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  待ちに待った修学旅行! 3泊4日で北海道!
  えーっと、 摩周湖に阿寒湖に知床でしょ。 温泉に泊まって、 富良野、 美瑛。 最後に札幌に小樽。 前の日は、 まるで小学生みたいに興奮して眠れなくって、 ニヤニヤ笑いを浮かべながらずーっと旅のしおりを眺めてたから、 もう修学旅行の行程はカンペキに暗記してしまった。
  私はこんな身体だから、 北海道ならではの美味しい海の幸、 山の幸を食べることができないのは残念だけど、 でも雄大な大自然を見て感動することくらいできるもん。 温泉だって、 聞くところによると、 露天風呂らしいんだ。 私は温泉に入ったところで、 温かいお湯につかって気持ちいいー、 なんてことはもう感じることはできないかもしれないよ。 でも、 湯船につかりながら空を見上げたら、 星がまたたいてる、 なんて素敵だよね。 そんな光景が見れるだけでも幸せだよ。
  もう、 一週間も前から北海道のことで頭がいっぱいで、 授業なんか手につかない  先生にあてられてもうわの空でまるっきり答えられずに嫌味を言われたりしたけど、 そんなのへっちゃら。 そんなふうに楽しみにしてた修学旅行なのにさ。 ああ、 それなのに、 それなのに・・・。 羽田空港の搭乗口の前で、 先生から搭乗券を手渡され、 もう味気ないコンクリートジャングルの東京とはおさらば、 お昼には神秘的な霧のヴェールに包まれた摩周湖のほとりに立っているんだ、 なんて無邪気にはしゃいでいたその5分後に、 まさか地獄に突き落とされる羽目になるなんて夢にも思わなかったよ。

  搭乗券を渡されたらクラス毎に並んで、 まずは手荷物検査を受けなきゃいけない。 そう、 手荷物検査。 つまり、 ナイフとか鉄砲とか、 その他危険物を身につけていないかどうか金属探知機で調べるってわけ。 そんなこと誰でも知ってるよね。 でも、 私、 飛行機に乗るなんて、家族とのモンゴル旅行以来だったから、 飛行機に乗る前にそんなことがあったなんてこと、 すっかり忘れてた。
  ゲート状の金属探知機をくぐる前に、 みんな、 携帯電話とか財布とか、 そういった金属性のものをポケットから取り出してはプラスチックの箱の中に入れていく。 そうしないとゲートを通過するとき金属探知機に引っかかってピンポーンってチャイムが鳴っちゃうからね。 もしチャイムが鳴っちゃうと、 係の人に呼ばれていちいち身体検査を受けなきゃいけなくて面倒くさいもんね。
  でもさ。 身体が機械でできている私はいったいどうなっちゃうわけ? 一応みんなの真似して携帯電話や財布は、 手荷物検査コーナー備え付けのプラスチックケースに入れたけど、そんなことしたって、 身体の中身が全部金属でできている私にはどう考えても焼け石に水だよう。 どうしよう。 どうしよう。
  自分の番が、 ひとつ、 またひとつ近づくたびにうろたていく私の様子を、 一足先に検査を終えたあるなや藤永田が、 にやにや笑いながら見守ってる。 検査が終わったんならさっさと待合室に行って椅子にでも座って寛いでいればいいのにさ、 わざわざ出口のところで待ち構えて、 ああやって、 私を笑いものにするなんて、 全くむかつくよね。
  
  とうとう私の番がきちゃった。
  私の目の前にゲートの形をした金属探知機が、 難攻不落の要塞さながらの威容で立ちはだかる。
(えーい)
  私は目を閉じて玉砕覚悟でゲートに足を踏み入れる。
  でも、 一歩足を踏み出すか踏み出さないかのうちに
“ピンポーン”
  無情にも鳴り響くチャイムの音。
「はい、 こっちに来てください」
  女性係員は事務的に私を通路の横っちょに誘導したあと、 ハンディタイプの金属探知機を片手に私を身体検査。 案の定、 金属探知機は、 私の身体に直接触れる前からびーびー鳴りっぱなし。 そんな様子を見て、 あるなや藤永田がお腹をかかえて笑ってる。
「あれ、 おかしいですね。 あれ、 あれ?」
  腕の先や、 足の太もも。 外から見たらどう考えても金属じゃないだろうっていう部分ですら、 びーびーわめいて金属だって訴える探知機に、 首をひねりっぱなしの警備員さん。 そのうち、 私の後ろが身体検査の順番待ちでつかえてきて、 忌々しげに舌打ちする音まで聞こえ出した。
  できるなら、 これ、 見せたくなかったけど、 やっぱり黙っているわけにはいかないか・・・。
「あ、 あのう。 こ、 これ」
  おずおずと財布の中に入っている障害者手帳を取り出して、 警備員のお姉さんに見せる私。
  障害者手帳には、 障害者・義体化一級ってご丁寧に赤くて太い文字で書いてある。 これを見れば、 どんな馬鹿でも私の身体が脳みそ以外は全部機械だって分かるはず。 そして、 同時に金属探知機が鳴りっぱなしの理由も分かってもらえて、 私は晴れてここを通してもらえるはず。 あの、 同情と憐憫と嫌悪感が入り混じったなんともいやな視線と引き換えにね。
  でも・・・
「あぁ」
  お姉さんは、 予想に反して私の障害者手帳を見ても至って冷静だった。 まあ、 こんな大きな飛行場なんだもの。 全身義体の人間だって、 見ることはそう珍しくもないのかもしれない。 それは、 まあ、 良かったんだけどさ。 でも、 このお姉さん、 手帳を私に返しながら
「では、 許可証を見せていただけますか?」
  なんて聞いてくる。
「許可証? なんの許可証ですか?」
  きょとんとして、 間抜け面で聞き返す私。
「一級全身義体利用者の航空機への搭乗には、 サイボーグ協会の発行した許可証を提示していただくことになっていますが?」
  あくまでも冷静に、マニュアルでも見ながらしゃべっているかのようにすらすら答えるお姉さん。
  許可証だって? 知らないっ! そんなの、 見たことも、 聞いたこともない! その許可証っていうのがないと私は飛行機に乗れないってわけ? 飛行機に乗れなかったら、 私の修学旅行はどうなっちゃうの?
  もう、 頭の中は真っ白け。あるなや藤永田のくすくす笑いも目に入らない。 私は言葉を失って、 しばらくその場にボーゼンと立ち尽くしていた。

「うわー。 八木橋。 すまん! すまん!」
  背後から聞こえた野太い叫び声に、 ふと我に返る私。
  いつの間にか、 列の一番後ろにいたはずの片桐先生が、 熊みたいな巨体を揺らしながら、 人波をかきわけかきわけ最前列までやってきていた。 そして、 例の金属探知機の所を強行突破しようとして、 警備員に二人がかりで止められているところだった。
「せ、 先生!」
「旅行会社の人に八木橋は許可証を取らないと飛行機に乗れないから気をつけてくださいって言われてたんだ。 すっかり伝えるのを忘れてた。 本当にすまん」
  片桐先生は、 警備員に抱きとめられたカッコのままで私に向かって頭を下げた。
「す、 すまんじゃないよう。 先生、 どうするのさ。 私、 修学旅行にいけないじゃないかよう。 いくら先生が物忘れが激しいからって、 これはひどすぎるよっ!」
  口から唾を飛ばすような勢いで、 うなだれている先生を責め立てる私。
  授業を忘れるのは大歓迎だよ。 でも、 こんな大事なこと、 忘れないでほしかった。 ああ、 もうっ、 もし行けなかった先生のせいだからね。 あんなに楽しみにしてたのに、 こんな下らないことで行けなくなっちゃうなんて、 ひどいっ。 ひどすぎるよ。
  私はひとしきり先生を罵ったあと、 へなへなと膝から崩れ落ちるように、 床にへたりこんだ。
「あの・・・、 すみません。 なんとかこの子をのせていただくわけにはいかないでしょうか?」
  ようやく警備員から開放された先生は、 がっくり肩を落としてうなだれている私のほうをすまなそうに見ながら、 さっきのお姉さんに頭を下げる。
「あー、 私の一存ではなんとも。 すみません。 ちょっと上と相談してまいりますので、 しばらくこちらでお待ちください」
  係員のお姉さんはあくまでも冷静にそう言うと、 踵を返してこの場から立ち去った。

  とうとう別室送りになった私と片桐先生。 机を挟んでさし向かいに座った安全管理責任者というプレートを胸から下げた羊みたいな顔をした中年男の話を、 二人して背筋を伸ばして神妙な顔つきで聞いているトコロ。
「ではこの生徒さんは、 搭乗許可証をお持ちでないと、 こういうわけですね」
「ええ、 まあ、 そういうわけで。 はあ」
  片桐先生は、 さっきから大きな身体を小さくすぼめるような、 情けないカッコでしきりに頭を下げている。
「それは困りましたね」
  羊顔の中年男は視線を横にずらして、 大げさにため息をついてみせた。
「一級全身義体利用者の航空機への搭乗には、 しかるべき機関の発行した許可証が必要。 これは運送約款で決まっていることなんですよ。 それがないとなると、 飛行機への搭乗はできないのです」
  この人、 流れるようにそこまで言ったあと、 余計な一言を付け加えてくれた。
「一般のお客様への安全面の配慮もありますので」
(安全面の配慮ってなんだっ!)
「あ、 安全面の配慮って、 私は危険物ってことですかっ!」
  羊男の言葉にカチンと来た私は、 思わず自分の立場も忘れて声を荒げてしまう。
「確かに私は全身義体障害者ですけど、 義体操縦免許は一般しかもってませんっ! だから、 この身体はどう頑張ったってフツーの人と同じくらいの力しか出せないように制限されているんです。 なのに、 こんな危険物扱いなんて、 私、 納得いきませんっ!」
  私は半分身を乗り出して、 この羊顔の中年男に向かって、 つかみかからんばかりの勢いでまくしたてる。 ホントは、 こんなとき、 余計なことは何も言わずに黙っていたほうがいいのかもしれない。 でも、 直接的でなくても義体は危険物だって言わんばかりのもの言いに、 どうしても黙っていられなかった。
  片桐先生は、 そんな私の背中をあわてて背中をひっぱって、 無理やり椅子に座らせると、 お前は黙っていろと言わんばかりに太い眉毛をぴくっと動かして私に向かって一睨み。
(もとはといえば先生のセイなのに、 どうして私が怒られなくっちゃいけないのさ)
  そう思った私は、 負けずにぷーっとほっぺたを膨らませてから、 ぷいっとそっぽを向いた。
  先生は、 そんな私のことなんかお構いなし。 羊男のほうに向き直ると、 姿勢をあらためて、 ねこなで声で熱弁をふるい始めた。
「そう仰いますが、 なんとかならないでしょうか。 別に八木橋は、 義体ということ以外は、 ごく普通の高校生なんですよ。 それはもう平平凡凡としたもので・・・」
  先生。 私をかばってくれるのは嬉しいけど、 平平凡凡は余計だよう。
「・・・と、 いうわけで、 なんとかなりませんかねえ」
  いかに私が人畜無害な存在か、 ということををさまざまなエピソードに余計な尾ひれを交えて羊男に聞かせたあとで、 ちらっと上目遣いに男を見やる先生。
「うーん」
  なおも腕組みして考え込む相手に、 片桐先生、 とどめとばかりに、 私の頭もつかんで無理やり頭を下げさせた。
「お願いします!」

  羊男は、 私たちの視線を避けるように、 眼をつぶってしばらく腕組みして考え込んだ後、な んだか言いにくそうに渋々口を開いた。
「一つだけ方法があります」
「どんな方法ですか!」
  許可証がなくても飛行機に乗れる! そんな方法があるなら、 許可証がどうのとつべこべ言わずに、 先に言ってくれって感じ。 思わず身を乗り出す私と片桐先生。
  でもね。 この人の話を聞くごとに、 先生の表情は明るくなっていったけど、 逆に、 私の表情は暗く沈んでいった。 だって、 この人、 こんなこと言ったんだよ。
「義体の電源をお切りいただいたうえで、 所定の箱の中に入っていただきます。 旅客ではなく、 貨物扱いということであれば、 許可証なしでも運ぶことができますので。 その場合、 客室ではなく貨物室に入っていただきますことをご了承下さい」
  だってさ。
  確かに電気で動いている義体は電源を切れば身動きのできないただの人形になっちゃうから、 少なくとも他のお客さんから義体を載せていることに対する文句は出ないだろうね。 それに、 義体なら、 生身の身体ならとうてい耐えられないだろう、 高度1万メートルの薄い空気の中も、 気温マイナス30度の世界もへっちゃら。 飛行機の貨物室に放りこまれようと、 どってことないんだ。 あくまでも義体自体は、 ね。
  でも、 その義体の中にいる私はどうなっちゃうのさ。 電源を切られるってことは、 つまり、 脳みそを生かすための必要最低限の機能以外は全部使えなくなるってことだ。 目も見えない、 耳も聞えない、 何も感じられない、 底なしの真っ暗闇の中でじーっとフライトが終わるまでの2時間を過ごさなきゃいけないってことなんだよ。 あの感覚遮断の恐怖を味わうくらいなら、 高度1万メートル、 気温マイナス30度の世界に放り出されたほうがよっぽどましだよ。
「良かったな。 八木橋。何はともあれ、 これで、 行けるな。 良かったな」
  片桐先生、 私の気持ちなんかおかまいなしに手放しで大喜び。
  危険物扱いの次は貨物扱い。 ちっともよくなんかないのに。
  でもさ・・・電源切られて人形にならなきゃ、 飛行機に乗れないんでしょ。 修学旅行に行けないんでしょ。だったら、 私に選択肢なんかあるはずないよね。 片桐先生、 この埋め合わせ、 どこかで必ずしてもらうからね。



「おーい、 みんな。 自分の荷物はちゃーんと持ったな?」
「はーい」
「よーし。 じゃあ、 摩周湖に向けて出発!」

  一つだけ、 誰からもその存在を忘れられた荷物がターンテーブルをいつまでもぐるぐるぐるぐる・・・

 

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