このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください


 ジリリリリーン、ジリリリリーン

 私の携帯の着信音は、大昔の『黒電話』っていうやつの音を使ってる。今時、この音が何かを知っている人なんて、私の周りにはゼンゼンいない。もったいないよね。こんなに味わいのある音なのにさ。でも、下宿のはるにれ荘には、なぜかその黒電話が置いてある。さすが、築70年は伊達じゃないっていうことかなあ。
 携帯の小さなディスプレイに表示された番号は、私の記憶にない番号だった。一体誰からだろう?
「はい、もしもし?」
「イソジマ電工の松原です。八木橋さんですか?」
 なんだ、松原さんか。会社の電話でかけてきたのかな? 定期検査はまだ先だし、何の用だろう?
「はい、八木橋です。松原さん、どうしたの?」
「急なお話で恐縮ですが、来週の火曜日の午後にお時間をとっていただくことは可能でしょうか?」
……松原さん、変に改まった言葉使いだけど、どうしちゃったのかな?

「あの、松原さん、どうかしたの?」
「何がですか?」
「いや、その、そんな改まった言い方、ヘンだよ?」
「今は、担当ケアサポーターとしてではなく、会社を代表して電話をかけていますから」
「そ、そうなんだ。それで、時間ってどのくらい?」
「2時間ほどですが、いかがでしょうか?」
 うーん、なんだか丁寧すぎて落ち着かないよ。いくら会社の用事だからって、フツーに喋ってくれればいいのにさ。
「えと、ちょっと待って。……来週の火曜の午後は空いています」
 ほら、こっちまでつられちゃった。
「よかった! それでは、来週火曜日、午後2時から2時間、予定を入れていただけますか?」
「うん、それはいいけど、一体何の用なのさ? まさか、また個人的な講習をしてくれるっていうのかなあ?」
 この間の週末2日間の個人講習のことは、もう思い出したくもない。もとはと言えば私が悪いんだけどさ。
「いえ、違います。弊社の汐留本社ビルで執り行われます表彰式と記念パーティへのご招待です」
「……表彰式? 一体、誰の?」
「八木橋さん以外に誰がいますか?」
……ええ〜〜〜っ! 私なの?
「あの、ちょっと、松原さん、話がゼンゼン見えないよう」
「ああ、すみません。では、改めて。このたびは、弊社の義体事業参画30周年の記念式典の一つとして、義体開発に貢献のあった方々をお招きして、ささやかな感謝の気持ちを捧げさせていただきたいと考えております。八木橋さんは、一般の義体ユーザーとして、多大な貢献をいただきましたので、こうして私からご連絡をさしあげました」
「私、貢献なんてした記憶ないんだけど。どうして私なんかが選ばれるの?」
「いえ、そんなご謙遜をなさらずに。汀の代から数えて、この4年間で、一般ユーザー様の中では、八木橋さんの貢献が抜きん出ているのですよ」
「だから、一体、何の貢献なのか教えてよう!」
「私達、ケアサポーターは、担当患者の方々が、恙無い社会生活を営まれるよう支援するのが仕事です。しかし、その一方で、担当患者の方々が会われた様々なトラブルを記録し分析して、義体の開発部隊にフィードバックすることも重要な業務の一つになっています。義体の機能や性能に関する事項はもちろんですが、社会生活の中で生じる、開発者が予想し得なかった事態について、分析レポートを出すことはとても大事なことなのです。それに加えて、技術的な知識に乏しい担当患者様の中には、まったくの想定外の使用形態を思いつかれる方がまれにいらっしゃいます。そのような場合に、担当患者様ご自身にも、また周囲の方々にも、ご迷惑がかかることのないよう、義体の仕様や運用方法を検討することも、極めて重要なことなのです」
「それってつまり……」
「はい。八木橋さんほど、トラブルの多い担当患者様は、他にいらっしゃいません。先日の生命維持装置の1件などは、開発部の古堅も、どうしたらこんなことができるのかと感嘆しておりました」
 あまりのことに、言葉を失ってしまう私。
「おかげさまで、私も、分析レポートの提出数が、先日でとうとう汀を抜いて歴代1位になりました。これも、全て八木橋さんのおかげです」
 うー、そんなこと言われても、ちっとも嬉しくないよう。
「じゃあ、記念式典っていうのは……」
「社長以下、弊社の主だった者が、ぜひとも八木橋さんに感謝の意を表したいと申しまして、スケジュールをやりくりして一同に会します。社長から八木橋さんに、直々に感謝状をお渡しすることになっています」
 げげげっ、松原さん、そりゃないよ。
「あ、あの、松原さん、私、うっかりs」
「では、ご快諾いただけましたことを、早速社長に報告いたします。至急、式典のご案内と招待状を郵送いたしますので、よろしくお願いいたします」
 松原さん、私の言葉をさえぎって一気にまくし立てると、そのまま電話を切っちゃった。そんな式典、なんとか理由をつけて断ろうと思ったのに……。
 これ、会社の偉い人たちの前で、トラブルメーカーとして晒し者になるってことだよね。社長に報告ということは、それがもう決定事項になっちゃったっていうことだよね。こんな身体じゃ、仮病を使ってすっぽかすなんてわけにはいかないし、かといって、理由もなしに欠席したら後で松原さんになんて言われるか……。そりゃあ、いつもいつも、松原さんには、トラブルばっかりで迷惑かけていて悪いと思っているけどさ。こんな仕打ちはあんまりだ。

 ああ、もう、誰か、冗談だって言ってよう……orz


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