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 ざっざっざっ

 落ち葉を掃き集める小気味良い音。

 今日のバイトは学内清掃。大抵の大学はそうだと思うけど、星修大キャンパス内も木が多い。秋になるとそれが一斉に葉を落とす。落ち葉の積もり具合を見ながら、週に1回くらい、バイトの学生を使ってその落ち葉を片付けるようにしているらしい。

 いつもの通りバイトを探していたんだけど、手頃なバイトっていうのはなかなか無いものだ。かといって、ぶらぶら遊んでいられるような気楽な身分じゃない。何か情報はないかと思って生協の掲示板を見ていたら、ちょうどこのバイトの張り紙が目にとまった。学内で募集される学生を対象としたアルバイトは、生活の支援の意味もあってフツーのバイトよりは気持ち高めの時給になっているものなんだけど、これはそうじゃないみたい。この条件じゃ、普段だったらやる気にならないだろうなあ。でも、今は少しでもお金が欲しいんだ。

 それで、すぐに生協の窓口に行って申し込みをした。今日張り出されたばかりだったし、あの条件じゃゼンゼン人が集まらないんじゃないの?と思ってたのに、私で定員に達したので締め切りますと言われて驚いた。私のすぐ後に来た二人連れの女の子達は、それを聞いてひどく残念がっていた。こんなバイトのどこがいいって言うんだろう? ヘンなの。まあ、人それぞれぞれ。落ち葉掃きが好きな人がいたっていいけどね。私も、女の子なのに力仕事ばかり選んでいるから、傍から見たら変わり者なんだろうからさ。
 落ち葉掃きもどちらかと言えば力仕事かなあ。一面に散った枯れ葉を竹箒で掃き集めるのは、結構力がいる作業だよね。だから、女の子は私一人かと思ってた。ところが、当日集まった顔ぶれを見て、またびっくり。男の子は一人もいなかった。しかも人数が定員よりちょっと多いんだ。募集の係の人が人数を間違えたんじゃなくて、当日飛び入りのボランティアだった。世の中、不思議なこともあるもんだね。まさか、学内に『落ち葉掃き同好会』とかいうものがある、なんてことはないよね。
 そんなバカ話は置いといて。ボランティアで集まるくらいだから、彼女達の力の入りようは半端じゃない。この寒い中で、コートを脱ぎ捨てて額に汗をかいて、一心に落ち葉を集めてる。1枚たりとも逃さない。誰もがそんな感じなんだ。落ち葉を集めるのがだーいすきー、とも思えない。学内を綺麗にすることにこんなに熱心になれるなんてホント感心しちゃう。私なんか、いくら掃き集めたって葉っぱはどんどん落ちてくるんだし、来週も清掃はあるはずだし、たとえ集め損ねても土に戻るだけなんだし、とか考えてた。いや、手を抜こうってことじゃなくて、彼女達ほどの熱意はないってことだけど。
 私の電気で動く体は、このくらいの運動量なら、モーターが暖まりさえしないだろう。たとえ体温が上がったとしても、汗をかくなんてこともない。汗だくで働いている彼女達の姿を見ると、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。それに、彼女達はきっと身体を動かす喜びも感じているんだろう。機械の塊の身体では、そんなモノ、感じようがない。ちょっぴり羨ましく思ちゃったよ。

 お昼過ぎから2時間弱。学内の落ち葉は1枚残らず集まった、と思えるほど、落ち葉を入れた袋が沢山できあがった。みんな、嬉しそうな顔をして、お互いに労をねぎらいあっている。後は、この落ち葉の袋を焼却場にもって行くだけ。それでバイトが終わって、その場でバイト代が手に入る。久しぶりに気持ちのいい仕事ができたなあ。

 でも、誰も動かない。誰一人、落ち葉の入った袋を運ぼうとはしないんだ。このまま袋をここに置いといたら、いつまでたってもバイトが終わらないじゃないか。とうとう痺れを切らした私が袋に手をかけようとしたその時。

「みんな、お疲れさま。沢山集めたわね〜」
 声の主は、生協の事務員で、窓口でこのバイトの受付をしていた人だった。名前は、 えーと…。
「あ、白石さん、待ってました!」
「えへへ、すごいでしょ!」
「私、もう、くたくた〜」
「早く始めましょうよう」
 白石さんを取り囲んで一斉に喋り出す。私一人、後に残されて、狐につままれたような顔をするばかり。みんな、白石さんを待っていたみたいだけど、一体何が始まるの?
「そうね。風もないみたいだから、始めましょうか」
 白石さんの一声で、みんな歓声をあげて袋の方に駆け寄っていく。あっというまに、袋の中身が取り出され、枯葉の山がそこここにできあがる。その山を前に、思い思いの姿勢で陣取る彼女達。

 え? え? せっかく集めた落ち葉なのに、一体何を?

 さらに、誰かが用意してきた新聞紙を丸めたものが差し込まれ、火がつけられて、やっと焚き火をしようとしていることに気が付いた。
 まあ、どうせ焼却炉で燃やすものだから、今ここで焚き火にしたっていいけどさ。風はなくてもじっとしていると寒いだろうっていうのも想像できる。でも、小学生じゃあるまいし、たったそれだけの理由でこんなにはしゃいでるっていうの? 何か私には分からない別な理由があるんだろうか?

 一旦、事務所に引っ込んでいた白石さんが戻ってきた時、その理由が分かっちゃった。白石さんは、両手に大きな袋をいくつもぶら下げていた。その袋の中に入っていたのは……サツマイモ、だった。
 そう。落ち葉焚きで焼き芋。食欲の秋の定番だよね。こんな身体じゃなかったら、すぐに思いついていたはずだよ。最後に焼き芋を食べたのはいつだろうなあ。義体になる前の冬だから、ええっと……。

 手際よくアルミホイルに包まれたサツマイモが焚き火の上に並べられ、さらにその上から落ち葉がばさばさとかけられていく。あと30分もすれば美味しい焼き芋の出来上がりだ。
「えーっと、八木橋さん、だったよね?」
 私の隣にいた人が声をかけてくる。教育学部の1年上の先輩だ。新入生の歓迎コンパの時にお世話になったっけ。
「はい」
「八木橋さんは、このバイトは初めてみたいね?」
 私の戸惑った様子から、そう判断したんだろう。
「焼き芋のことは知らなかった?」
「ええ、ちょっと予想外でした」
「あら、そうだったの? 白石さんの焼き芋、学内の甘い物好きの間では、結構有名だと思うんだけどなあ」
 佐倉井あたりも知っているんだろうか。私は、食べ物の話はあまり聞きたくなくて、大抵は話題を変えちゃうか、適当に相槌をうって聞き流してるからなあ。
「学生アルバイトがなかなか集まらなくて、白石さんが始めた苦肉の策だったのが、今じゃほとんどの子が、これを目当てにバイトを申し込んでいるみたい。競争が激しくて、毎回、ボランティアが出るくらいの人気になっちゃった。世の中って面白いものね」
 あの二人連れの女の子達もそうだったんだろうか。悪いコトしちゃったかなあ。
「張り紙を見てすぐに申し込んだつもりだったのに、私で締め切りと言われてびっくりしました」
「八木橋さんも、甘い物、嫌いじゃないんでしょう?」
「え? ええ、まあ……」
 陸上部の練習の後でまりちゃん達と一緒に食べる焼き芋の味は格別だった。食べ過ぎるとタイムにひびくよー、なんて冗談を言い合いながら、グランドの隅っこで車座になって皆で食べたっけ。あれは、ホントに美味しかったなあ。
「八木橋さん、運がいいわね」
 ……運がいい? 私が? 確かにフツーに考えたらそうかもしれないね。締め切りに間に合わずにボランティアで来ている人達から見たら、ちゃーんとバイト代を貰えて、しかもお芋も食べられる。運がよくないはずがないよ。でもね。
 でも、私にはお芋は食べられない。この身体は味気ない栄養カプセルしか口にできない機械の塊。はふはふしながら口一杯に頬張ったお芋の心地よい熱さも、柔らかな甘みも、香ばしい匂いも、何一つ分からない。みんなと一緒にお芋を食べるふりをすることさえできないんだ。
 駄目だ。ここにこれ以上いられないよ! お芋が焼きあがって、私一人だけ食べずにいるなんて不自然すぎる。勧められたって、断るしかないじゃないか。白石さんに言って、ここで帰らせてもらわなきゃ。
 焚き火にあたりながら談笑しているところに割り込んで、白石さんに声をかける。
「あの、白石さん」
「はい、八木橋さん、でしたね? 何かしら?」
「私、用事があって、これで帰らせていただきたいんですけど……」
「え? あと少しでお芋が焼けますよ。せっかくだから、一口でも食べていきませんか?」
 ちょっと驚いた顔の白石さん。そりゃそうだよね。みんな焼き芋目当てで来てるんだ。ここで帰っちゃったら、元も子もないんだもん。
「いえ、あの、急ぎの用なので……。すみません」
「そう……。残念ね」
 本当に残念そうな顔。白石さんにとっては、さほど良くない条件でも集まってくれた人達への感謝と労いの気持ちを込めたものなんだろう。バイト代だけでは申し訳ない。そんな表情をしている。でも、私はここにいる方が辛いんだ。
「じゃあ、バイト代をお渡ししますから事務所まで来てください」
 白石さんに従って事務所の方に歩いていく。後に残った人達が、どんな会話をしているか、想像に難くない。この話がクラスの女の子達に伝わったら、また陰口の材料にされるんだろうなあ。

 重い足取りで家路につく。久しぶりに爽やかな気持ちでバイトを終えられると思ったのに。なんでいつもこうなるんだろう。フツーの人にとっての幸運が、私にはその正反対になっちゃうんだ。それもこれも、みーんな作り物の身体のせい。

 あれだけ徹底して掃き集めたのに、もう地面には落ち葉が一面に敷き詰められている。さくさくと音をたてて私の足の下で踏み砕かれていく枯れ葉達。木々は、もうすっかり葉を落として冬支度を始めてる。あらゆる命あるものが、こうして四季の営みを続けながら、生まれ老い死んでいく。その中で、私一人だけが永遠の16歳を繰り返す。今年も、来年も、その先も、ずっとずーっとこの姿のまま。たとえ加齢処理を受けたとしても、この身体が作りモノなことに変わりはない。限られた感覚とできないことだらけの機械の身体。150馬力の筋力も暗い所でもよーく見える義眼も、私を本当の幸せに導いてくれることはないだろう。
 そういえば、もうすぐ私の誕生日が来る。小さい頃は、誕生日を迎えるたびに、新しい世界が開けていくような気がしてわくわくしてた。今の私は、あの頃の気持ちを忘れてしまっている。
 そうだよね。私がこんな気持ちでいたら、せっかく掴んだ幸運も不運に変わっちゃうよ! うん。今日だってバイト代がちゃーんと入ったんだ。何も落ち込むことはないじゃないか。白石さんの焼き芋も、佐倉井やジャスミンに話したら、きっと面白がってくれるだろう。佐倉井は、もう知っているかもしれないけれど、それをネタに楽しいお喋りができればいいんだよ。今日の出来事明日への活力。くよくよしたってしょうがない。明るく楽しく生きていきたいよ。

 八木橋裕子19歳。明日もバイト探しにがんばるぞう!



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