このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください


 私達くらいの年頃の女の子の共通の話題って限られてるよね。ファッションと食べ物と、それから男の子。私は誰それがいいだの、 誰と誰がくっついただの、 そういった類の話ね。まあ、普通はあたりさわりのない内容なんだけど、ある程度人数が集まって、しかもアルコールが入ってたりすると、これが結構過激な内容になったりする。普段は真面目そうにしている子から、実録だか創作だか判別つかないようなきわどい話が出てきたりして、びっくりすることがある。女の子の本当の姿っていうのも、外からではなかなか分からないっていうことかな。

 私は、今、大学の集合研修に来てるんだ。2泊3日の泊りがけの研修は親睦を深める目的もある。当然、夜は、みんなで集まってお酒を飲んで盛り上がるって寸法だ。なぜか、ウチの学科では、2日目の夜は、男の子、女の子別々に宴会をするという暗黙のルールがあるらしい。夜も更けてアルコールが回ってくると、いつのまにかみんなで車座になって、体験談なんかを虚実交えて語りだしちゃったりするわけだ。研修の課題がほとんど終わってしまって明日は見学だけっていう開放感も手伝って、次第に話の内容に歯止めがかからなくなってくる。
 私も、ゼンゼン経験がないってわけじゃない。でも、義体になる前は、武田とした1度きり。その後は機械の体の女の子と興味本位でヤってみたいとかいう軽薄な奴か、機械の体じゃなきゃ駄目という義体フェチくらいしか相手にしてもらえてない。私の体重は120kg。こんなコト、えっちの時に隠しておけるわけがないから、どうしたってカミングアウトすることになる。それでもいいなんて言ってくれるのは、よほどの変わり者だけだよね。私にとっては、えっちするのは、気持ちがいいだけじゃなくて、私がニンゲンだって確かめる意味もある。こんな身体でも受け入れてくれるんなら、多少のことには目をつぶっちゃうよ。
 でも、やっぱり、そんな状態で、まともなえっちなんてできるわけがない。そりゃ、この身体は刺激さえあれば、それを快感信号に変換して私の脳みそを喜ばしてくれるけどさ。気持ちが伴わない快感なんて虚しいだけだよ。相手はどう思ってるか知らないけどね。
 結局、人さまに語れるようなのは武田との初体験しかないっていうことになる。これが最初で最後なんてことにならなきゃいいと思ってるけど、こればっかりは相手がいないことにはどうしようもない。
 私の番が回ってきた時には、かなり盛り上がっていて、平凡な体験談なんか語っても場がしらけるだけって雰囲気だっだ。どうせ酒の席でのことなんだし、こっそり飲んだアルコール入りカプセル3個の力も借りて、頭を絞って300パーセントくらい脚色した話を披露しようとしたんだけど……。

「でさあ、その時武田(仮名)がね、あんまりせがむもんだから、私、   をしようとして……」
 あれ? なんだ? 一瞬言葉がとぎれちゃった?
「えと、だから私、   をしようと……」
 やっぱり言葉が途切れちゃう。私、ちゃんと《自主規制》って言ってるつもりなのに……。口は動くのに声が出ない。興味深々の態で聞いていたみんなも、肝心な部分が聞けなくて、狐につままれたような顔をしてる。もう一回喋っても同じだったら、みんな、きっとヘンに思っちゃう。かといって、いまさらごまかすのも、もっとヘンだし……。

 私の声は、喉の奥にある小さなスピーカーから出る電気合成音。何時間喋り続けても、どんな大声を出しても、喉が掠れたり出なくなったりすることはない。こんな風に言葉が途切れるのは、喉のスピーカーか、ひょっとしたら、サポートコンピューターのどっかが壊れちゃったということだろうか。今まで、ずーっと普通に喋ってこれたのに、こんな時に急に壊れちゃうなんて間が悪すぎるよ。命にかかわることじゃないけど、こんなことにならないように毎月検査をしているんだよ。ついこの間受けた検査でも、異常無しって結果だったのに。生身の体と違って機械の身体は、壊れたら病院で修理してもらわなきゃ元に戻らないんだ。もしも、このままどんどん壊れていって何も喋れなくなったら、私、どうしたらいいんだよう!
 いろいろな考えが頭の中をぐるぐるして、喋るのが怖くなってくる。そうやって口をつぐんでいると、みんな、不審げなまなざしで私を見始める。深まる沈黙に焦る私。どうしたのか聞かれても、義体が不調です、なんて答えられるわけはない。

 うー、まずいよう。どうしよう。

 その時、部屋の奥でテレビを見ていた佐倉井が、いかにもうんざりって感じの声をあげる。
「こんな時まで隠し芸の練習かい? 熱心なのはいいことだが、時と場合をわきまえた方がよくはないかね、ヤギー君?」
 ジャスミンが無邪気な口調で後を続ける。
「ヤギー、腹話術得意だって言ってたもんね。そういうのも腹話術の一種なの?」
 その言葉で、場の空気が一気に和んで、みな口々に喋りだした。
「なーんだ、ヤギー、からかわないでよ」
「ヤギー、器用だねえ」
「一体何が起きたのかってびっくりしちゃった」
 た、助かった……。

 その後は、もうえっちな話をしようって雰囲気に戻るのが恥ずかしくなったのか、ごく普通の話をしばらくして宴会はお開きになっちゃった。私も、あまり喋らずに済んだし、言葉が途切れることもなかった。ただ、次の機会には必ず芸を披露するって約束させられたけどね。もしも、あのまま身体のことを追求されたりしたらどうしようってびくびくしていたんだけど、佐倉井とジャスミンのおかげで助かった。
 それにしても、ついこの間、定期検査を受けたばっかりなのに、こんな故障が起こるなんて。一生懸命バイトして手にしたお金をぜーんぶ巻き上げられているっていうのに、こんないい加減な検査しかしてくれないんじゃ、頭にきちゃうよ。せっかくの楽しい思い出が台無しだ。明日になったら、松原さんに厳重抗議しなくっちゃ!

 翌日、ケアサポーターの受付時間が始まると同時に、松原さんに電話した。
「はい。八木橋さん、どうかしましたか?」
 いつもと変わらない生真面目な声。私が苦情を言ったら、どんな反応をするんだろうか。
「あのね、松原さん。私、この間、定期検査をうけたばっかりなんだけど」
「はい?」
「喉の調子がおかしいんだ。喋っていると言葉が途切れることがあるんだよ。高いお金を払って検査してもらったばっかりだっていうのに、もう壊れちゃったの?」
 声にありったけの皮肉を込めて、それでも表面上は穏やかに、松原さんの反応を見る。
「……八木橋さん、それってもしかして、猥褻な単語ではないですか?」
 松原さん、私の皮肉なんてまったく気にかける様子もなく、冷静に聞き返してきた。
「……そうだけど、それが何か?」
 電話口でも、はっきり分かるくらいの深くて長い溜息が聞こえてきた。
「一般生活用特定単語発声制限パッケージELL-01基本セット(無償提供品)。本パッケージは、小さなお子様に対して好ましくない影響を与える可能性のある特定領域の単語の発声を制限することを可能とするサポートコンピュータ用のプログラムパッケージです。大脳言語中枢から抽出した発話情報のうち、予め登録されている使用制限単語(約280語)に該当する情報をフィルタリングすることにより、発声プログラムでの音声化を遮断します。結果として、該当単語の部分のみ無声状態となります。弊社が新たに開発した多次元複合概念相関解析技術の応用により、通常の状況下でのご使用においては誤動作する恐れは全くございません。なお、政治・宗教・思想等、さまざまな領域の使用制限単語とその置換単語を収録した拡張セットを有償にてご用意しておりますので、ご希望の方は担当ケアサポーターまでお気軽にご相談ください」
 いかにも、何かの説明文を読み上げているっていう感じの棒読みで一気にまくし立てた後、松原さん、黙りこんじゃった。
 え、えーと……? なんだか難しい単語が一杯出てきたけど、要するに、喋っちゃいけないコトバをサポートコンピュータが検出して、そこだけ声が出ないようにしてくれるっていうことかな? さっきの松原さんの質問とあわせて考えると、それって子供に聞かせられないようなえっちなコトバっていうことだよね……。
 私が返事をしないので、松原さん、追い討ちをかけるように口を開く。
「先日の定期検査の際に、サポートコンピューターの修正パッチとあわせてインストールすることを希望しましたよね?”インストールして常時使用する”に○がついていましたが?」
……そんなものあったかなあ? 何枚もの紙にリストがびっしり並んでいたから、適当に○をつけたんだけど。そういえば、松原さんからは、後で読むようにって分厚い説明書を渡されたんだっけ。バイトで忙しくて、読むのをすっかり忘れてたよ。
「あの、松原さん、どうすれば元に戻せるの?」
「サポートコンピューターのメニューから設定画面を呼び出して、『使用停止』を選んでください」
 やっと分かったか、って感じの冷たい答え。
「えーと、はは。ごめんなさい。すっかり忘れてました。お手数おかけしてすみませんでした」
「よろしいですか? それでは私は仕事がありますので」
 あれ? てっきり、またお小言をいただくかと思ったけど……。
「それから、私は八木橋さんのプライベートに口を挟むつもりはありませんが、殿方の前であまり品のない言葉を使うのはどうかと思いますよ? 私だったら、そんなプログラムを使わなくても、言っていいことと悪いことの区別はつきますけどね?」
 私が言い訳する間もなく、電話が切れた。
 いくら私がえっち好きだからって、《自主規制》なんてコトバ、男の子の前で言うわけないよう。それに、私だってもうオトナなんだ。たとえ言ったとしたって、《自主規制》くらい、たいしたことじゃない。松原さん、ちょっと言いすぎだよ。
 お金を取られないんだったら、仮に間違って余計な物が入っちゃっても困ることはないと思ってた。でも、こんなヘンな物があるなんてゼンゼン考えてなかったよ。そりゃあ、作り物の身体だったら、どんなことでもできるのはわかるけどさ。『特別な言葉だけ喋らない』なんて、そんなのいかにもプログラムでコントロールされている機械そのものって感じだよね。ちゃんと説明を読まなかった私が悪いんだけど、また、この身体が生身の身体と違うことを、思い知らされちゃったじゃないか。あーあ。タダほど高いものはないっていうことかなあ。これからは気をつけようっと。
 気を取り直して、サポートコンピューターにアクセスして、プログラムを『使用停止』に設定した。オンラインマニュアルもインストールされていたので、ついでにざっと読んでみた。登録されている使用制限単語には、《自主規制》どころか、私が思いつきもしないような過激な言葉が並んでた。『小さなお子様に対して好ましくない』って説明だったけど、とんでもない。オトナの私だってこんなこと、とても口にできないよ。
 私、男の子に向かってこんな言葉を使おうとしましたって、宣言しちゃったってコト?松原さん、これ知ってたんだろうか? それで、私のことを節操のない淫乱女だって思ったんだろうか? 今更、女の子同士の猥談でした、なんて言っても信じてくれないよね。松原さんの誤解、どうやって解けばいいんだよう。

 ホント、タダほど高いものはない、です……orz


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