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  夏です夏。 夏といえば花火だよね。 ということで、 私は今夜藤原と渦川の花火大会に行くことになってる。夏の夜空に2500発だってさ。 楽しみだよね。 夜のデートといえば洒落たレストランでお食事っていうのが普通のパターンだと思うんだけどさ、 私の身体では食事なんてできないから、 いつもは入舸浦中華街の露天骨董市を ひやかしたりするような、 昼デートが中心。 夜にデートするとすれば、 映画を見るか、 菖蒲端のワイ横のホテルに直行するかくらいのもの。 私だってHは嫌いじゃないよ。 でも、 女はHに至る過程を大事にするの! 会って即Hなんて、 ムードもへったくれもないじゃない。 と、 いうことで、 今回は藤原にしては珍しく、なかなか気の利いたことをするなと感心した。 私の友達の佐倉井なら、 「藤原君、 花火大会とはなかなか粋な計らいだね。 よーし、 80点あげちゃう」なんて言ってるところだ。 集合時間は午後7時。 集合場所は菖蒲端の大狸像の前になりました。

  その日の昼間は、いつものようにしろくま便の引越しのアルバイトを入れていた。 今回の東八軒坊の現場で 一緒に働くのはしろくま便の女性社員で家具運搬トラックの運転手を兼ねる野中さんと、 アルバイトの山本君。 山本君は私と同じ星修大の二年生。 学部は違うけど私の後輩だ。 仕事の合間の休憩時間に雑談なんてするわけだけど、 実は山本君、 今夜狙ってる彼女と初デートで、 映画を見る約束をしてるんだって。 私も今夜彼氏と花火大会に行くんだよねなんて話をして、 それじゃあ、 お互い頑張って仕事はなるべく速く片付けようってことで意気投合したわけだ。
  私はもちろんだけど、 山本君も細っこい身体で何とか頑張って、 野中さんも休憩なしで私達に協力してくれて、 まあ、 そんなに大きい家ってわけじゃなかったけど、 四時前には全ての荷物をトラックに積み込むことができた。 万が一を考えて、 私は現場に浴衣を持ってきてたんだけど、 これなら余裕を持って、 家に帰ってから浴衣に着替えて、 もう一回化粧し直してから藤原に会えるはず。 そのはずだったんだけど・・・。

「それでは失礼しまーす」
  と野中さんが家の奥さんに最後の挨拶。 ところが
「ちょっと、 あんたたち、 まさかもう帰る気なの? まだ終わってないじゃない」
  家の奥さん眉間に皺をよせて私達の前に仁王立ち。
「海外に赴任するから、 冷蔵庫とかテレビとか洗濯機とか電化製品はいらないんだけど。大型の電化製品でも不要なものは持っていって処分してくれるってお宅の営業の人が言っていたはずです!」
  そんなこと私達は聞いてない。 野中さんはあわてて事務所に電話をかけて確認している。 相手はおそらく営業の小林さん。 けど、 野中さんの表情を見てると余り雲行きはよくなさそう。
「小林のヤツ『ごめん、 俺、 そのこと伝え忘れてた。 適当にうまくやっといて。 あとは任せたからヨロシク』だってさ。 まったく頭きちゃう! 結局全部私達でやれってことでしょ! ああ、 もう!」
  野中さんは、 はめてた軍手を投げ捨てた。 本当は携帯をへし折りたいくらいの気分だろう。 それを聞いた山本君は、 死刑宣告を受けた囚人みたいに青い顔になっちゃった。 私ももしも顔色が変わる身体だったなら、 山本君と同じように青ざめちゃってたに違いない。 私達、 これから作業して待ち合わせの時間に間に合うんだろうか?
  急遽追加になったのは、 冷蔵庫みたいな大物ばかり。 だけど、 オーバーペースで仕事をしてきたせいか、 野中さんも山本君も、 明かにグロッキー気味だ。 女性の野中さんはまだしも、 山本君はだらしなさすぎ。 あんた、 これからデートなんでしょう。 急がなきゃ映画の時間に間に合わなくなっちゃうよ! 文句ばかり言っていても仕事は終わらないんだよ!
  もう頼りになるのは私だけ。 こんな時は疲れをしらない私の身体が役に立つ。 悪いけど野中さんも山本君も仕事を早く切り上げたい私にはかえって邪魔だ。 私はイライラしながら、 よせばいいのに、 気がついたらほとんどの荷物を一人でトラックに積み込んでた。 冷蔵庫も洗濯機も、 何もかも。


「ごめん、 ヤギーちゃん。 いつもごめんね。 所長にかけあって、 特別に残業代出してもらうから」
  野中さんは、 山本君と二人で、 やっとこさテレビを持ち上げながら、 そう言ってくれた。 ありがとう。 ケチ所長から追加の残業代なんてもらったことないから全然期待していないけど、 その気持ちだけで嬉しいよ。
  私が見かけによらず力持ちってことは、 しろくま便の社員周知の事実。 少なくとも、 山本君なんかよりは私のほうがずっと力があるはず。 お陰でしろくまの社員からは「力持ちのヤギーちゃん」なんて言われて妙に可愛がられている。 まあ、 普通よりちょっと力の強くて、 しかも最近では珍しく辛抱強い娘ぐらいにしか思ってないんだろうけどね。

  でも私が力持ちで辛抱強く見えるのにはわけがある。 実は私の身体は脳みそを残して全部機械なんだ。 法律上は義体化一級という種別の障害者ってことになってるんだけど、 世間では全身義体と言われたり、 サイボーグと言われたりする存在です。 そう話すと、 自衛隊や警察の特殊部隊なんかを連想して、 人間とはかけ離れたケタ違いの能力の持ち主なんて思われるかもしれないけど、 私の場合は一般生活用の義体だから、 そんな力なんて持ってない。 でも120kgある私の体重を支えて、 なおかつ普通の人と同じように活動するだけの性能をもたせなきゃならないってことで、 なまじっかな男の子よりは、 ちょっとだけ力持ちにできてる。 しかも、 機械だけにどんなに働いても疲れることはないんだ。 だから、 机とか洗濯機とかテレビみたいに重い家具荷物も何とか一人で持ち上げることができるし、 淡々と働き続けても平気ってわけ。

  ようやく仕事から解放された時には六時をまわってた。 まずい、 本当にまずい。 待ち合わせまであと一時間もない。 花火が見れなくなっちゃうよう。 せっかく持ってきたのに浴衣に着替える時間もなくなっちゃうよう。
「子供を保育園に迎えに行かなきゃならないの。 本当は貴方たちを駅まで送りたかったんだけど。 ゴメンネ」
  野中さんは、 申し訳なさそうにトラックで帰っていった。

「山本君、 待ち合わせには間に合うの?」
「ギリギリです。 トンパチまで走ればなんとか」
「じゃあ、 走ろう」
  私達はしろくま便の作業着姿のまま走り始めた。 けれど最寄の東八軒坊駅まではたっぷり3キロはあるはずだ。 案の定山本君はすぐに私のペースについていけなくて遅れはじめた。 どんなに走っても疲れない私のスピードに合わせるのは難しいにしたって、 1キロもいかないで、 バテることないじゃない。 ああっ、 もう本当にだらしないっ! 高校生の頃の私は陸上部の中距離ランナー。 だからか知らないけど、 走れない男ってイライラするんだよね。
「私が背負ってやる。 私があんたを背負って走ってやるよう」
  焦ってる私はとんでもない提案をした。 でも本気だよう。 あんたを見捨てることもできないけど、 あんたに合わせてたら私だって待ち合わせに遅れるんだ。 2500発の花火が見れなくなるんだよう。 だったらこうするしかないじゃない。
「ヤギーさん、 いくらなんでもそれは無理じゃないの。 それにヤギーさんに悪いし」
「無理かどうかは、 やってみないとわからないでしょ。 急がないと、 山本君、 本当に映画の時間に間に合わなくなっちゃうよう。 はい、 つべこべ言わず、 乗る」
  私が腰を落とすと、 山本君はしぶしぶ私の上に乗った。
  結局、 2キロ余りを山本君を背負って走ることになった。 住宅街のせせこましい裏路地を走っているぶんにはまだ人目につかなくて良かったんだけど、 八軒坊銀座のアーケード街のど真ん中を走り抜けたときは、 道行く人に珍獣でも見るかのよう振り返られて、 滅茶苦茶恥ずかしかったよ。 女の私に背負われてる山本君なんて、 私なんかよりもっと恥ずかしかったのか「ヤギーさん、もういいです、降ろしてください」って私の後ろで言い続けてたけど、 意地になってる私は、八軒坊銀座を行くみなさまの視線にも山本君の声にも気づかないふりをして走り続けた。
  やっとのことでホームに辿り着いたのと、 菖蒲端行きの急行電車が到着したのがほぼ同時だった。

  菖蒲端行きの電車はいつものように混んでいて座れなかった。 しょうがないので私は山本君と二人、並んでつり革握って立っていた。 私がぼんやり車内広告なんぞ眺めていると
「ヤギーさん、 前からすごい人だと思ってたけど、 やっぱすごいです。 こんな暑い中で僕を背負って、 あれだけ走ったのに、 息一つ切れてないんだもん。 汗もかいてないし。 疲れてないんですか?」
  山本君はひとしきり私にお礼を言った後で、 賞賛と驚愕がないまぜになったような微妙な口調でそう付け加えた。 そう言われてギクリとする私。 よくよく考えたら、 山本君背負って2キロも全速力で走って、 なおかつ涼しげな顔して、 車内広告を眺めているなんてものすごい不自然じゃないか。 そういわれてから急に大げさに呼吸するふりなんかして、 息が切れてる演技をする私ってますます変だよね。 馬鹿みたい。 もう呼吸なんて必要じゃないのにさ。
「あっ、 そう、 そうだね。 いや、 でも私もすごく疲れたよ。 もう死にそう。 この借りはなんかで返してもらうからね」
  いや、 お礼なんかいいから、 君の場合もうちょっと身体鍛えてくれい。 ホントはそう言いたかっだけどね。 全く。
  それにね、 こんなことで、 すごい人って言われてもね、 実は私あんまり嬉しくないんだよね・・・。
  そんな私の気持ちなんか知るはずもなく、 初デートに浮かれまくってる山本君は、 ちょっと前の流行歌の鼻歌を嬉しそうに歌いながら星修学園前で降りていった。 待ち合わせ時間にはなんとか間に合いそう。 よかったね。
  私もなんとか菖蒲端駅のトイレで浴衣に着替えるくらいの時間はとれそうだ。 あそこのトイレ、 むかーしのおぼろげな記憶ではかなり汚かったような気もするけど、 場合が場合だけに文句も言ってられない。 そんなことより花火だよ。2500発。楽しみだなあ。

  午後七時前の菖蒲端。 普段は仕事に疲れたサラリーマンばかりが目立つしょぼくれたターミナルなんだけど、 今夜ばかりは違う顔。 駅と広場を挟んで向かい側の府電の駅前電停まで続く色とりどりの浴衣姿の女の子の群れ。 電停にチンチン電車が到着する度に、 女の子達は先を争って電車の中に乗り込んでいく。 なんだか花に群がる蝶々みたい。 ま、 他人事のように言ってる私もその中の一人なんだけどね。
  待ち合わせ時間のきっちり五分前に、 何事もなかったかのように菖蒲端の大狸像の前に姿を現した私。 青い浴衣で帯の後ろに団扇をきっちり差して、 すっかり変身完了。 まさか藤原も、 私がついさっき作業服着て男を背負って3キロ走ったばかりとは気づくまい。 こんな時ばかりはこの機械の身体に感謝だよね。 
「藤原。お待たせー」

  花火はよかったよ。
  ぎゅうぎゅう詰めの府電に揺られてフラフラになったけどさ。 それでも行ってよかった。だって2500発だよ。 見晴らしのいい河川敷から見たからさ、 振成橋の向こうからひゅーって火の玉が上がって、 どかーんて空に大きな花が開いてね、 渦川の川面にも夜空の花火が鏡みたいにはっきり映って、 とても綺麗だったんだ。 最後は、 どかんどかんってこれでもかっていうくらい赤とか緑とか、 いろんな色の花火を打ち上げてさ、 まるで、 大きな万華鏡が夜空でぐるぐる回り続けているみたいだった。 空が一瞬昼間かと思うくらい明るくなって、 振成橋の吊橋が花火の光でうすぼんやり白く浮かび上がるくらいだったんだよ。
  私の機械の眼は、 暗いところでも、 ものがよく見えちゃうようにできてるから、 逆に夜の花火を見るのには向いてないかもしれない。 そんな私の眼を通しても、 こんなに綺麗に見えたんだ。 藤原の目からはきっと、 もっと綺麗な花火が見えていたに違いないよ。 羨ましいな。 私は、 藤原と二人して河川敷で並んで体育座りして、 花火をぼんやり眺めながらそんなことを考えてた。

  花火大会があるからってことなんだろうね、 普段、 この時間になったら真っ暗で誰もいなくなっちゃうはずの恩賜公園に縁日が出ていて、 花火見物帰りの人達で賑わってた。 縁日に来るのなんて本当に久しぶりで、 多分、 私がまだ温かい身体を持っていた頃以来だよ。 アニメや特撮キャラクターのお面とか、 怪しげなクジビキとか、 綿飴とかたこ焼きとかさ、 杏飴屋さんも。 店の顔ぶれは、 時代が変わっても場所が変わってもゼンゼン変わらないんだよね。 何だか昔を思い出しちゃうな。  そうだ、 私が小学校の四年生くらいのときだったかな、 まだ小さかった弟を連れて、 二人だけで縁日に出かけたことがあったな。 その時、 私、 弟に杏飴を買ってあげたんだ。 あの時が初めてだったな。 自分のお金で人に何か買ってあげたっていうのは・・・。


「藤原、 これ食べてよ。 私のおごりだよ」
  私はなんだか衝動的に杏飴を買って、 藤原に差し出してた。 でも藤原は困ったような顔をした。 分かってる。 私の前で物を食べるのがいやなんだ。 私がこんな身体だから私に気を使ってくれてるんでしょ。 でも、 今日はそんなこと気にしなくていいんだよ。
「藤原が食べないなら、 代わりに私食べちゃおうかな? 身体が壊れちゃったら責任とってね」
  そういって口を空けて食べるふりをする私。 意地悪な聞き方だよね。 そこまでして、 やっと藤原は杏飴を受け取ってくれた。
「美味しい?」
「うん。 なんか杏飴食べるのも久しぶりだな」
「そう、 良かった」
「なんか、 悪いな。 俺だけ杏飴たべちゃって」
「いいんだよう。 今日は花火を見れて、 私、 お腹一杯になったんだ。 だから次は藤原に何か食べてもらおうと思って買ったんだ」
  そうして、 他愛もない話をしながら、 二人で手をつないで、 縁日の中を右に左に寄り道しながら振成橋の電停を目指して歩いたんだ。

  帰りの菖蒲端行きのやっぱりぎゅうぎゅう詰めの府電の中で、 私も藤原も一言もしゃべらなかった。 これから菖蒲端に戻ってすることといえば一つしかないわけで、 そのことを意識するとお互い何もしゃべれなくなっちゃうんだ。 もう付き合い始めて、 こういう関係になってから三ヶ月はたってるっていうのに、 私達、 まだ恥ずかしがってるのかなあ。 私は、 エアコンのほどよく効いた車内なのに意味もなく団扇で身体をあおいでるし、 藤原はさっきから腕を組んで俯いたまま一言もしゃべらない。 こうやって、 何もしゃべらないと、 余計変に意識しちゃって・・・私多分もう濡れてると・・・思う。

「うー、 藤原。 大好き。 大好きだよう」
  ホテルの部屋に入って電気を消したらすぐ私は我慢できなくて藤原に抱きついちゃった。 それで、 私から藤原の服を全部脱がせちゃう。
「何だよう。 もう大きくしちゃってさ。 いやらしいんだよう。 藤原は」
  そういう言って、 藤原のアソコに軽くキスしてやった。 でもそう言う私だって、 藤原のこといやらしいなんて言う資格はない。 私のだって、 もう溢れるくらいになっちゃってるはずなんだ。
「あのさ、 よく時代劇でさ、 帯つかんで身体くるくるってまわしてさ、 『あーれー』とか言いながら帯がとれるやつあるでしょ。 裕子さんせっかく浴衣なんだから、 あれやろうあれ」
  藤原は少年のような純真な眼で、 中年親父のようなドス黒い欲望を口にした。 全く、 素直なんだか穢れてるんだか。 私が浴衣姿ってことで余計興奮してるらしい。 ひょっとして、 妙に電車の中で何もしゃべらないと思ったら、 藤原、 あんたそんなこと考えててたのかい!すっ裸でそんなこと言うと、 あんた余計に恥ずかしいよ。 あんたにゃ何も見えないかもしれないけど、 私の眼にはあんたのナニも丸見えなんだからね!

  結局藤原につきあって、 あーれーをやってしまった・・・。 馬鹿みたい。 で、 今はというと四つんばいになってお尻を高くあげてさ、 藤原を後ろから受け入れてさ、 枕に顔うずめて、 両手はシーツをぎゅって握って馬鹿みたいにあえいでいるだけ。 だって、 だって、 もう気持ちよすぎて何も考えられない。

  今日の藤原はすごい。 二回イってもすぐ回復して、 まだ元気なんだもん。 藤原に突かれる度に私の頭の中で、 身体の中で、 花火がばちんばちん弾けるんだ。 もう、 こんなにいいなら、 こんなによくしてくれるなら、 毎回あーれーでも何でもやってやる! サポートコンピューターも藤原の毒気に狂わされたのかしらないけどさ、 藤原の動きに合わせるように、 指でさわさわなでつけるみたいに、身体中に快感信号を送り込むんだ。 まるで二人の藤原に攻められているみたい。 悔しいっ! 二対一なんて卑怯だよう。 でも、 でも悔しいけどもうダメっ! さっきの花火じゃないけど、 身体が爆発しちゃうよう。
  でもイケなかった。 ある時をさかいに、 ぱったり快感がやんだ。 今まで盛んに快感を送り込んで、 私をさんざんいたぶって来たサポートコンピューターが、 突然私をほっぽらかしにして知らん振り。 もう今日二回目の絶頂まで、 もうすぐのところまで来てたんだ。 来てたんだよ。 それなのに、 何でこんなときに節電モードになるのよう。
「裕子さん、 どうかしたの?」
  突然の私の変化に気がついたのか、 藤原が動きを止めて私の耳元で心配そうにささやいた。
「ううん、 なんでもないの。 続けてよう」
  私は何もなかったふりをして、 今まで通りあえぎ続けた。 イク振りもした。 だって一生懸命頑張ってくれる藤原に悪いんだもん。 藤原は結局三回目の絶頂を迎えて、それで満足したのか、 事が済むとすやすや眠っちゃった。
  私は・・・とても虚しかった・・・。

  当然のことだけど私の身体は普通の人と違って機械だからさ、 食べ物は食べなくていいし、 水も飲む必要がない。 でも代わりに電気がいるんだ。 だから、 定期的に身体の中にあるバッテリーに充電ってやつをしなきゃいけない。 電気がなくなったら動けなくなっちゃうからね。 でも、 突然電気が切れてバッタリってことがないように、 バッテリーの残量が50%を切ったら節電モードに入ることになってる。 生きていくうえで必要ないのに電気をやたら食う性感信号とか擬似体温なんていう人間らしさを装うためのお飾りの機能がまずカットされちゃうんだ。
  ちなみに30%を切ると義体の出力が自動的に普段の半分以下に落とされるようにリミッターが働いて日常生活に支障出まくりらしい。 私はまだ、 さすがにそこまで体験してないからどんな感じかわからないけどね。 風邪をひいて身体がだるくなるような感じなのかなあ。
 バッテリーの残量が0になっても、 補助電源があるからすぐ死ぬってことはないけど、 ほとんど生命維持のためみたいなもので、 全く動けなくなって、 サポートコンピューターからイソジマのケアサポーター部に救難メールが行くらしい。 そうなったら恥だよね。 担当の松原さんにも迷惑かけちゃうし。 だから家で一人で寝るときは必ず充電するようにして、 普段から電気の残り量については気をつけていたつもりなんだった・・・それなのに、 よりによってこんな時に節電モードになるなんて、 ひどすぎるよう。


  普通に暮らしている分には二三日充電しなくても節電モードに入るなんてことはまずない。 だけど、 今日は、 そういえば引越しで重いものをやたらと一人で運んだり、 山本君を助けたり、 よく考えたら相当無理してた。 そのうえHまでするなんてね。 まあ自業自得なんだけどさ。
  あーあ、 擬似体温の維持装置も働くなって身体がどんどん冷えてきた。 今の私って雪女みたいだよね。 藤原と一緒にいる時に充電なんて死ぬほど恥ずかしいけど、 今充電してなきゃ、 明日の生活にも差し障る。 藤原が寝てくれているのだけが救いだ。 腰のカムフラージュシールを外して、 カバー開いてコンセントプラグを引き出す。 あーあ、 ホテルのコンセントがベットから離れてるよ。ここ。 義体内蔵のコンセントプラグなんてそんな長いわけもなく、 延長コードなんていう気の利いたものを持ち歩いてるはずもないから、 せっかくホテルにいるのにベッドにも横になれないで、 コンセントの横でひざを抱えてうずくまるしかない。 みじめだみじめだ。 まあ、 今の私が寝るのに横になる必要もなし、 別にこのまま裸で寝ても風邪ひくわけでもないんだけどね。 はは。
  仕方がないので、 このまま充電ついでに寝ようとしたんだけど、 ダメだった。 脳にはさっきからからの吐き出しようのなくなった性欲がまだぐるぐる渦をまいちゃってる。 このままじゃあ、 とても眠れそうにない。

  いつの間にか身体が温かくなった。 っていうことはだよ。
  そーっとおっぱいをなでて、 乳首をつまんでみた。 そしたら、 ただ指が触れてるって感覚だけじゃなくて、 快感がわさわさ胸から頭まで這い登ってきた。 なんだか下半身も熱くなってきたみたい。 私の身体、 節電モードじゃなくなってる。 元に戻ってるんだ。 調子に乗った私は、 そのまま右手を下半身にもっていって、 私の、 その、 クリをさ、 弾くように撫でてみた。
「んんっ!」
  今まで無理やり抑えつけられて逃げ場がなかった私のもやもやが、 ちょっとだけ溢れて体中に張り巡らされた電線をかけぬけてった。 ほんとにちょっと触っただけなんだけど、 眠ってた意地悪コンピューターを起こしちゃったみたい。 もうダメだ。 我慢できないや。 藤原が同じ部屋で寝てるっていうのにさ、 その横で一人でするなんて馬鹿みたいだけど、 一回イっておかないと眠れそうにないよう。
  本格的にはじめちゃうことにした私は、 身体を起こして、 さっきベッドの上でしてたみたいに、 薄茶色のカーペットに四つんばいになった。 左腕一本で上半身を支えて、 私の右手は・・・藤原の右手だ。 そう思い込むことにした。 それで、 親指ぬかした四本の指で、 藤原が触ってるんだって思いながらあそこを撫でてたら、 どんどんぬるっとしたものが溢れてきた。 いいよ、 すごくいいよ、 もっとして、 もっとはげしく。 妄想の中の藤原の動きにあわせて四本の指をだんだん強く、 激しく。 待ってましたとばかりに電子の妖精どもが、 私の下半身から、 足に、 おなかに、 胸に、 頭の中に、 めいめい空き放題に飛び跳ねはじめた。 もうダメだ。 やめられないよ。 手の動きに合わせてピチャピチャっていやらしい音が漏れはじめたけど、 もうそんなことも気にしてられない。 ねえ、 藤原、 おっぱいもしてよ。 強く握ってよ。 乳首も握りつぶしてよう。 私は自分の、 ううん、 藤原の左手が私の胸を激しくもみしだいた。
  私はいやらしくないよ! 淫乱女なんかじゃないよ! 私は、 ただクリをいじって、 胸をいじってるだけだよう。 他は何にもしてないんだ。 全部コンピューターが悪いんだ。 コンピューターのくせに、 ただの機械のくせに私を苛めるな。 言葉なんて0と1しか知らないくせに、 貧困なボキャブラリーくせに。 なんで、 私、 手が止められないんだよう。 もうやめてよ。 藤原、 もうやめようよ!
  私はもう眼をきゅっとつぶって、 いやいやするみたいに頭うごかして、 何も考えられなくなってるくせに両手はしっかり動かして、 0と1の無限の組み合わせから生まれた淫魔のなすがままだ。 奴隷だ。 私は奴隷だ。 機械の奴隷だ。 もう奴隷でもいいから、 イかせて。 イきそう。 ダメだダメだダメだダメだダメだ。 もうダ・・・。
  唐突に快感がやんだ。 今まで私の身体を好きなように踏み荒らして、 脳みそを崖から突き落とそうとして狂喜乱舞してた電気じかけの悪魔どもがいつの間にかいなくなって、 また私だけが取り残された。 節電モードだよう。 なんで、 なんで、 なんで、 なんで。
  一人Hに夢中になりすぎて、 いつの間にかコンセントが外れてた・・・。

「裕子さん・・・」
  びくっとして私は振り返った。 藤原はいつの間にか起きていた。 ベッドに正座して悲しそうな顔してる。 見られてた。 今の、 全部藤原に見られてた!
「俺が駄目だからかなあ。 俺が下手くそだからかなあ・・・。 ごめんね。 裕子さん。 本当にごめん。 最近、 俺、 裕子さんが気持ちよさがってたから、 自分は上手いんだって思い込んで調子に乗ってた。 勝手なことしてた。 反省・・・してます」
  ベッドの上で土下座する藤原。
「ちっ、 ちっ、 違う。 藤原。 これは違うの! わけがあるんだからね! ホントだよう! 信じてよう!」

  翌日、 私が、 研究室で必死こいてゼミの予習をしているところに、 佐倉井がニヤニヤしながら近ずいてきた。
「ねえヤギー、 ヤギー、 私昨日すごいもの見ちゃった。 なんだと思う?」
「えー、 何見たのさ」
「いつものように八軒坊銀座のダイナスィーにマンゴープリン食べにいったんだよね。
そうしたら偶然にヤギー見ちゃったの」
「・・・・・・」
「ヤギー君。 あんなとこで男背負って走るなんて流石だね。 あれは何、 新しいプレイですか。 変わらず隅に置けないよねえ」
もう嫌っ!


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