このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください


「あ、あれ?」
「藤原、なにきょろきょろしてるの?」
「え? 裕子さん、感じない?」
「何を?」
「いや、なんだか急に薄暗くなった気がして……」
 空を見上げても雲一つない。久しぶりの快晴だ。
「身体の調子、悪いんじゃない? ここしばらく、休みとれてないでしょ? ほら、あそこのベンチで休もうよ」
「う、うん。裕子さん、ごめん」
 手近なベンチに並んで腰をおろす。私の身体は疲れるなんてことないから、いつも藤原に無理させちゃう。今日だって仕事でずっと忙しかったのに、私に合わせて時間を決めてくれたんだ。行きたい所はいっぱいあるけど、今日はこうやってゆっくり休んでいた方がよさそうだ。ベンチに座っても、藤原は相変わらずあたりを見回している。
「藤原?」
「うーん。さっきより、もっと暗くなったみたい。裕子さんは本当に何も感じないの?」
「少し横になって休んだら? 膝枕してあげるからさ」
「う、うん」
 藤原は、まだ釈然としない様子だったけど、それでも、私の言葉に従って横になろうとする。
「変だなあ。今日、何かあったか……あっ」
 小声をあげると、私の顔をちらりと見て、それっきり口をつぐんで私の膝に頭を預けて横になる。一体、どうしたっていうんだよう。私には何がなんだか分からない。こんなにいい天気だっていうのにさ。
 そう思ってあたりを見回すと、周りの様子も少し変だった。さっきの藤原みたいにきょろきょろしたり、手びさしをして空を見上げたりしてるんだ。もしかして変なのは私の方? 藤原は私の膝に頭をを預けたまま目をつぶってじっとしている。

「藤原?」
……返事がない。
「藤原、教えて」
「何? 裕子さん」
「気づいているんでしょ? ヘンなのは藤原じゃなくて私の方。ねえ、何が起きてるの?」
 藤原は私の顔を見つめて黙ったまま。しばらく睨めっこが続いた後、藤原がぽつんと呟く。
「今日は日食なんだ」
 日食……。そうか、藤原は私の義眼のことを知っている。それで、さっきあんな顔を……。
 私の目は機械の目。暗いところでも良く見える。日食で日の光が弱くなっても、自動的に光量補正されちゃって分からない。
 映画館とかなら暗いって分かっているけど、まさか日食なんて思いつかなかった。生身の目だったら、きっと藤原と一緒に空を見上げてさ、うわ、凄いねー、とか言えたのに。でも、今は、一緒にいても藤原と同じ物を見たり感じたりすることができない。真夏の暑さも、真冬の寒さも、春に咲く花の香りも、秋に食べる焼き芋の美味しさも。こんなに近くにいても、藤原とは何一つ分かち合うことができないんだ。それは私が機械女だから。

 藤原、こんな私と付き合っていて本当に楽しいの?

 そんなことをぼんやりと考えていると、藤原の頭を撫でていた私の手を、藤原の手がそっと包み込む。
「?」
 見下ろすと藤原の目が私の目をしっかりと見つめている。
「裕子さんの膝、とても温かいよ」
 藤原。藤原……。私も藤原の目を見つめ返す。
「うん。藤原、ありがとう」

 藤原はいつだって私の気持ちを気遣ってくれている。私の前では決して物を食べないだけじゃない。私が身体のことで一人で落ち込んでいる時は、いつだってこうやって私の気持ちを引き立ててくれる。だから私は自分が機械の塊じゃなくて、心を持ったニンゲンだっていうことを思い出すことができるんだ。コスプレ好きだったり、デートコースの選択がおやじっぽかったりするけどさ。でも、私にとっては、かけがえのないたった一人の人なんだって最近思うようになった。
「裕子さん?」
 藤原の心配そうな声。考え事をしていて手が止まってた。
「今日はどこに行こうか? いつも私に合わせてくれてるから、今日は藤原の行きたい所でいいよ」
 藤原の顔がぱっと輝く。
「あ、でも、コスプレショップは勘弁ね」
 とたんにかわいそうな程しょげかえる。ふふん。あんたの考えることなんてちゃーんとお見通しだよ。ホント、藤原って正直なんだから。

 眉をひそめてどこに行こうか悩んでいる藤原の顔を見て私も考える。さっきはあんなこと言ったけど、きっとまた、私が喜びそうな場所を考えようとしてるんだ。そんなに考え込む必要なんてないんだよ。藤原と一緒なら別にどこだっていいんだから。このままずっとここにいるだけだってかまわない。私の傍に藤原がいてくれる。それだけで私は幸せになれるんだ。

 藤原、大好きだよう!



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