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「ヤギーは可愛いと思うし、 ヤギーと一緒にいると楽しいけどさ。 付き合うとか、 そういう感じじゃないんだよな。 なんというか、 妹と遊んでいるみたいな感じなんだよ」
  加納君は、 なんだか言いずらそうに、 頭をかきながら、 そう呟いた。
「ははは・・・そっか。 そうだよね」
  私は加納君から目をそらして、 緑色に濁った池の水面の、 あめんぼの作り出した小さな波をぼんやり見つめながら、 笑った。 こういうとき、 涙をこぼさずにすむのは、 義体のいいところだよね。 相手に余計な気を使わせなくてすむもの。 本心を隠して笑っていられるもの。 良かった。 私、 機械の身体で本当に良かった・・・。
「変なこと言って、 ごめんね」
  私は、 お尻についた埃をパンパン払いながら腰を上げると、 ベンチに立てかけていたごっつい黒塗りの、 自分の自転車にまたがった。 そして、 あわてて立ち上がる加納君をわざと無視するように、 強くペダルをこいだ。 後ろは振り返らなかった。
  私はひどい女だ。 もてないどころか性格もねじけてる。
  大事な話があるから来てくださいって言って、 同じ学部の男友達の加納君を、 大学の裏庭にあるぽっちゃん池まで連れ出したのは私のほうなのに・・・。

  この前、 研究室の有志でキャンプに行った時のこと。 夕食は、 当然、 みんなで飯盒を囲んで輪になって並んでカレーを食べるってことになったんだけどさ、 私は食事なんかできないし、 その場にいて、 みんなが美味しそうにカレーを食べるところを眺めていても面白くもなんともないから、 用事ができたふりをして、 一人で抜け出して、 川原に行ったんだ。 そしたら、 加納君、 そんな私を気遣ってくれたのか、 一人で川に向って石を放り投げていた私のところに来てくれたんだよね。
  なんだか、 私にだけとりわけ優しくしてくれたような気がして、 今まで加納君なんか意識したこともなかったのに、 それから妙に意識するようになっちゃった。 それに加納君も私に気があるように思ったから、 ジャスミンや佐倉井の後押しもあって、 私、 思い切って告白してみたんだ。
  でも、 私に気があるなんて、 全部私の勘違いでした。 一人で勘違いして舞い上がって、 私って馬鹿みたい。
  まただ。 またふられた。 私っていっつもこうなんだ。 分かってた。 どうせ、 今回だって、 こうなるって、分かってたよ。 ヤギーは色気が無い。 妹みたい。 高校生みたい。 ロリコン受けしそう。 いつも、 いつも言われるのはそんなことばかり。 私だって、 もうハタチだ。 ハタチっていったら、 立派なオトナの女だよ。 でも、 誰も私をそんな眼で見てくれない。

  16歳の夏、 私は交通事故が原因で、 脳以外の肉体の全てを永遠に失った。 その代わりに私に与えられたのが、 義体っていう、 作り物の機械の身体。 機械の身体っていっても、 とてもうまくできていて、 外見は生身の頃の私と何も変わりはないし、 もちろん、 日常生活をする上で不便だって思うこともない。 だから、 私が全身義体障害者で、 私の身体が実は機械だなんて、 大学の仲間たちは、 誰も知らない。 みんな、 私のことをごくフツーの、 そこらへんにいくらでも転がっている女子大生と思っているはずだ。
  でも、 いくら生身の肉体そっくりにできているとはいっても、 この身体が機械であることには変わりはない。 私の身体の時を刻む針は、 16歳で、 永遠に止まったまんま、 もう、 決して動くことはない。 もちろん、 月に一度の定期検査の時に、 オプションで追加代金を払えば、 年相応の外見に変えてもらえることができるって言われている。 でも、 毎月毎月、 一生懸命引越し屋さんでアルバイトをしても、 定期検査代金に足りなくて、 事故の時におりた保険金を切り崩している私に、 そんなオプション料金なんて払える余裕があるはずないよ。
  だから、 いくら自分のことをハタチで大学二年生ですって言い張ってみても、 私の外見年齢は16歳のまま。 これじゃ、 オトナの女として扱ってもらえなくても無理ないのかもしれない。
  それにね、 私は思うんだ。 いくら見かけだけは生身の身体と変わらないっていっても、 義体なんて所詮機械。 だから、 普通の女の子なら必ず持っているはずの、 異性を惹き付けるフェロモンみたいなものが、 私には全く備わっていないんじゃないかって。 そして、 男の人の野生の本能ってものが、 そのことを敏感に感じ取って、 たとえ頭では理解してなくても、 本能で、 私のことを繁殖能力のないただの機械人形で、 恋愛対象外なんだって嗅ぎわけているんじゃないだろうかって、 そう思ってしまうんだ。 認めたくないけどね・・・。
  でも、 だからといってあきらめきれない私がいる。 だって、 どんなに身体が機械になってしまっていても、 私の心は決して機械じゃないもの。 ハタチのフツーの女の子だもの。 私にだって、 男の子にもてたい、 ちやほやされたいっていう気持ちは、 やっぱりあるよ。 ヤギーは色っぽい、 とか、 綺麗だ、 とか言われてみたいよ。

  翌日。 わいわいがやがや騒がしい、 お昼休みの学生食堂にて。
  私とジャスミンと佐倉井の三人は人波をかきわけかきわけ、 ようやくのことで自分たちの席を確保した。
  もちろん私は、 フツーの食事をとることはできないから、 ジャスミンの持ってきた星大学食イチオシの日替わりスターランチと、 佐倉井の持ってきたカツカレーを横目でちらっと眺めながら、 いつものように手ぶらで席に着いた。 ジャスミンも佐倉井も、 ダイエットをしているっていう私の言い訳にはもう慣れっこで、 席に座るなり、 なんのためらいも遠慮も無く、 美味しそうに料理を口に運ぶ。
  私は料理の味なんて、 もうよく覚えていないし、 お腹が空くってこともないから、 別に食事ができて羨ましいなんて別に思わないし、 目の前で食べられても平気。 だいたい、 いちいち食事をとらなきゃ生きられないなんて、 時間がかかって不便だよ。 義体なら、 充電がちょっと面倒くさいけど、 寝ている間に済ませればいいことだし、 脳を維持するには栄養カプセルを飲むだけで事足りるもんね。 生身の身体より、 ずっと便利なんだから。
「ヤギー君、 ヤギー君。 そんな眼でカレーを見ないでくれ給え。 食べにくくなっちゃうよ」
  佐倉井がスプーンでカレーを口に運びながら、 上目づかいに私を見た。
「別に無理にダイエットしなくても、 ヤギーは太ってるわけじゃないし、 食べたいときに食べればいいと思うよ。 ほら、 あげようか?」
  佐倉井は苦笑いしながら、 食べかけのカレーをお皿ごと私の前にずらした。
「うー、 大丈夫。 いらない、 いらない」
  あわてて、 カレーを佐倉井のほうに押し戻す私。 そんな私の様子をみて、 ジャスミンがくすりと笑った。
  わ、 私、 そんな物欲しげな眼で、 カツカレーを凝視してたんだろうか。 恥ずかしい。  
  私、 別にカレーなんて欲しくない。 ちっとも羨ましくなんかないんだから。 ちっとも・・・。

「で、 結果はどうだったの?」
  私の向かいに腰掛けたジャスミンが、 割り箸をぱちんと開きながら、 待ちかねたように口を開く。
  私、 加納君に告ろうかな? なんて二人の前で、 うっかり口を滑らしてしまったのが、 間違いのモト。 昨日は今がチャンスと言わんばかりに、 私と加納君が二人っきりになるように変に告白のお膳立てをされてしまったし、 今日は今日で、 この場で、 昨日の告白の結果を発表しなければならないなんてね。 私は、 あんたたちの話題提供マシーンじゃないんだからね。
「誰にも言わないでね」
  私は注意深くあたりを見回しながら、 ぼそっと呟く。
  二人はまるでキツツキみたいに、 激しく首をタテに振った。 周りがうるさいから、 私たち三人は自然と身を乗り出して、 頭を寄せ合う格好になった。
「もっとオトナっぽい子が好みって言われた。 はっきり言って振られました」
「そっかー・・・」
「あいよー・・・」
  そのまま言葉が続かずに肩を落として、 ため息をつきあう女三人。
  湿っぽい雰囲気のまま、 お葬式みたいな食事タイムに移ってしまうのもナンなので、 私は思い切って、 普段から気になっていることを切り出してみた。
「あ、 あのね、 二人からみて私ってどうなんだろう。 やっぱり子供みたいに見えるんだろうか?」
「うん! でも、 それがいい! それがヤギーの魅力!」
  即答するジャスミン。 少しは考えるふりくらいしてほしい。
「顔はね。 考え方はババくさいけど」
  佐倉井は、 いつものように余計な一言を付け加えてから、 手にした飲むヨーグルトをストローでちゅうちゅう吸った。
「ヤギー君、 年幾つだったっけ?」
 佐倉井は、 今度はこんがり揚がったカツを口の中で、 もぐもぐさせながら私に聞く。
「はたちだよ」
「つまり、 私たちより、 一つ年上なわけだ」
  そう。 私とジャスミンと佐倉井は同級生だけど、 ストレート入学の二人に対して、 私は高校のとき義体化手術のせいで留年しちゃってるから、 実は年は私のほうが二人より上なんだよね。
「でもさ、 こうして見ると、 ヤギーってセーラー服を着てても全然違和感ないよね」
  頬杖をつきながら、 私の顔をまじまじと見つめるジャスミン。
「う・・・あんまり、 こっち見るなよう」
  私は、 あわてて、 手の平で顔を覆った。
  ジャスミンの見立ては全く正しい。 少なくとも私の外見はセーラー服を着ていた高校生の頃と全く変わっていない。 そのことと私の身体が義体だってことを結びつけて考えられたらどうしようと、 内心冷や汗もの。
「まっ、 可愛らしくていいんじゃない。 今回は加納君が、 たまたま老けセンだったってだけでしょ。 大丈夫、 ヤギーは、少なくともロリコンには大モテだよ」
  佐倉井は、 相変わらず頬っぺたの片方でもぐもぐやりながら、 なんの慰めにもなっていない言葉を口にした。
「そっ、 そんなの嫌だよう。 私、 可愛らしいなんていわれてもちっとも嬉しくないんだ。 私は少なくとも、 あんたたちより年上で、 オトナなんだからね」
  膨れっ面をする私。
「まあまあ。 ヤギー君も、 もっとオトナっぽい格好をしてみたらどうかね? それで、 だいぶ変わると思うよ」
  佐倉井は、 そんな私の反応を面白そうに見つめながら言った。
「オトナっぽい格好?」
「だいたいさ、 まず、 その服装がだめ。 ヤギーいっつもユニロクTシャツにジーンズでしょ。 ひどいときは、 ジャージで大学に来ることあるじゃない。何なのあれ?」
  佐倉井は手にしたスプーンで、 私のことを指しながらけらけら笑う。
「いや、 その、 講義の後でバイトが入ったりしているからさ、 私、 あんまり綺麗なカッコって、 できないんだよね」
「そういえばヤギーのバイトって引越し屋さんだったね。 でもだからってヤギー君、 芋ジャーはないでしょ。 芋ジャーは。 芋ジャーなんて、 いまどき高校生だって着ないよ」
  芋ジャーと三回連続で繰り返し強調して佐倉井はくすくす笑った。
「ヤギーも星ヶ浦のブティックストリートにでも行ってさ、 流行の服の一つや二つ買ったらどうってこと」
「星ヶ浦のブティックストリートかあ」
  私は天井でぐるぐる回ってる南国風の大きな扇風機を見つめながら、 ため息をついた。
  星ヶ浦は、 武南電鉄でいうと、 星修学園前の入舸浦よりの隣駅にあたるところ。 それなりに綺麗なビーチがあって、 夏には海水浴客とか、 サーファーで賑わうし、 海岸沿いには、 芸能人の別荘があったり、 おしゃれなカフェがあったり、 ブティックがあったりして、 流行ファッションの発信源の一つとされているところだ。 星ヶ浦の雰囲気に憧れて、 星修大学に入る女の子も多いっていうよ。 ま、 私には縁のないところだけどね。
  自慢じゃないけど、 私は、 宮の橋のヤマイデパート6階に入っているユニロクとか、 トンパチの量販店でしか服を買ったことがない。 そりゃあ、 デザインがイマイチ垢抜けないものしかないのは私だって分かってるけど、 なんたって安いからさ。
  もちろん、 星ヶ浦にいけば、 ファッション誌のグラビアを飾っているような最新流行のモード系とかストリート系の服がよりどりみどりなのは分かってるよ。 でも、 バイトに追われて、 毎月の検査代を稼ぐのにいっぱいいっぱいの私に、 星ヶ浦のブティックで、 一着ウン万円の服を買う余裕なんてあるわけないよね。
  でも、 こんな私でも、 きちんとしたカッコをすれば大人っぽく見られるのかなあ? 

「ヤギーがオトナっぽい格好するなんて、 私は反対」
  それまで黙って私たちのやり取りを聞いていたジャスミンが口を挟んだ。 ジャスミンは右手を振り上げて、 私たちの注目を集める。
「速やかならんを欲するなかれ、 小利を見るなかれ。 速やかならんを欲すればすなわち達せず、 小利を見ればすなわち大事成らず」
「何それ? どういう意味?」
  きょとんとする私。
「またジャスミンお得意の『ロンゴ』だ」
  佐倉井はあきれ顔で、 大げさにため息をついてみせた。
  なんでも、 孔子サマは、 ジャスミンの母方の遠いご先祖にあたるってことで、 子供の頃、 おばあちゃんから、 論語が暗誦できるようになるまで、 みっちり仕込まれたんだって。 そんなわけで、 彼女はことあるごとに、 得意げに論語の引用をする癖がある。
「目先の利益や結果ばかり追いかけたらだめってことよ。 服を変えたからって、 すぐに人のヤギーを見る眼が変わるわけじゃない。 まずは、 やれるところから、 ゆっくりとやったらどう?」
「やれるところから、 ゆっくりって例えばどんなことをさ?」
「例えば、 そうね。 ヘアスタイルを変えてイメチェンしてみるなんて、 どう? 高いお金を出して服を買う前にいろいろやることは、 あるんじゃないかなあ?」
  やれるところからって、 どういうことかと思ったら、 そういうことかい。
  私はジャスミンの話を聞いて悲しくなってしまう。 髪型を変えたり、 髪を染めてみたり、 確かに普通の女の子だったら、 簡単にできることだよね。 普通の女の子なら・・・ね。
  でも私は、 身体が作り物なら、 髪だって人工繊維でできた作り物。 だから、 染めようとしても色なんてつかないし、 脱色することもパーマをかけることもできない。 髪を切ることはできるけど、 一度切ったら二度と自然には伸びてこない。 もちろん、 定期検査の時に、 ついでに髪を植毛し直せば、 髪の長さは元どおりになるし、 ウェーブのかかった髪にすることだってできる。 だけど、 それって、 ものすごくお金がかかるんだよね。 だから、 私にとってはヘアスタイルを変えることは、 簡単なことじゃない。
  ジャスミンは、 追い討ちをかけるように言葉を続ける。
「それに、 今のヤギーが無理にオトナっぽい服を着ても、 きっと似合わないと思うよ。 そのままでも充分かわいいんだから、 せっかく服を選ぶなら、 無理にオトナぶらなくたって、 今しかできないカッコを楽しんだっていいんじゃない? どうせ、 誰だっていつかは年とるんだしね」
  ジャスミンの言うことは、 いちいちもっとも。 悪気なんかゼンゼンなくて、 むしろ私のためを思っての親身なアドバイスだってことも分かってる。
  でも、 私は、 年にあわせてファッションを変えていくなんていう芸当はもうできない。 私の身体は、 いつまでも若いまま。 永遠の若さだよ。 みんな私のことが羨ましいはずだよ。 そう自分に言い聞かせて、 無理やり納得しようとしたけど、 やっぱり駄目だった。 ジャスミンや、 佐倉井が血の通った暖かい身体を持っているってことが、 たまらなく羨ましかった。 自分の身体が冷たい機械だってことが、 たまらなく悔しかった。
「馬鹿にしないでっ! 私は、 今だって充分オトナなんだ!」
  イライラがおさえられなくなった私は、 とうとう両手をバンって勢いよく机に叩きつけてジャスミンに向って怒鳴ってしまった。
  がやがや騒がしかった学食が、 一瞬しんと静まり返って、 みんなが食事の手を休めて一斉に私のほうを振り返るのが分かった。 ジャスミンと、 佐倉井は、 何で私が突然怒ったのか分からず、 箸とスプーンを持ったまま、 ぽかんと間の抜けた顔で、 私のことを見つめた。
  無理して背伸びしてオトナぶらず、 外見に相応しいカッコをしてろだって? いずれ、 オトナっぽいカッコが似合う日が来るだって?
  いくら待っていても、 機械の身体の私にはそんな日なんか永久に来やしない。 じゃあ、 私みたいな貧乏人の全身義体の障害者は30になっても40になっても、 高校生らしい外見にあわせてセーラー服でも着てるのがお似合いってこと? そんなの冗談じゃない! 私はれっきとしたハタチの、 女なんだ! 外見は、 どう見えようとも、 もうオトナなんだ! 私は可愛いって言われるより、 綺麗って言われたい。 素敵な服を着て、 似合ってるよって言われてみたい。 私だって・・・、 私だって・・・。
「ふん! ジャスミン、 今に見てなさいよ。 私だって、 ちゃんとしたカッコさえすれば、 オトナの女に見えるんだからね。 星ヶ浦のブティックストリート上等じゃないか。 私、 これから、 星ヶ浦で服買ってくるから。 あとで私を見てせいぜい驚きなさい」
  あっけにとられる二人の前で啖呵をきった私。 もう周りの目なんておかまいなし。
  洋服代なんて、 いくら星ヶ浦ブティックストリート謹製だからって、 毎月の定期検査代に較べたらずっと安いはず。 頭髪交換にかかるお金に較べても、 まだ安い。 ちょっと我慢して、 引越しのアルバイトをいつもより多めにいれればいいだけの話だ。
「さやか。 私、 何かヤギーを傷つけること言っちゃったのかなあ?」
  ジャスミンは、 私の剣幕にうろたえて、 こっそり佐倉井に耳打ち。
「いんや。 私もヤギーがなんで怒ってるのか分からない。 でもなんだか面白そうなことになったねえ。 けけけ」
  佐倉井は、 ひとしきり笑うと、 何事もなかったかのように最後にお皿の底に残ったカツカレーを平らげた。

  午後9時の星ヶ浦ブティックストリート。
  ヨ−ロッパのガス灯を模した、 ゴテゴテした装飾のついた、 黄色く光る街路灯。 規則正しく地面に敷き詰められた赤茶色のレンガ。 通りをカラフルに彩る横文字の店名を掲げたオシャレなカフェバーのネオンサイン。 あちこちのお店から、 私が初めて聞くような、 物珍しいアップテンポの洋楽が鳴り響く。
  道行く女のコは、 みんな、 この星ヶ浦っていう舞台のヒロインを演じるのは自分だって言わんばかりに、 ファッション誌から抜け出してきたみたいな垢抜けたカッコをしてる。 ここの海岸から眺める満天の星空が綺麗だってことで、 昔の人は、 ここを星ヶ浦って名づけたんだけど、 今の町の主役は、 水平線の遥か上に煌く星々じゃなくって、 色とりどりの明るいネオンや着飾った女の子。 こうした地上の星たちの明るさには、 きっと夜空に輝く夏の大三角、 デネブもベガもアルタイルもタジタジだろうね。
(でも、 私だって負けてないはずだよ)
  今私が身につけているのは夏らしいノースリーブの襟付きシャツ、 それから、 膝丈くらいの浅いスリットの入ったタイトスカートとハイヒール。 「NANA」って雑誌のオトナの着こなし特集に紹介されていた人気ブティックの「グランシャリオ」で、 さっき買ったばっかりのものだ。 しかもしかも、 みんなワンサイズ一点入荷の特注品なんだってさ。 つまり、 ファッションの中心地の星ヶ浦でさえ、 この服を着ているのは私だけってことなんだよ。
「街で同じ服着てる人に会うなんて嫌でしょ? だから、 ウチにあるのは、 みーんな違う服なのよ」
  ちょっと個性的でいて決して奇抜でなく、 落ち着いたオトナな感じ。 なんとも大雑把で抽象的な私のリクエストに応えて、 あれこれ服を選んでくれたグランシャリオの店員さんが、 私に向かって語ってくれたお店のポリシーを思い出す。
  全く、 彼女の言うとおりだよ。 誰もが着ているような流行ファッションなんて、 つまらないし、 なにより個性がない。 ちょっと予算はオーバー気味だったけれど、 私も、 この星ヶ浦っていう大掛かりな舞台で、 みんなに負けずに自分を演じ切るには、 このくらいの武装はしないといけないよね。
(うん、 カンペキ)
  黒い街路灯にもたれて、 ぼんやりと道行く女のコのファッションを観察して、 それから改めて自分のカッコと見比べた私は、 密かに自画自賛。
(どうだ、 ジャスミン! 私だって・・・私だってやればできるんだからね)
  肩から下げたエスニック調のバックをギュッと握り締めると、 鼻息荒く、 私は夜の街を歩き始めた。

  と、 言っても、 私にどこか行くあてがあるわけじゃない。 私の身体じゃ、 一人で近くのカフェバーに入ってカクテルを注文、 なんて洒落た真似をしようにも、 飲めないカクテルと睨めっこするのが関の山。 カラオケに行っても、 一人じゃ虚しいだけ。
「面白そうだから、 一緒についていく」
  と言った佐倉井や
「私が服を選んであげる」
  と言ったジャスミンに向かって意地を張って、 あくまで一人で行くって言い張った私だけど、 仲良く手をつないで歩くカップルとか、 横一列に広がって、 大声で楽しげに話しながら歩く仲良しグループを見るにつけ、 やっぱり、 みんなで一緒に来れば良かったなあ、 ジャスミンのへったくそな夢崎ひなたを聞きたかったなあ、 とチョッピリ一人で来たことを後悔してしまう私なのでした。

  ふと気がつくと、 行く手に人だかりが。 ちょうど、 ブティックストリートの角の交差点のところにある海鮮イタリアン「セッテベロ」の入り口に、 女の子たちが、 二三十人、 固まっている。
(なんだろう?)
  好奇心にかられた私の足は、 自然と人だかりのほうに向かっていた。
「なんか、 あそこのレストランに中里忠弘が来てるらしいよ」
「えーっ! マジマジ?」
  早足で私を追い越していった女の子二人組の会話が耳に入った。 
(マジですか!)
  私は興奮した。
  私は中里忠弘、 いやいや呼び捨てにしちゃいけないね、 チュリー様の大ファンなんだ。 リリースされたアルバムだって当然全部持っているし、 彼の出演するテレビは全てチェックしている。 その、 憧れのチュリー様が、 今、 なんと私の半径50m以内にいるだなんて、 興奮しないはずがない。
  そうこうするうちに、 出迎えの車らしき真紅のスポーツカーが、 モーゼの十戒さながらに、 入り口近くにたむろする女の子たちをかき分けながら、 停車した。
「出てきた、 出てきた」
「キャー!! チュリー、 チュリーっ! こっち向いてえ」
  女の子たちの嬌声が一段と高くなる。 チュリー様が、 レストランから出てきたに違いない。
  こうしちゃ、 いられない。 私は、 佐倉井たちにチュリー様の生画像でも送ってやろうと、 カメラ機能つきの携帯をあわててバックから取り出すと、 人だかりに向って一目散に駆け出した・・・つもりだった。 でも。
「きゃっ!」
  タイトスカートにハイヒールなんていう慣れないカッコで、 いきなり駆け出したものだから、 私は足がもつれて思いっきり転んでしまった。 それこそ、 でんぐり返しの一回転しちゃうんじゃないかって勢いでね。
「いたたた・・・」
  顔をしかめながら、 ばつが悪そうに周りを見回す私。

「大丈夫?」
  という言葉とともに、 突然、目の前に手が差し出された。 私はおずおず上目遣いに手の差し出されたほうを見上げる。
  二十代半ばくらいのスーツ姿の男の人が、 中腰の姿勢で私を見下ろして、 ニコニコ笑ってる。 背が高くって、 痩せぎすで、 鹿みたいな優しそうな目をした人だった。
  チュリー様ほどじゃないけど、 ちょっと私の好みかも。 もしも私が少女漫画の主人公なら、 きっと顔を赤らめて胸を「とくん」と、 ときめかせたことだろう。 ま、 機械の身体の私は、 もう顔が赤くなるようなことも、 胸が高鳴ることもないんだけどさ。
「うー、 どうもありがとうございます」
  私は、 お礼を言いながら、 彼の手をつかみかけて、 あわてて引っ込める。 私の身体は、 体重120kgの全身義体なんだ。 うっかり体重をかけようものなら、 彼を転ばせるだけだもんね。
「大丈夫かい?」
  一人で立ち上がって、 スカートの裾を直している私に向って、 男の人は、 もう一度優しく声をかけてくれた。
「だ、 大丈夫です」
  私はうつむきながら、 つぶやくように言った。 恥ずかしくて彼の眼をまともに見れなかった。
  彼には、私はどう映っているんだろう? 着慣れないタイトスカートと履き慣れないハイヒールを、 背伸びして身につけたあげく、 転んでしまった間抜けな女の子って思われてしまっただろうか?
「君、 一人で来ているのかい?」
「は、 はい」
  曖昧にうなずく私。
「ちょっと、 こっちで話をしない?」
  彼が指差す先は、 ちょうどチュリー様騒ぎのレストランの向かいの喫茶店。 ほどよい明るさに調節された間接照明に浮かび上がる、 シックな雰囲気の木目調の内装が遠目にもよく分かった。 いかにも、 ゆったりとしたリズムのクラシック音楽がかかっていそうな、 オトナな雰囲気の喫茶店だ。
「え?」
  一瞬何を言われているのかよく分からなくて、 呆けたように口をぽかんと空けてしまう。
  ちょっと、 こっちで話をしないって、 近くの喫茶店で、 お茶でもどう? ってことだろうか。
  もしかして、 これって、 ナンパってやつ? 私、 ひょっとしてナンパされちゃった?
「あ、 あのあのあのあの」
  こういうとき、 どうすればいいんだろう。 えーい、 落ち着け。 落ち着け私。 もう心臓なんかないんだ。 ドキドキしてどうする。
「ご、 ごめんなさい。 私、 久しぶりにハイヒールを履いて、 そ、 その、 普段はこんなことないんだけど、 転んじゃって、 みっともないところを見せちゃいました」
  ゼンゼン落ち着いてない。 そんな話してどうする。
  男の人は、 いかにもおぼっこい私の反応を見て、 クスリと笑った。 駄目だ。 こんなことでは呆れられてしまう。 ナンパなんて慣れっこですって顔しなきゃ駄目だ。
「お話。 いいですねっ」
  ナンパキタ━━ヽ(゜∀゜)ノ━( ゜∀)ノ━(!   ゜)ノ━ヽ(  )ノ━ヽ(゜  )━ヽ(∀゜ )ノ━ヽ(゜∀゜)ノ━━!!
 ↑こういう本心を隠して努めて平静を装いつつも(でも言葉尻がうわずった)、 私は出来る限り魅力的な笑顔を浮かべるべく最大限の努力を払う。
  もう、 チュリー様なんかどうでもよくなっちゃった。 チュリー様は、 今日のところは、 他の女の子にくれてやろう。 アンタたちが、 決して実らない恋に血道をあげている最中に、 私は、 ムーディーな喫茶店で素敵なひと時を過ごすんだからね。 コーヒーなんか、 飲めなくてもかまわない。 こうして、 星ヶ浦の喫茶店で、 男の人とおしゃべりできるだけでも、 私は充分幸せだ。 もしかしたら、 新しい恋がここから始まるかもしれないしね。
  私は、 内心のウキウキを押し殺しつつ、 彼の後ろを黙ってついていく。 なんだか、 身体がフワフワして夢でも見ているみたい。 チュリー、 チュリーって騒々しい女の子たちの金切り声が、 どこか別の遠い世界から聞こえてくるような気がした。

  と、 こ、 ろ、 が。 彼は、 例の喫茶店「アキテーヌ」には目もくれず素通り。
  どうしたの。 ここで、 二人でお茶するんじゃなかったの?
「あ、 あの・・・」
  ひょっとして、 考え事しながら歩いていて、 通り過ぎちゃったんじゃないだろうか。 そう思った私は、 彼の背中を指でちょんちょんつつく。
「どうしたの?」
  彼は、 変わらぬ笑顔で、 私を見つめた。
「いや、 どこに行くのかなあと思って」
「はは、 もう着いたよ」
  彼は、 「アキテーヌ」の隣の、 まるで愛想のない白くて四角い建物を指差した。 その建物の入り口には、 なんて看板が下がっていたと思う?
・・・『星南警察署星ヶ浦交番』だってさ。
  交番の中で、 何か書きものをしていた若いお巡りさんは、 彼の姿を認めると、 手を休めてご挨拶。
「西村刑事、 お疲れ様です」
「や、 ご苦労様」
  彼は・・・西村刑事は、 慣れた調子で、 お巡りさんの隣の椅子に腰掛けて、 勢いをつけてくるっと一回転した。
「この子は?」
「うーん、 多分家出の女子高生だと思うんだよね。 最近多いからね。 さ、 君、 住所と電話番号と名前を言ってごらん。 それから高校名もね」
  だ、 か、 ら。 私はハタチなのっ! 大人なの! なんでみんなわかってくれないんだよう。 嫌、 嫌。 もー嫌っ!

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