このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください


 府南病院での私のリハビリ訓練も終盤に近づいてきた。訓練の後に控えている義体操縦免許の認定試験に合格さえすれば、退屈な病院生活から解放される。吉澤先生や看護婦さん達やタマちゃんは、とってもよくしてくれているけど、16歳の女の子が何ヶ月も病室に閉じ込められているのは、あまり嬉しい状況じゃないよね。だから、リハビリ訓練が着々と進んでいくのは、ホントはとっても嬉しいことなんだ。どんなに辛くて苦しいリハビリだって、その後に待っているはずの楽しい高校生活のことを考えれば、耐えられる。

……はずだった。

 フツーの生活を送るための一般リハビリ課程をやっているうちは何の問題もなかったよ。でも、私の身体は、特殊公務員になることを前提にして作られた物。宇宙や海底で作業する時は、どんな危険な状況になるか分からない。そのために、いろいろな特殊な機能が組み込まれている。リミッターを外せば150馬力になる筋力や、義眼の暗視機能やズーム機能なんか、それに比べればゼンゼン可愛いものと思えるくらいの突飛な機能がね。もちろん、特殊公務員の人達からみれば、その機能の有無が生死を分けることさえある大事なものなのは、分かってる。でも、今の私は、ただの女子高生なんだ。女子高生の腕は、轟音をたてて飛んで行ったりしないよね、フツー。私はそんな光景をこの目で見ちゃったんだよ。自分の腕が。飛んでいくのを。どんな気持ちか、分かってくれるかなあ。

「そろそろ『R』の方はいいかしら? だいぶ様になってきたみたいだから、次の特殊装備の訓練に移りましょう」
 私の首筋のコネクターにパソコンからのケーブルを繋ぎながら、タマちゃんが非情な宣告を下す。
 『R』……通称『ロケットパンチ』。腕に内蔵されたロケットモーターで肘から先を発射する。腕と身体はワイヤーでつながれていて、自分の身体を支えたり、手が届かない場所にあるものを取ったりすることができる。多分、便利な機能なんだろう。こんな機能、自分ではゼッタイ使うつもりはないんだけど、身体に組み込まれている以上、使いこなせなければ義体操縦免許は取れないことになっている。だから、この1週間位、思い切り嫌な顔をしながら、それでも訓練は続けてきた。でも、これは、まだ最初の一つ。あといくつあるんだろう。
 特殊装備は、それぞれアルファベット1文字の略称がついているみたい。大昔にはやった自動車レースをモチーフにしたアニメで、主人公が乗っていたレースカーにちなんでいるそうだ。ハンドルについた『A』から『G』のボタンを押すと、車がジャンプしたり、カッターが飛び出たり、水中に潜れたり……。何度かリバイバルされているから、義体開発関係者の誰かの頭の中に、それが残っていたらしい。一見、フツーのレースカーなのに、いざピンチの時には、ボタン一つで特殊装備が発動して、主人公が颯爽とそのピンチを切り抜ける。現実の世界でも、そんな風にうまくコトが運んで欲しいっていう気持ちは分かるけどさ。その装備を使う側のことも、少しは考え欲しいなあ。
 特殊装備そのものも同じだよ。『ロケットパンチ』って、アニメの中で身長が何十メートルもあるロボットが超兵器を使って取っ組み合いを演じていた頃に出てきた物なんだ。カラフルでごてごてと装備を沢山くっつけた装飾過剰な最近のアニメのロボット達とは趣が違う、白と黒のすっきりとしたデザインのロボット。弟の隆太も持っていた超合金のそれには、しっかりと『ロケットパンチ』が再現されていた。それを思い出したら余計、自分の身体がおもちゃみたいに思えてきた。まさか、オプションの真っ赤な翼の飛行装置と合体してマッハ3で飛べるとか、左手がバラバラッて変形しておっきなドリルになったりしないよね。
 レースカーのボタンは『G』までだったけど、もしかして私の身体には26文字全部に対応する特殊装備があるってこと? そう思ってタマちゃんに聞いたんだけど、タマちゃん、何も答えずに私のことを哀れみを込めた目で見つめるだけだった。そんな態度を取られたら、私も、それ以上聞けなくなっちゃうよ。特殊装備に関するリハビリの時は、タマちゃんもいつもの陽気な調子はゼンゼンなくて、淡々と事務的に進めているっていう感じ。まったく、溜息しか出てこないよ。

「…橋さん。聞いてる?」
……聞いてませんでした。
「え、えーと、次の特殊装備は何かなあ」

「……聞いてなかったということですね。特殊装備は、文字通り特殊な状況でやむを得ず使用が認められる、場合によっては本人にも危害が及ぶ可能性のある危険なものなので、私の話はちゃんと聞いてくださいね」
 穏やかな話し方だけど、目がゼンゼン笑ってない。真面目に聞いた方がよさそうだ。
「では改めて説明します。今日からは特殊装備『B』の訓練に移ります。八木橋さん、服と下着を脱いで、上半身裸になってください」
「……はい」
 身体に組み込まれた機能を使うんだから、服を着てちゃいけないのは分かるけど、2つ目からイキナリですか……。
「どんな機能なのかなあ?」
「まずは準備してからです。多少の覚悟が必要なので、先にそれを済ませてしまいましょう。これを受け入れることができれば、実際の機能の方は大したことはないですから」
「うー、そんなコト言われたら、余計不安になるじゃないか」
「胸のカムフラージュシールを剥がしてください」
 タマちゃん、ゼンゼン取り合ってくれないよう。
「全部剥がしちゃうの?」
「鎖骨の所に貼ってあるものだけでいいです」
「鎖骨?」
 確かに、鎖骨のちょっと下あたりに、両肩が繋がる形で平べったくなったVの字みたいな継ぎ目があるのは知っている。でも、今までの検査では一度も触ったことがない。生命維持装置のメンテナンス用ハッチでもないし、肩関節のモーターの点検用のハッチでもない。何だろうと思ってたけど、これも特殊装備のための継ぎ目だったのか……。
 私の身体には、人工皮膚の継ぎ目が無数にある。普段は特殊コーティングやカムフラージュシールで隠しているけど、それを全部取り去ったら、それこそ継ぎ目がないトコロは無いっていうくらい、縦横無尽に継ぎ目が走っている。そんな姿を他人に見られるのは凄く嫌なことだ。それくらいだったら、菖蒲端の駅前で裸踊りでもする方がマシだと思ってる。でも、特殊公務員になったら、いざという時は、こういう装備を使わなきゃならなくなるのかもしれない。私、そんな道はゼッタイ歩みたくないよ。

「剥がしたよ。それで?」
「じゃあ、照射準備始めます。まだ動力を繋いでないから、変形だけ。びっくりしないでね」
 そう言ってタマちゃんは、パソコンのキーを押した。
 カシャン、カチャカチャ、シャキーン
 繋ぎ目の皮膚の部分が大きく開いて、中に折り畳まれていた部品が継ぎ目の形そのままに広がっていく。

キュン、パチパチパチッ、カチンッ

 広がったそれは、平べったいV字型の真ん中が切れたような形をした薄い金属板。全面が真っ赤に塗られている。
「特殊装備『B』。通称『ブレストファイヤー』です。放熱板から照射される3万度の熱線は、どんな金属でも一瞬で溶かします。有効距離が短いので……」
……私、コレ、知ってるよ。隆太が持ってた超合金。その胸にも、全く同じ形の物が付いていた。シンプルなデザインに唯一添えられたアクセント。隆太は「そこがイイ」って言ってたけど、私にはとてもそうは思えなかった。まさか、それが自分の身体に付いているなんて……orz

「……八木橋さん、聞いていますか? やっぱりショックだったかしら? 『B』の訓練は明日にして、今日のところは『R』のおさらいをする?」
 タマちゃんが、パソコンの画面に向かったままで、私に声をかけてくる。タマちゃん、声は平静を装ってるけど、肩がぴくぴく震えてる……。

 あー、もう、こんな生活、嫌だよう!



「『B』は、他にもアイデアがあったそうですよ?」
「え、ど、どんな?」
「『Boob Missile』」
「えーと、えーと"Missile"はミサイルだよね。"Boob"は……あっ!?」
「これなら八木橋さんもGカップくらいになったかもね。その方がよかったかな?」
「うー、今のままで、いいです……」


このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください