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 私には、ずっと長いこと引きずっている悩みというか、願望があります。それは何かって言うとさ、年相応にオトナに見られたいってこと。
 私は25歳になりました。四捨五入すれば30のアラサーだ。でも、私のことをあまりよく知らない人で、私の実際のトシを当てられる人は、まずいない(まあ、女性に年を聞くような失礼なヤカラは、それ以前の問題としてお付き合いお断りではあるけれど)。
  でも、それは当たり前なんだ。知ってのとおり、私は機械の身体。16歳で義体化して、機械仕掛けの器に入ることになった私自身は、それから年を重ねてそれなりに成長していると自分では思っているつもりだけど、外見は義体化した16歳のまま、時が止まってしまったかのように、全く変わっていない。見かけだけでも年を取らないというのは、特に女性にとっては、羨ましく思うことかもしれないけど、ものには限度ってものがあるよね。大学生なら、まだ「かわいい」とか「学校の制服似合いそう」って、からかわれるくらいで、ムカつきはするけど実害はあまり感じなかった。でも、社会人として何年か過ごすと、必要以上に若い外見であることで、損をすることが如実に多いと分かってくる。具体的には、ナメられるのだ。こういう見かけだと。
 例えば義体ユーザーさんが相手なら、彼らは私のことを義体だと知っているし、外見年齢と実年齢の不一致なんて、義体化していれば当然起こりうる問題だとも理解しているし、いつかは自分にもブーメランになって返ってくることも分かってるから、私のことを年相応の人間として接してくれる。でも、ケアサポーターたるもの、いつも病院にいて義体ユーザーさんとばかり接しているわけじゃないよね。外に出て、会社の取り引き先と話をすることもある。そうした取引先には、人を見た目で判断するフトドキ者も少なからずいて、口には出さないまでも(なんだこのコムスメは)って目で見られ、人をナメきった不快な対応をされることが結構ある。でも、だからって「私は16歳で義体化手術を受けたからこんなナリをしているだけであって、ホントは25歳です」って主張するのも、かえって面倒くさいから、結局我慢するしかなくて、ストレスが超たまるのだ。
 この、見た目と実年齢のギャップを具体的に解決する方法として、一番手っ取り早いものには、定期検査の時に、年相応の外見に変えてもらうというのがあるね。でもこれ、女子の場合16歳、男子の場合18歳を越えると、医療保険の適用外になって、この処置をするには少なくないお金を払わなければならないんだ。すき好んで機械の身体になったわけじゃないのに、超ヘンな制度だって思うけど、今のところそいういう法律になっているから仕方ない。そして、私にはそんなお金、あるわけない。
 すると残るは、服装とか化粧でなんとかごまかす方法。でも私の場合、仕事では制服を着ることが多いから、服はあまり関係ないし、化粧っていっても、老け顔メイクなんて、とても技術がいることで、一朝一夕に身に付くものじゃない。少なくとも私にはハードルが高すぎる。
 服もだめ。化粧もだめ。じゃあ、どうするかってことだけど、先日たまたまテレビで見たファッションショーで、ハイヒールを履いたモデルさんが、颯爽と歩く姿を見てしまいました。彼女の、もともとスラっとした足が、ハイヒールを履くことで、さらに強調されている感じで、とにかく超格好良かったのだ。私が普段履いている厚底スニーカーとはレベルが違うっていうか、なんか、ハイヒールを履いている女性って、全体的にデキる雰囲気を醸し出している気がするよね。私もああいう靴を履けば、デキるキャリアウーマン的なオーラを身にまとうことができて、私に対して不遜な態度をとり続ける取り引き先のおっさん連も、少しは私のことを見直すかもしれない。
 えと、前置きが長くなりましたけれども、そう思いついた私は、長年の悩みを解決すべく、年の瀬も押し詰まったある日、藤原にも付き合ってもらって、星ケ浦のブティックストリートに、デートと称する事実上のショッピングに出かけたのでした。
 一応、前もってジャスミンに電話して、エーデルヴァイスとかヘルヴェティアとかオワゾ・ブルーとか、彼女オススメのブランド店を前もっていくつか聞いて情報ストックしておいたけど、藤原に、たいして興味もないであろうショッピングに付き合ってもらっている手前、お店で無為に待たせちゃうのもなんか悪い気がしたので、ブティックストリートの入り口近くにあるというだけの理由で一軒目に入ったエーデルヴァイスで、買う物を決めてしまうことにした。
 
 陳列棚に並べられた、色も形もとりどりのハイヒールをじっくり見比べる私。まるで、メガネを外したときみたいに、眉間に皺をよせた険しい顔をしているって自覚してます。今の心境を、正確に言うならば、パーティに出向く前にドレスを選ぶ浮かれた御令嬢というより、どっちかというと、自分が身につける鎧を選ぶナイト。自らの身を守るための「防具」を買うのだから、そういう心境になるのは、ある意味トーゼンだと思わない? そんな私は、声をかけづらい雰囲気を醸し出しているのか、店員のおねーさんは、私とはビミョーな距離感を保って、声はかけずに私を見守っている。その間、藤原はというと、店の入口でスマホをこねくりまわして、ゲームをしている様子。ハイハイ、もともと彼は全くあてにしていませんからねー。
 眉間に皺寄せ、迷いに迷った結果、最終的に私が選んだのは、ワンポイントにバックルのついたシックな黒なハイヒール。これなら会社でもプライベートでも履けるし、ちょっと気取ったデザインが、デキる女特有の威圧感を生み出す効果も期待できる。
「これ、日本に入ったばっかりで、まだあまり出回ってないデザインなんですよ」
  それまで私に漂っていた緊迫感のオーラがとけたのを目ざとく見てとった店員さん、ほっとした様子で私に声をかける。そして、お目が高いとばかり、褒めてくれるお陰で、私の気分も舞い上がる。
  早速試着ということになり、ハイヒールを履き、テンション高く歩きはじめた私だけど、二三歩も歩かないうちに・・・
(ボキッ)
「きゃあっ!」
 何やら鈍い音がしたかと思うと、バランスを崩し、情けない悲鳴とともに前のめりに倒れてしまう。
「おっ、お客様お怪我はありませんか」
 店員さんは、四つん這い状態の私のことを、しゃがんで心配そうにのぞきこみ、起き上がるのに手をかしましょうか、とばかりに手を差し出してくれる。
 私の悲鳴を聞きつけた、藤原もさすがに心配そうな面持ちで近寄って来た。
「大丈夫です。自分で立てますから」
  私は、ふるふると頭を振って否定の意志表示をし、店員さんの手を丁重に押し戻す。店員さんの好意に甘え、すがろうものなら、私の体重がイッパツでばれちゃうじゃないかよう。
「すみません。商品に不具合があったみたいで。すぐ別のものを持ってきますから」
 折れて飛んだヒールの先を目にして、私が転んだ原因を瞬時に察した店員さんは、恐縮した面持ちでそんなことを言う。確かに、何も知らなければ、靴のほうに原因があると思うのが自然だよね。
「いや、えーと、あのっ!」
  多分バックヤードに向かうため、弾けたように立ち上がった店員さんを慌てて引き止める私。でも
「あの、あの、 あの・・・」
 未だに四つん這いの姿勢のまま、声は次第に蚊の鳴くように小さくなっていく。そんな私を見て困ったように首を傾げる店員さん。
 相変わらず私はバカだった。よく考えたら私は、ハイヒールなんか履けるわけがないじゃないか。私の体重は120kgあって、その重さをハイヒールのきゃしゃな作りのヒールが受け止められるはずがないんだ。悪いのは私。ちゃんと、正直に言うんだ。靴は不良品でもなんでもありません。私の体重が重いせいで、壊しましたって言うんだ。そうしないと、何も問題のない商品が、粗悪品のレッテルを貼られるんだぞ。ヤギーそれでいいのか?それであんたの良心は痛まないのか。
 義体ってバレるのが恐い?ヤギーあんたの仕事は一体何だ。義体ユーザーを励まし、義体であることに極力コンプレックスを抱かせず、義体であることに誇りを持って生きていってもらうことではないの?普段ユーザーに、そう言っておきながら、いざ自分が義体だと言うのは恐い、奇異の目で見られるのが恐い。なんだそれ。ほら勇気出せって。
「こっ、この靴はっ」
 ヒールを失った靴を履いたまま、私はのろのろ立ち上がる。視線をポッキリ折れたヒールの先に落とし、両の義手の拳をきゅっと握りしめて、唇を噛みしめて・・・でも、でもどうしても、それ以上言葉を続けられなかった私は、どうしようもなく意気地なしだ。
 結局、店員さんが、代わりのハイヒールを取りに行った隙に逃げるように店を出てしまった。私は最低だ。
「よく考えたらさ、私はハイヒールなんて全然欲しくなかった。っていうか、どうせ、私が履いたところで、女子高生が無理矢理背伸びしているようにしか見えなくて、滑稽なだけ。私に似合うわけないんだしさ。はは」
  藤原が後に付いてきたことを確認した私は、早足で真っ直ぐ前を向いたまま、吐き捨てるようにそう言って、自嘲気味に笑う。
  藤原は何も言葉を返さず、歩きながら私の手を握りしめた。
「私は、本当にあんなもの、欲しくなかったんだから」
  唐突に立ち止まる藤原。一緒に手をつないでいる私も、藤原につられる形で、つんのめり気味に足を止めることになる。
(ちょっと、一体なんなのさ)
  私がそう不平をこぼすより早く、藤原は私の背中に手を回し私を抱きしめた。
「ちょ、ちょっと、こんな道の真ん中で、なんなのさ、みんな見てるじゃないかよう」
  慌てて、小声で抗議する私に耳も貸さず、もう一度強めに、ぎゅう。藤原は、やっぱりすごいよね。こんな時、私をどう扱えばいいか、カンペキに分かっている。そんなことされたら、私の中で抑えていた感情が抑えられなくなってしまうじゃないか。
「うっ」
  この義体には涙を流す機能はないです。でもだからって、決して泣けないわけじゃない。
「うっうっうっうっ」
  私の身体は機械かもしれないけど、心まで機械なわけじゃない。私は人間の25歳のオンナです。悲しいとき、悔しいとき、情けないとき、それらが全部一緒になったとき、そんな時に、泣かないわけがないじゃないか。
  休日の昼下がりの星が浦のブティックストリート。そのレンガ敷きの歩道の真ん中で、道行く人たちに奇異の目で見られることもお構いなしに、藤原に抱きしめられながら、私はしばらく肩を震わせていたんだ。


  クリスマスイブだというのに、私とみわっちは、ご出勤なのである。 いや、クリスマスイブだというのに、は語弊があるかな。クリスマスイブだからこそ、か。ケアサポーターって仕事は、いつ義体化が必要な緊急手術が入るかもしれないし、そうなったら、手術はともかく、親族への説明は全部こっちの仕事だ。他にも、どんな義体トラブルがあるかも分からないから、休日といえど、ケアサポーターが最低二人は当番で府南病院に詰めることになっている。で、まあ休みなんてエライ人から決めていくもので、私たち下っ端は、皆が休みたがるところは出勤するものと決まっているのだ。今回も、仁科主任なんぞは
「私はクリスマス・イブは休みですから。うふふ」とか言いながら、イの一番に休みを決めていた。あなたに彼氏がいたとか、私聞いたことないんですけどね。嫌がらせか。私らへの。
 そういうわけで、私たちは府南病院のケアサポルームで、それぞれパソコンに向かって事務仕事。ケアサポーターっていうと、職名からして義体ユーザーを精神的に支援する仕事と思われがち。もちろん義体化手術後のユーザーが義体操縦免許を所得できるよう支援したり、定期的にユーザーを訪問したり、そういう側面もあるけれど、それは仕事のほんの一部であって、病院から委託されているユーザーにかかった医療保険の請求やら、全身義体ユーザー専用の仮想現実空間「愛ネット」の使用料のユーザーへの請求やら、ユーザーが街中にある充電スポットを使用したときの電気代の、ユーザーへの代金請求や、充電スポット設置者への支払いのようなデスクワークも意外と多いのだ。 
 だけど、上司のいない休日出勤の職場なんて返って気楽なもので、徐々にムダ話が増えて来るのである。
「みわっちさー、うふふ主任に彼氏いたなんて聞いたことある?」
「ないない。あるわけない」
 うふふ主任っていうのは、私とみわっちだけの符丁だ。誰のことを示しているかは、言うまでもないよね。
「だよねー。うふふが今日休んだの、絶対私たちへの嫌がらせだよねー」
  などと、普段ゼッタイ言えないセンパイへの悪口の花が咲く、そんな平和なイブの昼下がり。
「おっそうそう、忘れるところだった」
 と独り言のようにつぶやいたみわっち、少しの間席を外したかと思うと、リボンのついたまるで家族用のクリスマスケーキくらいの大きさの白い箱を抱えて戻ってきた。
「ヤギー、忘れないうちに、これ、渡しとく。メリークリスマス」
  意外な一言とともに、半分押し付けられるように、その箱をみわっちから渡される。ズシリとした手応え。見かけの大きさに比べたら、かなりの重さだ。
「まさかこれ、みわっちから?困るよこんなものもらえない」
  サプライズといえば、サプライズなんだけど、嬉しさより、警戒心が先立ってしまう私。そりゃみわっちとは、仲の良い同期ではあるけれど、こんなクリスマスプレゼントをやり取りするほどの仲だったっけか?
「あーちがうちがう。私じゃないって。まあ箱あけてみなさいって」
  みわっちに促されるままに、リボンを解いて箱を開ける。中に収まっていたのは、黒いハイヒール。
「これは?」
「見てのとおりのハイヒール。イソジマ電工謹製、全身義体ユーザー用の特注品。自分の会社が扱っている商品くらい覚えておけって」
「あー悪うござんしたね」
  みわっちにたしなめられて、膨れっ面の私。今の今まで、すっかり忘れていたけど、研修の時に習ったっけね。アルコールカプセルみたいな、義体ユーザー向けのケアサポーター取り扱い品目の中にハイヒールも入っていたっけね。
  普通のハイヒールを履くと、この前の私みたいにヒールが折れて、ひどい目に遭ってしまう。だから、義体用のハイヒールは、かなりの重さがかかっても、ヒール折れない特殊な構造になっているんだっけ。そのぶん重くなってしまい、普通の女性では履くのはムリ。でも肉体疲労とは無縁の義体ユーザーであれば、ちょっと義体の消費電力が増えるくらいで大勢には影響ない。こういうユーザー向け商品を開発するのは、女性ユーザーの多い我が社ならではの気配りってやつで、実際ライバル社のギガテックスのユーザーさんからも引き合いがあるって聞く。
  デザインとか実際の製造は、有名ブランドに委託しているとかで、ハイヒール自体の出来も、街中のブティックで売っているのと遜色ないんだそうで。そうそう思い出してきたぞ。 でもいったい誰が?って、まあ大体想像はつくけどね。
「あと、これも預かってる。もう誰からかは、わかってるでしょ。にくいぜコノー」
 おどけながら、みわっちは封筒を差し出した。
 みわっちが見守る中、私は封筒を開封し、中に入っている手紙に目を通す。手紙は案の定藤原からのものだった。


裕子さんへ
 裕子さんは相変わらず嘘が下手くそで、お陰でクリスマスプレゼントに何を贈るか迷わずにすみました。試しにネットで調べてみたら、裕子さんみたいな人用のハイヒールもちゃんとあるんだね。しかも取り扱っているのが裕子さんの会社だったのには、ちょっと笑ってしまいました。裕子さん、なんで知らないんだよ。でも、そういうの、すげー裕子さんらしいと思いました。

 それで、実は裕子さんの同僚の田中さんとこっそり連絡をとって、裕子さんの足に合わせた特注のハイヒールを用意してもらって、こうして俺が書いたメッセージカードも入れてもらいました。お互い忙しくて、クリスマスイブに会えそうにないから、せめてプレゼントだけでも今日渡したいと思います。ということだから、田中さんにもお礼を言っておいてください。メリークリスマス!
                                                                                       藤原修治


 
 歯に絹きせぬ言いっぷりが、若干気にはなりますけれども、でも、さすが私の彼氏だ。
 私は嬉しさのあまり、思わずハイヒールにキスをしそうになってしまったけど、みわちゃんが見ていることに気付いて、そういう異常行動は自重して、心の中でガッツポーズをするだけにとどめる。でも、後日「あの時のヤギーの顔、ちょと薄気味悪かった。正直引いた」ってみわちゃんに言われる程度にはニタニタしていたらしい。
(じゃあ早速履いてみよう)
 善は急げとばかりに、いそいそと箱からハイヒールを取り出す私。しかし、そこで、私は気付いてしまったのです。ハイヒールにも、手紙らしきものが張り付けてあるのを。


追伸
 それで言いにくいんだけど、それでも勇気を出して言わせてもらいます。
 せっかくだから、今度会うとき、ハイヒールの似合う衣装を着てほしいんだよね。衣装用意しておくんで、それが俺へのプレゼントってことで、よろしくお願いします
。m(_ _)mペコリーノ

   
 ペコリーノじゃないっ!もーバカバカバカバカ!
 ・・・はい、前言撤回。誉めて損した。あ、頭痛が痛くなってきた。
 そういうことならさ、もう決めましたから。藤原へのプレゼントは、強壮ドリンク10本だっ。何でも着てやるけど、そのかわり、夜はとことんまで私に付き合ってもらうからね。寝れると思うなよ。



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