このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
ケアサポート課長:「はい、はい...確かに承りました。すぐ手の空いている者を差し向けますので、多少準備も要りますので70分ほどでそちらに着けると思います」
や:「ぎくっ」
課長:「八○橋さん、例の脳軟化症で入院されていた125歳のユーザーさんなんだが、つい、いましがたご臨終とのことだすぐにポストターミナルケア業務に行ってくれ。くれぐれも持参するものを間違えるな。先日のようなミスは取り返しがつかないんだ」
憂鬱だ。
何で私が手すきの時に来るかなあ。そりゃあ、人が亡くなったときの処理って誰かがやらなくちゃいけないよね。でも、それってこの仕事に就くまでは医師や葬儀屋さんの話だと思っていたよ。まさか私が関係するなんてね。ケアサポーターは脳移植が成功した後のリハビリや日常のメンテみたいな生きるための前向きな仕事だけやれるのだと思っていた。まさか医師の仕事と葬儀屋さんの仕事の間にも私の仕事があるなんて、入社前は考えもしなかった。バカだよね。生きるってことはいつか死ぬってことなのに、死んだ人の義体を誰が処理するかなんて考えたこともなかったよ。そもそも不燃物の固まりのようなこの体が、普通の人のように火葬に出来るはずがないだろう、くらい思い至らないとはね。
まあ、私の本当の体はもうとっくに火葬されているわけで、今の体は法的には物に過ぎないし本来は死んだら廃車と同じなんだけどね。でも、廃車だって公害が出ないように適正な解体処理をしなくちゃいけない。義体も運転免許が要るくらいだから同じことだ。そして自動車と比べて特殊な部品が詰まった義体を適正に解体処理できるのは当然ながら義体メーカーだけなんだ。なにしろ人工とはいえ血液が流れる脳容器や生命維持装置は医療廃棄物でもあるし、高性能バッテリーなんか不法投棄されたら非常に危険だからね。
もちろん、ユーザーが亡くなったら義体の所有権は相続人の物だから、相続人が手元に残したいならそれは原則自由だ。但し、その場合でもバッテリーのような危険物を取り外し、サポートコンピューターに残った個人情報を消去する責任がメーカーに課されている。イソジマではその作業、公式にはポストターミナルケア、略してファイナルケアはケアサポーターの担当業務になっている。
これがなかなか辛いんだな。遺族が理解してくれなくて、触るなと頑強に抵抗されるようだと大変だ。私の説明に納得してくれず、会社の顧問弁護士に来てもらってようやく説得できたときなんか、あとで課長に怒られたよ。お前の説明が要領を得ないからだ。弁護士の日当はお前のボーナスから引いておくぞってね。勘弁してよぉ。
ユーザーや家族が理解のある人で、あらかじめ回収についての契約を交わしていてくれるときはまだ楽だ。それでも、義体は廃車と違って、ハイ引き取りにまいりました、それでは書類に軽ーくハンコを、という訳には行かない。遺体が脳だけじゃ葬式のときに困るからね。そのため、あらかじめ回収契約を結ぶユーザーの多くは可燃素材で出来たダミー義体の提供契約を結ぶのが一般的だ。宗教上の理由で土葬を予定するユーザーの時は自然に土に帰る特殊素材のダミー義体を受注することもある。
先日私が担当した鈴木一郎さんというユーザーさんがそういう宗派の人だったのだけど、運悪く同姓同名のユーザーが居たんだ。そりゃ、ちゃんと会社のコンピュータで義体停止信号の受信履歴から追っていけば間違えるはずもなかったんだ。だけど、あらかじめ危篤が判っていたお年寄りでずっと私がフォローしていたものだから油断してしまったんだ。
深夜だったからわざわざ会社経由だとタクシー代もかさむと思って、つい自分のサポコンに有ったブックマークから手配しちゃったんだ。ところがそのブックマークがもう一人の鈴木一郎さんだったのよ。悪いことに年格好も似ていたんでそのまま葬儀が終わってしまったんだ。
それで、忘れた頃に土葬した墓地の膨らみがいつまでも消えない、どういう事だって遺族から抗議があってorz...。
そういえば、さっき課長は亡くなったユーザーさんの名前を言わなかったな。意図的に避けてるんだろうね。いくら私でも2度と同じミスはしませんよ。
憂鬱だと言ったけど、今日はまだ気楽だ。何しろ義体には全く問題が無く、いやむしろ義体だから可能だった大往生だもんね。私は何歳まで生きるのだろうか。ありがたいことにイソジマは全身義体者には定年が無く、認知症にでもならない限り仕事を続けられる。
何しろ義体の維持費を公的年金ごときで払える訳がないし、全身義体者は脳に障害がない限り生活保護も認められないからね。財政の厳しい市だと、脳障害でもギガテックス義体に換装して脳改造を受けるように求められる場合もあるそうだ。
さて、ダミーの手配は間違い無しと。スーツに埃は付いていないわね。黒だと目立つからなあ。じゃ、参りましょうか。
や:「ごめん下さい。イソジマ電工の者ですが、このたびは...」
遺族:「あ、八○橋さんですね。生前故人から色々とお噂を聞いておりますよ。最後ですのでくれぐれもミスの無いようにお願いしますね」
*葬儀用ダミー義体(エコノミータイプ)についての御注意
火葬なされた場合、遺骨が残りません。骨壺には小石1個と故人のお名前を書いた紙を入れるのが一般的な慣習とされております。
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |