このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください


  私は、機械の身体になりたての頃、この身体が大嫌いだったんだ。
  まず、ごはんを食べられないことが嫌。うー、正確に言えば食事はできます。 栄養カプセルっていう世にも味気ないシロモノを水なしで飲み込むことが、私にとっての食事でした。でも、一般的には、それは食事と呼べるものではないし、それ以外のものを口にできるような構造に、この身体は、なってない。舌はついているけど飾りみたいなもので、味なんてこれっぽっちもわかりはしない。食欲、性欲、睡眠欲が人間の三大欲求ってよく言われるけど、そのうちの三分の一が永遠に私から消え去ったことになる。これって、人生が三分の一短くなったのとほとんど同じ事だよね。
  他にも嫌いなトコロは沢山ある。ありすぎて、いちいち挙げていけばキリがないくらい。義体なんて所詮生身の身体の代用品でしかないわけで、生身の身体の感覚を完全に再現することなんて、まだまだ夢物語だって分かってはいるけど、地球が50億年かけて作り出した肉体の神秘に比べると、余りにも稚拙でお粗末なお人形さんには失望することばかりだった。
  もちろん、機械の身体になったからこそ得たものも、ないわけじゃないよ。女性にとっては憧れともいえる永遠の若さってものを、外見だけでも手に入れたことになるし、物理的な衝撃には生身の身体に比べたらずっと強くて怪我知らず。風邪だってひかずにいつだって健康そのもの。リミッターを外せば120馬力も出せる力持ち。他にも他にも・・・。まっ、どれもこれも、メリットっていうより、活用すればするほど自分が、もうニンゲンとはかけ離れた存在なんだってことを思い知るだけのような気がするけどね。はは。
  ・・・でも、イソジマ電工に入社して、ケアサポーターとして義体化一級のユーザー さんたちの担当をさせていただく立場になりますと、やっぱり、そんな考え方も多少は変わってくるわけです。
  突然の事故に、不治の病。理由はイロイロあるけれど、義体化一級のユーザーさんは、私も含めて皆、死の淵に片足どころか両足までどっぷり浸かった状態から、奇跡的に生き返ることができた人たちばかり。たとえ身体が全部機械になってしまったとしても、せっかく助かった命なんだ。新しい身体に一日も早く慣れてもらって、できるだけ早く社会に復帰してほしいって思うよね。
  そのために、まず、私が自分の身体と向き合わなきゃいけない。それで身体の機能をばんばん使いこなして、ユーザーさんに、義体って便利なのですよー、こんなこともできるのですよーって、実際に示してあげなきゃいけないって思ってる。自分の身体を使ってお手本を見せられるっていうのは、他のケアサポーターには無い、私だけの個性なんだからね。
  と、まあそんなわけで前置きが長くなってしまったけれど、最近は、私も義体の機能も積極的に使うようにしている。以前は、時計機能を使うことすら抵抗あったから、大きな進歩だって思いませんか。私って、オトナになったって思いませんか。
  ちなみに最近のマイブームは、義体の自動発声機能。しゃべりたいことを前もって録音しておきさえすれば、自分で意識せずとも義体の補助AIが勝手にしゃべってくれるという優れもの。どんなときに使うかっていうとさ、たとえば、今みたいなときに使えばいいんだよ。ふふふっ。

  えーっと、今、私がいるのは、菖蒲端のワイ横の、とある価格破壊系のラブホテルの一室。ラブホとは思えないほどの飾りっ気のなさで、下品な言い方をすれば、やれればいいやって感じ。藤原も私も忙しくて、ようやく菖蒲端駅で落ち合えたのは、金曜日の終電も間近の時間帯。もう少し時間があれば、ホントは藤原に付き合って、どこかお店に飲みにでも行くところなんだけど、時間も時間だし、もう直接ホテルに行こうってことになったってわけ。
  でね、鼻息荒くしている藤原には、大変申し訳なくって直接言えなかったんだけど、正直今日、私は、「してしまう」ことについて、余り乗り気ではない。実は、ここ一週間、あるユーザーさんの義体トラブルが続いて、ずーっと残業だったんだよね。機械の身体だから、働きづめでも肉体的に疲れるってことはないけれど、それでもロクに睡眠も取れないとなれば話は別。もし生身なら、たぶん目の下に大きなくまを作っていてもおかしくない。藤原には申し訳ないけど、やっと仕事から解放されて緊張感が緩んだこともあって、今すぐにでも寝たい気分なんだ。とはいえ、せっかくホテルまで来て、バタンキューでは、ここまで付き合ってくれた藤原に余りにも申し訳なさすぎるよね。
  そこで役に立つのが、この義体の自動発声機能です。

  藤原がシャワーを浴びている隙に、義体が汚れていないから、今日はシャワー浴びなくていい、なんて適当に一緒にシャワーに入らない理由をつけた私は、着ているスーツやら下着は綺麗さっぱり脱いで、いつでも藤原君を受け入れられますよ的体制を整えた後、ベッドにごろんと仰向けに寝そべりながら、早速、これからの準備することにする。
「んっ」
 目をきゅっとつむって、サポートコンピューターにアクセス。まぶたを閉じた私の視界に表示されるのは、サポコンの義体設定とメンテナンスの画面。
 まず、義体の性感の数値は最低にしておく。藤原には申し分けないが、今日は性欲より睡眠欲が勝っているのである。変に感じてしまって、眠れないと困るのだ。
 それから、いよいよ自動発声機能を使う。藤原のナニが、あそこに入っている間は、あらかじめ録音しておいた
「藤原大好き、藤原大好き(中略)、もっとして、もっとして(中略)、いいよう、いいよう、すごく いいよう、あっあっあっ(以下省略)」
 というフレーズが、私の意志と無関係に喉の奥のスピーカーから出るようにセッティングしておく。ちなみにこれ、寮で、皆が寝静まった夜中に、ゼッタイに音漏れしないように布団を頭からすっぽりかぶりながら録音した自信作だ。 
 藤原は、小さなシャワールームから出てくるとすぐ、ざっと身体を拭いただけの、まだ湯気がぽかぽかたつ身体のまま、ベッドに寝ている私に向かって一直線に飛びかかってきた。
「よしよし、いい子ちゃん、いい子ちゃん」
 上から覆いかぶさる藤原の顔をそっとつかんで、お互い目を見つめ合ったあと軽くキス。それから、藤原の背中に手をまわして、ぎゅっとお互いの身体と頭を抱き寄せる。
(藤原、ごめん。本当にごめんね)
 私は天井を見つめながら、軽く微笑んだ後、すとんと眠りに落ちて行った。あとの藤原とのおつきあいは、補助AIくん、君にまかせたからね。

 どのくらい、時間がたったものやら。
・・・・・・ぱんっ!ぱんっ!ぱんっ!
両方の、ほっぺたを手のひらで、軽く叩かれ続けた私は、夢の世界から無理やりゲンジツに引き戻された。
「いいよう、いいよう、すごくいいよう!」
  なんだ、この耳障りな声はって、一瞬思ったけど、よく考えた補助AIに操作をまかせた私の声だった。

「ふじわら、一体なんなのさ」/「あっあっあっあっあっ」
  しまった。うっかり、自動発声機能もセットしたまましゃべってしまい、一人ハモリをしてしまった。
  あわてて、目をつむってサポコンを操作して、自動発声をカットする。恐る恐る目を開けると、目の前で藤原が睨んでた。やばい、ばれたかも。

「裕子さん、ちょっといいかな」
 藤原は、私と身体をつなぐのをやめて、ベッドの上で正座。ちんちんおっ立てて裸で正座とか、超恰好悪いんですケドって、からかいたかったけど、そう言える雰囲気でなし。私も、裸で正座して藤原と向き合う。
「あのね。俺が気づかないと思ってる訳?」
「え・・・えと、何をですか・・・」
  すっとぼけて、天井を見上げる私。もう心当たりがありすぎて、藤原を正視できない。
「俺から全部言わせる気?じゃあ、はっきり言わせてもらうけど、俺、機械人形を抱く趣味はないから」
「あ・・・言っちゃったね。藤原、言っちゃいけないことを言った」
「言うよ。言うさ。何やったか知らないけど、さっきの明らかに裕子さんじゃなかったよね。そうでしょ」
「う・・・えと・・・それはその・・・疲れてたから・・・」
  図星を突かれた私は、あっさり白旗をあげた。確かに、さっきの私は、私でない違う何かだった。機械人形と言われるのも無理はない。
「裕子さんが疲れてるのに気が付かない俺が悪いのかもしれないけど、疲れてるなら、疲れてるって言ってほしかった。ちょっと人を馬鹿にしすぎじゃないか」
  そう言うなり、立ち上がって服を着始める藤原。
「ちょっと、どこ行くのさ」
「やる気失せた。帰る」
  後は、私が何を言っても全部無視。最後に「そんなことばっかりしてると、裕子さん、いつかきっとしっぺ返しが来ると思うよ」 なんて言い捨てて部屋から出て行ってしまった。私は、閉じたドアに向かって、しばらくあっかんべー。
  なんて憎たらしいんだろうね。確かに私も悪かったけどさ、私の言うことに耳も貸さないで一方的に出ていくなんて、ひどすぎるよ。いっとくけど、こっちは義体化一級の身体障碍者なんですからね。そういう私に対するいたわりの気持ちなんて、一切ないよね。こっちがどれだけ、ヒトとして当たり前のことができなくなってるのか、知りもしないくせに。そんな私が、少しくらい機械の身体の機能を使ってラクしたっていいじゃないか。そんなの、できなくなってしまった、もっとずっとずっとたくさんのことに対する、ほんのちょっぴりのお返しみたいなものだ。使って当然の権利だ。しっぺ返しなんて来るわけないよ。



「えー、それではみなさん、朝礼をはじめます」
 心なしか、けだるい雰囲気が漂う月曜朝のケアサポート課。いつも通りの、朝8時50分きっかりの課長の掛け声に、皆がのろのろ立ち上がる。
「今日の担当は八木橋君だったかな」
「あっ、はい」
 朝礼は、持ち回りで担当が決まっていて、担当は皆の前で3分ほどフリーテーマでスピーチすることになっている。私は、機械の身体のくせに、生身の頃から引き続きの極端なあがり症で、人前で話すと、胸が苦しくなって声が出なくなる。もう心臓もないし、汗もかかないのにこのありさま。だから、この朝礼当番というのが嫌で嫌でたまらなかった。
 でもさ、最近、妙案を思いついてしまったんだよね。前の日に、話す内容をあらかじめ決めてしまって、それをサポートコンピューターに記憶させてしまえばいいのです。そして当日に、自動発声機能を使って、その内容を補助AIに話してもらうんだ。私ってば、すごい頭がいいじゃないか。
 私は、心なしか颯爽と課長の隣に歩み出る。ケアサポート課の皆さんが一斉に私に注目。いつもならこの時点で、完全に気持ちが舞い上がってしまう私だけど、今日は余裕たっぷり。だって、しゃべるのは、私じゃなくて補助AIだもん。そうだ。朝から元気の良いところを皆に見せつけてやろう。いつもより音声を少し大きめにしてみよう。
 私は、目をつむってサポートコンピュータを操作し、音声フォルダにアクセス。








「藤原大好き、藤原大好き(中略)、

もっとして、もっとして(中略)、

いいよう、いいよう、すごくいいよう、

あっあっあっ(以下省略)」

 
 しまったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!


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