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えーっと今、私の目の前には、地平線までなだらかな丘が続いていて、白いゴマ粒が無数に蠢いています。よく見たら、そのゴマ粒は羊でした。そう、私は、今、人より羊の方が多いっていう国、ニュージーランドに来ているのです。
というのは嘘です。でも、ジャスミンの両親にとって、私がニュージーランドに行ってるという設定はホント。ジャスミンのヤツ、卒業に必要な単位は全部とったからって、彼氏と二人でラブラブ旅行に行ったんだけど、親にはヤギーと佐倉井と三人で遊びに行ってるってことにしたらしい。彼氏と二人でニュージーランド。実に羨ましい。私はバイトに明け暮れても生活するのにカツカツっていうか、足りないくらいで、藤原とニュージーランドなんて夢のまた夢なのにさ、人生って不公平だよね。
でも、そんな私も身近なデートは一応人並みにキッチリするわけです。ちなみに次の週末は藤原が非番だってことで、星ヶ浦の駅で藤原と待ち合わせしてデートすることになっています。でも、正直言ってあまり気が進まない。いや、もちろん藤原とデートっていうのは大歓迎なんだけどさ、星ヶ浦のタカビーでハイソで一見さんを小馬鹿にしたような雰囲気が私は好きになれないんだ。第一あの街に行くとなったら、ファッションに気をつかう。一緒にいく藤原にっていうよりは、星ヶ浦をすくつ(なぜか変換できない)にしている女どもに対して気を使う。ジャスミンくらい美人なら、どんなカッコをしたってバッチリ決まるし、これが私のファッションですが何か?なんて開き直ることもできるんだろうけどさ、私なんかだとそうはいかない。下手なカッコしていけば、奴らに後ろ指をさされて笑われることになって、藤原にも恥をかかせちゃうよう。それにあの町で夜まで歩いていたら、前みたいに高校生と勘違いされて補導されかねないしね。
だから、私としては、いつものように入舸浦の骨董屋巡りをしようって提案したんだけど、藤原が「嫌だ嫌だ。たまには普通のデートらしいことしてみたい」って駄々をこねるから、仕方なく妥協した。私のデートは普通じゃありませんか、そうですか。はは。
で、話の続き。
お昼をどこで食べるかって、デートの中では重要だよね。せっかく星ヶ浦に行くんだから、ドラマの主人公みたいに少しは洒落たお店でランチを取ってみたいっていうのは誰しも思う願望。星ヶ浦に行くこと自体、余り気が進まない私だってそう思う。でも残念ながら私も藤原もその方面はサッパリ。私はこんな身体で、当然食事なんかできないからレストランなんか詳しいはずもない。藤原だって、今までずっと私とデートしているときは、私に気を遣って何も食べなかった。最近になって、恋人なんだから遠慮しないでってせっついて、ようやくランチを取るようになったんだけど、いつもマッケンジーとか丑野屋みたいなファーストフードに入って急いでかき込むだけでムードも減ったくれもない。
さて、どうするか。そこで私は考えた。
こういう時に頼りになるのは、歩く星南市タウンページと呼ばれている佐倉井さやか。彼女なら、きっと何か適切なアドバイスをしてくれるに違いない。そう思った私は、デート前日の金曜の昼下がり。図書室にいた佐倉井を引っ張り出して、相談に乗ってもらったんだ。
「つまりヤギー君の質問は、デートするのに相応しい雰囲気のお店が知りたいと、こういうことだね」
佐倉井は、腕組みしながら、うむ、ともったいぶるようにうなづいたあと、私に顔を寄せた。
「うんうん」
私は期待に満ちた眼差しで、彼女の顔を見つめ、コトバの続きを待った。
「まあ、普通なら男のほうから何を食べようか?とか何が好き?だとかアプローチをかけてくるだろう。そういうとき、私は、なんでもいいよ、と言って男に回答をゆだねることにしている」
「なんでもいいって、佐倉井は本当にそれでいいわけ?」
「もちろんそんなわけないって。けけけっ」
不敵に笑う佐倉井。
「その回答によって男のセンスを判断するのだよ。分かるかね、ヤギー君。たかがレストラン選びではない。高度な場の空気を読む力とセンスが必要とされる、それがレストラン選びなのだ」
「うー・・・分かります」
びしっと私を指差す佐倉井の迫力にたじたじの私。別に男のセンスなんて聞いてないんですけど。単に佐倉井のオススメの店を知りたいだけなんですけど、なんて、とてもじゃないけど恐くて口を挟める雰囲気じゃない。
ここではじめて佐倉井先生はごそごそと鞄の中を探って、オリジナルの秘蔵ノートを出した。
「これは星ヶ浦のレストランをAランクからDランクまで私の独断で格付けしたものだ」
「あー、ミチェリンみたいなもんだね」
「は?ミチェリン?」
佐倉井が首をかしげる。
えーと、フランスがやってるレストランの格付けでそんなのあったじゃん。私、何か私間違ったこと言ったかなあ・・・
「まあ、いいや」
と軽く流して話を続ける佐倉井。
「それで、男の提示したレストランがここに載っているAランクなら喜んでついていく。Bでもまあ合格点。Cなら今は、それは食べたい雰囲気じゃない。別の店に行きたいって言う」
「ふむふむ」
「そして、ここでDを選ぶような男は・・・」
そこで佐倉井は目を細めて、にいっと笑った。
「選ぶような男は?」
「その場でさようなら。そういうセンスのない男はお断り。ついでにつけ加えると、Dランクの店に行くようなセンスのない男についていく女も、終わってる」
「Dランクねえ」
私はもう一度佐倉井ノートを広げた。佐倉井のいうDランクレストランには、マッケンジー星ヶ浦店や丑野屋星ヶ浦店がしっかり記載されていた。藤原、あんた、佐倉井いわくDランクの男だってさ。私のセンス終わってるってさ。はは。
そしてとうとうデート当日。午前中は海岸通りみたいな定番コースを巡ったあと、やって来ましたお昼ドキ。通りに建ち並ぶ洒落たデザインのレストランの看板だけでお腹おっぱいになりそうな、星ヶ浦ホコテン十字のど真ん中で立ち止まるっていうか、私たちとは場違いな雰囲気に飲まれて怖気づく私と藤原。フツーのカップルなら、ここで男が女に、この前の佐倉井のアドバイスのように「何を食べようか?」とか「何が好き?」とかスマートに聞くところだろう。でもいつもの私たちのデートの場合、そんな気取った会話なんかしない。藤原が、目に付いた手近なマッケとか丑牛に向かって一目散に突進するだけ。まあ私も別に自分が食べられるわけじゃないから、たいしてこだわりはないんだけどさ。
だけど、今日は違うよ。マッケなんて行こうものなら藤原も私もDランクの烙印を押されちゃうんだから。佐倉井から「ちょwwwwwwwww星ヶ浦でマッケwwwwwwwwww」なーんて感じでバカにされるに決まってるんだから。そんなの耐えられないよ。
だから、
「お昼はどこに行くの?私、インド料理のシヴァハートなんてどうかなって思うんだけど・・・」
なんて、今日に限って、佐倉井お勧めのAランクのお店を口にして、期待を込めた視線を藤原に送ってみる。
でも藤原は、私の目なんか見ちゃいないし、話も聞いちゃいない。ぐるりとあたりを見回して、マッケのMという赤い看板を見つけると、赤い布切れに向かって突き進む猛牛さながらの勢いで、わき目もふらずそこに向かおうとする。
「ちょっと待ってよう」
私はあわてて藤原の腕をぎゅっと掴んで引き止めた。
「藤原、あのさ、今、どこ行くつもりだった?」
「どこって、マッケンジー」
藤原は、何を今更、と言うような顔をした。
(やっぱり…)
ジョーダンじゃない。マッケンジーなんて言ったら、あんたも私もDランクだよ。
「この前のデートのときも、マッケンジーのデスバーガー。その前も、マッケンジーのデスバーガー。その前もマッケンジーのデスバーガー。はっきり言って、私、もうマッケうんざりなんですけど」
ハンバーグ三段重ねで、アメリカ人も死ぬほど満足ってキャッチコピーでおなじみの、デスバーガーを美味しそうにパクついてる、いつもの藤原の姿が頭に浮かんでため息をつく私。
「じゃあ丑牛」
それもDランクなんだよう。
「嫌、嫌、ゼッタイ嫌っ!私、シヴァハートがいい」
「でも裕子さんが食べるわけじゃないでしょ」
「ええ、私はこのとおり機械の身体で食べれませんとも。でも、そんな私でも、レストランの雰囲気を味わうことくらいできるんだけどなあ。料理の味が分からないぶん、行くお店の雰囲気も大事なんだよね。私も、たまにはマッケや丑牛以外のお店にも行って見たいなあ」
「うーん」
私の渾身の説得にもかかわらず藤原は腕組みしながら渋い顔。そして、にっこり笑いながら、とんでもない提案をした。
「分かった。じゃあ、こういうのはどう。最初にマッケでデスバーガーを食べよう。それから裕子さんの行きたいレストランに行く。それでどう?」
「はあ?」
藤原の奴、私に気を使ってマッケに行っていたんだと思ってた。でも、今分かりました。こいつ心底マッケが好きなんだ。あきれた。本当にあきれた。
仕方がないから、実力行使することにした。本気で喧嘩したら、まあ間違いなく私が負けるんだろうけど、単純な腕力なら私のほうが強い。
「嫌だーっ!俺はマッケンジーに行くんだーっ!」
叫ぶ藤原の腕をつかんで、ずりずり引きずりながら、星ヶ浦のホコ天をシヴァハートに向かって歩く私。結局そのまま、藤原の背中を押すように、シヴァハートに入ったんだけど、100種類のスパイスを詰め込んだっていうシヴァハートご自慢のマハラジャチキンカレーも、藤原は、涙目で「マッケのデスバーガー・・・」って未練がましくつぶやきながら、ニ三口すすっただけ。
デートの午後の部は、口数も少なくなっちゃって、ホント子供なんだからって、あきれもしたけど、少し悪いことをしたような気がする。でも、これで私も、藤原もAランクなんだからいいじゃないかよう。夜にラブホで、たっぷりお返ししてあげるからさ、機嫌直してよ、ね。
藤原と一緒に寝る前は、いつもより念入りにシャワーを浴びることにしている。
私の身体は機械仕掛けで、汗なんか、かきたくてもかけない。だからよっぽど埃っぽい日に出歩きでもしない限り、身体が汚れることなんかないから、シャワーに浴びる必要もないって思うかもしれないね。でもそれは大きな誤解です。
汚れるのは身体だけじゃないよ。心だって汚れるよ。一日を生きるっていうのは、ただ漠然と時を過ごすだけでも結構大変なことで、どうしたって心が磨り減って汚れちゃう。私がシャワーを浴びるのは、そういう心にたまった垢を洗い流すっていう意味もあるんだ。身も心も綺麗にするっていう言葉があるよね。あの言葉の意味、昔はイマイチ実感がわかなかったけど、機械の体になって綺麗にするべき身体を失って、初めてホントに分かったような気がするよ。
藤原のヤツ、いつものように素っ裸でベッドの上で正座しながら、私がシャワーを浴び終えるのを待ち構えているに違いない。そう思った私は、彼の期待にこたえるべく、湯気がまだ立ち上る素肌にバスタオルを巻き巻きして、
「ふ、じ、わ、ら。お、ま、た、せ」
なんて言って、ちょと色っぽい湯上りの自分を演出してみせたつもり。
なのにさ、部屋の明かり、もう消えちゃってるんですけど。藤原ってば、下着姿のままダブルベットの端っこで、私に背中を向けるような格好で寝ているんですけど。私の眼は暗いところでもよーく見えるから、それがはっきり分かるんですけど。
ジョーダンじゃないよって思う。わざわざラブホまで来ておきながら、何もしないで寝る男なんて普通ありえないよね。たとえどんなに疲れていてもさ。それがレディに対する礼儀ってもんだよ。
(どうせ狸寝入りでしょ)
そう思った私は、身体に巻いたタオルを勢いよく取っ払うと、ばふーん、とベッドに飛び込んだ。120キロの私の体重を受けてベッドは、大きく沈んで揺れる。
「ねえねえ、しよーよ、ねえ」
藤原をゆさゆさ揺り動かしながら、精一杯のあまーい声を耳元でささやいてみる。でも、なんの反応なし。きっと昼間、無理やりシヴァハートに引っ張っていったこと、まだ根に持ってるに違いない。いつもは、僕は社会人、裕子さんは学生とかいって威張ってるくせに、そういうところはまるでコドモ。
(それならそうと、こっちにも考えがあるんだから。我慢できるならもんなら、してごらんよ)
私は内心くすりと笑った。我侭なコドモをあやす保母さんって、こんな気分なのかな、と思う。
そして、
ぴたっ。
私は、空気の入る隙間もないくらい、自分の身体を藤原の背中に密着させてやった。藤原のシャツに押し付けた自分の頼りない大きさのおっぱいが潰れるのが見えた。
「ごめん裕子さん。今日はあんまり乗り気しない」
藤原は、そこではじめて声を出した。でも、取り付くしまもない、実に素っ気ない反応だ。
「むー」
今日の敵はいつもよりテゴワイ。でも、膨れっ面をしつつも、あきらめる気はさらさらない。藤原のシャツの中に左手をゆっくり差し入れて、胸のあたりをなでてみる。手のひらは私が温度を感じることのできる数少ない場所。手のひらを通して、藤原の体のあったかさが私に伝わって、ちょっと幸せな気分になる。私は、しばらくそのまま黙って、彼の出方を伺うことにした。
どくどくどくどく。
藤原の胸の上に置いた手が、藤原の鼓動を捉える。けっこう早いリズムを刻んでる。
(なんだ。藤原、やっぱり興奮してるじゃないか)
くすりと笑うと同時に、ギリギリのところで女としてのプライドを保ててちょっとほっとする。拍子抜けすると同時に、藤原の生きているあったかい身体が羨ましくも、思う。
ともかくも自信を取り戻した私の手の平、藤原の腹筋をなぞるように下に移動して、トランクスの中に忍び込んで、お目当てのあそこに近づいていく。
そして、そのままやさしくさわってあげるとみせかけて・・・
むぎゅっ
「痛っ、何すんだよ!」
藤原の体がぴくんとはねた。
「ここを、こんなふうにしておきながら、乗り気がしないというのはないと思うよ。藤原くん!」
ちょっと力を抜きつつも、予想通り大きくなってる藤原を握ったまま、私は意地悪く言ってみた。
「裕子さん、ちょっと・・・」
藤原が抗議の声を上げる前に、てきぱき藤原のトランクスを脱がして放りなげちゃう。そして、そのまま膝立ちに藤原にまたがって、両肩を押さえつけて起き上がろうとする藤原を上からぎゅうっと無理やりベッドに押し付けた。そして、藤原に重い私の体重をかけないように注意しながら覆いかぶさる。
ぱさっ。
私の髪の毛が藤原の顔にかかって、藤原が目をつぶった。
(うぁあ、かわいい!)
男に向かって口に出すのは申し訳ない感想を抱いてしまう。ちょっと萌えてしまいました。
「しちゃうよ」
興奮を抑えきれず、かすれた声で私は藤原に聞たあと、ほっぺたに軽くキスをした。私のほうの準備はとっくにできている。藤原の返事を待たずに右手はもう藤原のそれを握ってた。
「好きにすれば?」
ふて腐れたように言葉を返す藤原。もっとも藤原が何を言おうと、私のココロはもう決まってるけどね。
「はい。好きにします・・・うっ・・・ふう・・・ん」
目をぎゅっとつぶって腰を落とす。するする抵抗なく藤原のそれは私の中に飲み込まれて、それと同時にあそこから体全体にじんわりいい気持ちが広がった。しばらく、そのままの受け入れた余韻にひたってた私だけどすぐ切なくなる。
「体重かけるよ。我慢して・・・んっ」
身体を起こして、藤原の身体にお尻を落として、ちょっと身をよじる。それで藤原のものが、ずん、と奥まで深く入って、より強い快感が私の体を突き抜けた。私の重い体を受け止めた藤原の眉根が寄ったのが見えたけど、そんなことにかまっていられません。ごめんなさい。
そのまま勢いにまかせて、めちゃくちゃに動いちゃおうかと思ったんだけど、藤原がじとーっと私を冷たい目で見ているのに気がついて、ふと我にかえる。普通の眼なら、そんなことに気がつかずに快感に身を任せられたんだろうけど、なまじっか見えちゃうものだから気になって仕方がない。
(ああ、もう)
私はため息をつきながら、藤原とつながった姿勢のまま枕元の電気スタンドに手を伸ばしてパチンとスイッチを捻った。暗い部屋の中で、私たちの周りだけぽわんとした黄色い明かり包まれる。
「あの・・・まだ怒ってるの。昼のこと」
「別に・・・」
「すぐそうやって目をそらす。言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」
「マッケのデスバーガー食べたかった・・・・」
(あーーーー!)
私は髪の毛をかきむしりたい衝動にかられた。ちょっと涙ぐんでるようにも見える藤原の眼。ここまできたら、覚悟を決めてしちゃえばいいのにどうしてこうコドモなんだろうね。
今、上になって主導権を握ってるのは私。だから、藤原の気持ちなんて無視して、自分の身体だけに正直になるのもアリかもしれないけど、できればそういうことはしたくない。こういうことって、やっぱり男と女の共同作業だもん。身体が一つになるだけじゃなくて、やっぱり二人の心も一つにならなきゃいけないって思う。他の人はどうか知らないけど少なくとも私はそうだ。二人の気持ちが一つになってないえっちなんて、相手の身体を使った一人えっちと同じ。それじゃあ、たとえイクことができたとしても虚しいだけだと思う。
「ねえ、藤原。ゲームしよ」
とにかく藤原にもその気になってもらわなければ、そう思った私は藤原にある遊びをもちかけた。
「これからお姉さんがいいことしてあげるから、それに10分間耐えられたら藤原の勝ち。10分以内に藤原がイったら私の勝ち。藤原が勝ったら、今度のデート、マッケンジーでも丑牛でも、好きなお店に行ってあげる。その代わり、私が勝ったら私の行きたいお店に行くこと。いい?」
「超下らない」
「くだらなくないよー。あれ?それとも藤原君、まさか自信ないとか?」
ゆさゆさ身体をゆすりながら、挑発的な笑いを浮かべてみせる。それからもう一押しとばかりに、中に入っている藤原のものをきゅっと締めてみせる。
「そ、そんなわけないじゃないか。10分なんて楽勝だよ。楽勝」
そう言いながら、藤原は寝た姿勢のまま器用にシャツを脱いで、すっぱっだかになる。
藤原がノッてきたことに内心ほくそ笑みながら、私は電気スタンドの横に置いてある22:09と表示されているデジタル時計を指差した。
「10時10分になったら動くからね」
「20分まで耐えられたらマッケだよ」
「ふふっ、耐えられるかな?」
二人して、身体をつないだまま時計を見つめる。ハタから見たら滑稽な私たち。でも、当人たちは至っておおまじめだ。なんとしても10分以内にイカせてやるんだから。藤原をDクラスになんかしないんだから。
デジタル時計が22:10に変わったと同時に、カーン、と頭の中でゴングが鳴ったような気がした。 なんだかムードもへったくれもないけど、藤原がようやくその気になってくれたから、まあいいかって思う。
ぴちゃぴちゃぴちゃ。
いやらしい音がホテルの小さな部屋に響く。これは藤原をくわえた私のあそこから出る音。
「んっ・・・んっ・・・」
これは私の口から漏れる喘ぎ声。ゆったりしたリズムで腰を浮き沈めさせながら、とりあえず私は自分自身の身体から産みだされる快感に素直に身をまかせることにした。
「胸、さわってっ!」
「ゲームじゃないの?」
藤原は、意外に冷静な声で言う。生意気だと思う、けど、私は性的欲求には素直なタチだ。
「ゲームだけどっ!私が気持ちよくなりたくないとは言ってない!滅茶苦茶に握っていいからっ!」
「はーい」
藤原はのんきな返事とはウラハラにぎゅっと力強く私の胸を握り締めた。
「!!!っ」
私の身体は背中を仰け反らせて、藤原の力強い攻めに耐える。
あーっ、このままのぼりつめるのもいいなって、私は快感に翻弄されながらも冷静に計算する。別に10分の間に藤原をイカせればいいのであって、私がイったら駄目って約束じゃないもんね。
「そのまま、続けて。もっと強く!」
私は藤原のものをむさぼるように腰を動かしながら叫んだ。
でもさ・・・
「♪新しい朝が来た 希望の朝だ 喜びに胸を開け 大空あおげラジオの声に 健やかな胸を この香る風に 開けよ それ 一 二 三♪」
突然調子っぱずれの歌を歌いはじめた藤原にリズムを狂わされて、せっかく絶頂に向けて調子いい上昇カーブを描いていたのに、いきなりストンと落とし穴に落とされてしまったような気分になる。
「・・・あのさ・・・」
「あと5分耐えれば、マッケだよね」
藤原はちらりと横目で時計を見ながら無邪気に言った。どうやら敵は気をそらすことで私の攻撃をしのぐ作戦らしい。
「ふん」
私の胸をつかむ藤原の両手を払いのけて、気を取り直して腰を動かし始める私。ゲームなんて言わなきゃよかったっなって、ちょっと後悔しながらね。
藤原は、そんな私の気持ちなんかおかまいなしに、もう一回・・・
「♪なんでもかんでもみんな踊りを踊っているよお鍋の中からボワッとインチキおじさん登場いつだって忘れないエジソンは偉い人そんなの常識 タッタタラリラピーヒャラピーヒャラパッパパラパピーヒャラ ピーヒャラ.・・・ぐははははははっ!」
「な・・・何がおかしいんだよう!」
歌はまだ我慢する。でも、えっちの最中に笑い出すなんて失礼極まりない。
「ごめん。だって、裕子さん、音楽に合わせて腰動いてるんだもん。ピーヒャラピーヒャラって。なんかおかしくって」
「もういいっ!」
怒り心頭の私はベッドをばんと叩いて藤原を身体から抜いた。一気に気分が萎えた。
「もういいっ!もういいもういい!最低っ!あんたなんかDランクだ。藤原のバカバカバカっ!」
今度は私が藤原に背を向けてふて寝する番だ。
「裕子さん、途中でやめるなんてひどいよー」
情けない声を上げながら、ゆさゆさと私の身体を揺り動かす藤原。でも、今更哀願されたところで、知るもんか。収まりつかなければ勝手に一人で処理すればいいじゃないかよう。
「裕子さんってば!」
「知らない。おやすみなさい」
藤原の手を冷たい調子でぴしゃりと払いのけて、うつぶせになって枕に顔をうずめた。
「裕子さん聞いてよ」
「もう寝よ」
「あのさ、裕子さんには内緒にしておこうと思ったんだけど俺が、マッケにこだわるのは訳があるんだよ」
しつこく食い下がる藤原の言い訳にちょっと興味を惹かれて、うっすらと眼を開ける。私の顔をのぞきこんでいた藤原は、ほっとしたような表情を見せた。そして、素っ裸のままベッドから飛び降りると、机の上に置きっぱなしの財布を取って戻ってきた。
「ほら、これ」
「うー、これって、何だよう」
藤原は、財布の中から小さなカードを抜き出して、私に見せた。私は、うつぶせに枕に顔を半分うずめたまま、それを受け取る。
「今マッケでキャンペーンやってるんだ。デスバーガーセットを一つ頼むと、この抽選券が1枚もらえるの。なんと一等景品は、とニュージーランド縦断8日間の旅ペアご招待」
「ニュージーランド縦断8日間・・・」
「うん。この前、裕子さんニュージーランド行きたいっていってたよね。だから、頑張ってデスバーガー食べてさ、なるべく多く抽選券もらって応募して、これ当てて一緒に行けたらいいなあ、なんて思ってた」
「藤原、あんたそんなこと考えてたの・・・」
「うん。実は一人でもよく行ってる。もう抽選券50枚くらいたまった。裕子さんには内緒にしておこうと思ったんだけどね」
藤原は、照れ隠しなのか、鼻の頭をぽりぽりかいた。
「あきれた。あんたバカじゃないの。そんなことに使うヒマがあったら、その分お金貯めればいいじゃないかよう」
「あ・・・そうか」
「そうか、じゃないよ・・・もう」
なんともコドモっぽい藤原の考えにあきれたのはホント。だから、ちょっと拗ねた表情を作って見せる。でも、それは見せかけだけのこと。
「でも・・・そんなこと覚えててくれて・・・ちょっと嬉しいかも」
私は、いきなり跳ね起きて藤原に抱きついて、顔にキスの雨を降らせてやった。私、間違ってた。佐倉井の評価なんて、どうでもいいんだ。藤原は、私にとっては、いつでも誇れるAランクの彼氏。それで充分だよ。
「うわわっ!」
っと、素っ頓狂な声を上げる藤原。なぜって、藤原に抱きついたまま、ばふーんとベッドに身体を預けたから。だから自然と藤原が私の上に覆いかぶさるカッコウになった。
「ね、もう一回ちゃんと、しよ」
まっすぐ藤原の目を見つめながらも、ゆっくり足を開く私。無言でうんうんうなずく藤原。
今日、はじめて二人の心が一つになった。
「もう滅茶苦茶にしてください。どうにでもしてください」
私はゆっくり藤原の背中に両手を回しながら、オネガイした。
それからしばらくたったある日。まだ朝の7時半だって言うのに藤原から電話がかかってきた。
「裕子さーん、大ニュース大ニュース」
電話越しにでも鼻息がかかってきそうなくらい興奮してる。
「この前のマッケンジーのキャンペーンに当選したっ!」
それで寝ぼけ頭がいっぺんに覚めた。
「うわっ、まじでまじで。すごいすごい」
私の頭の中で、唐突にメリーさんの羊の曲が再現される。藤原と二人でニュージーランドだ。やったやったやったやった。さすが私の誇れるAランクの彼氏だあっ!
「二等のマッケンジーデスバーガーセット、1年間食べ放題だってさ。俺、マジ嬉しいんだけど」
「・・・」
「ちょっと、裕子さん聞いてる?聞いてるの?」
「・・・」
ガチャン、ツーツーツー
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