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 定期検査が終わった私は、義体科の待合室の長椅子で、義体免許証と財布を握りしめ、ちょっとわくわくしながら、自分の名前を呼ばれるのを待っていた。この定期検査の清算が済んだら、財布の中には500円ぽっちしか残らないのに、なぜに私は、そんなにわくわくしてるのか、それにはもちろんわけがある。
 このあと菖蒲端で藤原と待ち合わせてデートする約束になってるんだ。しろくま便の給料日前で、私はゼンゼンお金がないんだようって言ったんだけどさ、藤原の奴、今日は僕が全部払うから、裕子さんは気にしなくていい、なんて、涙が出そうなくらい嬉しいセリフを吐いてくれた。
 それでオコトバに甘えて、この前見つけた、店内に骨董品たっぷりの昭和の香り漂うフンイキのいい喫茶店に行くことになったんだ。もちろんコーヒーを飲むのは藤原にまかせて、私は雰囲気を味わうだけなんだけどね。それで菖蒲端でのデートの締めっていったらやっぱりワイ横だよね。最近藤原も忙しくて、そっち系はずっとご無沙汰だったから、ちょっと期待してる。もちろん変な服は用意するなよって釘をさしておいたんで、たぶんまともに楽しめるはず。たぶん・・・ね。
 これから、菖蒲端に行くとなると、現地到着は午後4時くらいかな。あらかじめ、メールで連絡しておかなきゃね。


「お姉ちゃん、こんにちは」
 唐突な呼びかけに、あわてて顔を上げる。目の前に立っているのは、レースびらびらの真っ黒なゴスロリ風ファッションに身を包んだ見知らぬ女の子。腰まで届くような長い黒髪のせいもあって、まるでおとぎ話に出てくるような黒魔法使いの少女のような印象を受ける。

 私は、きょときょと周りを見回して、女の子が声をかけているのは、確かに私だという確信を得てから、戸惑い気味におずおず挨拶を返した。
「えと、こ・・・こんにちは」
「誰にメール打ってるの?」
 女の子は、私の隣に腰を下ろすと、私の携帯を無遠慮に覗き込んだ。
「ていうか、あんた誰なのさ?」
 ぱちん、と携帯を閉じたあと、警戒感たっぷりの眼差しを女の子に向ける。
 ここは病院の待合室っていっても普通の病棟じゃない。義体ユーザー用の待合室なんだ。と、いうことは彼女もきっと私と同じ機械の体で、だったら、この子が額面通りのあどけない少女だって、誰が保証できるだろう。
 そもそも診察室の中では、よっぽど親しくなっていなければ、他のユーザーさんには話かけない、話さない。それが義体ユーザー同士の暗黙のルールのはず。義体ユーザーさんの中には、人には余りおおっぴらにできない職業についていることも多いからね。

「ええええ?お姉ちゃん、ひっどーい。私を忘れたの?」
 女の子は、唇をとんがらせて、握りこぶしを上下にぶんぶん振った。
「あたし、アッカだっけさ」
「あ、茜・・・ちゃん、なの?」
 眼鏡のフレームをつまんで、もう一度、まじまじと魔法少女の顔を見つめる私。そう言われてみれば、顔のつくりは確かに茜ちゃんだけど、以前の金髪つんつんサボテンヘアのときとまるで印象が違う。
「へへ。イメチェンだっけさ。似合うっしょ」
 ちょっと大きめの口を開けて、にぱっと笑う茜ちゃん。
「う・・・うん。そ、そうだね。可愛いね」
 下手なこと言うと何されるか分からないから、適当に調子を合わせておく。それに、茜ちゃん、ある意味魔法少女なわけだし、そのカッコ、似合っているといえなくもない、と思う。でも生身の体ならヘアスタイルはともかく、こんな短い期間で髪が伸びるのはありえないわけで、そういうところには相変わらず無頓着なんだね。
「茜ちゃんも、定期検査?」
「うん、これからだっけさ。ちょっと早めについたから、どうやってヒマつぶししようと思っていたけど、お姉ちゃんがいてくれて良かったあ」
 茜ちゃん、そう言うが早いか、パソコンをごそごそと鞄の中から取り出し、電源を入れ、私を見上げた。
「お姉ちゃん、一緒にゲームして遊ぶっけさ」
「ゲーム?」
「うん。あたしがプログラムしてみた」
「プログラムって、茜ちゃんがコンピューターゲーム作ったの?」
「うん」
「へええ」
 私は素直に驚きの声を上げる。スーパーハッカーの茜ちゃんにとっては、ゲームなんて息をするくらいカンタンに作れるのかもしれないけど、自分自身のサポートコンピューターさえ満足に操れない私にとっては、まるで想像もできない行為だ。
 私の尊敬の眼差しをちょっと照れくさそうに浴びながら、茜ちゃんはパソコンにつながっている二股に分かれたコードの片一方を私に渡す。
「これ、お姉ちゃんのココにつないで」
 茜ちゃんは、自分の首筋のサポートコンピューターの外部接続端子の納まっている小さなハッチを指差した。
「・・・茜ちゃん、あのさ」
 私はため息をついた。せっかく茜ちゃんのこと尊敬しかかったのに、一瞬でドン引きなんですけど。
「私が素直に、はい、分かりましたって言うと思ってる訳?」
 茜ちゃんが考えたゲームとやらが、どんなものか知らないけど、直接義体につないでするゲームなんて、嫌な予感しかしない。
「じゃあさ」
 茜ちゃんは小悪魔めいた顔でにやっと笑う。
「もしお姉ちゃんが勝ったら5000円あげるっけさ。でも、もしあたしが勝っても何もいらないっけさ」
 私は、ごくりと息を飲み込んだ。私がお金に弱いってこと、よくわかってらっしゃる。定期検査でお金を使い果たして、残金500円でデートに臨まなくてはならない私にとって、5000円というのは、義体を危険に晒すこと以上に魅力的な金額だ。一応今回のデート代は藤原が全部出してくれるって言ってるけど、藤原だって、そうラクな生活じゃないはずなんだ。もし少しでも助けられるなら、それに越したことはない。それに・・・茜ちゃんの話を額面通りに受け取れば、仮に私が負けても、私に失うものはないはず。
「えーと詳しく話を聞かせてもらいましょうか?」
 お金の誘惑に負けて、ずいっと身を乗り出した私を見て、茜ちゃんは満足そうにうなずいた。
「お姉ちゃん、そうこなくっちゃ。じゃあ、はやくこのコード、身体につないで」
 茜ちゃんは、せかすように私にもう一度コードを押しつけた。
「うー、分かりましたよ」
 私は渋々うなづいたあと、もう一回使えるように慎重に首筋に貼ったカムフラージュシールをはがし(←けちくさいっていうなよ)、右手で髪の毛をかき上げ、左手で接続端子の小さなハッチを開くと、むき出しになった端子に手探りで、コードのプラグを突き刺した。
「んっ」
 頭の中で、ぽーん、と音が鳴り、義眼ディプレイの片隅に新しいデバイスが接続されました、という文字が小さく表示される。
「お姉ちゃんのサポコンのアクセスコードってなんだったっけ?」
「えーっと、ユーコ・・・ってそんなの人に教えられるわけないでしょ」
 危うく茜ちゃんの誘導尋問に引っかかりそうになった私。茜ちゃんを軽く睨んでから、ひったくるようにパソコンを奪うと、手早くパスワードを打ち込んで、茜ちゃんに返す。続いて、茜ちゃんも、私と同じように二股に分かれたコードの残りの一方を義体につないだ。
「それじゃ、ゲーム、はじめるっけさ」
 茜ちゃんは、そう宣言すると、それまで私たちのほうを向けていたパソコンのディスプレイを天井に向ける。何がはじまるんだろう。固唾をのんで見守っていると、ディスプレイの中から唐突に青いボールが飛び出して、ちょうど私と茜ちゃんの目の高さのところでくるくる回りながら静止した。今はやりの空間ディスプレイってやつだね。
 ボールは、一瞬明るく輝いて茜ちゃんのほほを青白く照らし上げたかと思うと、いくつもの小さな泡に分裂し、やがてその泡は一つ一つがカタカナに姿を変えていく。
『ロシアンルーレット』
 目の前に浮かび上がった文字を、なぞるように私は読み上げた。
「ロシアンルーレットって・・・ひょっとして、あれのこと?西部劇の映画とかで出てくる、ピストルの中に一発だけ弾を込めたあと、弾の入っているところをぐるぐるまわして、どこに弾が入っているか分からなくしてから、こめかみに銃をあてて交代交代で一発づつ引き金を引いていくやつ」
「そうそう、お姉ちゃん、ルールは知ってるみたいだね。じゃあ説明はいらないね」
「ちょちょちょちょっと待ってよ。私、死ぬのいやだよう」
 ロシアンルーレットというタイトル通りの内容なら、負けた方は、脳みそを銃弾に打ち抜かれて死ぬことになる。5000円のために命を張るのは正直勘弁してほしい。
「これ、ただのゲームだよ。負けたからって、本当に死ぬわけないっしょや」
 茜ちゃんは、あきれたように言う。
「うー、ホント?死ななくても、痛いんじゃないの?」
「大丈夫。痛くないっけさ」
「じゃあ、もし負けたら、どうなるの?」
「それは・・・やってみれば、すぐわかるっけさ、ぎゃはっ!」
 茜ちゃんは、意味ありげに笑った。
 負けたらどうなるのか分からないのは怖いけど、でも、茜ちゃんの話を聞くうちに、やっぱりそう悪い話でもないんじゃないかと思うようになった。これがもし普通のゲームだとしたら、ゲームを開発した茜ちゃんがずーっと有利で、初心者の私に勝ち目はない。でもロシアンルーレットなら、勝敗は運だけで決まるから、私にだって勝つチャンスはがあるってことじゃないかっ!


「まずは練習だっけさ」
 茜ちゃんが、キーボードのエンターキーを押すと、空間に浮かびあがっていたタイトル画面がかき消え、その代わりにマンガみたいにディフォルメされた形のピストルがディスプレイの中からすーっと飛び出て、銃口を正確に私の頭に向けたところで、ぴたりと空中に静止した。銃弾の代わりに国旗が飛び出てくるほうがお似合いの、おもちゃみたいな形のピストルとはいえ、銃口を向けられるのは余り良い気分はしないよね。
 ピストルに続いて、今度は1から6までの数字が青白く光りながら浮かび上がった。数字の群れは、まるで私の部屋にある黒電話のダイヤルみたいに、拳銃のすぐ下で、くるくる円を描きながらゆっくりと回っている。
「お姉ちゃんから、先だね」
 私は無言でうなずいた。茜ちゃんの言うように、もしこれがロシアンルーレットなら銃口を突きつけられているほうが、先攻ってことになる。
「で、どうすればいいの?」
「この中の好きな数字ば触ればいいっけさ。そうすると、ピストルの引き金ひいたことになるっけさ」
「うー」
 私は 指を伸ばす前に頭をひくーくして、自分に向けられた銃口の狙いを外そうとする。そんな私を見て、茜ちゃんは笑った。
「そんなことしても無駄だっけさ。ピストルなんて飾りだよ。なんのためにパソコンば、サポートコンピューターと繋いでると思ってるの?ぎゃは」
 確かに茜ちゃんの言う通り。立体映像のピストルから、ホンモノの弾が出てくるわけない。でも、怖いものは、怖いんだよう。負けたら何が起こるのか分からないから、なおさらだ。
 眼の前でぐるぐる回る数字を見ているうちにめまいがしてくる。単純に考えれば大当たりの確率はたったの6分の1。サイコロで、思い通りの目を出すのと同じ確率だ。思い出せ。私が、双六で思い通りの目を出せたことがあったか?いや、ない。こんな少ない確率、私が当てられるはずがないないんだ。勇気をもつんだ、私。
「私の誕生日は12月9日だから、1と2と9を足して12で、その下一けたをとって2!」
 自分に言い聞かせるように、私はそうつぶやくと、恐る恐る震える指を伸ばし、人差し指で「2」に触れる。
「きゃっ!」
 出し抜けに、鋭い快感が私のあそこから、電流のように身体の中心を貫いて、なんの心の準備もしていなかった私の脳みそに襲いかかる。
「あ・・・っ。や、やだっ。なにこれ!」
 体から溢れ出そうになる快楽を懸命に抑えようと、膝がしらをきゅっと両手で握り締め、身体をくの字に折り曲げて身もだえする。けど、無駄な努力だった。
 義体の中を数千数万の快楽信号が出たらめにぶつかり合いながら暴れまわって、頭の中が真っ白になって、目の前でぱちぱち火花が散って、
「うぐっ、ううっ!うっ」
 私は、前に突っ伏した姿勢のまま、気がついたらうめき声をあげて、快楽の絶頂に身を任せて身体をひくんひくんと震わせていた。
「あ・・・は・・・はあはあはあ」
 サポートコンピューターが義体を絶頂に導くためにフル稼働した証の排熱が、荒い息の形をとって体外に放出される。快感が治まる間、私はしばらく何も考えられず、そのままぼーっとしていた・・・・・・
「はっ」
 唐突に正気に戻って、がばっと顔を上げる私。茜ちゃんは私の痴態をにやにや笑いながら眺めていた。
「いきなり、一発目で当たりとはね。ぎゃはははっ」
「う」
 羞恥心に襲われてあわてて周りを見回す。相変わらず周りには私たち以外には誰もいないし、受付のお姉さんも、作業に没頭しているのか、こちらに気づいた様子はない。そのことにちょっとだけほっとしつつも、私は絶頂の余韻の残る火照った体を抱えながら、私は茜ちゃんに恨みのこもった視線を向けた。
「あ・・・茜ちゃん、これっていったい」
「負けたらね、イッちゃうっけさ」
 悪びれることなく茜ちゃんは言った。
「そういう信号が流れるように、プログラムを組んだっけさ」
「ああ、そうなんだ。はは・・・はははは、死ね」
 私は、乾いた声で、無表情に笑ったあと、ストレートな呪詛の言葉を投げつける。撃たれて死ぬのに比べればよっぽどマシとはいえ、同性の、しかもこんな年端のいかないガキにイくところを見られるなんて、私のプライドはズタズタだ。
「怒っちゃだめ。練習で良かったしょや」
「茜ちゃん、あんた、羞恥心ってものはないの?」
「シュウチシン?何それ?」
「もし茜ちゃんが負けたら、茜ちゃんだってこんな姿見られるんだよ。恥ずかしくないの?」
「ああ」
 茜ちゃんは、例の小悪魔めいた表情で自信たっぷりに言った。
「それなら大丈夫。私がお姉ちゃんに負けるわけ、ないっけさ」
(なにおこのお!)
 いかに相手が茜ちゃんとはいえ、ここまで舐められっぱなしでいいものだろうか?いや、よくないっ!こうなったら、茜ちゃんが情けなく乱れる姿を動画モードで録画して、サポートコンピューターに永久保存してやる。それで、5000円も絶対奪ってやるんだからね。
 私は、唇を噛みしめて、大人げなく茜ちゃんを無言で睨みつける。


 本番は、茜ちゃんからだった。
 一発目(っていうかこのヒワイな響きは何とかならないものかw)、当たれ当たれ当たれ当たれ、という私のヨコシマな願いも虚しく、あっさり茜ちゃんクリア。二発目、今度は私もクリア。
 三発目、四発目をお互いにクリアして、あっという間に残りの数字は3と6の二つになった。 茜ちゃんの番、もし、これをクリアすれば、自動的に私の負け。でも二分の一という高確率で茜ちゃんが負けるリスクもある。そんなプレッシャーのかかる場面でも、茜ちゃんはさして緊張している様子もなく、6番に触れて・・・
 私の期待を裏切って、茜ちゃんの身体に何の変化も現れない。残っている数字は3の一つだけ。ピストルの下を寂しくぐるぐる回ってる。ということは、つまりだよ・・・
「ちょちょちょちょっと待って・・・私の負け、もう決まりじゃないかよう」
「でも、最後までやらないとダメだっけさ」
 さっきとは逆に、今度は、茜ちゃんが期待に満ちた眼差しで私を見つめる。
「やっぱり、やらないと、ダメ?」
「ダメ」
 茜ちゃんは、頭を抱える私を無慈悲に見下ろして、きっぱりと言い放った。逃げ出そうとしたら、私の義体を操ってでも、無理やり私に3番に触れさせる勢いだ。
 私は観念して、震える指先を最後に残った3に伸ばす。
(まてよ)
 すんでのところで、私は指を引っ込めて、思案する。
 さっき、私が当たりを引いたときには、ピストル自体に何の変化もなかった。音が鳴ったりしたわけでもない。と、いうことはだよ。ここで私が当たりを引いたとしても、ぐっと我慢して、何も起こらなかった。私はイってないって言い張っちゃえばいいんじゃないだろうか。よっぽど派手にイキさえしなければ、どうせ女がイクところなんて、ハタから見て分かりはしないんだ。
 さっきは心の準備ができていなかったから、茜ちゃんに思わぬ痴態を見せてしまったけれど。自分の体に何が起きるか、あらかじめ知ってさえいれば、イクのは避けられないにしても、表に出さないでいられる自信はある。
 左手を固く握りしめ、もう一度、恐る恐る右手の人差し指を3番に向けて伸ばす。
 指先が、数字に触れた瞬間・・・
(きたっ!)
 私は背筋をびしっと伸ばして、歯をくいしばって、茜ちゃんのパソコンから送り込まれる、プログラムという名前の淫魔を迎え討つ姿勢を取る。だけど、敵は申し訳ないけど藤原よりダンゼン上手だった。奴の指は多分百本くらいある。指って言うか、もう触手だよね。その百本の触手を駆使して私の身体の感じるところを内側から滅茶苦茶にいじくりまわすんだ。そんなの耐えられっこないよ。
 サポートコンピューターが壊れてしまうんじゃないかと思うくらいの快楽信号の奔流に、抵抗するすべもなく、いともあっさり私はイってしまった。畜生。
「ぐ・・・あふ」
 抑えきれずにかすかに漏れる声。鋭い快楽が身体を突き抜けるのにあわせて、背中がかすかに震えてしまうのはどうしようもない。でも、蕩けかかる理性を総動員して、なんとか身体の反応を最小限に抑え込んだ。絶頂の証の一つであるサポートコンピューターからの排熱も、無理やり息を飲み込んで体内に閉じ込めた。
「お姉ちゃん、イッたの?」
 茜ちゃんは、拍子抜けしたような表情で言った。どうやら上手く騙せたみたいだ。
「う・・・ううん。ゼンゼン。これも外れだったみたい」
 あくまでも平静を装って、でもちょっとかすれ気味の声で答える私。ホントは頭の中、半分真白だし、眼の焦点あってなかったかもしれないけどね。
「おかしいなあ。当たりが混ざってなかったのかなあ」
 茜ちゃんはしきりに首をかしげた後で、にこやかに笑って言った。
「じゃあ、もう一回やるっけさ」


「お姉ちゃん・・・大丈夫?顔色悪いよ」
 茜ちゃんが、5度目の絶頂を迎えて、脳みそぐちゃぐちゃ放心状態の私の顔を覗き込む。決して私のことを心配して声をかけてくれたわけじゃないってこと、茜ちゃんのいたずらっぽい顔を見れば丸わかりなんだ。そもそも義体の私の顔色が変わるなんてことは、ありえないよね。
「う・・・うーぜ、ゼンゼン大丈夫」
 私は乱れた髪をかきあげつつ、のろのろと顔をあげ、虚勢をはる。ホントは大丈夫なわけない。たぶん、私のあそこ、濡れまくってすごいことになってるような気がする。今日はいてきたのが、ゆったりめのパンツで良かったと心の底から思う。
「なかなか当たらないね。じゃあ、もう一回戦いってみよう」
 茜ちゃんは例の小悪魔めいた笑みを浮かべながら、今日何度目かのコトバを繰り返した。
 

 茜ちゃんにはイったことは隠し通して、とにかく私が勝つまでゲームを続ける、というのが、私の当初の目論見だったんだけど・・・あっさり5回もイかされましたorz。それでも、私の名誉のために言っておくと、決してずーっと負けっぱなしだったわけではなくって、私が最後まで当たりを引かない時だってあったんだよ。
 そんな時は、ゼッタイ茜ちゃんのほうがイってるはずなんだ。だけど、茜ちゃん、少なくとも表面上は、なんの反応も見せてくれない。私が茜ちゃんくらいの時には、砂利道を自転車で走ったり、校庭の隅に置いてある登り棒のてっぺんから勢いよくすべり落ちるのが何よりの楽しみだったわけで、まだ生理前っていっても、感じるべきトコロに刺激を与えれば、それなりには感じるはずだって、自分の経験上、断言できる。義体だって人の性感の再現にやっきになっているイソジマ、ましてや、脳みそがぐちゃぐちゃになりそうな刺激なんだよ。
 っていうことはつまり、考えられることは一つ。
「あ・・・茜ちゃん・・あの、まさかとは思うけど、イカサマしているわけじゃないよね」
 このゲームは茜ちゃんが作ったんだ。自分が作ったゲームならいくらでもインチキできるはずだ。
「イカサマって?」
「いんちきしているんじゃないかってこと」
「それって、たとえば本当は当たりを引いているのに我慢してるとか?そんなことするわけないっしょや。ぎゃはっ!」
 これ以上詮索すると自分で自分の墓穴を掘るはめになりそうだから、やめた。
 所詮機械の身体だから、何回イったとしても、体力的には何の問題もないんだけど、何よりまずいのは、イってしまった時にどうしても出てしまうサポートコンピューターの排熱を、無理して体内にため続けてしまっているってことだ。義眼ディスプレイ義体の体温がレッドゾーンまで上がってきている。もし次に負けた場合は、かなりヤバイ。オーバーヒート。
「お姉ち


”義体体温上昇。放熱のため30秒後に体外ハッチを強制開放します”
”人工愛液残量”

「も・・・もう私の負けです。ごめんなさいっ」
 シャワールーム、鍵かかってるんだよう。
 そこへ、たまたま松原さんが通りかかった。
「なんの問題もなく、ひと月越えられるなんて珍しいと思ってましたけど、

 後で松原さんから事情を聞いた。
 茜ちゃんみたいに小さい時に義体化してしまうと、脳みその性感を司る部分が発達しないんだってさ。よくよく考えれば、子宮や卵巣といった、女らしさを司る部分が働き出さないうちに、身体から脳みそだけ取り出されちゃったわけだから、当然といえば当然な話。で、イソジマ電工は、そういう幼少義体ユーザーの脳を訓練するための、性感補強プログラムを開発したそうで、茜ちゃんはその訓練も兼ねて、最近よく東京に来るんだそうだ。でも、その訓練プログラムを使って、勝手にゲームを作るところまでは、さすがのイソジマ電工も予想外だったらしい。
 っていうことはつまり、茜ちゃんは、まだ訓練途中で、私が勝つ可能性なんて、はじめからなかったってことじゃないかっ!



「いたたたっ。痛い痛い痛いっ!」
 ベッドの上で悲鳴を上げる私。
 愛液切れのお陰で、藤原のあれもスムースに私の中に入ってくれない。無理やり入れても、痛いばっかりでちっとも気持ち良くない。
 もっと肝心なのは、
「ごめん、やっぱり今日はムリだ」
 ベッドの上で正座して向き合う。

 言ったあとで後悔したけど、もう遅かった。




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