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「うー」
シャーペンを口に咥えて、 頭を抱えて真っ白けのノートに見入ったまま固まっている私。 もう、 この姿勢になってから、 かれこれ五分。 一向にペンがノートの上を走ってくれない。 ふと時計に眼をやると、 丁度夜中の一時をまわったところだった。
お年寄りの多いはるにれ荘だから、 こんな時間になったら、 もうみんな寝ちゃってる。 昼間は管理人ロボットのアニーがぶつくさ文句を言いながら片付けものをしてたり、 住人のお年寄りたちがホールなんかに集まってがやがやおしゃべりしてたりと、 何かと騒がしいところだけど、 この時間になると嘘みたいに静か。 私の部屋の黄ばんだ壁に掛かっている時代物の古時計の秒針が、 コチコチって規則正しく時を刻む音ばかりが妙に大きく聞こえた。
明日の英語の授業は私が当てられる番なんだ。 びっしり細かい字で埋め尽くされた英語の本のまるまる2ページ分の翻訳しなきゃいけない。 なのに、 この期に及んで一行も訳せていない私なのだった。 あーあ、 なんでこんなことしなきゃいけないんだろ? 英語なんて話せなくたって、 このご時勢、 同時通訳機だってあるくらいだから別に困りはしないのに・・・。 関係代名詞が何だ! 動名詞が何だっていうんだよう! 全くバカバカしい。 まあ一週間も猶予期間があったのに、 前日の夜になってようやく取り掛かる私が馬鹿なんだけどさ。 ジャスミンみたいに、 英語はペラペラで、 中国語ももちろんペラペラのくせにあえて第二外国語に中国語をとらずにスペイン語なんか選んで、 それも軽くこなせるような頭が欲しいよね。
「うーん」
なかなか勉強がはかどらないものだから、 ちょっとやる気をなくした私は、 シャーペンをノートの上に投げ出すと、 頬杖ついて何を見るともなくぼんやり外を眺めた。 と、 いっても外は真っ暗。 見えるものっていったら、 街灯のうら寂しいぼんやりした白い光と、 その周りを空しくグルグル飛び回る小さな虫だけ。 通りを挟んで向かい側に建ってる、 この界隈じゃ珍しい、 入り口がオートロックになってて立派なバルコニーつきの、 なんとかハイツっていう名前からしてブルジョワっぽいマンションだって、 この時間ともなればもう真っ暗。 私みたいな夜更かし族の住んでいるんだろう部屋のカーテン越しの淡い明かりが、 いくつかまばらについているだけ。 だから、 外を眺めても、 ちっとも面白くなんかなかった。
しょうがないから気を取り直して、 手元の分厚い英和辞典を開こうと、 視線を目元に移そうとした矢先、 気になるものが私の視界を掠めた。
(あれ?)
もう一度、 視線を元に戻す。 向かいのマンションの電気の消えて真っ暗な部屋。 でも、 その部屋の窓際で、 裸の男女が抱き合ってHしているのが、 私の眼には青く浮かび上がって、 でも、はっきりと見えた。 女の子は、 窓の縁に両手をついて、 立ったまま男の人を後ろから受け入れているんだろう。 男の人の動きに合わせて、 気持ちよさそうに身体をこきざみに震わせているんだ。 これって、 こーはいいって言うカッコウだったっけか? 友達とおふざけ半分でアダルトビデオってやつを見たことはあるけど、 実際他人がHするところ・・・私、 はじめて見たよ。
こうなったら、 もう駄目。 勉強なんか手につくわけない。 私はノートに眼を落とす振りをして、 覗いてることがバレないように眼線だけで二人の行為を追った。
両目に意識を集中させると、 自分自身がやっと聴き取れるくらいのごくかすかな機械音を伴って、 画像が拡大される。 恐らくあの人達、 外からは何も見えるはずがないって思っているんだろう。 部屋の明かりは消えて真っ暗だし、 向かいとはいっても距離もそれなりに離れているしね。 だから窓際で堂々とあんなことやってるんだろう。 誰にも見られないって分かっていても、 やっぱり誰かに見られるかもってスリルが刺激的なんでしょ。 分かるよ、 その気持ち。 でも・・・ 残念でした。 あなたたちのHは私にとっては丸見えなんだ。 だって私の眼は機械の眼だもん。 暗いところでもはっきり見えるし、 遠く離れているものだって、 まるで双眼鏡を使ってるみたいに拡大して見ることができるんだよ。
だから、 私は、 勢いよく男の人が突くたんびに、 女の子が眉根をよせていやいやするみたいに頭を振っていることも、 時には片手で自分のおっぱいを激しく掴んでもみしだいていることも分かってしまった。 はっきり言って、 これは覗きです。 悪いことだよ。 でもさ、 やっぱり私が悪いんじゃないよ。 私は、 覗きをしようとしてたわけじゃないもん。 窓際でそんなことをやるアンタ達が悪いんだ。 そんな気持ちよさそうなトコ見せ付けられたら、 誰だって、 例え全身機械仕掛けの身体の私だって、 その・・・興奮しちゃうよね。
私の使っている義体はごくごくフツーの一般生活用義体ということになっているけど、 それはあくまでも表向きのこと。 実際には全身義体になったら宇宙開発事業団とか海洋開発事業団なんかに所属して、 生身の身体ではできない仕事に就くことが多いんだ。 だから、 特殊な環境でも、 簡単な改造と調整で、 すぐに適応できるように、 義体にはあらかじめいろんな機能がついているんだって。
眼だってその一つ。 私の義眼は普通の人だったら何も見れない真っ暗闇の中でも、 まるで猫の目みたいにものを見ることが出来る。 それから、 見たい画像を自由に拡大することだってできちゃう。 デジタルカメラみたいに見た画像をそのまま記録して、 再生することだってできる。 でも、 こうやって当たり前のように機械の体を受け入れて、 その機能を使っていくのは、 生身だった頃の感覚を忘れて、 自分がどんどん人間から機械に近づいていくような気がしてやっぱり嫌。 だから普段はあんまり使わないようにしてるんだ。
でも、 でもさ・・・、 目の前であんなことされたら別だよ。 どうしたって気になって、 眼がそっちにいっちゃうよ。 画像も拡大しちゃうよ。 こんなことするためについている機能じゃないのに・・・。 こんなもの見れなきゃいいのに・・・。
私は、 いったんは眼をそらして英文翻訳に取り掛かろうとしたけどやっぱりダメ。 ちっとも集中できやしない。 集中できるわけがない。 気がついたら、 右手はペンを持ってそれとなく勉強するふりをしつつ、 左手だけで穿いていたジーンズのボタンを外して、 足の付け根の、 その・・・アソコにさ、 手を滑り込ませていたんだ。 そしたら、 案の定、 もうどうしようもないくらい濡れていた。
軽くクリをなでてみた。
(!!)
その瞬間、 全身に電気が走って、 身体がぎゅって強張って、 手に持っていたシャーペンの芯がポキリと折れた。
ダメだ。 これはもう本格的にはじめちゃうしかない。
ああ、 私ってなんてエッチなんだろう。 こんな機械の体のくせに。 脳みそつきのダッチワイフも同然の身体のくせに・・・。 もう子宮も卵巣もない身体だけど、 そんな作り物の義体でも、 セックスの機能だけはちゃんとある。 欲情すればいっちょまえに濡れるし、 生身の時と変わらない絶頂感だって味わうことができる。 いや、 むしろ生身のとき以上かもしれない。 ひとりHなんて生身のときは二三回イっちゃえば疲れて寝ちゃったものだけど、 今の身体は、 疲れなんて知らないから、 やろうと思えばいくらでも続けることができる。 それこそ義体の電気が切れるまでいつまでも際限なく、 ね。
でも、 宿題だってあるし、 いつまでも欲情してるわけにはいかないよ。
一回だけ、 そう、 一回イっちゃえば落ち着くんだ。 一回だけ・・・ね。
自分自身にそう言い聞かせた私は、 もう一回そーっとあそこに左手を這わせた。 そして、 女の子が、 男の人に突かれる動き合わせて、 手の平でゆっくりと、 あそこ全体を押し付けるように撫で回してみた。 たちまち手の平が、 私の中から溢れた作り物の合成愛液でべったり濡れる。 あそこから生まれた快感信号が、 身体中に張り巡らされた電線を駆け巡って私の脳に襲い掛かる。 もうなくなったはずの子宮が震えた気がした。
「ううっ!」
あまりの刺激の強さに、 勉強するふりをするために持っていた芯が折れたままのシャーペンを、 思わず手放してしまった。 シャーペンが乾いた音をたてて真っ白けのノートの上を転がる。 でも、 私のお留守になった右手はそれを拾い上げることもせず、 待ちかねたような手早い動きで、 腰のところから、 Tシャツの中に押し入ってった。 ブラに守られた右胸を、 目の前の女の子がしているみたいにぎゅっと荒っぽく握りしめて、 それから、 もうとっくに固くなっちゃった乳首をつまんでみた。 あそことはまた違う快感が生まれて、 私の目が眩んだ。
私はひとりHってやつ、 嫌いじゃない。
・・・ごめん正直に言う。 大好き。
インラン女だと思われるのが嫌だから誰にも言ってないけど、 大好き。 全身義体の私に残された人間らしい感覚なんて、 そう多くない。 私には味覚も嗅覚もない。 疲れも知らない。 温度の変化にだって鈍感。 とろけるように甘いケーキの味も、 湯気がたっぷり出ているおいしそうな肉まんの味も、 もう分からない。 夏のうだるような暑さの中で汗を流すこともないし、 凍りつくような厳しい冬の寒さを感じることも、 もうできない。 性感っていうのは、 そんな私に残された数少ない人間らしい感覚なんだ。 その感覚だって、 私の頭の奥に収まったサポートコンピューターが生み出した擬似的なデジタル信号、 所詮まがいものに過ぎない。 そんなこと分かってるよ。 でも・・・それでも、 生身の人間に限りなく近いこの感覚を私は大切にしたいと思ってる。 機械だったら、 決してこんなことしないもの。 私がひとりHをしたり、 好きな人に抱いてもらいたいって思ったりするのは、 どんな身体になっても、 やっぱり私が人間だからだもの・・・。
六畳一間の私の部屋に、 ぴちゃぴちゃっていやらしい音が響く。 もう手はべたべた。 椅子のクッションに私から溢れたものが染み付いちゃうのは嫌だったから、 椅子から降りて膝立ちの姿勢をとることにした。 穿いていたジーンズと下着は思い切って膝まで降ろしてしまう。 どうせ、 外からは見えるはずないんだ。 もちろん、 その間中、 視線は向かいの暗いマンションの一室に釘付け。 もう終わりが近いのかな。 男の人はさっきよりも早いペースで、 女の子のお尻に腰を打ちつけはじめていた。
私も、 手の平であそこをさするだけでは物足りなくなって、 いつの間にか、 指を二本、 私の中に突き入れて夢中で動かした。 男の人の動きに合わせて、 強く、 激しく! 妄想の中では、 あの男が私を犯していることになっている。 股間から溢れ出た生ぬるい液体が、 つつっと膝元まで伝い落ちたけど、 拭き取る余裕なんてとっくになくなってる。 全身に広がる例えようもない気持ちよさに、 太もものあたりがぶるぶる震えて、 足の指先は突き抜ける快楽に耐えるようにぎゅっと折れ曲がった。 駄目だ。 このぶんだと、 私、 いつもよりだいぶ早く登りつめちゃいそうだ。
でも・・・、 でも、 一回だけって決めたのにあっと言う間にイっちゃうのはもったいない。 そう思った私は数少ない理性を総動員して、 両手の動きを止めて、 ペタンと畳に座り込んだ。 そっと身体の中から抜いた私の左手の人差し指と中指は、 愛液でべったり濡れている。 私の細い指と指の間で糸をひくそれは、本物そっくり。 きっと匂いだってそうに違いないんだ。
(こんなに濡れちゃって・・・、 全くヤギーはいやらしいな)
そう男に言われている自分を妄想して、 それだけでイキそうになったけど、 気力でなんとか耐え抜く。 一回だけなら、 我慢して、 我慢して、 いつもよりずーっと深い絶頂を経験してみたいよ。
でも、 このまま指だけでイキかけてはやめ、 イキかけてはやめで寸止めを繰り返すのも余りにも芸がない。 確か・・・そう、 確かホールにちっちゃい電動マッサージ機があったはずだ。 ここのおじいちゃんやお婆ちゃんが、 テレビを見ながらよく使っているやつ。 あれ、 使ってみたらどうだろう。 電動マッサージ機って気持ちいいってよく聞くけど、 実際どうなんだろう。 使っている自分を想像したら、 また、 ちょっと落ち着きかけた下半身が熱くなって、 愛液がどっと溢れてきたような気がした。
今なら、 みんな寝てるし、 誰にもばれずに部屋まで持ってこれそうだ。 使い終わったら、 匂いがなくなるまでよく拭いて、 さりげなく元の場所に戻しておけばいいよね。
思いついたら、 いてもたってもいられなくなった私は、 ぐしょぐしょに濡れた下着は洗濯籠に放り込んで、 ジーパンをそのまま素肌に直穿きして、 忍び足で暗い廊下に出たのでした。
ギシッ、 ギシッ
真っ暗なはるにれ荘の廊下に、 私の妙にゆっくりした足音だけが響く。 ちょっと異様な光景。
私の眼はどんな暗いところでも、 はっきり物が見えるようにできていて、 だから、 まあ、 こんなふうに誰にも悟られないように明かりを消したままの廊下をこっそり歩きたいときには便利なのかもしれないよ。 でも、 せっかくのそんな機能も静まり返った廊下に響く私の足音で台無しになっちゃう。 外見だけ普通の人間に似せて作ってあるけど、 実際は義体なんて金属の固まりみたいなもの。 私の体重は見かけによらず120kgくらいあるんだ。 だから、 私が足を一歩進めるごとに、 板張りの頼りない造りのはるにれ荘の廊下はどうしても軋んだ悲鳴を上げてしまう。 私は、 その度に、 誰か部屋から出てきやしないかと不安になって、 ついつい後ろを振り返ってしまうんだ。
でも、 私がゆっくりした足取りでしか進めないのは、 それだけじゃない。 私、 下着もつけずに直にジーンズを穿いている状態なんだ。 それでいて、 できるだけ音を立てないように、 そろそろ内股で歩くものだから、 ジーンズの固い生地が、 私のアソコや、 すっかり剥き出しになっちゃったクリを絶妙に刺激して、 足を進めるたびにうめき声を上げたくなるような快感が全身を襲って、 声を抑えるのに必死。 普段だったら、 なんてことないんだろうけど、 さっきのやりかけのひとりHで中途半端に身体が熱くなっているのと、 こんなとこ誰かに見られたらどうしようってスリルで、 身体が敏感になっているんだろうね。
いつの間にか、 住人にバレないようにするためにゆっくり歩いているんだか、 快感を得るためにゆっくり歩いているんだかよく分からない状態になってる私。 全く、 さっきのカップルのこと、 窓際でHなんかやるな、 なんて人に言えた義理じゃないよね。 あきれた。 いやらしすぎる自分にあきれた。
幸い誰にも見つかることなく、 一階の奥にあるホールに辿りつくことができた。
件の電マがある場所は、 ちゃーんと覚えてる。 テレビの横の囲碁板の上でしょ。 いつも、 西村のおじいちゃんが、 夜にへたくそな囲碁打ちながら使ってるんだもんね。
(あった、 あった)
私の予想通り、 囲碁板の上の碁石入れの横にそれはあった。 手の平に収まっちゃうサイズの水色の小型のマッサージ機を興奮に震える手で掴みあげる。 目的を達成した私は、 ついでに、 すぐ横にある洗面台の鏡を覗きこんだ。 今の私って、 どんな顔してるのか気になったからね。 そしたら、 案の定、 鏡に映った女の子、 眼鏡の奥の眼がいやらしそうに光ってた。 なんだか、 昼間の私とは別人みたい・・・。
嫌だ、 嫌だ。 あんた誰誘ってるのさ。 こんな顔してるとこ、 とても人には見せられそうにないよう。
(おっと)
その時私の眼に止まったのは、 洗面台のすぐ横にかかっている、 タオルを干すのに使っている洗濯バサミ。 普段だったら、 そんなこととても思いつきそうにないんだけど、 頭がHモードに切り替わっちゃってる今の私はどうかしてる。 洗濯バサミを乳首に挟んだら、 どんなに気持ちいいだろうって思っちゃったんだ。
もう、 やるなら徹底的にやってしまおう。
(ヤギーはMなんだな。 そんなことして喜んでるのか?)
(違うよう、 アンタがやれっていうからだよう。 アンタが悪いんでしょ。 こんなこと、 私したくないよう)
頭の中で、 さっきの男が私を揶揄する。 私は口先では否定しながらも、 右手は男になったつもりで、 Tシャツの裾を捲くり上げて、 ブラを器用にずらしていく。 もうすっかり充血して堅く尖ってしまった桜色の乳首が、 ブラの圧迫から解放されてちょこんと顔を出した。 充血だってさ。 はは。 血なんか、 一滴も流れてないこの身体で、 そんなことあるわけない。 ホントは、 私の頭が感じている性的興奮を、 サポートコンピューターが、 ただの電気信号に置き換えて、 作り物の身体をそれらしく反応させてるだけ。 分かってるよ。 そんなこと分かってる。 でも、 妄想の中くらいは、 暖かい生身の身体ってことにさせてよ。
左の乳首をそっとつまみあげて、 洗濯バサミで挟んでみる。 挟んだ瞬間、 本物そっくりの、 でも、 合成樹脂かなんかでできた作り物の乳首が、 洗濯ばさみに圧迫されて、 いびつに押し潰される。 軽い痛みを伴った期待通りの甘い快楽が、 全身に突き抜ける。
「うぅん!」
(どうしたの? 感じてるの? こんなことで?)
私の頭の中で、 調子に乗った男が意地悪そうに笑ってる。 そうして、 また私の手を操って、 右の乳首も同じように洗濯バサミで挟んでから、 ブラを元の位置に戻したんだ。 洗濯バサミの厚みの分だけ ブラの締め付けが厳しくなって、 着ているTシャツも胸の部分がいびつな形になっちゃった。 端から見たら、 乳首に何か細工をしているのは、 Tシャツ越しにも一目瞭然。 でも、 両胸からもたらされる甘美な刺激のとりこになった私には、 そんなことを気にするような理性はとうの昔に吹き飛んでしまっていた。
(それから、 これも中に入れたまま、 部屋に戻ろうね)
私の妄想はエスカレートするばかり。 私は、 ただ、 電マを持ち帰って部屋で楽しむつもりだったんだよ。 それなのに、 頭の中に住み着いた男は、 アソコに入れたまま部屋に帰れって命令するんだ。
(そんな・・・。 嫌だよう。 誰かに見つかったらどうするのさ)
(本当は期待してるくせに)
こんなことをしてるのは私がいやらしいからじゃないんだ。 変態だからじゃないんだよう。 私は命令されて仕方なくやってるだけなんだからね。 そう自分に言い聞かせた私は、 期待に震える手で、 ジーンズのベルトを緩めて、 ボタンを外した。 そして、 手の平サイズの小さな電マをあそこにあてがって、 うまくクリに当たるように押さえつけた。
「ぁぁっ!」
ずーっとお預けをされていたクリは久々の刺激に大喜びして、 淫乱な電子の妖精をさかんに私の頭に流し込む。 目が眩んで、 膝がガクガク震えた。 あそこから、 ぐちゅっていういやらしい音をたてて愛液が溢れた。 ただ、 電マをクリに当てただけで、 もうイきそう。 声も抑えられそうにないよ。 でも、 今日は一回だけなんだから。 一回だけなんだから、 まだイっちゃ駄目。 私は歯を食いしばって、 必死に嵐が身体を通り過ぎ去るのを待った。
身体が落ち着くのを見計らって、 電マがずれないように、 いつもより穴一つ分きつくベルトをしめて、 気持ち内股の姿勢をとる。
それから—
電マのコンセントを握り締めた私は一人苦笑い。 これを動かすのに使えそうな電源っていったら、 やっぱり、あそこしかないよね。
着ているTシャツ左脇腹のあたりを軽く捲り上げる。 私の左脇腹のところには、 小さいけど、 でもはっきり分かる形で四角く肌に継ぎ目があるんだ。 その継ぎ目の部分を軽く押すと、 バネの力でパカっと開いて、 暗灰色に塗られた複雑な形の機械装置に囲まれた白いプラスチック製のコンセントプラグの接続端子が顔を出す。 普通のニンゲンを装った表皮の下に隠された、 冷たい機械。 今の自分の本性を思い知らされて、 今までの高ぶった気分がちょっとだけ冷めてしまう。
ホントは、 こんな機能使いたくないよ。 せっかくのHな気分のときに、 自分の身体が機械だって思い知らされるのは、 やっぱり嫌だもん。 でも・・・でもさ。 人に見られるスリルを味わいながら、 あそこにあてた電マを動かしながら、 廊下を歩く。 そんなとこ、 想像しただけで、 あそこがじんわり濡れてくるような気がするよね。 それって、 どんな世界まで、 私をつれていってくれるんだろうか? 未知の快楽に対する期待感がないっていったら嘘になる。
私は、 早く電マを動かしたいのと、 結局やっぱり私は人形なんだっていう想いが合わさった、 なんだか複雑な気分で、 電マのコンセントプラグを体内の端子に差し込んだ。 で、 スイッチはちゃんと右手で持って、 これで準備完了。 これがホントの自家発電だね。 はは。 この私の使ってるCS-20型義体の開発者だって、 まさかこんなことにコンセントプラグ接続端子が使われるだなんて、 思いもしなかっただろうなあ。
(スイッチ、 入れたいんだろ。 入れてごらんよ。 変態娘さん)
頭の中の声に後押しされて、 右手で堅く握り締めた四角い電マのスイッチボックスを思い切ってONにする。 ぶーんって間の抜けたモーター音が響いて、 私のあそこにあてがったものが勢いよく震えた。
「ぁ・・・ちょ・・・ま・・・・」
スイッチを入れた瞬間、 私の予想をはるかに超えた鋭い快感が、 あそこから脳のてっぺんまでつーんと貫く。
(やばい。 ダメだ。 イっちゃう)
あわててスイッチを切ったけどもう遅かった。 今まで、 何度となくイク寸前で寸止めされていた私の身体は、 電マの刺激に五秒と耐えられず、 立ったままの姿勢でたやすく絶頂まで押し上げられてしまった。
カラン。
乾いた音をたてて、 手からこぼれて落ちた電マのスイッチが床に転がった。
「ぅ・・・・ぅぅ・・・ぅぅ」
膣がびくんびくんと震えて、 そこから生まれた快楽が体中に広がって頭の中が真っ白になった。 必死に口をふさいで、 自然に漏れてしまう獣じみたあえぎ声を抑える。 眼をぎゅっとつぶって、 身を捩じらせながら、 全身で快感を受け止めたあと、 私はどっと膝から床に崩れ落ちた。
(い、 今のは無し。 今のはノーカウントだよね)
まだ、 絶頂感の残滓でびくびく震える身体を両手で抱きかかえながら、 私は思う。
そう、 今のは無しだよ。 今のでイクつもりなんて、 私にはこれっぽっちもなかったんだ。 ただ、 私が油断してただけなんだから。 心の準備がなかっただけなんだから。 こんなので、 終わりにできるわけ、 ない。
自分の部屋に戻るまで、 私、 いったい何回イきそうになって、 何回電マのスイッチをカチカチ切ったりつけたりしただろう。 いったい何度壁や、 階段の手すりにもたれかかって、 がくがく震える下半身を支えただろう。
私、 こんな時に、 あーん、 なんて可愛らしいよがり声出せないよ。 口から漏れるのは、 ぅーぅーっていう獣じみた可愛らしさのかけらもないあえぎ声だけ。 生き物らしさのかけらもない機械の身体のくせにさ、 これじゃ人間どころか動物と一緒だよね。 もう、 いいよ、 私、 ただの快楽に狂ったメスでいいよ。 それでも、 機械なんかより、 ずっとましなんだ。
両方の乳首とあそこから絶え間なく全身に送り込まれる快感に、 頭が朦朧として、 もう、 何がなんだか、 よく分からない。 ジーンズの厚い生地も、 もう外からはっきり分かるくらい、 その部分だけ湿って色が変わっちゃった。 万が一誰かに出くわしたら、 たとえ胸や股間のへんな膨らみをうまく隠したとしたって、 私が何をしているかなんて、 きっとバレバレだよね・・・。 そう思ったらますます興奮して、 すぐ絶頂の淵まで追い込まれてしまい、 あわてて私のあそこを思うままに蹂躙していた電マのスイッチを切った。 今、 ジーンズに手を突っ込んで、 クリを軽く撫でたとしたら、 それだけで確実にイける自信があるよ。 もう、 イかせて。 私、 イきたいよ。
でも、 油断したら滅茶苦茶に動きそうになる右手を必死で自制する。
(まだだよ。 まだイかせてあげない)
私の頭に住み着いた男は意地悪そうにそう言った。
そう、 まだイっちゃ駄目。 なんとかハイツのあの部屋でHしてるあなたを見ながら私もイくんだから。 あの女の子と一緒にイかせてもらうんだから。 だからまだ駄目なの。 駄目なの!
期待を込めて、 部屋のドアを開く。
そして、 電気を消して、 鍵をちゃーんと閉めて、 よろめくような足取りで窓際に向かった。
でもね・・・。
例の部屋の窓にはカーテンがしっかり下りてるの。 それに明かりも消えちゃってる。
(もう終わっちゃったっていうの? そんな・・・、 そんなぁ・・・)
よくよく考えれば、 Hなんて激しいスポーツと同じだよね。 だから、 そう何回も繰り返しできることじゃない。 私みたいな義体でもなければさ・・・。 うっかり、 自分を基準に物を考えちゃってたけど、 実は私の身体のほうが規格外。 電マを取って、 すぐ戻ってくるつもりだったのに、 なんやかやで部屋を出てから15分も経っちゃってるんだ。 もう終わってたって、 ちっともおかしくないよ。
でも・・・でもさ、 ここまで盛り上がっちゃった私の気持ちをどうしてくれるんだよう! イきたくてもジーンズもぐちょぐちょになっちゃうまでずーっと我慢してた私の身体をどうしてくれるんだよう! そりゃあ、 今だって、 あそこがむずむずするよ。 ジーンズだって、 気持ち悪いくらい濡れてるよ。 でも、 こんな白けたムードでクリさわって無理やりイったところで、 かえってストレスたまっちゃいそうだよ。
(こうなったら、 もう、 あれやるしかないよ)
そう、 ホントは、 やりたくない。 でも、 あれ、 やるしかない。
部屋のカーテンを勢いよく閉めた私は、 自分の首筋を引っかくように触って、 サポートコンピューター用の接続端子の蓋を開いた。 そして、 机の一番上の引き出しからケーブルを取り出して、 私のパソコンと、 サポートコンピューターを繋いでから、 パソコンのスイッチを入れる。
ぶーんと唸り声を上げてパソコンが立ち上がる。 暗い部屋が、 ぼんやりしたモニターの淡い、 白い光につつまれる。 と、 同時に私の視界に新しいデバイスがどうしたこうしたって緑の字が踊る。 サポートコンピューターが外部のコンピューターと接続したっていうお知らせが義眼のディスプレイに表示されたってわけ。 で、 y.yagee17って私のサポートコンピューターのアクセスコードをパソコンに打ち込む。 これで、 接続作業完了。
私の義眼は、 モノを見るだけじゃなく、 見たものを画像としてサポートコンピューターに記録することだってできる。 パソコンとサポートコンピューターを繋げば、 その画像をダウンロードすることだってできちゃうんだ。 ちょっと便利でしょ。 普段は義体についている機能なんて極力使わない私だけど、 この機能だけは実は結構お気に入りだったりする。 私は生身の身体の頃から写真を撮るのが好きで、 カメラを持って町をウロウロなんてこともしてたんだけどさ、 カメラを取り出すとどうしても写される人は身構えちゃって、 なかなか自然な表情が撮れないんだよね。 でも、 義眼のカメラ機能を使うと、 当たり前のことだけど、 撮られている人は、 写真を撮られているなんてことにちっとも気付かないから、 驚くほど自然体のいい表情が撮れるんだよ。 それが面白くって、 今の私には全然必要じゃないのに、 八百屋のおばさんが働いてるとこの写真が撮りたいためだけに、 意味もなく宮の橋の駅前商店街で野菜を買ったりしたもんだよ。 その野菜は結局みんなで食べてくれってアニーにあげたんだけどね。
うー、 話がわき道にそれました。
何が言いたいかっていうと、 さっきの二人のHも、 実は録画済みなんだ。 それも、 ふっふっふっ、 動画でね。 だから、 それを見て、 さっきの気分を思い出しながら、 その・・・オナるのもさ、 悪くないよね。 ていうか、 そうでもしなきゃ、 今の私の身体は静まらないよ。
あーあ、 電力出力用のコンセントプラグ接続端子も、 義眼のカメラ機能も、 私はぜーんぶひとりHのために使いました。 義体を開発した人、 怒るかなあ。 怒るだろうな、 きっと。 はは。 せっかくのひとりHまで、 こんなふうに機械の力を借りるなんてこと、 ホントはしたくないんだけど、 でも、 生殺しのまま、 ムラムラした気分で宿題なんて、 できるはずないじゃないかよう。 大丈夫、 大丈夫。 一回ちゃんとイったら、 宿題はちゃんとやります。 どんなに時間がかかっても、 たとえ徹夜しても仕上げてみせます。 だから許して、 お願いだよう。
動画をサポートコンピューターからパソコンに落としたから、 あとはマウスをかちっとクリックするだけ。 それだけで、 さっきのHが見れるんだ。 でも、 その前に・・・。 私は、 眼鏡を外すと、 両手でTシャツの裾を掴んで勢いよく捲り上げて、 床に放り投げた。 これから私の身体に起こる快楽への期待にうち震えてうまく動かない指先をなんとか操ってブラのホックを外す。 私のあそこから溢れたものでぐしょぐしょになってしまったジーンズを足で蹴飛ばすように脱ぎ捨てて、 湯たんぽみたいにほかほかに温まった電マを右手で鷲掴みする。
あっという間に素っ裸になった私は、 もう一度眼鏡をかけ直すと、 パソコンのモニターに向かって椅子に足をかたっぽだけ上げて、 腰に、 電マを握り締めた右手を当てて、 挑発的なポーズを作ってみた。 と、 いっても両方の乳首に洗濯バサミを挟んだままだし、 左脇腹の蓋が開いて電マのコンセントが突き刺さってるし、 首筋にはパソコンとの接続ケーブルが繋がったまま。 色っぽいなんてとても言えない実に間抜けな格好なんだけどさ。
(さあ、 私を犯してよ。 思いっきり、 身体が壊れちゃうくらい激しくね。 じゃ、 ないともう私は満足しないんだから)
妄想の中で、 私はモニターの向こう側にいる男を煽る。
外出する予定のない時は、 面倒くさいからカムフラージュシールなんて貼ってない。 だからパソコンのモニタの弱弱しい光に照らされて白く浮かび上がる私の身体は、 はっきりいって継ぎ目だらけ。 両肩も、 両脇腹も、 首筋も、 身体中のそこかしこに外部接続端子の蓋がついている、 人形じみた全身義体。
(ヤギーの身体、 とても綺麗だ。 白くて、 柔らかくて)
でも、 頭の中の男は、 私に向かって愛しげにそう言って抱き寄せてくれる。 そう、 私は男に抱かれたつもりになって、 両腕で自分の身体をぎゅっと抱きしめたんだ。
所詮虚しい一人芝居なのかもしれないよ。 でも、 せめて空想の中だけでも、 綺麗な生身の身体の女の子でいさせてよ。 私の身体が冷たい機械だってことを忘れさせてよ。
マウスをクリックすると、 たちまちモニターには、 さっき私がみた光景そのまま、 女の子が窓枠に手をあてて、 男を後ろから受け入れている画像が浮かぶ。
私も女の子と同じ姿勢をとることにした。 机の脇にある本棚に上半身を預けて、 両足を心持開き気味にしてお尻を突き出す。 そして、 電マを思いっきりクリに押し当てるとスイッチを入れた。
カチン。
「あっ、 あっ、 あっ、 あっ」
電マの単調な震動だって、 私の妄想にかかれば、 的確に私の感じるツボをついて、 どんどん高みに持ち上げてくれる男の魔法の指と同じ。 乾きかけた電マは、 たちまち私から溢れたもので濡れた。
「いいよう。 いいよう。 気持ちいいよう」
恥も外聞もなく欲望をストレートに言葉にしてぶちまけてしまう。 大丈夫。 多少声を出したって、 隣の部屋までは聞こえるはずがない。 その安心感が、 さらに私の口から露骨な言葉を吐き出させる。
「もっと、 もっと欲しいんだよう。 あなたが欲しいんだよう」
(どうして欲しいんだい。 いってごらん)
「あなたの、 あれを、 私のあそこに入れてっ!」
(あそこって、 どこ?)
男は白々しくすっとぼける。
「意地悪しないでよう。 私、 もう我慢できないよう」
私は、 電マのスイッチを本棚に置くと、 頭で身体を支えながら右手をあそこに持っていった。
モニターの中の男の動きに合わせて指を一本あそこに差し入れる。 じゅぷっといういやらしい音をたてて、 私の指は欲望の穴に吸い込まれた。 その瞬間、 私のあそこが別の生き物みたいに蠢いたかと思うと、 ぎゅっと指を締め付ける。
「ああっ!!」
たまらずガクリと腰が落ちそうになる。 ただ指を入れただけで軽くイってしまった。 でも、 まだ終わりじゃない。 まだ最後まで昇りつめたわけじゃない。
画像の中では、 男がピッチを早めている。 それにあわせて私の指も一本から二本。 二本から三本と次第にエスカレートする。 男の動きにあわせて指を動かす度に、 腰が抜けそうになるほどの快感が全身に広がった。 私の動きにあわせて本棚がガタガタ揺れる。
女の子が突然、 自分の乳房をもみしだいた。 それにあわせて、 私もいったんあそこから指を抜いて、 左胸を握り締める。 愛撫というには激しすぎるくらい滅茶苦茶に。 丸い乳房が様々な形に歪む。 乳首を挟んでいた洗濯バサミがパチンという音をたててどこかに弾け飛んだ。 その間中、 電マを握り締めた左手はずーっとクリに当てたまんまで、 全身が融けてしまいそうな快楽を送り続けている。
「私、 もう駄目だよう。 駄目だよう」
呻き声のトーンが一オクターブ上がった。 絶頂はすぐそこまで来ている。
いつの間にか、 画像は終わっていた。 でも、 私には関係ない。 もう、 パソコンのディスプレイなんて目に入っていない。 だって、 今はもうあの女の子は私自身なんだから。 男に犯されているのは私なんだから。
「あーっ、 あーっ、 あーっ!」
口から漏れる言葉が意味をなしていないただのわめき声になった。 でも、 頭では何も考えられないくせに、 指だけはなんの遠慮もなく私の身体の中をかきまわす。 力強く、 激しく。 もっと、 もっと、 もっと!
「!!!っ」
身体を襲う強烈な快感に身を捩る。 いやいやするみたいに激しく頭を振る。 顔から眼鏡がずり落ちたけど、 そんなことにはかまっていられない。
「もう私イっちゃうよう。 ねえ、 イっていい? イっていい?」
切羽詰まった声で男にせがむ。
(もうイっちゃうのかい。 全くヤギーはいやらしいな)
頭の奥で男が笑った。 そして、ぐいっと深く私の中に突き入れて、 クリをぎゅっと身体に押し込むように潰す。
(もう・・・だめ)
「もう私、 駄目だから。 駄目だからぁ。 ダメダメダメダメっ!」
ぎゅっ、 ぎゅっと膣が激しく収縮して私の指を締め付ける。 一回、 二回、 三回。 その度に電気仕掛けの淫魔が生み出されて、 身体中の電線を駆け抜けて私の全身を蹂躙する。 頭の中で何かが爆発して、 ぎゅっと閉じた目の奥で火花がチカチカ光る。 私は鋭い快感に身をまかせて全身を震わせて、 本棚を引っ掻きながら床に崩れ落ちた。
ゴンっ!
鈍い衝撃。 何か重くて固いものが、 背中にぶつかった。 身体に痛みを感じる間もなく、
どさどさどさどさ
土砂降りの激しい雨みたいな騒々しい音をたてて、 うつぶせの姿勢のまま絶頂の余韻でまだ身体をびくびく震わせている私の周りに、 本が崩れ落ちた。
それで何が起きたか分かった。 私、 イった時、 本棚を掴みながら床に倒れちゃったものだから、 イクのと同時に本棚をひっくり返しちゃったんだ。 ひとりHでイきながら、 本棚の下敷きになるなんて、 私ってなんて間抜けなんだろう。 こんなとこ知り合いに見られでもしたら、 それこそ自殺ものだ。
せっかくこれから落ち着いて宿題に取り掛かろうと思った矢先に、 また、 余計な仕事を増やしてしまった。 あー、 情けない、 情けない。
私はうんざりした気分で、 顔を覆い隠すように乗っかってるマンガ本を手で払いのけようとして、 あることに気がついた。
動かない。
手が全然動かせないんだよう。 手だけじゃないよ。 足も、 身体も何もかも。 瞬きすらできない。
一瞬義体のバッテリーが切れちゃったのかと思ったけど、 すぐにそんなはずはないって思い直す。 私、 さっき充電したばかりだもの。 第一まだ節電モードにだって、 なってなかったよ。
私の身体、 いったいどうしちゃったんだろう。 何が起こったんだろう。 得体の知れない恐怖に、 背中がすーっと冷たくなった。 背筋が凍るだってさ。 はは。 今の私の身体が、 そんなこと感じとれるわけない。 そんなのは生身の頃の感覚をおぼろげに覚えている私の脳みそが生み出す幻想なんだ。
感覚?感覚だって?
それでまたおかしなことに気づく。 身体が動かないどころか、 全身の感覚が全くなくなっちゃってる。 イってしまった時の身体が壊れちゃうかと思うくらいの深い絶頂感も、 本棚が背中にぶつかった時の痛みも、 嘘みたいに消え失せてる。 それどころか、 お腹が床にくっついてる感覚すら無くって、 まるで宙に浮かんでいるみたい。
間抜けなモーター音を響かせて震え続けているはずの電マの音も、 ぶーんっていう唸り声を上げて立ち上がっているはずのパソコンの音も、 何もかも聞こえない。
眼だけは見えているみたいだけど、 なんか変。 顔を覆い隠しているマンガ本の隙間から、 壁に掛かっている古時計がちらっと見えるんだけど、 その時計、 1時40分を指し示したっきり、 全く動いていない。 おまけにビデオの静止画像みたいに視界に変なノイズが入ってる。 これ・・・見えてるんじゃない。 私が見た最後の画像を延々と映し続けているだけだよ。
どうしよう、 義体、 壊れちゃったよう。 私、 これから宿題しなきゃいけないのに。 徹夜してでも2ページ分の翻訳をしなきゃいけなかったのに・・・。 だいたい、 私の義体、 なんで壊れちゃったんだろう。 まさか、 本棚が身体の上に落っこちたから? 義体ってその程度で壊れるくらいやわなわけ? こんな安っぽい義体で、 イソジマ電工は宇宙空間でも深海でも耐えられるとか言って自慢してるわけ? 冗談も休み休みにしてほしいよね。
もし義体に何らかの異常が発生した場合、 すぐイソジマ電工に連絡が入ることになっている。 で、 カスタマーセンターの人が、 義体が発信する救難信号を頼りに助けに来てくれることになっているんだ。 しばらくこのまま我慢していれば、 きっと誰かが来て、 私を府南病院に運んで、 ちゃーんと義体を元通りに直してくれるはずだよ。 だから、 このまま行き倒れってことにはならないはず。
だけどさ・・・。 それって・・・つまり・・・カスタマーセンターの人に、 今の私の姿を思いっきり見られちゃうってことだよね。 今の私、 どんなカッコしてると思う?
素っ裸で、 右の乳首に洗濯バサミを挟んで、 電マは動きっぱなしのあそこにあてっぱなし。 おまけに電マの電源には体内バッテリーを使ってる。 で、 パソコンはさっきのサポートコンピューターからダウンロードしたH画像を際限なく繰り返してる。 とどめは、 潰されたヒキガエルみたいな情け無いカッコで本棚の下敷き・・・。こんな恥ずかしくてみっともない姿をカスタマーセンターのお兄さんに見られるってわけ? 嫌だ! 嫌だ! 絶対嫌っ! そりゃあ、 さっき一人羞恥プレイはやりましたよ。 でも、 一人放置プレイだなんて、 そんなの私の趣味じゃないよ。 コラ、 このポンコツ義体め。 さっさと動いてよう。 私の言う事聞いてよう。 お願いだから。 お願いだから・・・。
私はしばらくの間、 気合いで身体を動かそうと力んでみた。 いや、 力んだつもり。 でも、 気合や根性で、 義体の故障が直るわけがない。 当然のことながら、 私の呼びかけに義体は全くの無反応。 指一本動かせないし、 瞬き一つできない。 ノイズだらけの静止画像とはいえ、 眼が見える分、 感覚遮断よりはまだマシだけど、 こうして義体が使い物にならなくなっちゃうと、 今の私は自分の力では何一つできない、 人形の中に閉じ込められた無力な脳みそにすぎないってことを嫌というほど思い知らされてしまう。
今、 何時なんだろう。 結局、 宿題、 できなかったな。 もういいよ。 もう、 どうでもいいよ・・・。 どうせ、 このまま起きていたところで、 何もできやしないんだ。 だったら、 もう寝ちゃおう。 ふて寝して、助けをゆっくり待つしかないよ・・・。、
目が覚めると、 私はベッドの上に寝かされていた。 見覚えのある真っ白けの部屋。 いつもの、 府南病院の義体科の診察室だ。 結局、 私、 ここに運ばれてきちゃったんだね。
ベッドから起き上がって、 腕を伸ばしたり、 無意味に足をバタバタさせてみたり。 ちゃーんと、 元通り、 私の思い通りに動いてくれる。 とりあえず、 身体は直っているみたいだ。 よかった、 よかった。
でも・・・私がここにいるってことは、 カスタマーセンターの人に、 私の痴態、 思いっきり見られたね。 あの人、なんていったっけか。 確か篠田さん? 私、 もう二度とあの人と顔を合わせられそうにないよ。 あーあ。
息の出ないため息を一人でついていると、 ノックの音がして、 私の担当ケアサポーターの松原さんが、長い黒髪をなびかせながら、 いそいそ部屋に入ってきた。
「松原さん。 私の身体、 どうなっちゃったんですか? いきなり身体が動かなくなって、 何も感じられなくなって。こんなこと、 はじめてなんですけど」
松原さんは私の問いかけには何も答えず、 仏頂面で、 ベッドで寝ている私に分厚い冊子を手渡す。
(これは・・・)
私の使ってるCS-20型義体の取り扱い説明書だった。 しかも、 ご丁寧に付箋までつけちゃって。 ここを読んでみろってことだろうか? 私、 自分が電化製品になっちゃったような気がして嫌だから、 今まで義体の説明書なんか、 ほとんど目を通したことない。 だいたい、 みんな、 自分の身体の説明書なんて、 あるの?そんなのなくたって、 自分の身体のことくらい、 自分で把握してるでしょ。 私だって、 そうだよ。 この義体だって、 もう三年以上使っているんだ。 もう、 私の身体も同然だよ。 説明書なんか読まなくたって、 自分の身体くらい、 自分で把握してるつもりだよ。
そう思ったけどさ、 松原さんの手前断るわけにはいかないよね。 反抗したら恐いし。
付箋のついてるページを嫌々めくると、 今度は黄色の蛍光ペンで塗られた一文が眼に入った。 何が書かれているか、 目で追いかける。
『一度に多種多量の感覚データを義体が感知すると、 サポートコンピューターが感覚信号を処理しきれず、機能停止をする恐れがありますので、 くれぐれもご注意ください』
ふーん、 そうなんだ。 初めて知ったよ。 それで?
『(注1)サポートコンピューター、 ハードディスク内に、 動画等、 容量の大きなファイルを置きすぎますと、サポートコンピューターの処理速度が低下し、 最悪の場合、 機能停止の原因となります。 つきましては、定期的にサポートコンピューター内の不要データを削除するなどして、 常に最適な動作環境を保つよう心がけてください』ぎくっ!
『(注2)特に女性型義体の性行為については、 大量の感覚データを使用しますので、 ある種の特殊なプレイ(3P、 SM等)は、 度が過ぎるとサポートコンピューターの機能停止の原因となります。 女性型義体のユーザーの皆様につきましては、 上記に該当、 又はそれに準ずる特殊な性行為はなるべくお控えいただき、 ノーマルな行為にてお楽しみ下さるようお願い致します』
ぎくぎくぎくっ!
よ、 よ、 余計なお世話だよう! 何がノーマルな行為でお楽しみくださるように、 だ! 説明書なんかにHのやり方までお説教されたくないっ! 私は3PもSMプレイもしてないよ。 ただ、 乳首に洗濯バサミを挟んで、サポートコンピューターからパソコンにダウンロードした動画を見ながら電マを使ってひとりHをして、 イった瞬間に本棚が倒れて、 本棚と本のシャワーに潰されただけじゃないか・・・。 そんなの至ってノーマル・・・じゃないよね・・・orz
恐る恐る、 上目使いに松原さんの顔色を伺う。 説明書の、 こんなとこに、 ご丁寧に線まで引いちゃってるってことは、松原さん・・・私のしてたこと・・・全部知ってるね・・・。 サポートコンピューターのログ、 全部解析したんだね。
「あえて、 何も言いません。 ただ、 説明書はよく読みましょうね」
松原さん、 一言それだけ言うと、 意味ありげにニヤっと笑った。
嫌嫌っ! もー嫌っ! 何事もやりすぎには気をつけようね。
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