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1 YAGIHASHI YUKO

  夏の昼下がり。 ほどよく空いた府電の座席に腰掛けた私は、 後ろを振り返って窓越しに空を見上げた。 空は今にも泣き出しそうな鉛色。 まるで、 今の、 私の心の中みたいにどんより曇ってる。
  宮の橋から武南電鉄で菖蒲端に出て、 菖蒲端の駅前で7番の府電に乗り換えて府南病院へ。 電車が必ず信号待ちをする杉森町の交差店に、 時代遅れの古びた雑貨店があって、 店相応に古びたおばあさんがいつも暇そうに店番をしている。 地蔵坂の坂を下りきったところにある四階建ての雑居ビルの屋上に掲げられたインスタントカレーの広告看板のお姉さんは、 私の気持ちがどんなに落ち込んでいても、 いつも張り付いた笑顔を浮かべている。 どれもこれも、うんざりするくらい見飽きた、 通い慣れたいつもの私の通院路。 どんなことがあっても、 月に一度は必ず通らなければいけない道。
  私は身体障害者。 月に一回、 病院に通わなきゃいけない身体なんだ。 といっても、 外見は至ってフツー。 ううん、 むしろ肌は血色よさそうで、 見た目は、 なまじっかな人よりはずーっと健康そうに見えるはず。 私の向かいの席に座った、 この蒸し暑い夏の盛りに律儀にスーツを着込んだ疲れきった風貌のサラリーマンなんて、 「なんだ、 平日のこんな時間に、 ぶらぶら電車に乗ってるニート娘は。 俺はお前を税金で養うために働いているんじゃねえや」くらい思っているかもしれないよ。
  でもね、 電車の中の人はみんなは気付かないだろうけど、 私の体は、 この電車に乗っている誰とも違うんだ。 みんなの体は血の通った温かい身体。 でも私の身体は冷たい機械。 手も、 足も、 血色よさそうに見える肌も・・・、 モノを考える脳みそ以外はぜーんぶ作り物の機械なんだ。 義手とか義足とか、 体の一部を機械に置き換えた人なら、 たまーにいるよね。 技術も進歩してるから、 外見からは判断つかないかもしれないけどさ。 でも、 私みたいに、 身体の全てを失って、 義体っていう、 人間そっくりに作られたお人形さんの中に脳だけ閉じ込められている、 なんて人は滅多にいない。 こういう、 私みたいな人のことを、 国の法律では、 義体化一級っていって、 形式的には重度の身体障害者っていうことになっているんだ。 障害者っていっても、 手足は思い通りに動くし、 眼も見えるし、 耳もちゃんと聞こえるから、 日常生活に不自由するなんてことはないんだけどね。
  でも、 そういう身体になると、 月に一回は、 いろんな機械の検査やら血液の補充やらで、 身体のあちこちを、 いじられるんだ。 で、 その度に、 自分は普通の人と違うんだ。 機械女なんだって、 思い知らされるんだよね。 でも、 それだけなら、 まだいい。 私も、 もうこの身体になって三年だもの。 そんなことには・・・、 自分の身体が機械仕掛けだってことには・・・、 慣れたくないけど、 でも、 いい加減慣れっこになっちゃったんだよね。 だから、 いつもは検査だからって、 今日みたいに憂鬱になることはないよ。
  今日、 私がくらーい気分なのには訳があるんだ。 それは、 今日の検査が入院検査だから。 私の身体は、 精密機械。 いってみれば、 家電製品とおんなじなんだ。 家電製品なんて、 三年もたてば立派な型落ち品だよね。 私の身体もそれと同じ。 義体化して三年もたつと、 身体に使われているある部品はもう工場では生産されていなくて、部品交換できません、 なーんて困ったことになる。 私の体を制御するサポートコンピューターのプログラムも交換部品に併せて、 新しいOSをインストールしなおさなきゃいけない。 だから、 三年に一回は、 入院検査といって、 1泊2日かけて、 身体をバラバラに分解して、 サポートコンピューターと脳の接続も切られて、 大掛かりに部品を交換しなきゃいけないんだってさ。 しょうがないから、 大学は、 夏風邪をひいたってことにして休んだよ。 風邪なんか引くことがない身体なのに、 ホント馬鹿みたいだよね。
  サポートコンピューターと脳の接続を切られるって、 どういうことか分かるだろうか? きっと分からないだろうなあ。 私の身体は、 本当は眼も耳もないただの脳みその塊にすぎないんだ。 その私が、 なんで眼が見えて、 耳も聞こえるかっていうと、 作り物の身体が受けた電気信号を、 サポートコンピューターが脳が理解できるように変換してくれるからってわけ。 つまりサポートコンピューターの接続が切られるっていうのは、 身体の感覚を全部失うってことと同じことなんだ。 人間のもつ五感、 まあ私はもう味覚も嗅覚もないから三感ってことになるんだろうけど、 それを全部失って、 上も下もない、 何も聞こえない、 どこにも逃げられない真っ暗闇の中で、 検査が終わるまでずーっと待たなきゃいけないんだよ。
  ずーっと昔、 まだ、 義体になりたてのとき、 義体交換で、 この感覚遮断を経験したことがあるけど、 ホント地獄だよ。 暗くて、恐くて、 寂しくて、気が狂いそうになったんだ。 で、 今日もまた、 あの時の嫌な感覚を味わわなければいけないんだ。 入院検査に向かう私の憂鬱な気持ち、 ちょっとは分かったかなあ。

  重い足取りで、 府南病院の長い廊下を歩き、 義体診察科の入り口にたどりつく。 受付の前で、 私の担当ケアサポーターの松原さんが、 いつになくにこやかな笑顔で私をお出迎え。
「八木橋さん。 こんにちは。 ご機嫌いかがですか?」
「うー、 松原さん。 いいわけないじゃないかよう」
  ぶつぶつ文句を言いながらも私は不思議だった。 いつもは約束の時間の30分前には来ていないと不機嫌な松原さん。 なのに、 今日は約束の時間の10分前の到着だっていうのにずいぶん寛大だ。 ひょっとして、 松原さん、 何か企んでる?
  私の身体に残されたのは、 脳みそだけ。 普通は、 失った感覚を補うように、 他の感覚が鋭くなるっていうけど、 私の場合は残された脳みその働きがよくなったり、 勘がよくなったり、 超能力に目覚めたり、 なんてことは、 残念ながら、 ない。 元の、 にぶーい頭のまんま。 でも、 そんな鈍感な私の脳みそでも、 松原さんの様子がいつもと違うなあってピンときたんだ。
「八木橋さん。 あのね。 写真を撮らせてください」
  案の定、 松原さん、 おかしなことを私に頼んできた。 写真だって? 私の写真なんかとって、 何するつもりなんだよう。 ぜーったい、 何かよからぬことを企んでいるんだ。
「松原さん、 こんなところで写真なんて、 藪から棒に、 なんなのさ。 どうせ、 友達かなんかに機械人間ってどんな感じなの? 写真とってきてよ、 くらい言われたんでしょ。 嫌だよ。 ぜーったい嫌っ!」

「違いますっ! 私、 そんなことしませんっ!」
  松原さん、 気色ばんで、 ぷーっと頬っぺたを膨らませた。
「じゃあ、 なんで私の写真なんかとるのさ」
「会社の義体使用患者のデータ登録の更新に必要なんですっ。 別に変なことに使うわけじゃありませんっ」
  松原さんがいうには、 イソジマ電工のコンピューターに、 イソジマ電工の全義体ユーザーの登録がしてあって、 三年おきの検査の時に、 外見の写真も更新する必要があるんだそうだ。 まあ、ルールってことならしょうがないけどさ、 でも、 どうせ義体なんて成長するわけでも、 老けるわけでもないから、 私の外見は、 高校二年生のときのまま、 何一つ変わっていない。 わざわざ写真なんか撮ることないのにね。
「写真を撮られることが分かってたら、 もうちょっとましな服を着てきたのに・・・。 化粧だって全然してないし」
  なおもぶつぶつ不平を言う私。 だって、 私が今日着てきた服なんて、 ユニロクの黄色のTシャツにジーンズだよ。 化粧だってしてないよ。 デートするわけでもなく、 友達に会うわけでもなく、 ただ病院と家を往復するだけだと思ったから、 ホント適当な格好をしてきたんだ。 でも、 どうせ写真を撮られるなら、見栄えよく撮られたいって思うよね。 いくら身体が機械だって、 私だってやっぱり女なんだからね。
「そんなことないですっ。 八木橋さん、 とっても可愛いですよ。 その服だって、 普段の飾らない自然な八木橋さんって感じがして、 すごく似合ってると思います」
  松原さん、 こんなお世辞を言う人だったっけ? でも、 褒められてまんざらでもない私。
  結局、 いざ写真を撮るとなると、 入院検査のことも忘れて、 この写真は笑顔がよくないだの、 角度が悪いだの、 あれこれ注文をつけて、 五回くらい松原さんに撮り直しをお願いしてしまったのだった。
  松原さん、 ごめんなさい。



2 MATSUBARA MIDORI

  ここは義体診察室。 白っぽい部屋の中には、 コンピューターや検査用計器が所狭しと並べられて、 八木橋さんに関する様々なデータを逐一表示している。 その部屋の丁度真ん中にある、各種の義体接続用の機械が収納された義体患者専用のベッドの上に、 八木橋さんがいた。 いや、正確には八木橋さんだったモノと言ったほうがいいのかもしれない。 さっきまで、 このベッドの上で、 あれほどうるさく、 「サポートコンピューターの接続を切らないで、 嫌だよう嫌だよう」と喚いていた女の子が、 今、 もの言わぬ、 変わり果てた、 まるで壊れた人形みたいな姿で、 私の前に横たわっていた。
  白い入院服を脱がされて、 裸でベッドに寝ている今の八木橋さんには上半身しかない。 彼女の腹部から下の外皮は全て取り除かれて、 鉛色に光る軽金属製の骨格や、 複雑な形の電合成リサイクル装置や栄養液の貯蔵タンク、 それに様々な色のコードの束が露出していた。 両足はというと、 部品交換の途中なんだろうか、 完全に身体から外されて、 別の台にバラバラに分解されて、 無造作に置かれている。 下半身に較べればまだ上半身はまだ人間らしさをとどめているけれど、 皮膚のコーティングが全部剥がされているから、 普段は見えない関節部分の継ぎ目が目立つし、 修理をするためなのか、 ところどころ皮膚が取り除かれて、 そこから内部の複雑な電子機器類が丸見え。 両腕も肘から先は、 外皮が外され、 細かい電線の集合体である暗緑色の人工筋繊維の束が半分外れた状態で、 人工骨にぶら下がっていた。
  顔だけは幸いにも八木橋さんそのものだけど、 見開かれた目は虚ろに天井を見つめるだけで生気のかけらもない。 まるで人形の顔そのものだ。 サポートコンピューターとの接続を切られた彼女には、 きっと何も見えていないだろう。 今、 八木橋さんの脳に繋がれているのは、 脳を生かすための生命維持装置だけ。 きっと、 八木橋さんの心は、 深い深い暗闇の中を一人寂しく彷徨っているに違いない。 ベッドにつながれた脳波計のモニターに映し出れる八木橋さんの脳波のギザギザの波形が、 モノを言わない八木橋さんの心の叫びを映し出しているように見えた。



(ごめんね、 八木橋さん)
  私はスーツのポケットからカメラを取り出すと、 心の中で何度も謝りながら、 目の前の、 バラバラに分解された八木橋さんの姿をカメラに収めた。 角度を変えて、 何枚も、 何枚も。 カメラのシャッターを押すたびに、 私の胸がちくりと痛んだ。
  さっき、 私が八木橋さんに説明したことは、 半分は本当、 でも半分は嘘だ。 私が、 八木橋さんの写真を撮ったのは、 義体使用患者のデータ登録の更新というのもあるけれど、 それは表向きのこと。 今回私が会社から命じられたのは、 八木橋さんの使っているCS-20型義体の宣伝資料を製作するための義体外観及び内部構造写真を撮ること。 なんでも、 ライバル社、 ギガテックスの義体を使っている、 ある病院に、 今度うちの会社が営業をかけるらしい。 そのために義体使用患者のナマの資料が緊急で必要になったから、 たまたま都合よく検査入院をする八木橋さんを使って、 撮影をしてしまおうってことになったらしい。 もちろんこのことがばれたら、 患者のプライバシー侵害で訴訟にも発展しかねないから、 八木橋さんには絶対秘密にしてほしいとのことだった。
  半分機械みたいな自分の姿を、 会社の営業用の資料写真に使われる。 決して外部に漏れない資料とはいえ、 八木橋さんにとって、 こんな屈辱的なことはないだろう。 そして、 本当なら、 義体患者の気持ちを第一に考えて行動しなければいけないケアサポーターの私が、 会社のお先棒を担いで、 率先してこんなことをやっている。 八木橋さん、 私にこんな姿を写真に撮られているってことを知ったら、 どう思うだろう。 機械の身体だということに、 人一倍コンプレックスを抱いている彼女のことだもの、 きっと気が狂わんばかりに怒って、 私を責めるだろう。 二度と口を聞いてくれないかもしれない。
——なんで、 私はこんなことしてるんだろう。
  イソジマ電工といえば、 世界でも有数の義肢、 義体メーカー。 世間では一流と言われている理系の大学を卒業した私は、 義肢や義体の設計や製作に携わることを夢見て、 ここイソジマ電工に入社してきた。 なのに、 私が配属されたのはケアサポーター部。 義体の患者と正面から付き合わなければいけない、 最前線の部署だ。 私は、 話好きではないし、 人付き合いも苦手。 そんな私がどうして、 こんな部署に配属されたんだろう。 私が女だから? 女には義体や義肢の開発なんてできないと思われているから?
  今の私のやることといえば、 検査のたびに新しい部品ができたと八木橋さんに勧めては嫌がられ、 営業成績が上がらないと上司に怒られ、 検査入院といっては何百万という高価なお金を取り、 時にはこんなふうに会社に命じられるままに、 義体の内部写真を撮り・・・。 ああ、 私は何をやっているんだろう。 こんなことをするためにイソジマ電工に入社したんじゃなかったのに。 もう、 こんな会社なんて辞めたい。 いやいややっているケアサポーターなんて、 八木橋さんにだって迷惑で失礼な話だろう。 でも、 私には会社を辞める勇気も思い切りも、 そして会社に逆らう度胸もない。

“松原さん。 私、 こんな辛い思いはしたくないよ。 たとえ、 いつわりの感覚でもいいんだ。 こうして、 サポートコンピューターの接続を切られている間に、 何かいい夢を見られるような機械ってないんだろうか。 例えば、 モンゴルの草原とか南の島で遊ぶ夢が見られるようなさ。 そんな機械があったらいいな”
  ふと、 八木橋さんが、 自分の身体の電源を落とされる直前に、今にも 泣き出しそうな、 でも決して泣くことのできない顔で、 ポツリとそうこぼしていたのを思い出した。 八木橋さんの顔は、 その時の悲しげな表情のまま、 眼を開いて凍りついたように動かない。
  ごめんなさい。 さっき八木橋さんが言ったこと、 私、 上に必ず報告します。 どんなに八木橋さんのことを守ってあげたくても、 ひとたび会社に命令されたら、 例えそれが八木橋さんが嫌がることだったとしても断ることができない臆病な私が八木橋さんにしてあげられることなんて、 そんなことくらいしかないもの。 そんな夢みたいな機械、 いつかできるといいね。
  そろそろ八木橋さんの検査が再開される時間だ。 私は、 そっと八木橋さんの眼を閉じてあげると、 義体診察室から抜け出した。



3 SALESMAN AND DOCTER

「君もしつこいねえ。 うちの病院はずーっとギガテックス製の義体を使うことに決まってるんだよ。 だいたい、 イソジマさんの義体は義体化したときのリハビリも大変で、 ケアサポーターも置かなきゃいけないから、 人件費もかかるしねえ」
  黒の豪華な革張りのソファに深々と腰掛けた白衣姿の白髪の目立つ恰幅のよい男は、 目の前のスーツ姿の若い男をちらりと一瞥すると、 タバコの煙を深々と吐き出した。
「先生、 先生。 まあ、 まあ、 そう言わずに、 話だけでも聞いてくださいよ。 今は、 弊社の義体も大分進歩しているんですから」
  若い男は、 営業マン特有の手馴れた愛想笑いを浮かべながら、 鞄からモバイル形のノートパソコンを取り出す。
  こいつ以外の医者はだいたい落とした。 しかし、 ギガテックスからいくらもらっているのか知らないが、 最後に残った肝心かなめの、 こいつが一番の難物だ。 こいつさえ落とせば、 おそらくこの病院はギガテックスからうちにひっくり返るはずなんだ。 正念場だぞ。
 若い男は、 自分にそう言い聞かせた。 さあ、 戦闘開始だ。
「とりあえず、 弊社の義体の中でも最も標準的なCS-20型をご紹介します。 基本的には日常生活用ですが、 潜在出力が大きいため、 日常生活はもちろん、 小改造で特殊な環境下まで幅広く対応できる汎用性の高い義体だと思います」
  若い男は、 慣れた手つきでキーボードを叩く。 と、 パソコンの上の何もない空間に、 突然画像が浮かび上がった。 最近流行の空間スクリーンだろう。
  空間スクリーンに映し出されたのは、 眼鏡をかけた黄色っぽい色のTシャツを着た高校生くらいの年頃の女の子。 ピースサインで無邪気に笑っている。
「ああ、 女の子だね。 この子が義体なの? こんな若いのにねえ。 可哀想に」
  つい今しがたまでソファでふんぞりかえっていた白衣の男は、 興味を惹かれたのか、 身を乗り出して、 空間スクリーンの画像に見入った。
「そうですね。 これは女性型の義体ですね。 形式番号でいうとCS-20Fということになります。 えと、 義体の外見年齢は16歳。 この子は義体化して三年だそうですから、 今は19歳ということになるんでしょうか」
「ところで、 イソジマさんの義体は眼鏡がデフォルトなの? それとも義眼の調子がおかしいの? 眼鏡をかけてる義体なんてはじめてみたんだけど」
「これはですねえ、 この子が物好きなんですよ。 なんでも常体の時に眼鏡をかけていたから、 その時の感覚を忘れたくないとかで。 弊社の義体ユーザーの中でもちょっと変わった子ということで有名なんです」
  若い男は苦笑いしつつ説明する。
  どうも、 変な実例を出しちまったな、 義眼の故障と思われなきゃいいがと若い男は内心舌打ちした。 イソジマ製の義体は故障率が高いなんて先入観を与えてしまったら、 それこそまとまる話もまとまらなくなる。
「外観は、 本当に普通の人間と変わらないよね。 いや、 よくできてる。 外観の仕上げはギガテックスさんよりも上なんじゃないの? 」
  白衣の男が新しいタバコを取り出したので、 すかさずライターを差し出す。 話がそれ以上眼鏡に向かわなかったので、 若い男は内心ほっとした。
「お褒めいただいて有難うございます。 弊社は出自が義肢、 義足メーカーですから、 人工皮膚の質感については、 ギガテックスさんに比べ一日の長があると自負しております」
「まあ、 外観はね。 肝心の中身が伴っていなきゃ、 どうしようもないけどね。 外見だって、 この写真だけじゃ、 この子が義体だって証拠は何一つないんだから」
  白衣の男はタバコの煙を吐き出しながら、 意地悪そうな笑みを浮かべた。
「ご指摘、 ごもっともです。 そこで、 こんな画像も用意致しました」
  若い男にとっては、 その突っ込みは予想済みだった。 むしろ、 相手が自分の土俵に乗ってきた証拠だ。
 よし、 このまま一気に落としてやる。
  若い男は勢い込んで、 空間ディスプレイの画像を切り替えた。
「うわっ。 見事にバラバラじゃないの。 眼鏡はかけてないけど、 確かにこれさっきの女の子だね。 いやいや、 恐れ入りました」
 空間スクリーンに表示されたのは、 先ほど女の子が、 上半身だけの姿になって、 身体のあちこちから機械部品を露出させて、 裸でベッドの上に横たわっている画像だ。 見ようによっては猟奇的に見えなくもない画像だが、 義体医師である白衣の男にとっては、 こんな光景は日常茶飯なのだろう。 嫌がるどことか、 感心したように画像に見入っている。 こうなればしめたものだ。
「この子の入院検査のときの画像です。 こっちのほうが内部構造が分かりやすくていいと思います。 ギガテックスさんの義体とも比較しやすいと思いますし。 では、 まず弊社製の義体の特徴である、 電合成リサイクル機構から説明していきましょうか?」
  若い男は、 型どおりの説明を続けながら、 今日はどのクラブに連れて行けばよいか、 どのくらいの接待費用を使えばいいのか、 頭の中で瞬時に計算していた。


4 YAGIHASHI YUKO

  休み時間も終わって、 大学生協の本屋から教室に移動する最中のことだ。
「ふぁ、 ふぁ、 ふぁ、 くしょん!」
  なんだか鼻がむずむずするなあと思う間も無く、 私はカバみたいに大きく口を開いて勢いよくくしゃみをしてしまった。 くしゃみをするなんて久しぶりのことだったから、 うっかり、 口を手で覆い隠すのも忘れてね。 ホント、 恥ずかしい。
  え? え?
  くしゃみだって? おかしいよ。 全身義体の私がくしゃみなんかするはずないんだ。 それに鼻だって飾りでついているだけで、何の機能もないはず。 その鼻がむずむずするなんてそんなことあるんだろうか・・・。 私の身体、 どうしちゃったんだろう。 どこか変なところが壊れちゃったんだろうか。
「ヤギーがくしゃみするなんて珍しいねえ。 風邪がまだ完全に直ってないんじゃないの? 無理して学校に来なくても、 まだゆっくり家で休んでいればよかったのに」
  くしゃみをしたかと思うと、いきなり立ち止まって蒼ざめている私を見た佐倉井が心配そうにそう言った。
  入院検査の時、 私、 佐倉井には風邪を引いたから休むって連絡したんだ。 だから、 佐倉井にしてみたら、 私の風邪がまだ治っていないって誤解するのも無理ないよね。
「うー、 佐倉井。 違う。 違うんだ。 風邪じゃない。 私の風邪はもうすっかり治ってるから心配しないで」
  ああ、 風邪かあ・・・。 本当に風邪をひくことができる身体だったら、 どんなに素晴らしいだろう。
「じゃあ、 ひょっとして誰かがヤギーのこと噂してるんじゃないの」
  佐倉井は、 私の気持ちなんか、おかまいなし。さっきの心配そうな表情とはうって変わって、 今度はいつものニヤニヤ笑いを浮かべながら私の顔を見た。
「誰かが噂してるから、 くしゃみが出るだって? 今は21世紀の科学万能の世の中なんだよ。 そんな迷信なんていまどきはやらないよう・・・、 は、 は、 くしょん!」
  ああ、 どうしよう。 くしゃみ、 止まらないよう。
「ヤギー君、 モテモテだね。 羨ましいよ。 全く。 けけけ」
「ぶえっくし!」

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