このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください


 ああ、もう、 藤原のバカっ。私、どうしてあんな奴、好きになっちゃったんだよう。

 昨日の夜、都合3着のコスプレ服を着る羽目になった私。一夜明けて冷静になったら、なんだか無性に腹がたってきた。確かに私、藤原の事が大好きだよ。でもね、それと、コスプレ服を着る事とは、やっぱり別にして欲しいと思ってるんだ。こんな趣味さえなければいい奴なのにって思う分、よけいに腹がたっちゃうよ。
 出社しても私の機嫌は直らない。それに気づいた先輩が根掘り葉掘り、夕べのことを聞きだそうとする。私だって誰かに話してすっきりしたいから、結局、みーんな喋っちゃった。で、その時、ついうっかりCS-5型義体に対する感想まで言っちゃった。慌てて取り繕おうとしたんだけど、先輩、とっても悲しそうな顔をした。もともとCS-5型義体のビデオを見せてくれたのだって、義体メーカーに勤めるなら、知っているべきことだからって見せてくれたんだ。決して、昔の義体の人の無様な姿を晒そうとかいうつもりだったわけじゃない。
 その時私の前にいたのは、いつもいつも私をからかう陽気な先輩じゃなかった。私以上に悲しみや辛さを経験した、ずっとずーっと年上の義体ユーザー。そんな感じだった。それで、私、何も言えなくなっちゃって、その後は、退社時刻まで口をきくきっかけがつかめなかった。

 翌日、先輩から、ぜひ見て欲しいと言われて1枚のビデオディスクを渡された。昨日のことがあったから先輩と顔を合わせるだけでも気まずかったけど、先輩の真剣な顔を見たら受け取らないわけにはいかなかった。

 そのディスクには、私が以前見たCS-5型義体が映っていた。ううん、義体じゃなくて、義体ユーザーだ。人工皮膚や人工毛髪の質感だって、こちらをじっと見つめる義眼の精巧さだって、人形の域を遥かに超えている。でも、やっぱり何か大事な物が欠けている。滑らかな合成音声で喋るその姿を見ていると、たとえ人間の脳が入っているとわかっていても義体が人形としか思えないと言った北崎のことを思い出す。
 私とこの人の違いってなんだろう。私は、ほんのちょっと、この人よりも生身の身体に近い外見をしてるだけ。本当の自分が脳みそだけっていうのに違いはない。自分のことを人間だと思ってもらいたがってるくせに、この人のことを人間と思うことができないなんて、どっか間違ってるよ。
 その人は自分がなぜ義体になる道を選んだか、自分がどんな境遇にいて周囲の人たちからどう見られているか、そしてそれを自分がどう思っているかを、切々と語ってた。私、それを聞いて、死んだほうがましなんて思ったことが恥ずかしかった。
 私は本当に死を選ぶことができるだろうか。こういう身体で生きていくことの方がよほど勇気がいることじゃないだろうか。この人は、こんな姿でも生きていけることが嬉しいと思うと言っていた。自分の姿を晒すことが、いつか他の義体ユーザーの支えになればとも言っていた。私には、こんな風に考えることができるだろうか……。

 翌日、ビデオディスクを先輩に返す時、思い切って、自分も同じようなメッセージを残したいって言ってみた。私の身体は、外見は生身の身体そっくりなのに、未だに人形とか機械女とか言われて辛い思いをしてるんだ。それでも、私は生きていて良かったと思ってる。それが、この先の義体障害者の人達の支えに、ううん、そんな大それたことじゃなくたって、少しでも何かの役に立てばって思ったんだ。
 先輩は、黙って頷いただけだったけど、昨日見せた暗い表情は消えていた。課長に相談したら、イソジマ電工のケアサポーター用の映像ライブラリーに登録してもらえることになった。ただし、今使うんじゃなくて、何年間かは封印しておくっていう条件で。今は、こんなもの使っても仕方ないからね。もし、このビデオが役に立つようなら、っていうことだけど、私はずーっと封印されたままでいることを願ってる。

 ビデオカメラの前に立つと、やっぱり緊張しちゃうなあ。別に胸がドキドキするわけでもないし、汗をかくわけでもないけど、生身の頃の記憶は、いつもいつも、私がニンゲンだっていうことを思い出させてくれる。そして制約だらけの作り物の身体だってことも、どうしても意識させられちゃう。こんな思いをしないで生きていける世の中が、いつかは来るんだろうか?
「八木橋さん、用意はいい?」
 臨時のカメラマン役の先輩の声。
「はい。始めてください」
 もう覚悟は決まってる。私は、私にできる限りのことをするだけだ。
「こんにちは。私の名前は八木橋裕子。義体化1級の障害者です。私の持ち物は脳みそだけ。この身体は元の私の身体に似せた作り物なんだよ。でも、見ただけじゃ、そんなこと分からないよね。よくできてるでしょ?それでも世間一般では、まだまだ義体に対する風当たりが強くてね、普段は義体だっていうのは、なるべく隠すようにしてるんだ。万一、義体だってバレた時は、決まって同情と憐憫と嫌悪感が入り混じった目で見られことになる。そういうのって、とってもいやーな気分だよ。私の身体は作り物だけど、人間としての心はちゃんとある。たとえ身体は冷たい機械でも、心はあなた達と同じくらい温かいんだって叫びたくなっちゃう。まあ、そんなコトしないけどね。こんな機械の塊を自分達と同じニンゲンだなんて思ってくれる人は、まだまだ多くはないということだよ。昔と比べれば、これでもずっと良くなったって言われてるけどね。

 そもそも私が義体になったのは、高2の時の事故のせい。生きているのが奇跡というくらいの重症で、意識が無いまま病院に運び込まれ、先生の決断で全身義体化手術が施された。目が覚めたら、全身義体のサイボーグになってましたって、漫画でもそうそうありえない状況だよね。そんなこと、16歳の女の子がカンタンに受け入れられるわけがないよ。一度は本気で死ぬことを考えたくらいだもん。でも、手術してくれた先生やケアサポーターさんの支えがあって、なんとかこの身体で生きていく決心をすることができたんだ。

 大学の時のバイト先の人達も、大学でできた親友も、みんなみんな、こんな身体で生きていかなきゃならない私を支えてくれたんだよ。そのことは、きっとこの先も支えになってくれると思うんだ。そして私には、死んだって切れない赤い糸でしっかりと結ばれてる人がいる。

 もしいつか、義体っていうことを隠さなくても、笑顔で暮らせるような世の中が来るんだとしたら、私はとっても嬉しいなあ。でも、もしも、そうじゃなかったら、こんな時代を生きていて、それでも幸せと思えるようになった義体障害者の女の子がいたってことが、少しでも何かの役にたってくれればいいなあって思うんだ。

これから話すのは、そんな女の子のお話です……」



このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください