な会議の資料なんだ、と何度も繰り返しながら部屋を出て行った。12時ちょっと前に秘書ができあがった資料を取りに来るとも付け加えてた。
 会議室には紙の山と私一人。報告書作成は苦手だけど、こんな単純作業も有難くない。機械の身体の私には壊れたコピー機の代わりぐらいがお似合いってことかなあ。確かに何時間同じことを繰り返しても疲れないし文句も言わないけどさ。
 こんなことを考えていても仕方がない。時間は限られているし、この紙の山を見るとそんなに時間の余裕があるとも思えない。ざっと見たところ、部長の言葉通り紙の山はページ毎に分けられてページ順に並んでいるようだ。端から順に1枚ずつ取って4隅を揃えてホチキス留めすればいいんだよね。簡単、カンタン。

 でも、その簡単なところが曲者だった。10分くらい続けたところで、もううんざりしてきちゃった。身体は機械かもしれないけどさ。心は人間なんだ。やっぱり、こんなことを何時間も続ける気になんかなれないよ。
 ん? 心は人間? じゃあ、もしも心も機械にしちゃったら?
 私のサポートコンピューターには、私の脳に万一のことがあって意識をなくした場合に備えて補助AIがプログラムされている。ロボットのAIみたいに物を考えることはできないしょぼい代物だけど、見たり聞いたりしたことに反応して身体を動かすことくらいなら十分こなしてくれるはず。私がやっていることを覚えて真似してくれるから、難しいプログラムの知識なんかいらないし。よし、試してみよう!
 サポートコンピューターの設定画面から補助AIを呼び出して、【追従→代行】【自動切換】【繰返し有り】にチェックを入れて起動する。これで私のしたことを真似して自動的に繰り返してくれるはず。

集めて、揃えて、ガチャッ
集めて、揃えて、ガチャッ
集めて、揃えて、ガチャッ

 3分くらい続けてから身体を動かすのをやめてみた。私は何もしているつもりはないのに、身体が勝手に動いて作業を続けてる。

集めて、揃えて、ガチャッ
集めて、揃えて、ガチャッ

 うんうん、いい調子。私が自分で手足を動かそうと思ったら、身体の制御が補助AIから私の脳に自動的に切り替わる仕組みだから、私はこのままぼーっとしてればいい。こうして勝手に身体が動いているのを見ていると、なんだか身体が乗っ取られちゃったみたいな変な気分。

集めて、揃えて、ガチャッ
集めて、揃えて、ガチャッ

 これならあとは補助AIに任せて私は寝ちゃってても大丈夫。補助AIがやっても間に合わないようなら、私が自分でやったって間に合わないんだ。それに補助AIは飽きることなんてないし、単純ミスもしないから、むしろ私なんかよりよっぽど信用できるはず。あれ? それじゃあ、私、機械より信用ないってこと? うー、なんか自分で言っててむかつくぞ……。
 一応念のため時計機能のアラームを12時ちょっと前にセットしておこう。なるべく眠らないつもりだけどさ。することがなくなって暇なので、資料の中身でも読んでみようかな。細かい字がびっしり詰まってるから、さっきは読む気になれなかったんだよね。

 えーと、なになに、”本資料は永康32年より開始される第十六次中期防衛整備計画の一環として配備予定の次期主力戦闘義体GX-IVに関する提案を行うにあたり、第ニ開発部第三類特殊義体開発チームが本年2月から実施した技術検討の結果をまとめたものである。なお、本検討の前提条件は、①現在開発中のCS-42型義体をベースとすること、②GX-III(開発仕様書第10024929号)を総合戦闘力において22%以上回ること、及び③1体当たりの製造コストを12億円以下とすることの3点である。”
 え、えーと……。資料をよく見ると「極秘」とか「厳秘」とか、やたらあちこちに書かれてる。部長、こんなもの、平社員の私に任せていいんですか……orz
 うん、見なかった。私は中身は一切見なかった。だって私の仕事は単に紙をまとめてホチキス留めすることなんだもの。中身なんか見なくたって、何の問題もありはしない。落丁や乱丁さえ出さなきゃいいんだよ。だから、私はなーんにも見ていない。……部長、信じてくれますよね……orz

 中身も見れないとなったら、私がすることは何もない。もういいや。終わるまで寝ていよう。

集めて、揃えて、ガチャッ
集めて、そろえて、……
………
……


……サポートコンピューターからの機械的な刺激で目が覚めた。あーあ、怖い夢みちゃったなあ。さて資料、できてるかな?
 テーブルの上を見ると、そこにはもう紙の山はなかった。代わりに綺麗に揃えられホチキス留めされた資料が積まれてた。まだ少し紙が残っているけど、作業は終わったと言っていいだろう。

凄い、凄い!

 私は補助AIを見直した。しょぼいなんて言っちゃったけど、ちゃんと使ってあげればこんなに頼れる奴なんだ。これからも機会があったら使ってみよう。よろしくお願いします、補助AI君。

 その時、控えめにドアをノックする音がした。慌てて自分で手を動かし始める私。やっぱり人が見ている前では補助AIで機械的に動いているロボットって姿を晒すのは嫌だもの。たとえ見ている側には違いがわからなくてもね。
 入ってきたのは私が知らない女性だった。部長が言ってた秘書の人なんだろう。確か、最近新しく来た派遣の人だと聞いた気がする。積み上げられた資料に目をみはって、八木橋さん、本当に間に合わせてしまうなんて凄いです、さすがサイボーグの人は違いますね、だってさ。あれ? もしかして私、信用されてなかったの? うー、無理やりこんなことを押し付けておいて酷いよう。でも、私だって補助AIに押し付けて居眠りしてたからおあいこか。それは置いといても、イソジマ電工で働いているのに、サイボーグはないだろうって思うんだけど。それ差別用語なんだよ? まだ会社に来て間もないから、そういうのも仕方ないのかなあ。
 資料を台車に積み込むのを手伝って、全部積み終わったのが12時ちょうど。お昼の合図のチャイムが鳴り出した。あー、もうこんな仕事は二度とごめんだよ。

 部長の言葉通り、今日中に提出しなければならない報告書の分量は1/3に減っていた。午前中ずっと離席してたから、先輩達から何か言われるかと思ったけど、あの部長から変な仕事を押し付けられて大変だったわね、という言葉をかけられただけだった。もしかして、部長、社内では有名人なんだろうか?

 今日はノー残業デー。定時退社して藤原とデートする約束になっている。この分量なら、手の遅い私でも十分余裕をもって終えられるはず。今時、ワープロじゃなくて手書きの報告書なんて時代遅れもはなはだしいって思うけど、担当患者を想う気持ちを込めて書くべし、という課長のありがたい方針があるからしかたない。

 さあ、頑張ろう! 気合を入れて作業を始めたんだけど。午前中、中途半端に居眠りをしたせいだろうか。1/4位まで埋めたところで眠くなってきちゃった。ああ、駄目だよう! この報告書を書き上げないと帰れないんだ。久しぶりのデートなんだから、絶対に仕上げて帰ら……な……きy……
Z…… z…… ……
……

 今日の藤原は、なんだかとっても積極的だ。いつもだったら、こんなこと、私がしてって言っても恥ずかしがってしてくれないのに。ああ、そんなに激しくしたら、いくら私の身体が機械でも、壊れちゃうよう! うん、そう、もっと優しく……。
 ひあっ! そこは、駄目。駄目だって……ば……?

 あれ? 藤原、どこいっちゃったの? なんで私、服を着てるんだろう? なんでこの部屋はこんなに明るいんだろう?っていうか、なんでいつもいつもえっちの夢ばっかり見るんだよう!
 もう、ボケてる場合じゃない。報告書、1/4くらいまでしか書いた記憶が無い。あと20分で終業時刻になっちゃう。間に合わないよう! 慌ててボールペンを手にする私、なんだけど。

 ……えーと? もしかして全部終わってる? これ、どう見ても私の字だし、ゼンゼン筆跡が乱れてない。この間みたいに寝ながら書いたってわけじゃなさそうだ。数値欄には数字が入ってるし、文章欄もちゃんと埋まってる。なんだ。できてるじゃないか。きっとあんな夢をみたせいで書き上げたって記憶が飛んじゃったんだよ。うん。そうだ。きっとそうに違いない。だって、そうじゃないと定時退社に間に合わないんだもの。

 課長に内容をチェックしてもらっている間、ちょっとドキドキしながら自席で待つ。時々、課長の様子をこっそりうかがうと……あれ? なんか眉をひそめてるよう。やっぱりミスが多かったのかなあ。
「八木橋君?」
「は、はいっ!」
 お呼びだ!
「この報告書だけど」
「はい」
「君の小人さんは、ずいぶん器用な芸を持ってるね」
 小人さん? え、えーと? 困惑する私にかまわず課長は言葉を続ける。
「まあまあ良く書けてるよ。いつもの君らしいミスがいくつかあるけれど、それは特に問題ない」
「はい」
「ただし初めの1/4だけだ。残りの3/4がそのコピーだっていうのは、どういうことかな?一言一句間違いなく書き写しているように見えるんだが? 君がミスしている箇所も含めてね。こんな報告書を見るのは初めてだよ。君にはよほど風変わりな小人さんがついているみたいだな」
 え、……ええっ!? 私にも何がなんだか分からないよう。いくら眠ってたとしても、私、そんな器用なこ……と……あっ!
 サポートコンピューターにアクセスして補助AIの設定画面を呼び出す。思ったとおり、状態表示が【動作中】になっていた。さっき秘書の人が部屋に入ってきた時、私、慌てちゃって補助AIを止めるの忘れてた。だから、私が居眠りしている間に補助AIが報告書を書いていたんだ。計算したり文章を考えたりすることなんかできないから、私が最初に書いた通りのことをそっくりそのまま真似をして……。
「総務には私から残業と深夜勤務の申請を出しておいたよ。今日は、報告書の書き方についてじっくりと話し合おうじゃないか。異存はないね?」
「……はい」
 他に答えようもない。

 とりあえず藤原に電話して、今日のデートをキャンセルすることを伝えた。あまりにも残念そうな様子だったから、次は必ず埋め合わせをしてあげるねって言ったら、意味ありげな含み笑いが返ってきた。きっと、コスプレショップツアーとか考えているに違いない。藤原の趣味は分かってるけど、できればそういうのは勘弁して欲しいなあ。

 結局、終電ぎりぎりまでかかって私の報告書が完成した。課長も突っ込みどころがゼンゼンないってくらいの完璧なできばえだった。これも課長の懇切丁寧なご指導の賜物だ。……課長、手間のかかる部下でごめんなさい orz

 気になったので、後で先輩に小人さんのことを聞いてみた。そしたら、にやにやしながらロッカーの中から1冊の漫画本を取り出してきた。付箋紙を貼ってあるから帰ったら読んでみなさい、って渡された。なんでもアンドロイドの男の子が主人公の少年漫画だっていうことだったけど。イソジマ電工の社員ならこういうのも読んでおくといいかもね、とも言われた。

 翌日、漫画本を返した時の先輩の期待に満ちた顔は、当分忘れられないなあ。先輩に、よく知ってましたね、って言ったら、課長に全巻貸したの私だから、だって。駄目だ、この先輩には私、一生からかわれ続けるかも orz

 課長はどこまで知っていたんだろう。補助AIを使ったことまで知っていたんだろうか?


こびとさんへ

このあいだは、おしごとたくさんてつだってくれてありがとう。とってもたすかりました。

でもね。
こくごとかさんすうとか、にがてなことは、むりしてやらなくたっていいんだよ。
そういうのは、わたしがじぶんでやるからさ。
もしも、このつぎこんなことがあったら、えんしょしないでわたしをたたきおこしてね。おねがいだよう。

ゆうこ


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