このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください


『目線くださ〜〜い』

<パシャ、パシャ、カシャ、パシャ、カシャ、カシャ、カシャ>

 盛大にあがるシャッター音。まったく、何を考えているのやら……。

『ありがとうございました〜〜』

 ここは瓜馬メッセ。日本でも有数の巨大複合展示会場。モーターショーやビジネスショウのような誰でも知っている大型イベントから、業界関係者限定のこじんまりとしたイベントまで、毎週のように様々なイベントが開催されている。お堅いビジネス関係のものだけじゃない。おもちゃショーやゲームショウなんかは、家族連れの来場者が多くてとても賑やかになる。今日、僕は、そういう展示会の一つを見に来ている。

 義体展示会。

 世界中の義体メーカーが集まって、それぞれのメーカーの最新製品を展示する。病院の関係者、自衛隊や宇宙開発機構や深海資源開発センターの職員、テレビ局や新聞社からの取材班、そして一般の来場者。ここで開催される展示会の中でも、特に知名度が高くて、来場者数も多いイベントだ。義体技術者を志望する僕が、ここにいる
のもそんなに不思議なことではない。でも、今日はちょっと事情がある。

 指導教官の教授から展示会の企業招待日のチケットを渡された時は、びっくりした。招待状に、必ず来るようにと、イソジマ電工の人事担当者からのメッセージが添えられていたんだ。先月、推薦入社の面接を受けて結果もまだわからないというのに、こんな指示を出されるものなんだろうか? 教授に聞いても詳しいことは何も知らないようだったし、人事担当者に問い合わせるのも印象を損ねるような気がしたので、とりあえず指示に従うことにした。

 同じ研究室の義体フェチの友人にチケットのことを話したら、ずいぶん羨ましがられた。一般公開日には、全身義体ユーザーがキャンペーンガールよろしく艶やかな衣装をまとって愛嬌を振りまく姿を見ることができる。バニーガールやらチャイナ服やら、趣向を凝らしたコスチュームで、会場が溢れかえる。それはそれで、魅力的な光景だとは思う。でも、企業招待日はちょっと違うんだ。

 招待日には、義体メーカーの関係者だけではなく、その取引先の病院や自衛隊幹部の人達が来る。全身義体を見慣れたそんな人達に、バニー姿で接客しても仕方が無い。自社技術をアピールするために、一般客には見せられないようなものを、各社が競って用意する。例えば、スケルトンモデルの義体とか(当然、脳みそが丸見えだ)、義手義足の着脱やメンテナンスハッチの開閉の実演を時間を決めて実施する。そんな過激な光景が会場の随所で繰り広げられる。

 友人が羨む気持ちも分からなくはないけれど、会社からの指示ということは、後でレポートを求められるかもしれない。もし彼にチケットを譲ったら、レポートも彼に任せることになる。イソジマ電工の人工皮膚の手触りにハアハアしたとか、ギガテックス社の凹凸を強調したボディラインは絶妙だとか、ハイラール社の義足の曲線美は神業だとか書きかねない。駄目だ。駄目だ。ここは、やっぱり自分で行かなくちゃ。

 人事担当者のメッセージでは、14時から14時30分の間にイソジマ電工のブースに来るよう指示されていた。少し早めに会場に着いて、他の義体メーカーのブースをあちこち覗いてみた後で、受付に行って記帳して資料を受け取った。こういう展示会には、あまり来たことがない。歩き疲れたのと、会場の熱気に当てられて、どこかで一休みしたい気分だった。

 ちょうど、ブースの片隅に置かれた椅子に空きがあったので、これ幸いと腰をおろす。ギガテックス、ハイラール、ボーグ、ect、etc…。どこの義体メーカーも、女性型全身義体のデモをしてた。友人が言っていた通り、いろいろな形で自社技術のアピールをしている姿が見られたけど……。

 あの全身義体の中の人達は、どんな気持ちであんなデモをしていたんだろう。今の義体技術は、外見だけは元の身体そっくりの義体を作れるまでに発展した。だから、もう外見の出来具合ではなくて、特殊公務員の職務向けの機能や性能の向上、維持管理コストの低減なんかにセールスポイントが移ってきているという印象を受けた。
 確かに、それは義体を工業製品として見たら、正しい方向なんだろう。でも、福祉医療機器という面で見たらどうなんだろう? もっと他に求めるべきものがあるんじゃないだろうか。たとえば、より生身の身体に近い義体とか……。

「おい、君」

 それにしても、標準義体を使ったデモというのは興味深い。同じ顔、同じ体格の女の子が何人もそろっているというのは、普通ではまず見られない。イソジマ電工のブースにも、そういう全身義体のコンパニオンが5人いる。胸元に付けたネームカードには、会社名と、アルファベットの一文字だけが書かれている。「A」「F」「H」「S」「Y」。義体の中の人の名前のイニシャルなんだろうか。彼女達もこれがなかったら、互いに見分けがつかないんだろうか。たぶん、来場者に対する対応マニュアルがあるんだろう。説明する時の物腰や言葉遣いも統一されているので、一層見分けるのが難しい。

「おい。私の言葉が聞こえないのか?」

 でも、こうやって彼女達一人ひとりをじっくり観察していると、やっぱり表情や振る舞いに微妙な違いが見えてくる。中の人それぞれの人柄が滲み出てきているようだ。たとえ器は変わっても、その中にいる人の人格まで変わるわけじゃない。本当に大事なのは器じゃなくて、中のh

「うわあっ!」

 突然、首筋に冷たい物が押し付けられて、思わず間の抜けた声を上げてしまう。振り返ってみると、全身義体のコンパニオンの一人が手にジュースの缶を持って立っていた。胸のネームカードを見ると「F」と書かれている。あまり感情を表に出さず、身のこなしにも無駄のない子だったかな?

「な、何を一体……?」
「さっきから声をかけていたんだぞ? そんなに彼女達は魅力的かな?」
 相変わらず賑やかなコンパニオン達のいる方に眼をやって、非難の調子が混じった声を出す。
「いや、そういうわけじゃないけど……」
 さっき考えていたことは、あんまり人に言えるようなことじゃない気がして、言葉を濁してしまう。
 彼女は僕の向かいの椅子に腰掛けて、改めて缶を差し出した。全身義体の人は飲食ができない。彼女の前でジュースを飲むのにためらいを感じて、受け取ったものかどうか迷っていると、彼女はくすりと笑ってこう言った。
「私のことを気にしているのか? 遠慮することはない。もう、こういうのには慣れてしまったよ」
 屈託のない笑みを浮かべて、さらりと言ってのける彼女。全身義体の人に接した経験が少ない僕は、そんな言葉にも胸の痛みを感じてしまう。でも、せっかくの好意だからと缶を受け取った。
「うん。それでいい。変に気を回される方が、かえって傷つくこともあるからね」
「あの、こんなところで、僕と話をしていていいの?」
「今は、休憩時間だよ。機械の身体だからって、働きづめというわけじゃない。慣れない客対応は気疲れする。まあ、休むというよりは気分転換のため、というところかな」
「そ、そうなんだ」
「で、君が嫌でなかったら、少し相手をしてくれないか」
「それは構わないけど」
 義体の人って、自分の身体のことをこんなに率直に話すものなんだろうか? 研修や見学で会った全身義体の人達は、みんな大なり小なり義体に対して引け目を感じているようだったけど。こんな風に自分の身体のことを考えることができる人には、生身の身体に近い義体は、いらないのかもしれないなあ。
 でも、この子、変わった喋り方をする。中の人は男性社員だったりしてね。義体メーカーとはいえ、全身義体の女性社員がそんなに沢山いるとは思えないし、理屈の上では異性タイプの標準義体の中にだって入れるんだし。まあ、いくら人手が足りないからって、そんなことをしたいと思う人はいないか。よっぽど特別な理由があるなら別だろうけどw

「私は見ての通り全身義体だ。こんな人形と話をするのは、本当に嫌じゃないのか?」
「……そんな言い方、しない方がいいよ」
「どうして? たいていの者は、この身体を見て、可哀想とか気味が悪いとか言うのではないか? たとえ、面と向かって言わないとしても、心の中ではそう思っているのだろう」
「僕も同じ事を考えている、と?」
「違うのか?」
 全身義体の人と直接話すのは初めてだ。今まで、そんなこと真剣に考えたことがない。さっきの言葉だと、身体のことは気にしてないみたいだったけど……。
「たとえ君の身体が義体だからって、何も変わらないよ。君の喋り方も、身のこなし方も、考え方も、そして身体も、全部ひっくるめて君なんじゃないか。君は君。それ以外に何があるのかなあ?」
「……君は変わっているな。まあ、私ほどではないだろうが。変なことを聞いてしまったな。すまない」
「僕が嘘を言っているとは思わないの? さっき君が言ったみたいに、面と向かって本心を口にしたりしないかもしれないよ?」
「君の言葉に偽りは無い。私はそう感じた。今、君が本心を語ってくれたと信じるよ。だからこそ、こんな言い方をしてしまったことを申し訳ないと思う」
「ううん、いいよ。君には大事なことなんでしょ」
「そうだ。しかし……」
「じゃあ、もう、この話は終わりにしよう」
「そうだな」
 彼女は、僕の胸元に目をやって、改めて話題を振ってくる。
「君は、星修大の学生だね?」
「そうだよ。義体工学科の4年生。来年卒業しちゃうけどね」
「それで就職先は、ギガテックスあたりかな?」
「やっぱり、そう思うの?」
「たいがいの義体技術者志望の学生は、ギガテックスへの就職を希望すると聞いている。あそこなら、思う存分技術を究めることができるのだろう? 給料もいいそうだし」
 確かに彼女の言っている通りだと思う。でもギガテックスでは、僕のやりたいことはできないんだ。
「それを君が言うの? 君だって、イソジマ電工の社員なんでしょ?」
「それはそうだが。私は、一般論を述べただけだ。君は違うのか?」
「僕も、イソジマ電工の社員になる予定だよ。面接の結果待ちだけどね」
「ほう? それは、また奇特なことだ。一つ聞いていいかな?」
「何を?」
「いや、イソジマ電工を志望した理由をさ」
「……聞いても、笑わない?」
「それは、聞いてみなければ分からないな」
「……じゃあ、言わない」
「はぁ……」
 彼女は小さな溜息をつく。
「君は、自分の考えにそんなに自信がないのか? よほどくだらない理由でなければ、誰も笑ったりしないだろうに」
「……僕はね、イソジマ電工の企業理念に惹かれたんだよ」
「”もっと、もっと本当の身体に近づきたい”というやつか?」
「そう。今の全身義体は、外見からじゃ見分けがつかないくらい元の身体そっくりにできているけど、それで十分だとは思えないんだ。栄養カプセルしか口にできないし、味も匂いも分からない。温度感覚は身体の一部にしかなくて、暑さ寒さも感じられない。義眼の暗視機能とかズーム機能とかを改善する前に、元の身体でできていたことを、もっと再現するべきじゃないのかなあ?」
「……そこまであからさまに義体の欠点を言われると、私でも多少は傷つくな」
 彼女があまりにも率直な物言いをするので、ついつられて余計なことを言ってしまった……。
「あ……、ゴメン……」
「ふふふ……、冗談だ。もう慣れたと言ったろう? むしろ、そこまではっきり言える君を見直したよ」
「そ、そうかな?」
「そうだ。確かにイソジマ電工の企業理念に照らし合わせれば、君の言っていることは正しいよ。じゃあ、入社したら、そういう義体の開発に携わりたいと思ってる?」
「うん、できればね」
「例えば、どんな?」
「実はね、僕の研究テーマは、汗をかく義体なんだ」
「汗を、かく?」
 彼女にも予想外だったのか、目を丸くして聞き返してきた。うーん。やっぱり笑われるかな。

「暑い時や感情が昂ぶった時に、汗をかくって大事なことでしょ? だから、僕は、人工皮膚の中に微細な輸液管を形成する技術を研究してるんだ。それさえできたら、後は、サポートコンピューターでマイクロポンプを制御して、人工汗液の貯蔵タンクから適当な量を送り込めばいいってわけ」
「それは、また変わっているな。そんな義体ができたら義体ユーザーは喜ぶだろう。でも、製品化は難しくないのかね?」
「そうだね。教授には、いろいろ言われたよ。”そんな物を研究しても、補助金が出ないから製品化の見込みがない。もっと他に有益なことがあるだろう”とかね。教授とは随分議論したなあ。さすがにイソジマ電工のOBというだけあって、僕の考えには賛成してくれていたけど、就職には不利だからって、なんとか僕を説得しようとしたんだ」
「教授と君が議論する姿が眼に浮かぶよ。それでも、自分の意見を押し通したんだね?」
「僕には、それが正しいことだと思えたから。おかげで、ギガテックスへの推薦は逃したけど」
「さもありなん。でも、それを残念には思っていないのだろう?」
「まあね。それに、もともとイソジマ電工が第一志望だったし」
会話が途切れて、彼女は何か考え込んでいる。
「うん、気に入った!」
「え? 何?」
「君が気に入ったと言ったんだ。君とはぜひ一緒に仕事をしてみたいね」
 まさか、こんな肯定的な答えが返るとは思わなかった。目を輝かせて僕の顔を見つめる彼女。標準義体のどことなく人形めいた整った顔が、彼女の感情に動かされて、本当に生き生きとした表情を作っている。
「……ありがとう。そんな風に言われたのは初めてだよ」
 彼女があからさまに好意を示してくれるので、胸がドキドキし始めた。顔が赤くなったりしてなきゃいいけど。

『ふるげんさ〜〜ん。そろそろ戻ってくださ〜〜い』

 デモを続けているコンパニオンの群れの中から呼び声があがる。彼女、ふるげんっていう名前なんだろうか?確かにイニシャルは、ネームカードと同じ「F」だけど。

「ああ、今行く。すまない、もう休憩時間が終わってしまったようだ。君との話が楽しくて、つい時間が経つのを忘れてしまったよ」
「うん。僕も楽しかった。ありがとう」
「では、これで。また会える時を楽しみにしているよ」
「え? あ…うん。じゃあ」
 別れ際に差し出された彼女の手はとても暖かかった。しっかりと握り返してくるその手から彼女の心が伝わってくるような気がした。ああ、本当にこんな人と一緒に仕事ができたらと、心の底から感じた瞬間だった。
 彼女、イソジマ電工の社員ということは、入社したら、僕の先輩になるっていうことか。僕は技術系志望だけれど、彼女はどうなんだろう。面接の時には話せなかった僕の本当の希望を聞いてもらえたのと、彼女の前向きな姿勢を見られたのは、大きな収穫だった。イソジマ電工に入社を決めたけど、本当に僕がやりたいようなことができるんだろうかと、心の底では不安に思っていた。でも、あんな人がいる会社なんだ。僕もきっと頑張れる。

 3週間後。イソジマ電工汐留本社ビル43階の面接会場控え室。今度は面接に来るようにという人事担当者からの連絡を貰って、またびっくりした。だって、先日、内定通知が届いたのに、なんで面接が必要なんだろう? 教授に聞いても分からなかった。まさか、僕の成績か研究テーマを吟味して、内定取り消しとか言われるんだろうか? 展示会の後の浮かれた気持ちも消え去って、また不安が戻ってきた。
 控え室には僕の他に6人いた。前の面接の時は、確か20人くらいいたはずだ。やっぱり何か悪い知らせがあるんだろうか? 進行役の女性社員に呼ばれて面接会場の部屋に入って行って、15分くらいで戻って来る時は、みな、なんともいえない顔をしていた。いい知らせと悪い知らせを同時に聞いて、心の整理をつけかねている、そんな感じ。控え室に残った僕達の方を見る、意地の悪そうな目つきも気になった。もうすぐ自分と同じ目に会うんだぞ、っていうことか。何があったか聞きたいけれど、戻って来るとすぐに進行役の女性に促されて部屋を出て行ってしまう。控え室に残された人数が少なくなるにつれて、不安は増すばかり。
 最後にようやく僕の名前が呼ばれた時は、もうどうにでもなれって感じに近かった。指示されるままに、面接会場の扉をノックして中に入る。部屋の中にいたのは1人だけだった。初めて会う30代後半くらいの男性だ。この人が今日の面接官か。机の上にはネームプレートも置いていない。どこの部署のどんな立場の人かも分からない。鋭い目つきをしていて、感情を余り表に出さない、とても冷静な人という印象だ。
「ああ、よく来てくれました。どうぞ、かけてください」
「はい」
 思ったよりは、柔らかな言葉遣いだけど、それで安心するわけにもいかない。一体、何を言われるんだろ。
「今日は、なぜ呼ばれたか知っていますか?」
「いいえ」
「今日の面接は非公式なものです。内定通知が届いていると思いますが、あなたが入社してからのことについて、いくつかお話したいことがあって、ご足労願いました。技術系を志望していると聞きましたので、その関係で少し詳しいことを聞きますが、よろしいですか?」
「はい」
 本当にそれだけなんだろうか?
「まず、あなたの研究テーマについて話してください」
僕の研究テーマを聞いてどうするんだろう? 義体産業の関係者で、展示会場で会った彼女みたいに真摯に僕の話を聞いてくれる人は、まずいない。やっぱり、こんな変なテーマを選ぶ学生なんか採用したくないってことだろうか。
 でも、聞かれたからには、答えないわけにもいかない。仕方なくテーマの概要を説明する。男性は、鋭い目つきで僕の顔を見つめながら、質問を挟まずに最後まで説明を聞いていた。
「それで、あなたの目標は? そんなテーマを選ぶからには、何か目標があるのでしょう?」
 前の面接の時には、ここまでは聞かれなかった。当たり障りのない志望動機と、御社の業務に貢献したいという通り一遍の言葉を並べただけで、大した波乱もなく終わってしまった。立派な企業理念を掲げていても、その通りにならないのが現実だ。理念は理念として尊重した上で、地に足の着いた意見を述べるのが就職活動のセオリーだ。でも、ここまで来たら、もうそれでは済まないだろう。

「御社の企業理念の通り、”本当の身体”に近づくための開発を目指したいと思います」
 彼女の笑顔を思い出しながら、思い切って心の内を口にした。これで駄目だといわれるなら、イソジマ電工との縁も、それまでのことだったんだ。
「それは、汗をかく義体の開発をしたいと言うことですか? そのような製品は前例が無いので需要の予測ができませんし、開発費の捻出も大変です。特殊公務員の職務向け機能の開発に加わることは希望しないのですか?その方が業績があがると思いませんか?」
「そういうことは誰か他の人にお任せしたいと考えます。私は、義体ユーザーが本当に望む物を開発したいんです」
 男性は、それを聞いて考え込む。しばらく気まずい沈黙が続く。あなたのような人材を求めていない。そんな台詞が返ってくるのを、半ば予想し始めた頃、ようやく男性が口を開く。
「うん、いいでしょう。あなたの気持ちは分かりました。汗をかく義体は私も面白いと思います。4月から開発プロジェクトを立ち上げられるよう、これから提案書を作りましょう。あなたにも発案者として、ぜひプロジェクトに参加していただきたい。いろいろな意味で、きつい仕事になるでしょう。覚悟はいいですね?」
 僕はあっけにとられた。まさかこんな物が本当に製品になるなんて考えてもいなかった。それに、いくら発案者とはいえ、新人をそんな簡単に開発スタッフに加えるなんてあるんだろうか? でも、男性の表情は、その言葉に嘘は無いと言っている。
「教授の反対を押し切って就職に不利な研究テーマを選んだあなたなら、この仕事がどんなにきつくても期待に応えてくれると信じていますよ」
「え? ど、どうしてそれを?」
 教授との議論のことは、ここでは話していないのに。
「では、改めて。私は古堅といいます。義体開発部の部長を務めています」

 古堅。ふるげん。ま、まさか!?

「これで、一緒に仕事ができますね。私は嬉しいですよ」
「あの、失礼ですが、部長は全身義体なのでは……?」
 古堅部長は、不思議そうな顔をする。
「ええ。ご存知の事と思っていましたが」
「じゃあ、もしかして今日呼ばれたのは展示会で……?」
「あの時は、本音を語っていただけて大変参考になりました。今日、面接したのは、皆、展示会にご招待した方々です。」
 椅子から立ち上がって僕の前に立つ古堅部長の顔には、あの時の彼女を思わせる屈託のない笑みが浮かんでいた。
 差し出された部長の手は、やっぱりとても暖かかった。しっかりと握り返してくる、その手の力強さも記憶にある通り。
 確かに、一緒に仕事ができるようにはなったけど。まさか、彼女が部長だったなんて。僕の気持ちは、どこへ持っていけばいいんですか……orz


 後日。友人にこのことを話したら、大笑いされた。イソジマ電工の古堅部長と言えば自社の企業理念を体現する存在として誰でも知っている有名人らしい。全身義体ユーザだということも、周知の事実。”ふるげん”なんていう名前も、そうそうあるわけじゃない。”先に話してくれていたら、すぐに教えてやれたものを。一人でいい思いをしたバチがあたったんだ。” そう友人に言われて返す言葉がなかった。

さらに数日後。某巨大掲示板の義体板都市伝説スレに、かなり脚色を加えられていたけれど、事の顛末が書き込まれていて、追い討ちをかけられた。友人を問い詰めたら、”書き込んだのは自分じゃない。でも何人かには話した”っていう答え。ああ、確かに口止めはしなかったけどさ。

 ほら、そこの君。全身義体の女の子に愛を囁かれて浮かれているのはいいけれど、中の人が本当に女の子かどうか、ちゃんと確かめた方がいいよ。僕みたいになりたくなかったら、ねw



「なあ、都市伝説スレの書き込み、あいつの事じゃないのか?」
「ああ、多分そうだな」
「古堅部長には姪がいるんじゃなかったか? 全身義体の」
「そうだっけか?」
「会ったのは姪の方だろ?」
「そうかもな」
「あいつは姪がいることを知らないのか?」
「知らんだろうなあ。古堅部長のことも知らなかったんだし」
「……教えてやらないのか?」
「面白いから、もう少し黙っていようかと。それに、入社したらいずれは分かることだしな」
「あいつも、ろくな友人を持ってないなあw」
「それはお前のことかw」



このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください