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 今日は私達、府内最大級のアダルトショップに来てるんだ。私達って、もちろん、藤原と私。この間、私の不注意でデートをキャンセルしちゃったから、その埋め合わせっていうことで、藤原が行きたいところに付き合うことになったんだ。それで、今日のデート場所がここになったってわけ。藤原としては、ホントはコスプレショップ巡りをしたいんだろうけど、さすがに私もそこまで認めるつもりはない。で、まあ、無難なところに落ち着いた。
 藤原のお目当ては、もちろんコスプレ服コーナー。もう、目をキラキラ輝かしちゃって、あちらこちらと、煩悩の赴くままにコスプレ服を漁ってる。あれを後で着なきゃならないかと思うと気が重いよ。この趣味さえなければ、いい奴なんだけどね。藤原は、可愛いとか綺麗とか萌えるとか、いろいろ言ってくれるけど、着ている本人はちっとも楽しくないし、服を着たくらいで可愛く変身できるなんて思ってるわけじゃない。
 私が何を言ったって藤原は聞く耳持たずな状態だし、ここにいても仕方ないから、藤原に一声かけて店内を散策することにした。藤原からは、ごにょごにょと返事が返ってきたけど、気にしない。

 さすがに府内最大級と言うだけあって、本当にいろんな物が揃ってる。私が知っている物なんか、ごく一部だけ。使い道を想像できない物も沢山ある。これだけの物を考え出すなんて、ニンゲンの煩悩って偉大だよね。藤原が私にコスプレさせようっていうのもさ。藤原の趣味なだけじゃなくて、マンネリ防止の意味もあるのかもね。付き合い始めてから大分経つし、その間にしたえっちの回数も、もう数え切れないほどになっている。私の体のせいで、えっちできる場所が限られちゃうし、体位にも融通がきかない。いくらお互いが好きだからとは言え、いつまでも同じことの繰り返しじゃ、いずれは飽きてきちゃうかも。藤原がコスプレ服なら、私も何か刺激的な道具でも買ってみようかな。
 そんなことを考えながら、店内をあちこち散策してるんだけど、途中で出会う男の人たちの反応が、いまいちよろしくないみたい。
 そりゃそうだ。女の子が、こんな店にいること自体フツーじゃない。ましてや、私って、外見は高校2年の時のままなんだよね。義体は自然に成長したりするわけないし、外見を成長させるような処置を受けるお金もない。化粧したって大人っぽい服を着たって、どこからどう見ても高校生。藤原と一緒にいると、いつも藤原がロリコンだとか思われちゃう。ってことは、藤原が一緒にいないと、未成年ってことで、店員さんにつまみ出されちゃうかもね。まだ誰も声をかけてこないから大丈夫かな……。

「いらっしゃませ、お嬢様」
「うわわ! ご、ごめんなさい、ごめんなさい! 私、これでも、もう23歳なんです。ホントなんです。高校生みたいに見えるかもしれないけど違うんです。信じてください。ここにいるのも、藤原がどうしてもって言うから、しかたなく来てるんです。必要なら呼びつけますから、通報するのだけは……あれ?」
……なんだ、コスプレした店員さんかと思ったら、ロボットじゃないか。考え事してる時にいきなり声をかけてくるから、私、びっくりして変なこと口走っちゃったじゃないか。誰も聞いてなかったよね。ああ、恥ずかしい。
 ふうん。この店はこんな物も置いてるんだ。ここにあるっていうことは、つまり、その、ダッチワイフっていうやつだよね。それもロボット技術を応用して、人間並みの反応をするっていう高級品。人形と区別するために、セクソイド・ロボットとかセクサロイドとか言うのかな。私、初めて見るけど、ホントよくできてる。展示用に皮膚の継ぎ目が残ってたりマーキングがしてあるけど、これが無かったら人間と見分けがつかないよ。あれ、このマークって、私のわき腹のコンセントプラグの蓋についてるのと同じだよ。じゃあ、これ、イソジマ電工製なのか……。
 私の身体もイソジマ電工の製品だ。私は義体化一級の障害者。本当の私は脳みそだけ。脳以外の私の身体は元の身体に似せた作り物。近くでよく見ても、作り物だなんてゼンゼン分からないくらい人間の身体そっくりにできている。そういう技術を応用して、人間そっくりなセクサロイドが作られた。世間じゃそう言われている。でもね、私、知ってるんだ。それは逆だって言うことを。本当は、こういう物を作る技術が、義体に応用されたんだ。

 人間そっくりな身体を作るための技術開発だって、物凄くお金がかかる。でも、国はそんなものには補助金を出しはしない。だから、ホントは、そんな技術は生まれてくるはずがなかったんだよ。
 例えば、イソジマ電工が作った汗をかく義体。 そういう機能は生きていくためには必須のものじゃないからって、保険の対象にならなかった。みんな欲しいと思っても買えなかった。私が入社してから知ったんだけど、保険の対象にならないだけじゃなくて、開発の補助金も同じ理由で出なかった。せっかく作った義体が売れなくて、イソジマ電工は大損したっていうことだ。開発の責任者だった古堅部長は、そのことでかなり嫌味を言われたらしい。義体ユーザーのQOL向上を前面に打出している建前上、公式なペナルティはなかったけど。そんな風に、生きていくためには必須じゃない人間らしい外観っていうのは、ぜーんぶ義体メーカーの自己責任で開発しなきゃならない状況だった。

 『不気味の谷』っていう言葉がある。人形を人間に似せて作ろうとしてリアルさを追求していくと、あるところで『不気味の谷』に突き当たる。似てるんだけど何かが違う。その些細な相違が不気味さを感じさせる。壁を乗り越えるまでは、どんなにリアルさを加えても、不気味さが増すばかり。つまり、作った物を売って儲けたお金で開発を続けるってモデルが成り立たないんだ。だから、どこの義体メーカーも、必要と分かっていても手を出せなかった。イソジマ電工でさえ、だよ。
 イソジマ電工の技術資料室には過去のモデルの試作機が置いてある。でも、完成した形の試作機が残っているのは、ある時期から後のモデルだけ。それ以前のモデルは、骨格や内蔵機器のサンプルしかないんだ。昔は、標準義体を作っていなかったからっていうのが表向きの理由。でも、本当は、とてもじゃないけど、一般の人に見せられるような代物じゃなかったからなんだ。先輩から、CS-5型のビデオをこっそり見せてもらったことがある。私でさえ、その映像の中で動いている物が人間だなんて思うことができなかった。正直言って、私だったらこんな身体で生きていくよりは死んだほうがましだって思ったくらい。この頃の義体ユーザーには悪いけどさ。

 そんな状況で、『不気味の谷』に挑んだのは義体メーカーじゃなくて、小さなセクサロイドメーカーだった。セクサロイドをなんて、それこそ、風船人形以上の物にしようと思ったら、どうしても『不気味の谷』を乗り越えなくちゃならない。人形愛好家っていうなら別だけど、普通の人は人間の女の子を抱いているって幻想に浸りたいもの。それで、その会社の人たちは、よほど思い入れがあったんだろうね。優秀な人材が揃っていたとも言われてる。借金につぐ借金で、開発費を工面して、ついに製品を作り上げた。今の技術とは比べられないような稚拙な物でも、とにかく『不気味の壁』は越えていたんだ。これは凄いことだよ。物が物だけにニュースで取り上げられるなんてことはなかったけど、関係者が受けた衝撃は大変なものだったらしい。なにしろこんなモノを売りに出されたら市場を独占されてしまう。
 結局、製品を売り出す前に資金繰りができなくなって会社は潰れてしまった。技術資料や特許なんかは、ぜーんぶ競売にかけられて、タダ同然の安値で買い叩かれた。競売場には、沢山のメーカーが集まってたんだけどね。変だよね。どこの義体メーカーだってこの技術は喉から手が出るほど欲しいはずだもの。でも、なぜか、ほとんど競りにはならずに、ある会社が全ての権利を手に入れた。それは政府の外郭団体が運営する小さな会社だった。そして、競売の少し後で、その会社から、やっぱりタダ同然の値段でその技術のライセンスが開始された。義体メーカーは、たいした開発費をかけなくても人間そっくりの身体を作る技術の基礎を手に入れることができたってわけ。こんな話、大きな声では言えないよね。だから世間一般では、セクサロイドは義体技術の応用ってことになっている。

 私が今、人前に出られるのも、みんなから人間だって思ってもらえるのも、藤原とえっちできるのも、元をただせば、このセクサロイドのおかげなんだ。人間の煩悩が、私の身体を支えていると言ってもいいかもね。

「いらっしゃいませ、旦那様」
 うわっ。だから考え事をしている最中に喋るなって…、あれ? 旦那様?
「裕子さん、お待たせー」
……煩悩の塊が、ここにも一人いたっけか。もう用事は済んだの?って聞くまでもないなあ。その両手の大きな紙袋を見れば十分だ。
「裕子さん、これって……」
「うん、セクサロイドだね。私の身体と同じイソジマ電工製らしいよ」
「へえ、よくできてるなあ」
「藤原、こういうの見るの初めて?」
「うん。噂には聞いてたけど、実物を見るのは初めてなんだ」
 藤原、セクサロイドを頭の天辺から爪先までじろじろ見てる。ずいぶん熱心だなあ。なんか、私を見る目つきより、もっといやらしい感じがするよ。セクサロイドが珍しいだけじゃないみたい。

「裕子さん、ごめん。ちょっとこの荷物見ててね」
 そう言い残して藤原は、またどこかへ行っちゃった。まさか、このセクサロイドを買おうなんてわけないけど、一体どうしちゃったんだろう? 一人残されて、改めてセクサロイドに目をやる私。
 確かに、このセクサロイド、よくできている。顔もスタイルも、女の私が見たって、可愛いし綺麗だと思う。特に顔。私みたいにどこにでもいる印象の薄い顔じゃないのは当然としても、絶世の美人ってわけでもない。イソジマ電工の標準義体みたいに整いすぎていて逆に人形っぽいというのとも違う。そうだなあ、学年で5番目くらいの美人だけど、人気投票をするとダントツ一位の女の子って感じかなあ。手が届きそうで届かない。だからそんな子が自分の方を振り向いてくれたら、一発で参っちゃう。イソジマ電工の造形師の腕の冴えっていうやつだよね。
 全身義体の外観は元の身体と同じでなければならない。これは法律で決まってる。もしそんな法律がなくて外観を自由に選べたら……。こんなに可愛くなくても、もう少しだけでも可愛いって言ってもらえるような容姿だったら……。学生の頃、VRの中でジャスミンを演じたことがあったけど、あれは散々な結果だった。そのおかげで、私は私だっていう、当たり前のことを再認識したけれど、VRじゃない現実で別な私になれるとしたらどうだろう。藤原だって、こういう可愛くてセクシーな女の子が彼女の方がいいに決まっている。これなら、ご飯を一緒に食べられなくたって、海に一緒に行けなくたって、付き合ってみようかって気になるもん。

「いらっしゃいませ、旦那様」

「裕子さん、待たせちゃってごめんね」
 戻ってきた藤原の手には、大きな紙袋。
「藤原、それ……?」
「うん。この服、いいなあと思って買ってきた。服が2着になったけど、裕子さん、着てくれるよね?」
 目をうるうるさせて、上目遣いで私を見る藤原。
 なんだ、藤原はセクサロイドじゃなくて服を見てたのか。確かに可愛くてえっちっぽい服だけどさ。でも……。
「ねえ、藤原?」
「なに、裕子さん」
「このセクサロイド、どう思う?」
「うーん、よくできてるなあって」
「そうじゃなくて! 可愛いとかセクシーとか思わないの?」
「それは思わないこともないけど……」
 藤原、何かに気づいたのか、私の方に向き直って真剣な顔で言葉を続ける。
「確かに可愛いかもしれないけど、これはただのロボットだよ? 裕子さんと比べる対象になんかならないよ」
「藤原……」
「俺にとっては、裕子さんが、この世で一番の美人なんだよ。それに、俺、裕子さんの顔や身体だけを好きになったわけじゃない」
 そう言って、私をそっと抱きしめる。ちょ、ちょっと、藤原、いくらアダルトショップだからって、人前でこんなことしちゃ恥ずかしいよう。

 藤原は、私の頭に手をあてて、一段と真剣な顔になる。
「俺、裕子さんの心が好きなんだ。世界でたった一人しかいない八木橋裕子さんがね」
「藤原……」
 もう私には何も言えなくなった。胸が一杯になっちゃって、藤原を思いっきり抱きしめて、キスしようとする。

「いらっしゃいませ、旦那様」
……うわっ!!!

 慌てて藤原を突き放したのは言うまでもない。藤原はびっくりした顔をしたけれど、後ろに立っている男の人に気づいて、まっかな顔をして荷物を引っつかむと、物凄い勢いで走りだした。私も顔を伏せながら、藤原の後を追う。ごめんね、藤原。こんな所で恥をかかせちゃって。

 その夜は、藤原が買い込んだコスプレ服を2着とも着る羽目になった。あんなことが無かったら、最初の約束通り1着だけってきっぱり言うつもりだったんだけどなあ。
 緑色と茶色のぐねぐねした小さな模様が散らばってる変な服。テレビで戦争関係のニュースが流れる時に兵隊が着る服みたい。そう藤原に言ったら、『めいさいふく』だって教えてくれた。うーん、こんな服着せて楽しいの? 特に可愛いっていう感じじゃないんだけど。藤原は、そのギャップが堪らないと言うけどさ。私には、よく分からないなあ。
 もう一着は、セクサロイドが着ていた服。これは、まあ、可愛くてセクシーな服だと思うけど、着てるのが私じゃねえ。胸の辺りもブカブカだし。なんだか、私が服を着ているというよりは、私が服に着られているって感じがする。でも、藤原は満足らしい。大昔のファミレスで実際に使われていた衣装なんだそうだ。マニアの間では結構有名らしい。いつもいつも、どこからそんな情報を仕入れてくるのか、感心しちゃう。
 でも、藤原にとって大事なのは、服じゃなくて、それを着ている私の方。どんなに綺麗で可愛い服があったって、どんなにマニア心をくすぐるレアな服があったって、私が着てなきゃ意味が無い。そして、どんなに綺麗で可愛い女の子がいたって、コスプレさせたいとは思わない。藤原が好きだと言ってくれるのは、八木橋裕子っていう、この世でただ一人の存在なんだ。もう、藤原が何を言っても、何をしても、私の心がゆらぐことは絶対にない。
「裕子さん、あのね」
「何、藤原。もうしたくなっちゃった?」
「いや、あの、その……」
 藤原はもじもじしながら紙袋の方を指さしている。そういえば、これで2着目なのに、まだ開けてない紙袋が残ってる。まさか……。
「実は、もう一着買ってあるんだ。どうしても一つに決められなくて、両方買ったんだ。裕子さん、着てくれるよね」
 いつもの通り目を潤ませて、上目遣いでお願いモードを発動する藤原。
 藤原……。あんたって……あんたって……。
「バカバカっ! 藤原のバカっ! このド変態! 死んでしまえっ!」
 このセリフを言うのは、一体何度目だろう……。


……結局、3着目も着ましたよ、ええ。こんな藤原でも、私、大好きだよう……orz


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