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どこか遠くのほうで「新しい愛の新しいカタチ」のテーマソングのサビの部分のメロディーが鳴ってるのが聞こえる。
イマドキ流行りから数周遅れのこの曲をスマフォの着メロに使っているのは・・・
(私じゃないかっ!!!!)
もう一瞬で目覚めましたとも。目覚めると同時にぐらりとよろけたので、目の前のドアに手をつき倒れかけた身体をささえる。120kgの体重をモロに受けた安普請のドアが不気味な音をたててきしんだ。そうだ。私は自分の部屋の入口で、立ったまま寝てしまったのだった。
ぎゅっと目をつむり大きく息を吸い込み、気持ちを落ち着かせた私は、肩から掛けたお気に入りのオレンジ色のレザーバッグの中に手をつっこみ、手探りにスマフォをつかみ取る。案の定藤原からだった。義眼ディスプレイに表示されている現在時刻は13時30分。ああ、またやってしまった。デート大遅刻だよう。
義体と生身の違いはそれこそ数えきれないほどあるけど、その一つに義体は肉体的疲労を感じないってことがある。たとえ何キロメートル走っても、バッテリーに蓄えられた電気を消耗するだけのことで、生身の身体のように息が上がってバテてしまうことはない。もっと極端な例を挙げるなら、立ったまま眠ることだってできる。睡眠行為は、私の中で唯一生身の自分自身であるところの1キログラムちょっとの脳みそだけが必要なのであって、私の身体は、精密機械部品のカタマリであって、正しく動作するのに必要なのは睡眠や休息ではなく定期検査なのだ。だから、寝るときに横になる必然性はない。立ったまま寝ようとすると、ウトウトしかかったところでバランス崩して倒れそうになってしまうから、眠るどころじゃないって思うかもしれないけど、生意気言わせてもらえば、それは生身の身体しか知らないからこその意見だよね。義体の場合、身体がバランスを崩しそうになった時には、脳がいちいち指示せずとも、サポートコンピュ−ターが勝手に判断して、ちゃんと姿勢制御してくれるから、立ったままでも安心して眠れるのです。威張って言うことでもないんだけどさ。はは。
でもまあ、そうは言っても、それはその気になれば可能だというだけで、立ったまま寝てしまうと、どうしても義足の関節部分に負荷がかかって摩耗が早いとか、立って身体をささえているぶん余計な電力を消費してエコじゃない、みたいな現実的経済的な理由や、生身だったころの習慣(どうしたってこれが一番大きいよね)とかで、義体ユーザーでさえも「寝る場所や姿勢にはこだわりません。私は立ったまま寝てます」なんて奇特な人は、まずいないと思うわけです。
えと、それで今日の私だ。
もちろん私は、今日が藤原とのデートの日で、待ち合わせに遅れちゃならんってことは認識していました。それで、早めに起きて、ちゃーんとデート用に、とっておきのスキニージーンズとか大人っぽいシンプルなトップスとか着て、一応人並みに、ファンデーションのせる程度の軽いメイクして準備万端整えました。で、イザ出発とばかりに部屋のドアの前に立ったところで、ふと、このまま待ち合わせ場所に行ったら、待ち合わせの時間より早く着きすぎちゃうと思っちゃったんだよね。
だから、
(まだ約束の時間には余裕あるし、少し横になって休んじゃおうよ)
と思ってしまった。黒ヤギーさんの悪魔のささやきですよ。
(いやいや、でもそうするとせっかくのトップスにへんなシワがついてしまうから)
って白ヤギーさんも頑張る。そのまま、えいやあの気合で黒ヤギーを吹き飛ばして、多少早くついてもいいやとばかり、そのまま出かけてしまえばいいのに
(あ、よく考えたら、別に横にならなくても、このまま立って休めばいいんだ)
と、思ってしまったのが運のつきでした。だってさ、ちょっと休むだけのつもりが、まさか1時間半も、部屋の入口で立ったまま寝てしまうなんて思わないじゃないかよう。バカバカ私のバカ。
実は、これは言い訳になりますけれども、昨日の夕方、さあもーこれで今日の仕事も終わりだあ、という気分で、デスクで背伸びをしていたところに、私の担当ユーザーさんの義体トラブルの連絡が入って、サポートセンターの篠田さんと一緒に群馬までトラブル対応に行くことになってしまいました。トラブル自体は単なるバッテリー切れで、ユーザーさんが、脈もなく、体温もなく、AEDに「心臓停止してます」的なことを言われ続けながら、倒れて固まっているのを、野次馬が驚いていたくらいで、大事にはならなくて、まあ良かったんだけどさ、寮に戻ったときには夜中の2時をまわってたんだよね。
たとえ機械の身体であっても、脳だけは働いたらその分きっちり疲れるし、睡眠時間が足りなければ寝不足にだってなります。夜中の2時まで働かされたら寝不足にならないわけないじゃないかよう。
「もしもーし、裕子さん今どこにいるの?」
スマフォ越しの藤原の第一声は、いつもの、のろっとした調子ではなく、なんかトゲトゲした感じ。約束時間を30分も過ぎて、なんの連絡も入れなかったら、当たり前かもしれないけどさ。
「えと」
私は意を決し、おずおず口を開く。今更嘘を言って取り繕っても仕方ないのだ。
「あの、まだ寮にいます」
「はい?寮?はあ」
あああ、そんなあきれ声出さないでよう。あからさまなため息つかないでよう。
「うー、決して待ち合わせを忘れてたわけじゃないんだ。時間どおり出かけるつもりで、ちゃんと準備して、それでほんのちょっとだけ休むだけのつもりで、立ったまま目をつぶって、それで気が付いたらこんな時間になっちゃってたんだよう」
「なっちゃってた?他人事かよ。裕子さん自分で眠ったんでしょ?」
うわ。藤原の怒りが、突然ヒートアップした。私は思わず受話器を耳から離して顔をしかめる。
「そ、そうだけど、立ったままで、こんなに寝ちゃうなんて思ってもみなかったから・・・」
「身体のせいだと?」
「いや、そうじゃ・・・ないけど・・・」
「こういうことあまり言いたくないけど、裕子さんって普段機械の身体は好きじゃないと言いつつ、何かあると結構すぐ身体のせいにするよね。都合よく言い訳に使ってる感じ」
「ぐぐ」
「まさかと思うけど、裕子さん寝坊することが人間らしいとか思ってない?寝坊と人間らしさとは全く関係ないから」
「ぐぐぐー」
「裕子さんは人として、だらしないです」
早口でまくしたてる藤原の正論攻撃に、手も足も出ない私。というか、これ以上言い訳しようって気はなくなりました。自分で自分を弁護できません。
藤原にしてみれば、自分は鉄道会社っていう一分一秒の遅刻も許せない世界に生きているからこそ、時間にルーズな私の性格が許せないのかもしれないね。待たされて自分がムカついたから怒っているということもあるんだろうけど、それでも、こんなバカ相手に本気で怒ってくれて、嬉しくもあり、申し訳なくもある。
「ごめんなさい」
私は素直に白旗をあげた。
「ごめんなさい。今後気をつけます。この埋め合わせは、何でもするから許してください」
「え?」
ごくり、と藤原の息を飲む気配が電話越しにも伝わってきた。なんて分かりやすい気配の変わりようだ。
「ホント?本当に何でもしてくれるの」
あんた、あからさまにテンションが上がったね。あんなに怒っていたのに滅茶苦茶単純だね。さすがに、何でもするは言い過ぎだったかと少し後悔したけど、今更嘘ですなんて言い直せる雰囲気ではない。
「うーなんでもしますよ。どうにでもしてください」
どうせ、いつものごとく藤原の前で、変わった格好の服を来てあげればいいんでしょ。それで信頼を取り戻せるならお安いご用だ。
「で、次は、どんな格好をすればいいわけ」
「あ、やっぱ分かっちゃう?」
うーん、電話の向こうで、舌ぺろっと出して、頭かいてる藤原の姿がありありと目に浮かぶな。あんたのような単純男の思考回路は、三歳児でも、チンパンジーでも分かると思うよ。
「でも先に言ったら、裕子さんも着る楽しみがなくなると思うから、それは、見てのお楽しみってことで」
「ははは」
もうあきれて、乾いた笑いしか出ないよね。
それはそうと、今日のこれからのことをまだ決めていない。私は、なんとか気を取り直し、部屋を出ようとドアノブに手をかけつつ言葉を続けた。
「あ、それで、今から大急ぎでそっちに行くから、藤原どこで待ってるの?」
「あ、今日はもういいや。裕子さんが何でもしてくれるってことであれば、こっちも色々準備があるからさ。はっきり言ってデートどころじゃないんだよね」
藤原は弾む声で一方的にまくしたてると、こっちが言葉を返すより早く電話を切ってしまった。
ドアノブに手をかけたままの姿勢で、天を仰ぎ立ち尽くす私。オレンジ色のショルダーバッグが私の気持ちを表すみたいに、肩からずるっとずり落ちる。ああ私って、藤原の何?着せ替え人形ですか?とほほ。
でまあ、私的にはゼンセン待ちに待ってないけど、それでも約束の日が来てしまうわけです。藤原と落ち合う場所は、いつもの菖蒲端の駅前とかではなく、藤原の住む武南電鉄の寮ってことになった。
なんでも聞くところによれば、今回用意したのは相当嵩張るブツらしく、それ持って出歩くのが困難であるというのが、そうなった理由らしい。いや、それを真面目な口調で説明するあんたはすごいですねー(棒)。一体何を着せてくれるつもりなのか、内心溜息しか出ないのだ。
藤原は、4畳半くらいの、ベッド以外に大した空きスペースもない、いかにも寮部屋って感じの狭苦しい部屋に私を招き入れるが早いか、物置からダンボール箱を引っ張り出してきた。そして、ベッドのへりに腰掛けた私の前の、猫の額ほどのスペースの床に、まるで開店準備している露天商みたいに、ダンボール箱の中から、赤系統の色のついたナニカを取り出しては並べていく。てっきり一着ものの服かと思いきや、結構たくさんのパーツに分かれていて、しかも、いかにも嵩張りの原因になりそうな装飾がついているし、ああ確かにこれ全部持って外出するのは無理だと思いました。それぞれのパーツは、見た目で用途が想像つくものもあれば、どこにどうつければいいのか、全く見当のつかないものもある。
たとえば、ブラというか、胸当てというか、まあこれは、少なくともどこに身につけるものかは分かる。パンツもわかる。それから、あれはきっとヘルメットなんだろうね。少なくとも頭にかぶるということは分かる。その他、金色の縁取りつきの赤く塗られた細かいパーツ群がいろいろ。これは、どれが何なのか全く見当がつかない。
肝心なところをやっと隠せるくらいの小ささのパンツいかにも硬そうな合成皮革っぽい材質だし、それ以外は、見た感じツヤツヤして金属っぽくて、いかにも着心地悪そうっていうか重そう。まあ、機械の身体の私にとって着心地はあんまり関係ないかもしれないけどさ。
「で、藤原くん。これはいったい何なのですか」
実に幸せそうにブツを並べていた藤原、最後にバカでかいおもちゃ(なんだよね)の剣を置き、ようやく作業終了したところを見計らって、私は言った。藤原は見てのお楽しみといったけど、見てもなんだかさっぱりワカラン。
「裕子さんは、バリアブルボルテージってゲーム知らない?」
「うー私ゲームとか、ゼンゼンやらないから。ドラゴンファンタジーくらいしか分からない」
「うん」
我が意を得たりって感じでうなづく藤原。
「バリアブルボルテージも、要は裕子さんの知ってるドラゴンファンタジーっぽいゲームだよ。それで、これはその中に出てくるカーリ・ターダーっていう女騎士のキャラクターのコスプレ。これが今、すごく人気なんだ」
「ふーん。かーりたーだー。女騎士。つまりこれは鎧ってことだね。だから剣もあると。よく分からないけど、かっこいいかもしれないね」
女騎士というくらいだから、きっと勇敢な女性なのだろう。勇敢とはまるでかけ離れた自分だけに、コスプレとはいえそういうキャラの服を着ることで、自分も勇ましくなった気になるのは悪くないかもしれないと、一瞬でも思ってしまったのは、とても悪い傾向のような気がする。藤原に洗脳されつつある感じ?
案の定藤原は大喜びである。
「そうでしょそうでしょ。苦労して作った甲斐あった」
「なに、これぜんぶ藤原が自分で作ったわけ?」
私は一番手近な場所にあった、胸当てをつまみ上げた。見た目から金属製かと思っていたら、思いのほか軽くて拍子抜け。裏側を見ればああプラスチックかって分かるんだけど、表面だけ見るとホンモノの金属かと思うくらいリアルだ。カップとカップの連結部分には、トルコ石っぽい小さな水色の玉がはめ込まれているけど、もちろんこれもホントの宝石ではなくて、よく見るとゴムに色つけているんだと分かる。これを自作したのなら確かにすごい。正直、藤原がこんなに器用だとは思いませんでした。
「毎日少しづつコツコツ仕上げて、昨日ようやく完成」
どうだとばかりにドヤ顔する藤原。デートどころじゃないって言うだけのことはあるねって嫌味が口から出かかったけど、流石にそれは大人げない気がするので言うのはやめてあげた。
試しに服を着たまま、お店で軽く合わせるときみたいに、ちょっと鎧の胸当てを胸にあててみた。あらら、貧相な胸にぴったりかも。
「私のブラのサイズとか、よくわかったね」
私は赤い胸当てを胸の前で右に左にふりふりしながら苦笑した。
「いや、俺、裕子さんの義体トラブルの緊急連絡先になってるじゃない。それでずっと前にイソジマで講習を受けたときに、裕子さんの義体のデータディスクをもらってるから」
そういえばそうでしたね。はは。
「はい。藤原入っていいよー」
藤原の用意した、衣装というか、パーツを全て身に着けた私はドア越しに藤原に声をかける。
さすがに藤原の見ている前で着替えるのは抵抗感があったので、身に着け方だけ教えてもらって、着替え中は藤原を部屋から追い出したんだ。で、なんとか着替え完了ってわけ。
それにしても露出が多いわりに、なんて着るのがめんどくさい服(服なのか?)なんだろうね。胸当てだのパンツだのは、ビキニっぽい感じでほとんど無防備なわりに、ヘルメットというかカブトは、ニセ宝石がついたり、羽根をあしらった白い飾りがついて、やたらゴテゴテしているし、肩あてだの膝あてだの、籠手だの、手足や関節につけるパーツは、やたら細かく分かれているので、裸の状態から全部着るまで20分は軽くかかってしまった。だから、
「これ、一着の鎧にしたほうが、どう考えても合理的なんじゃないの」
と、藤原が部屋に入るとすぐ思わず本音を漏らしてしまったところ、やれ、びきにあーまーは男のロマンであるとか、こういうのは突っ込んだら負けなんだとか、ぐちぐち言い出したから、アーハイハイと聞くふりして適当に流した。何かというと理屈っぽいくせに、こういう謎鎧を有り難がっているあたり、男というのはホントバカな生き物なんだなと思った。その中でもとりわけバカなのが藤原なんだけどさ。
ともあれ、早速藤原に言われたとおりに、左手は腰にあて、右手でつかんだ大剣を床に突き立てるようなカッコをしてみる。それを見た藤原は、
「うう、苦労したかいがあった・・・」
と、感極まった感じ。
「自分で作ったものだけど、こうやって着ているところをみると、やっぱり感動するよね。裕子さん、ありがとう」
「というか」
私はイラついて、思わず手にした大剣の切っ先でこつんと床をたたいてしまう。
「そのカメラは何だよう。まさか、ようつべなんかに動画を上げるつもりじゃないだろうね。そういうの、やめてよ」
そうなのだ。藤原のやつ、部屋に入った時からすーっとカメラ片手に私のことを映しているんだよね。
「あー、ダメダメ」
藤原は構えたカメラの横から顔を出す。
「裕子さんは、高貴なカーリ様なんだから、そこはカーリ様になりきらないと。剣を俺のほうにつきつけて、こう。『このけがらわしい豚め。ようつべに流したら、貴様の命はないと思え』」
「こっ、このけがらわしいぶため。ようつべにながしたら、きさまのいのちはないとおもえ」
「ちょっと棒読みっぽいけど、そんな感じ、そんな感じ
満足げにうなづく藤原。頭痛が痛いです。
「それで?これからどうするの?」
横から下から斜めから、いろんな角度から、いろんなポーズでひとしきり撮影されたあと、小休止とばかりに今まで撮影した動画を見始めたタイミングで藤原に言う。
どうするって、たぶんえっちするのではないかと思っているけど、20分もかけて衣装を着て、かれこれ40分も撮影されていると、藤原はどうか知らないけど、私は、とうていそんな気分ではない。だいいち、この衣装、一度に身に着けたら、脱ぐのがすごく面倒くさそうなのである。
(しかしまあ)
私は自分の身体に目を落とし思う。果たして鎧なのかと。これだけ露出が多いと、そもそも鎧本来の意味以前に、朝とか夜とかすごく寒そうだ。
でもまあ、私自身は寒さを感じることはないし、ちょっとやそっと切り付けられたくらいで死ぬこともないだろうし、急所さえ守れれば、軽いほうがいいというのは、サイボーグ用の鎧としては、理に適っているのだろうか?などと下らないことをぼんやり考えてしまう。
「あーあー、そんなネコ背じゃだめだって」
動画の確認作業が終わった藤原から、まるで映画監督にでもなったかのような、藤原の厳しい指摘が飛び出す。私の問いかけは全く無視されました。
藤原のことだから、いつものとおり、私のカッコに興奮して飛びついてくるかなとも思ったんだけど、なんだか全然様子が違うんだ。
「裕子さんは、今は、ハンプヤード聖騎士団の騎士長カーリ・ターダなんだから、ちゃんと自覚をもって演じてもらわないと」
「はあ」
気のない返事はしたものの、おおせのとおり、背筋を気持ち伸ばし気味にしてあげる。ウンウンと満足げにうなづく藤原。そして、
「これを読んで」
と、唐突に藤原から、ホチキス止めのA4の冊子を渡された、というか押し付けられた。
「それが今回の台本だから、目を通してみて」
「はあ、台本」
監督様のご命令なので。少し読んでみる。
オーク:「くっくくく。お嬢さん、お目覚めかな」
カーリ:「くっ、なんだ、貴様は。ここはどこだ」
オーク:「ここは我々オーク族の住穴倉のいちばーん奥にある地下牢さ。無様に一騎打ちにやぶれて、気を失ったお嬢さんは、ここに閉じ込められたってわけだ」
カーリ:「貴様、何をした」
オーク:「くくく。まだ何もしちゃいないさ。まだな。気絶したまま嬲っても、面白くもなんともないからな」
カーリ:「くっ・・・・殺せ。貴様ら汚らわしい豚どもに嬲られるくらいなら、死を選ぶのだ」
・・・・・・
ああ・・・また頭痛が痛くなってきた。もう私には脳しかないっていうのに、こんな駄文見たら、その脳までダメになってしまいそうだ。
私の彼氏が、寝る間を惜しんで、こんなものを大真面目に作っていたのかと思うと、あまりの情けなさに涙せないはずの涙がこぼれ落ちてしまいそうだ。悲しみにくれながら、無言でぱたんと台本を閉じる。しかし、何でもやりますと言った以上は、できるだけのことはしてやらねばならない。
ベッドに腰を下ろした私は、ショルダーバッグから、スマフォとスマフォ用のコードを取り出して、つないだ。そして、左手で髪をかき上げつつ、右手で首筋のカムフラージュシールをはがし、外部接続端子のカバーを開ける。今度はコードのもう一方の先端をつかみ、手探りに義体の外部接続端子の場所を探りあてて接続する。同時に「ぽーん」という音が頭の中に響いて、視界の片隅に小さく「デバイス接続完了」と緑の文字が浮かぶ。これで、スマフォのアプリで義体の各種設定ができるというわけだ。
台本横目にスマフォをいじりはじめた女騎士に、藤原は興味深々の様子で近寄ってきた。
「裕子さん何やってるの」
私の隣に腰掛け、スマフォを覗き込む藤原。
「カーリ様じゃないの?か、ん、と、く、さ、ん」
スマフォ画面に目を落したまま、つっけんどんな調子でそう言う私
「そうでした」
藤原は、照れくさそうにぽりぽり鼻の頭をかいた。そんなのんきモードの藤原の鼻先に台本をつきつけてやる。
「藤原、あんたバカでしょ」
「え?何が」
きょとんとする藤原。はあ、と、わざとらしいため息をつく私。
「このストーリー自体バカみたいだけど、もっと言うと、こんなたくさん、セリフ覚えきれるわけないじゃないかよう。だ、か、ら、セリフを打ち込んで、視界に文字で表示させるようにしてるの」
「あ、セリフを字幕みたいに表示させるのか。確かにセリフたくさんあるからね」
まるで他人事のように感心している。やっぱりバカだった。
そんなわけで、藤原の書いたシナリオを、嫌々セリフ入力していた私だけど、さすがに「下の口はよだれをたらして欲しがっているようだぞ」というお相手のオークのセリフあたりで、ますます気が滅入ってきて作業中断。何でもしますと言ってしまったこと、かなり後悔しています。
「あの、そうやってガン見されると、気が散るんですけど」
私はスマフォ画面を隠すように藤原に背を向けた。しかし、藤原は、おかまいなしに背中から抱き着いてくる。はっきり言ってかなりジャマ。
「裕子さんていうかカーリー様。あのさ」
耳元で遠慮がちにささやく藤原。私の話はゼンゼン聞いてない。
「このアプリって、義体の色々な調整ができるんでしょ」
「まあね」
「ひょっとして性感の調整もできたりする?」
藤原のストレートな物言いに、ぶっと吹き出してしまう。
「まあ、できるとは思うよ。やったことはないけど」
そういう設定があるのは知っている。興味はないと言ったら嘘になるけど、ウワサではたいそう電気を食うらしいし、機械の身体ではあっても生身と極力近い感覚がいい、という経済的かつ現実的な理由で、試したことはない。
「まじかー」
そう聞くが早いか、藤原は私から台本をひったくると、鼻息荒く台本にペンを走らせはじめる。
あきれた調子で、その光景を眺める私。待つことしばし。
「じゃあ、シナリオはこれで」
藤原の追加修正ががっつり入ったナリオを手渡される。
ざっと目をとおしたけど、これは・・・。
「藤原あのさ。あんたさ。これ、本気なわけ?」
あきれた。本当にあきれた。
「くっくくく。お嬢さん、お目覚めかな」
仰向けに横たわっている私の顔をのぞき込んで、藤原っていうか、オークですオーク、は、下卑た薄笑いを浮かべる。
上半身裸で、マウスピースをつけて牙をはやしているように見せたり、豚の鼻を思わせるつけ鼻をつけているという藤原のカッコに思わず吹き出しそうになるけど、なんとか笑いをぐっと飲み込む。この様子の始終も藤原はカメラを机の上に置いて撮影しているのだ。NG出して撮り直しなどという事態は避けたい。こんな茶番につき合う時間はできるだけ短いほうがいいのだ。
あわてながらという設定で跳ね起きた私は、すぐに腰の剣を抜けるように身構えるも、そこにあるはずの剣はなく、手のひらはむなしく空を掴む。剣は残念ながらオークの手元にあるのだった。
「くっ、なんだ、貴様は。ここはどこだ」
視界の中に流れる文字を読み上げるのだけど、ただ読み上げるだけでなく、武器を失った悔しさの感情も込めなければいけないので、なかなか難しいのだ。唇をかみしめながら、私、ではなくてカーリは周囲を見回す。もちろん、いつもの藤原のせせこましい部屋なんだけど、そう思ってはいけない。撮影の都合で部屋はめちゃくちゃ明るくしているけど、実は「湿った土塊の壁。もちろん窓はない。明かりは、わずかに壁に掲げられた松明だけ。ゆらめく松明の薄明りが、でこぼこの土壁のコントラストを強調している」という設定なのである。
「ここは我々オーク族の住穴倉のいちばーん奥にある地下牢さ。無様に一騎打ちにやぶれて、気を失ったお嬢さんは、ここに閉じ込められたってわけだ」
「きっ貴様、何をした」
話すべきセリフは義眼ディスプレイに表示されるけど、それをただ棒読みチックに読みあげるだけだと、藤原に怒られる。実際リハーサル「笑」で、何度もやり直しさせられたのだ。
(気を失っている間に、身体に何かされたのではないか)
というカーリの不安とか恐れとか怒りを精一杯セリフにこめなくてはいけないんだとさ。
「くくく。まだ何もしちゃいないさ。まだな。気絶したまま嬲っても、面白くもなんともないからな」
「くっ・・・・殺せ。貴様ら汚らわしい豚どもに嬲られるくらいなら、死を選ぶのだ」
カーリは、絶望に顔をゆがめつつ、精一杯の虚勢を張る。
「ずいぶん威勢のいいことだが、お嬢さんは、どうやら自分の立場をわかっていないらしい」
オークは、目の前でしゃがみ込むと、自分の優位を見せつけるみたいに、カーリのほおを、ぴたぴた軽くたたいた。
「汚らわしいっ!」
オークの手を払いのけ、カーリは一喝する。
「私は女ではないっ!誇り高きハンプヤード騎士団の騎士長、カーリ・ダータであるぞっ!殺せっ!」
「おやおや、まだまだ元気そうだな。安心しろ。殺したら、後の楽しみがなくなってしまうではないか」
オークは、ぶひぶひ笑い、カーリの胸から太腿にかけて、なめるように見る。鎧を身にまとっているといっても、その鎧は、胸や腰を僅かばかり覆う程度のシロモノ。さすがのカーリも、怒りと嫌悪感に身体を震わせ、両腕で胸と腰を覆い、オークの視姦に対してはかない抵抗をするのだ。
「一つ、いいことを教えてやろうか。貴様の部下とやらも、大勢捕虜になっているぞ」
「なん、だと?あいつら、逃げきれなかったのか」
「大事な部下を逃がすために、お嬢さんは、一人で戦ってなかなか勇ましいことだったが、多勢無勢だったな。あいにくお嬢さんが逃げろと指示した方向にも、我らの手のモノが待ち構えていてな。指揮官が無能だと、部下も災難だな」
「ぐっ・・・」
オークの言葉責めは、カーリの希望をゆっくりと、しかし着実に奪っていく。両方の拳を血を流さんばかりに、何度も地面に叩きつけ、無力感にさいなまれ、うなだれるカーリ。
「そこで、どうだね?部下の命を助けたくはないか?」
オークは、うって変わって、妙に優し気な声色で、カーリの耳元でささやく。
「私に・・・どうせよというのだ」
「ふふふ、心がけ次第で、お嬢さんの部下の命、助けてやらんでもないぞ。ついでにお嬢さんの命も助けてやろう」
「私まで助けるだと。ふん。汚らわしい豚め。騙されんぞ」
口先こそ強がってみせるものの、カーリの声にさっきまでの威勢はない。一度希望を見せられると、人間は弱くなってしまう。そんな心の機微を知り尽くしたオークの言葉。膂力も、駆け引きも、全てオークが上回り、哀れな囚われの女騎士は、なすがままに翻弄されるだけなのだ。
「まあ、信じる信じないはお嬢さんの勝手だが、黙っていても、お嬢さんの可愛い部下とやらが処刑されるだけだな。そうだ。お嬢さんの前で、一人一人首を刎ねてみせよう。さぞかし面白いショーになりそうじゃないか」
「くっ。卑怯者め。・・・私は・・・何をすればいい」
「ほほう。ちゃんと、素直にお願いできるじゃないか。いつまでもさっきみたいに尖っていたら、可愛いお顔が台無しだぞ」
「何をすればいいのかと聞いている」
あくまでも強気の姿勢を崩さないカーリに向かって、オークはにやっと笑うと、黄色の小さな物体をカーリに向けて放り投げる。それはフローリングの床、じゃなくて、湿った土牢の床をコロコロと、カーリの足元まで転がった。
「その薬を飲むだけでいい。それで、お嬢さんも、部下も解放してやろう。ただし、お嬢さんがそれを望めば、だがな」
「なんだ、それを望めば、というのは」
「ふふふ。その薬は媚薬さ。それも特級のな。一口飲めば、男が欲しくて欲しくてたまらなくなる。ここを出たいという気持ちもなくなるくらいにな」
実は、これ、ただの私の栄養カプセルなんだけどね。大真面目な藤原の演技に思わず吹き出しそうになるけど、ぐっとこらえる。そして、高貴なカーリ様になりきって、義眼ディスプレイに浮かぶ文字を、怒りを込めて読み上げるのだ。
「なめるな!私は女など、とうに捨てている。こんな薬ごときに惑わされることがあろうはずもない」
カーリは、床に転がった媚薬を拾い上げ、オークをにらみつける。
「本当だな。これを飲めば、部下も私も解放するんだな」
「くくく、オークは貴様らヒトと違って嘘はつかない。約束しようじゃないか。だが、それを飲んで、果たして正気でいられるかな?」
カーリは、決意を固めるかのように、目をきゅっとつむり、ひと思いに媚薬を口の中に放りこむ。
「ふん、こんなもの、どうしたと言うのだ」
特に身体の様子に変化はない。実力で勝ち得た結果でないことは残念だが、ともあれこれで自身と部下の帰還は約束された。カーリは内心の安堵を気取られまいと、あくまでも強気の姿勢を貫く。
まあ、ぶっちゃけ、ただの栄養カプセルなんだから、身体に変化がないのは当たり前なんだけどね。
「さて、そんな強がりも、いつまで続くかな」
オークは手持ちのスマフォを指先でちょちょっといじった。スマフォから伸びるコードは私の義体につながっている。
スマフォもコードも見えないふりをしていたけど、実はそういう状況です。
で、今オーク藤原は何をしたかっていうとさ、私の脳が義体の性感帯から受け取れる刺激、いわゆる感度をデフォルト設定より、ぐっと上げたんだ。媚薬を飲まされ薬の力に屈し、心と裏腹に身体はオークの肉棒(うわー、自分で言うと滅茶苦茶恥ずかしいね、これ)を求めてしまう女騎士っていうシチュエーションを、リアルに再現したかったんだって。ホント、こんなこと、よく考え付くよね。バカだよね。まあ、それに付き合っている私も充分バカなんだけどさ。
そして、実はこれからが本番。リハーサルでは、さすがに感度設定をあげるなんてことはしていないから、カーリになりきるまでもなく、自分の身体に何が起きるのか、正直恐くはある。もちろん期待もありますけれども。
・・・・・・
・・・・・・
息を飲み、目をきゅっとつぶり、膝を崩した正座状態(いわゆる女の子座りだ)で、自分の身体に一体どんな変化が起こるのか身構える私。だけど、目立った変化は何も起こらない。何だ面白くない。
照れ隠しに苦笑いしつつ、ゆっくり薄目を開くと、ちょうどオークがふんふんと鼻息荒く迫ってきたところだった。つけ鼻の横からしゅこーしゅこーと呼吸音が漏れているのがおかしくて、危うく爆笑しそうになった。
「くくくくく、そろそろ薬が効いてきた頃合いだろう」
下劣な薄笑いを浮かべ、舌なめずりしながらオークは両手を私に向けて伸ばしてくる。手のひらは、何かをもみしだくみたいな、わざとらしいくてイヤらしい動き。
あんたホント、ノリノリだよね。私は苦笑しつつも、オークの魔手から身を守るカーリを演じるべく、籠手をつけた両腕でビキニブラのような形の赤い胸当てに覆われた胸をガードした。下半身はというと、膝に赤い膝あてをつけ、脛から下は金属っぽい質感の脛あてをつけているという格好。そして腰まわりは腰まわりで、例のビキニパンツを履いているのだけど、なにぶん露出度高めの衣装なもので、大腿のあたりは完全に素肌むきだしで、これのどこが戦う騎士なんだ状態。オーク藤原の指先は、そんな私の無防備な太腿に狙いすましたかのように伸び、さっきまでの粗雑でイヤらしい手の動きとは打って変わった、触れているようで触れていない、でもやっぱりちょっとだけ触れるっていう絶妙な繊細さで、すすっと軽くひと撫でしたんだ。
その瞬間、ぞくぞくっと快感が背中を這い上って・・・
「ひゃっ!」
心の準備が全くなかったところを、自分の身体の予想外の反応に不意討ちされ、私は思わずあんまり色っぽいとはいえない嬌声をあげてしまった。もともとのシナリオでも、このシーンで、媚薬の効いてきたカーリが、快感に耐え切れずに甘い悲鳴を上げることにはなっていたけど、演技するまでもなかった。ただ太腿を軽くなでられただけで、いきなりあそこがうずきまくって、どっと溢れんばかりに愛液が漏れだしてくる。明らかに普通の身体の反応ではない。
えーとなんと言うか、たとえるなら、快楽妖精さんを吹き込んだ身体の中の風船が、いきなりぶわっと破裂寸前まで膨らんじゃった感じ。もう一息の刺激で、あっけなく、ぱちんと破裂してしまいそう。ただ太腿を軽く触られた程度でこのアリサマ。義体の感度設定というものを、ちょとなめすぎていたかもしれない。
「ふじわら、ちょ、ちょっとまって!」
あまりの身体の反応に、不安にかられた私は、次の攻撃を仕掛けようと胸のほうに伸び始めた藤原の手をつかみ、押し返す。本来ここは、カーリが媚薬のもたらす快楽の身を焦がしつつも、なんとか気丈に正気を保とうとする場面なんだけど、ちょっともう私にカーリを演じる余裕は、ないのである。
「ごめん。なんかこれ、すごすぎ。もう少し感度を下げたほうがいいかも」
女の子座りで太腿もじもじしながら、義体設定したときに使った、ベッドに置いたままのスマフォを横目に藤原に懇願する私。でもそれで、かえって藤原の嗜虐心に火をつけちゃったかもしれない。
「ふがー」
藤原は、素に戻った私のことを咎めもせず、本人も演技なんだか素なんだかよく分からない謎の唸り声をあげながら私を押し倒しにかかる。確か台本だと、ここはもう少し、じっくりねっちりカーリへの言葉責めがあったはずなんだけど。
「ちょ・・・ちょっとだめだってば」
押し倒されながらも抗議の声を上げる私。でも、藤原はまるで聞く耳をもたず、例のビキニパンツのような形の、大事な部分だけほんのちょっぴり覆う程度の大きさのパンツの止め金に手をかけて、外そうとする。このパンツはテカテカした合成皮革っぽい材質で、ほとんどの伸び縮みしないから、ごつごつした膝あてとか、脛あてとかを身に着けたまま脱ぐのはムリ。だからパンツの両脇に金具がついていて、そこから外せるようになっている。衣装を着る前に藤原が、そう力説していたときは、何言ってるんだこいつって感じでスルー気味でしたが、実際自分がされてみて納得。そういうことね。
でも、藤原くん、気がせいているのか不器用なのか、その両方なのか、私は大した抵抗をしていないっていうのに、パンツの金具をかちゃかちゃさせるだけで、なかなか外せない。そのくせ
「うわ、なんかすげー濡れてる」
・・・こういう、いらんことばかり気が付くのである。言っとくけど、濡れているのは、私が淫乱なのではなくて、藤原が余計な設定をしたせいなんだからね。
私が身に着けている藤原お手製のカーリ様のパンツは、合成皮革っぽい厚めの材質でできているから、水分をまるで吸収してくれない。それで、限界一杯たぷたぶになって、受け止めきれずに秘所から溢れ出てきた私の恥ずかしい何かは、いつの間にかダダ漏れで太腿まで濡らしてた。ああ、合成愛液結構高いのにもったいないなと、こんな時でも身もフタもないことを考えてしまうのだが、自分の意志で止められないのだ。それを目ざとく見つけた藤原が、その高価な液体を掬うみたいに、私の太腿の付け根を指一本でさっと一撫でする。
ただそれだけ、ホント、ただそれだけで、クリから全身にかけてびりびり強い電気が走る。クリに直接触れてもいないのに、自分で指でいじったり、藤原にこねまわされたりしたときの刺激を何倍にも増幅したような大波が全身を蹂躙する。その刺激は、もうすでにいっぱいに膨らんでいた快楽の風船を割ってしまうのに、充分すぎるくらいだった。
「ぐう」
唇をかみしめて、必死にイかないようにこらえようとしたけど、所詮機械に閉じ込められたちっぽけな魂の抵抗が、サポートコンピュータ−のプログラムに敵うわけないのである。悪魔じみた快楽が、何かそれ自身に意志でもあるかのように、私の頭とつま先をつかみ、身体を弓なりにさせる。何度も空をつかみながら、やっとのことで藤原の腕をさぐりあて、握りしめる。ああだめだ。本当に身体が壊れて、バラバラになってしまう。
「あっあっあっあはああ!」
私の身体の中でいっぱいに膨れ上がった風船がぱちんとはじけて、風船から解放された妖精たちが快楽信号をまき散らしながら体中を駆け巡る。力を失って、どすんと仰向けに倒れた私の身体を、強烈な快感が幾度も幾度も突き抜け、そのたびに頭の中を真っ白に塗り替えていく。あえぎ声を出して、少しでも口から快感を逃がさないと頭がおかしくなってしまいそうだ。藤原の部屋は狭いし、壁も薄いから「ここであまり大きな声は出せないね」って事前に冗談交じりに二人で話しをしていて、実際今までは、ある程度声を抑え気味にしていたはずなのに、その努力は、全部台無しになってしまった。
悔しい。私は、たぶん生身の身体では味わうことができない類の快楽を味わったのかもしれないけど、じゃあこれはイイものかと言ったら、絶対そんなわけないんだ。セックスの快感っていうのは、自分の五感を駆使して愛する人との共同作業で、じわりじわりと高ぶっていくのがいいのであって、むりやり絶叫マシーンに乗せられて、坂のてっぺんから突き落とされるみたいな快楽は、ただ単に機械に操られているだけ。そういう安易な快楽は人間としてのプライドが許さない。そして、結局、私は今まで自分が自然なセックスをしていたように錯覚していたけれど、それも義体の感覚を生身の身体の感度に近い形に設定していたからであって、それは自分自身の五感とはとうてい言えない、設定ボタン一つで簡単に変えられる電気信号にすぎないってことも、まあ分かってはいたことだけど、改めて存分に思い知らされた気がして余計に悔しいのだ。
私は、私に残された唯一の生身である脳をいたわるみたいに右腕を額にあて、左手は藤原の腕を握りしめたまま、絶頂にほてった身体が落ち着くまで、そんなことをぼんやり考えていた。
「あの・・・ゆうこさん、腕が・・・痛い」
遠慮がちな藤原のつぶやきに、私はようやく我に返る。藤原は、パンツの金具を外すという大仕事を忘れ、あっという間にイってしまった私をあっけにとられたように見下ろしていた。
「えと、ひょっとして、いった?」
「あーうるさいっ!」
我を失う醜態をさらしておきながら、イってないなんてバレバレの嘘をついても仕方ない。悔しいから照れ隠しに、藤原の腕を握りしめるのをやめ、その同じ左手で、スナップつけて藤原の腕を思いっきりひっぱたいてやった。
「うー、こんなの演技するどころじゃないし、もうやめようようって藤原あんた何を・・・あ・・・あっ・・・.」
藤原は、ふくれっ面で述べる私の不満を聞き流しつつ、からかい半分ってカンジに握りこぶしで「こつん」とパンツ越しにクリのある場所をたたく。直接クリを触られたわけじゃない、パンツ越しではあるけれど、今までの間接的な刺激で、ぷっくり膨れているであろう一番の性感帯を刺激されたんだ。さっきは快感の風船がいきなりふーっと膨らんだみたいな感じになって自分の身体の反応に驚いたけど、今回はさらにその上をいった。イった直後だっていうのに、風船にたとえるなら、縁日とかにある、空気ボンベで一気に風船を膨らまして、そのまま破裂させてしまうような感じの、情けも容赦も、わびもさびもない絶頂感が再び私に襲いかかる。
「あああああああああ!」
精神的な充足感なんか一切ない。機械的な快楽信号に翻弄され、鋭く身体を突き抜ける快楽信号に身体をひくつかせながら、私は悲鳴を上げるばかり。あまりにも強すぎる快感は、はっきり言って苦痛でしかない。
「藤原・・・ほんとうに・・・もう・・・やめようよう・・・お願いだから、ね」
息も絶え絶えに懇願する私。いや、機械の身体だから、実際はたいして呼吸が必要なわけじゃなし、イったからって、生身の身体のように呼吸が荒くなるわけではないんだけど、余りの刺激に生身の頭と機械の身体がくらくらして、言葉がうまく出てこないんです。クリをさわられてこのアリサマなら、藤原のあれを入れられたらどうなってしまうんだろう。私、気が狂ってしまうんじゃないだろうか。
「くくくくく。上の口は嫌がっていても、下の口はよだれをたらして欲しがっているようだぞ」
いつの間にか「オーク」口調に戻った藤原の手が、またもや私のあそこに伸び始めたから、そうはさせじと、秘所を守るべく、だらしなく伸ばしきっていた足をあわてて縮めて、身体に引き寄せる。
・・・あんた全然聞いてくれてないうえに、まだ演技続けるんだね・・・
ちょっと、いや、かなりあきれてしまった私だけど、だからと言って事態が良くなるわけではない。それどころか、ああ何トランクスを脱ぎはじめてるんだよう。藤原のナニが突っ立っているもの見えちゃった。いつもは愛おしささえ感じるそれも、今は私の身体を貫く暴力的な槍にしか見えない。男の子がああいう状態になったら、もう何を言っても勘弁してもらえないことは経験上分かっています。でも、これ以上なすがままに藤原に付き合っていたら、本当に気を狂わされてしまう。そう思った私は非常手段を取ることにした。
「んっ」
目をつむり、義眼ディプレイに表示される情報を見やすくしておいてからサポートコンピューターにアクセス。そして、義体設定を選ぶ。
そう。こうなったら感度設定を自分で変更してしまうしかないのだ。もちろん、外部端末を使ったほうが操作しやすいにきまってるけど、そんなことしたら藤原に気付かれるし、気付いた藤原が私に猶予を与えてくれるはずない。私とて、もう義体歴はかなりのもの。外部端末に頼らずとも義体設定くらい、簡単に変えてみせる。
「んんんんん」
視界の中でよろよろと頼りなげに動くカーソル。自分としては、もっとスマートに動かせているつもりなのだけど、まあいい、とにかく急がなけれああああああああああああ!
クリからの全身に広がる強烈な刺激。何が何だかわからないままに、三度目の絶頂を迎え、義体の感度設定の変更が全く間に合わなかったことを悟る。
イくたびにどんどん深くなる快楽。恐ろしく気持ちよくて、だからこそ果てしなく不安を感じる。気持ちよければいいじゃんって思うかもしれないけど、自分の身体が、自分のコントロールを離れて暴走することほど恐ろしいものはないのです。
底抜けの快楽に身を苛まれて、ひくひく身体を痙攣させながらも、何とか視界を切り替えた私の目に飛びこんできたのは、とうとう私のパンツを剥ぎ取ることに成功して、得意満面の藤原。藤原の右手の指先が濡れて光っているのは、とうとう、なんの守りもなくなって、無防備なクリを指でこねまわしたからだね。
「嫌だよう。ホント、勘弁してよう」
私は、弱弱しく抵抗の声を上げるものの、イカされすぎて、頭の中がぐにゃぐにゃで身体も全くいうことをきいてくれない。感度設定を自分で変えるような集中力も、もはや尽きてしまった。
そんな私に、藤原はいつになくサディスティックな刺激を受けたのか、牙のついたマウスピースも豚鼻のつけ鼻も取り去って、素の藤原に戻るが早いか、いつになく強い力で私の両腕を上からぎゅっと床に押しつける。そして、まるで強姦するみたいな勢いで、力ずくで私の両脚を広げ、私の身体の中に、アレを押し入れくぁwせdrftgyふじこlp;zsxdcfvgbhんjmk、l。お、いむnybtvrせxwzfェ、、召キ・テ・ケ(^-^)/クオオ、、キ、ニ、・□、オ、。。シ
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その晩、私は天国と地獄を同時に味わうことになったのでした。とほほ。
翌朝、私は藤原より先に目覚ました。懸念された頭痛もなく、意外にすっきりと起きられた。感度最大値にしたとはいえ、それでも自分で設定できる範囲内なだけあって、昨日は何十回とイかされたものの、あれで死ぬなんてことはなさそう。さすがは何重もの安全基準を通過した、人の命を預かる全身義体なだけのことはある。
(なら、たまには遊んでみるのも悪くないかもね)
なんて思いながら、鼻歌混じりに自分の服に着替える。シャツの袖に腕を通すついでに、部屋のドアの下にメモ用紙がさし入れられていることに気が付いた。
(なんだこれ)
何かの伝言なら藤原に渡してやろうと、何の気なしにメモ用紙を拾い上げる。メモ用紙はとくに折りたたまれてもいなかったので、書いてある内容は自然と目に入った。
藤原君の彼女さん
実は昨日のことで大変苦情が入っています。
楽しむなとはいいませんが、もう少し声を抑えていただけると助かります。
管理人
・・・メモを持ったまま、しばし思考停止。ちょっと遅れてやってくる、圧倒的な羞恥心。
あまりの恥ずかしさにかっと頭に血が上っていくのがわかる。機械の身体だけに顔色は変わらないけれど、身体がわなわな震えるのは止められない。
「くっ・・・ころせ」
「裕子さんどうしたの?」
ようやく目を覚ました藤原は、あくび混じりに、のんきな顔で近づいてくる。全部あんたのせいだからね!
「くっ、ころせええええええええええ!」
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