このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください


 修学旅行も4日目となれば、皆ちょっと疲れが出てくるころ。今日は午前中旭山動物園に行き、そのあと美瑛の丘を巡って昼食後、富良野に向かっている最中なんだけど、バスガイドさんが一生懸命、外の景色を説明してくれているのに眠っている子も多い。まあ、昼食後だし仕方ないかもね。ああ、昼食はジンギスカンだったとさ。皆が昼食を食べている間、私は外にいたから、どんなものだったか知らないけどね。
 それから、木南とか一部のアホな男子は、起きてはいるけど、車窓そっちのけで、先生にばれないようこっそりお仲間うちで動画をまわし見せながら、品のない下ネタトークを繰り広げているので、こっちのほうが数百倍たちが悪い。時折聞こえるひゃっひゃっという下品な笑い。非常に耳障りなのだ。ああいう手合いが、自分と同じ人類であるというのは、全く信じられない。
 かくいう私は、北海道の車窓に心奪われております。
 義眼のカメラ機能は、作動中は目が光って目立つからあまり使いたくないのだけど、今日は自分の席が最後尾なのをいいことに(しかも、怖がって誰も私の隣には来ないのだ)、遠慮なく義眼のカメラのズーム機能をフル活用して動画とりまくり。写真をとりまくり。だってさ。「あ、ここいいな」っていう風景があってシャッターを切ると、すかさずそのすぐ後に、それよりちょっとだけいい風景に出くわしてまたシャッターを切って、そしたらまたすぐその直後にそれよりも更にいい景色あっていう具合でキリはないのである。調子に乗ってカメラ機能を使いすぎたせいで、午前中だけでバッテリーの残量が半分をきってしまった。
 この後は、ラベンダー畑に行くのだ。ガイドさんの話だと、今がちょうどラベンダーの花が満開のシーズンで、しかも今日は天気もバッチリ晴れていて「みなさんとっても運がいいですよ」とのこと。これは期待せざるを得ない。到着までの間、できるだけ写真は自重しようと思う。
 と、いうことで写真は諦め、おとなしく緑の丘がうねうね続く風景を、サポートコンピューターのハードディスクではなく、心のメモリーに刻んでいたところで
「おおお我が心の友八木橋裕子君」
 と、だしぬけに芝居がかった口調で呼びかけられ我にかえる私。声のほうに目を向けると、確かタマミたちと一緒に前のほうに陣取っていたハズの武庫川あるなが、私の目の前の通路のところで両手を広げて立っていた。片手には大きな紙袋を持っている。
 ちょうどバスがカーブにさしかかったので、おっとっと、という調子でバランスを崩し気味に、ばふんと私の隣に腰掛ける。
「お断りします」
「私まだ何も言ってないんだけど」
 あるなは、へらっと笑った。
 いや、何も言わなくても、あんたが私のところに来るなんて、変な頼み事以外にありえないじゃんか。
「聞いて聞いて。あのね。今日は午前中から色々回ってさ、スマフォでバシバシ写真とってたんだにゃー」
「へー」
「ほら、私ってば人気もののアルファヌイッターじゃない。やっぱり色んなところ行ったら、ヌイッターに写真あげないとね。人気者の義務ってやつだにゃー」
「どうでもいいけど、その、にゃーっての超うざいんですけど」
「ちょっとしたマイブームだにゃー」
「うざっ!」
「それで、これから、今日のメインの富良野のラベンダー畑でしょ。写真をばしばし撮らないといけない」
「撮れば」
 私は、つっけんどんにそう言って車窓に目を向けた。
「スマフォのバッテリーがきれそうなんだにゃー」
「それは残念」
 もちろん、私の視線は車窓風景に固定されたままである。
「残念って、他に何か言うことはないわけ」
 あるなは、つーんと私の頬をつつくいてくる。超うざい。もし電子の神様がいたとして、イマ私の義体の出力リミッターを解除してくれたなら、即座にあるなをひき肉にしたい程度にうざい。
「お断りします」
「だから、私まだ何も言ってないんだけど」

「言いたいことはわかってる。私の身体から電気取らせて、でしょ」
 私はわざとらしいくらい大きなため息をついた。
「うわー大当たり。さすがヤギー。もちろんいいよね。イエスか、はいで答えて」
「ノー、いいえ」
「うっわーケチくさ。いいじゃん充電くらい。減るものじゃなし」
 いや、明らかに減るんだよ。それに、そもそも私は人間であって、バッテリーの電気はあくまでも、私が生きるためのものであって、決して便利な移動式バッテリーじゃないんだ。
「絶対嫌」
 と吐き捨てるように言い、後は狸寝入りを決め込もうとした。
「無論私もタダとは思っていないんだよね」
 じりっと、あるなは私ににじり寄った。なんと諦めが悪い女なのだ。
「これ、何かわかる」
 まぶたをとじかけた私の前で、あるなはこれよがしに紙切れをちらつかせる。私が、ひったくるようにそれを取った。どうせ下らないものに違いない。
 ——紙切れは何かのチケットだった。
 えーなになに。中里忠弘スペシャルライブ・イン・武道館って、えーーーーー!
 今をときめくチュリーのライブじゃんか。これ、私もネットで買おうとして、発売と同時にアクセスしても、只今回線が混雑して云々って表示されて、にっちもさっちもいかなくて、結局取れなかったやつだよ。
 チケットを手にして固まっている私の耳元で、あるなの悪魔のササヤキ。
「欲しい?」
 無言で何度もうなづく私。まるで、大好物を前に飼い主に「お預け」されている犬みたいな感じだ。
「じゃあそのかわりに何してくれるの」
 勝ち誇ったようにあるなは言った。
「こんな身体でよければ、どうぞ使ってください」
 あっさり白旗を上げる私。取引成立。いや、別の機械の身体だってことは恥ずかしいことじゃないし、その身体の機能を使って人が幸せになれるのは素晴らしいことだって前から思っていたんだよね。実は。
うわー超素直。そういうヤギーが大好きだにゃー」
 そう言いながら、手にした紙袋から、あるなが取り出したのは、テーブルタップって言うんだっけ?よく職員室みたいな大きな事務所に置いてある、コンセントがたくさんついている、あれのおばけ見たいなやつ。いったいいくつコンセントが付いているのかぱっと見では数えきれない。
 それを見て青ざめる(いや、顔色は変わらないんだけどね)私。あるなのやつ、何を考えてる。
「ねーみんなー、ヤギーがね。スマフォの電気がなくなりそうな人に、自分の身体のコンセント貸してくれるってさー。超親切だよねー」
 あるなが、バスの前のほうに向かって叫ぶ。
 反応は、あった。おおありでしたよ。「ちょうど、私もスマフォの電池がきれかかってた」とか「超たすかるー」とか口々に。君たちは、人の血を吸う吸血鬼ならぬ、私の電気を吸う吸電鬼か。っていうか、みんな写真撮りすぎだろう。
「いやいやいやいや。ちょ、ちょっと待ってよ。あるなのだけじゃないの」
「チュリーコ、ン、サ、ア、ト」
 うろたえる私の耳元で、もう一回あるながささやいた。
 うん。イソジマ電工の義体バッテリーは、人の命を預かるとても大事な部品。先端科学のカタマリなんだ。これだけの軽さで、これだけの電気を蓄えられるようなバッテリーはないんだと聞かされている。スマフォの十や二十ごとき、余裕で充電できるに決まっているよね。

 あるなの手を離れた巨大なテーブルタップは、バスの後ろの席から順繰りに前にまわされ、そして前からまた後ろにまわされ、すさまじいタコ足というか、スマフォがたくさんぶらさがった暖簾みたいな感じになって戻ってきた。さっきは、大丈夫と自分に言い聞かせたばかりだけど、さすがにその異様なビジュアルには怖気づかざるをえない。
「はい」
 にっこり笑顔のあるなから、コンセントプラグを震える手で受け取る私。
「うー」
 ためらいがちに、セーラー服の横っちょの裾をまくりあげる私。脇腹のハッチの中に、供電用のコンセントプラグがあるのだけど、この後に及んで気おくれしてしまうのだ。
「ヤギー無理しないで。やめてもいいんだよ」
 あるなは、一見優しげな猫撫で声で言った。しかし、もちろんこう付け加えるのは忘れない。
「その代わりコンサートチケットはなかったということで」
(うおおおおおチュリーコンサ—トおおおおお!)
 と心の中で叫びながら、思い切って脇腹のハッチを開け、テーブルタップのコンセントを義体のコンセントプラグに突き刺す私。まるで城を落されて切腹する武将のような気分である。

 ・・・・・・
 ・・・よかった。口から煙が出るとか、バッテリーが爆発するとか、そういうことは何もないようだ。ただ、「ぴ」という電子音が私の頭の中で響いて、視界の片隅に、コンセントプラグ接続確認という文字が表示されただけ。
 ひとまず安堵のため息をつく私だが、しかし待てよ。義眼ディスプレイに表示される、バッテリーの残存電力を示すゲージ。明らかに目に見える速度で縮んでいってるんですけど。
 これやばいかも。
 でもチュリーが。
 でもやばいかも。
 でもチュリーが。
 あ、やばいやばいやばい。やばやばやばやば・・・


「よーし、ついたぞー。みんな降りたかー」
「せんせー。ヤギーが固まって動きませーん」




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