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「三沢」
「……はい」
「茂木」
「ハイッ!」
「八木橋」
「はい」
「よーし、全員いるな。冬休みはどうだったかな。みんなの元気な顔を見られて、先生嬉しいぞ」
片桐先生は、教室中を見渡しながら、いつものごとくのんびりした調子で、新学期の最初のホームルームを始めた。先生の雪焼けした真っ黒な顔を見ていると、きっと休みの間は私達のことなんて忘れ果てて、思う存分羽を伸ばしてきたんだろうなあ、なんて思っちゃう。私も、一度くらいはスキーに行きたかったなあ。高1の時に家族で行ったスキー旅行は本当に楽しかった。今はそんな贅沢、とてもじゃないけどできないなあ。
「今日から三学期だな。風邪が流行っているようだが、身体に気をつけてしっかり勉強してくれよ」
ここ数年、この時期には毎年のようにインフルエンザが大流行してる。去年は学級閉鎖で全滅した学年もあったくらい。まあ、私の機械の身体は何をしたって病気になんかならないんだ。風邪も腹痛も歯痛も生理痛も、みーんな私の頭の上を通り過ぎちゃう。生きているって実感が薄くなっていくばっかりだ。病気知らずで羨ましいってよく言われるけど、私はむしろ、風邪をひけるみんなが羨ましいくらいだよ。
「それから、一つ、嬉しい知らせがあるぞ。如月、入って来い」
先生の声と同時に教室のドアが開いて、女の子が入ってきた。
ウチの高校の制服はセーラー服だけど、その女の子はブレザー型のとても洗練されたデザインの服を着ていた。
転校生、だよね。
「今日から、三学期が終わるまで一緒に勉強することになった如月だ」
そう言いながら先生は、黒板にあまり綺麗じゃない字で『如月 遥』と大きく書いた。
「如月、自己紹介をしてくれ」
「はい」
その女の子は教壇に立つと、教室の中を一渡り見回してから口を開いた。
「皆さん、初めまして。私、如月遙と申します。父の仕事の関係で、3ヶ月間だけ、みなさんと一緒に過ごすことになりました。東京は初めてで、分からないことだらけです。短い間ですが、よろしくお願いします」
そう言って、深々とお辞儀をした。
物腰といい、言葉遣いといい、どうみてもイイトコのお嬢さんって感じだね。あの制服、確か清滝女学院のモノだよ。全国でも指折りのお嬢様学校だ。私はお嬢様なんてガラじゃないし、あの制服を着たってゼンゼン似合うわけがない。でも、女の子なら、一度は着てみたいなあって思う服なんだ。如月さんはその制服を、ごくごく自然に着こなしている。やっぱり、凡人の私なんかとは違うよね。
なんでそんなコが、こんな学校に来たんだろうね。東京にだってお嬢様学校はいくらでもあるのにね。家庭の事情とか
なんとかがあるんだろうか。ま、そんなことを詮索したってしょうがないけどさ。
「席は……八木橋の後ろが空いてるな」
「はい」
私の席は、窓際の後ろから二番目だ。窓際は、夏は暑いし、冬は寒い。教壇から距離が離れているっていう利点はあるけど、あんまり人気のある席じゃない。でも、機械の身体の私は、暑いとか寒いとかはカンケーない。私の目は、もともと義眼の調整機能を使ってわざと悪くしているだけだから、眼鏡をかけていれば黒板の字だってばっちり見える。
たまには窓の外を眺めて疲れた心を癒すことだってできるんだ。私にとっては十分快適な席なんだよ。隣の席にいるのがあるなじゃなかったら、ね。
あるなのヤツ、席替えの時にわざわざ私の隣を希望した。私のそばにいて、四六時中、私をねちねちと苛めようっていう魂胆だ。実際、授業中にも休み時間にも、義体の不自由さを聞こえよがしに喋ってる。それも、私に直接向けてこないところが一層腹立たしい。もしも如月さんと仲良くなれたら、あるなももう少しおとなしくなるかもね。ま、たいして期待できないけどさ。
如月さんは、女の私でさえも見とれるような綺麗な歩き方で、軽く会釈しながら私の脇を通りすぎると、同じく優雅な物腰で席に着いた。首を曲げてその様子を見ていた私と、如月さんの目があった。
にっこり笑う如月さん。如月さんの性格がそのまま表に出ているような、穏やかで見る人の心を温かにする笑顔。つられて私も笑顔を返す。
こんなに素敵な笑顔の持ち主なら、私が義体だっていうことを知ったって、変わらない笑顔を向けてくれるかもしれないよ。ほんのちょぴりだけ、期待が私の心の中に芽生えてきた。
「みんな仲良くしてやってくれよな。じゃあ、これでホームルームを終わるぞ」
ホームルームを終えて、片桐先生は教室を出て行こうとする。授業が始まるまでのつかの間の喧騒が教室を満たそうとしていた。
「ねえねえ、如月さん」
早速、あるながちょっかいを出してくる。
「はい? なんでしょう?」
「如月さん、知らないでしょ? 前の席に座ってるヤギー、八木橋さんってサイボーグなんだよ」
「あるなっ!」
あ るなのヤツ、まさか、ここで私の身体のことを言うなんて。
私の身体は作り物。私は義体化一級の障害者。外見では分からないけど、この身体は元の身体そっくりに作られたニセモノなんだ。それはクラス中の誰もが知っている事実だよ。先生達も、みんな知っているし、他のクラスの中にも知っている子はいるだろう。ある意味では私って、結構有名人だよね。
だからって、こんな時に言わなくたっていいじゃないか。あるなのヤツは、真っ先に自分の口から爆弾を落として如月さんの反応を見たいんだろうけど。せかっくの期待が台無しになっちゃった。苛立つ私は、あるなに一言言ってやろうと口を挟みかけたんだ。でも……。
「サイボーグ?」
如月さんの大きな声が教室中に響き渡った。その声の調子には、みんなが一斉にこっちを振り返ったくらいの刺々しさが含まれていた。爆弾を落としたあるな自身、如月さんの反応は予想外だったらしく、目をまん丸にして私と如月さんを見つめてる。
「あなた、義体なの?」
如月さんは、私を睨みつけながら、低い声を私に向けてきた。さっきの穏やかな物腰や笑顔からは想像できない厳しい声。
「あ、あの」
「答えなさいっ!」
鞭が空気を切るパシッっていう音が聞こえるような気がするくらいの激さで、如月さんが私に言葉を叩きつける。
「は、はいっ!」
「等級は?」
「え、えと」
たたみこむような如月さんの言葉に、おろおろする私。えと、えと、何級だっけ。
「何級なの!」
「い、一級です」
「……完全義体なのね?」
完全義体? 全身義体のことだろうか? 如月さんの気迫に押されて、言葉も出ず、壊れた人形みたいに首を縦に振ることしかできなかった。
「先生」
ゆっくりと立ち上がった如月さんは、教室から出て行きかけて、ドアのところで成り行きを見守っていた片桐先生に向かって、静かに、でもはっきりと声をかけた。
「如月?」
「こんなこと聞いていません」
「如月、一体どうしたんだ?」
「こんな物と同じクラスだなんて不愉快です。クラス替えを要請します」
言葉とともに私を指差す如月さん。
……モノ? 如月さんにとって、私はニンゲンじゃなくて、ただのモノなの?
静まりかえった教室の中、私に向けられた如月さんの瞳は氷のような冷たさをたたえていた。
***
午前中、私の後ろの席はずーっと空いたままだった。
午後になって、先生と如月さんが再び教室に入ってきた。クラス替え、なし。席替え、なし。
今は落ち着いて成り行きを興味深々の態でにやつきながら見守っているあるなと、私を空気のごとく綺麗さっぱり無視する如月さん。対照的な二人の囲まれて、私は何がなにやら分からず、途方に暮れるだけ。
こうして、私の二度目の高2の三学期が始まったんだ。
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