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図21
<求電子置換反応(続き)>
置換基の配向性:ベンゼンは6個の水素をもつが、分子が対称な正6角形であるため、置換反応で生成する一置換ベンゼンは1種類しか存在しえない。では、すでに1個
置換基
をもっているベンゼン環に2個目の置換基を導入する場合を考えてみよう。
トルエン(メチルベンゼン)に
ニトロ化
反応を行うと、3種類の
異性体
の混合物が得られる。トルエンのベンゼン環に残存している5個の水素は、
メチル基
との相対的位置関係によって
オルト
位(隣接位)2個、
メタ
位(ひとつおいて隣)2個、
パラ
位(真向かいの位置)1個にわけられるので、それぞれの水素が
ニトロ基
に置き換わった形の異性体が3種類生成するわけである。この5個の水素が等しい確率で置換反応を受けるとすると単純計算でオルト(o)体40%、メタ(m)体40%、パラ(p)体20%の割合で反応が進行すると期待できる。しかし実際の反応では、生成物はo:m:p=59:4:37の混合物である。なぜこのような偏りが生じるのだろうか。また別の例では、ニトロベンゼンに2個目のニトロ基を導入する反応についてみてみると、生成するジニトロベンゼンの異性対比は計算上はやはり40:40:20であるはずのところがo:m:p=6:93:1と偏る。この二つの反応結果を見比べてみると、トルエンの反応では予想よりもオルト体とパラ体の生成率が高く、メタ体の生成率が低いのに対し、ニトロベンゼンの反応では逆にメタ体が過剰に生成し、オルト、パラ体の生成量が少ないのがわかる。これはいかなる理由によるのだろうか。
このように、すでにベンゼン環にはいっている置換基が次に求電子置換反応が起きるときの反応の
位置選択性
(どの位置に反応しやすいか)を決定することを、置換基の
配向性
という。上の例では、メチル基は
オルト・パラ配向性
をもち、ニトロ基は
メタ配向性
を示している。メチル基と同じ性質を示すすなわちオルト・パラ配向性基には、
ヒドロキシ基
、
アミノ基
、
ハロゲン
などがあり、ニトロ基と同じメタ配向性基には
スルホ(ン酸)基
、
カルボキシ基
、
シアノ基
などがある。これらの置換基に共通する特徴を考えてみると、オルト・パラ配向性基は、メチル基を除いてすべてローンペアをもつ
ヘテロ原子
(炭素、水素以外の原子)の置換基であり、その電子を
共鳴効果
によってベンゼン環に与えることが可能である。メチル基の場合もアルキル基の
電子供与性
を考えれば、これらの置換基はすべて電子を環に供給する置換基といってよい。これに対し、メタ配向性基はすべてベンゼン環と
共役
する形の二(三)重結合をもち、その末端に
電気陰性度
の高い酸素や窒素があるために、逆に共鳴効果によってベンゼン環から
電子を求引する
置換基といえる。つまりこの両者はベンゼン環に及ぼす電子的効果が正反対なのである。
このような置換ベンゼン環に第二の求電子攻撃が起きるときは、元の置換基の位置との関係でオルト攻撃、メタ攻撃、パラ攻撃の3ヶ所で反応が起きる可能性がある。それぞれについて、中間体カチオンの共鳴構造を描いて見ると、オルト攻撃とパラ攻撃では、元からある置換基の根元の炭素に正電荷が分布する構造の寄与がありうるのに対し、メタ攻撃ではそれがないことがわかる。置換基の根元の炭素はその電気的性質を強く受けるため、この位置に正電荷がある
極限構造
は、電子供与性置換基によって安定化され、逆に電子求引性置換基によって不安定化される。ある極限構造の安定性の上下は、全体の共鳴構造の安定性に当然影響をおよぼすので、電子供与性基はオルト・パラ攻撃による中間体を安定化させ、電子求引性基は逆に不安定化させると考えてよい。電子供与性基のオルト・パラ配向性(オルト・パラが安定)および電子求引性基のメタ配向性(オルト・パラが不安定)はこのように理解できる。いうなれば、オルト・パラ配向性は積極的選択であり、メタ配向性は消極的選択の結果といえる。
ベンゼン環の反応性への影響:求電子反応は、電子不足種が電子を求めて反応をするのであるから、 電子密度 の高い部分は当然攻撃を受けやすい。ベンゼン環はそのままでも環状π電子雲をもち、求電子反応を受けやすいが、そこへ電子供与性置換基がつくとさらに反応性は高まる。また逆に電子求引性置換基がつくと反応性は低下する。つまりオルト・パラ配向性基は環の反応性を高める活性化基であり、メタ配向性基は環の反応性を下げる不活性化基である。たとえば活性化基であるメチル基をもつトルエンはベンゼンに比べて24.5倍反応性が高まっており、強力な不活性化基であるニトロ基をもつニトロベンゼンはベンゼンの1/10,000,000の反応性しかもたない。ただしハロゲンは例外で、オルト・パラ配向性でありながら環の反応性を低下させる不活性化基である。これは、ハロゲン原子がローンペアの供与による電子供与性(共鳴効果)と電気陰性度の高さによる電子求引性( 誘起効果 )の両面性をもつことによる。
配向性の応用:置換基の配向性をうまく利用することにより望ましい異性体をつくりわけることが可能である。たとえば、p-ブロモニトロベンゼンは、ベンゼンにまずオルト・パラ配向性基である臭素を置換させ、次いでニトロ化をすることで合成できるし、m-ブロモニトロベンゼンは、先にメタ配向性基であるニトロ基を置換させてから臭素化すればよい。ただし、オルト体とパラ体のつくりわけは、配向性だけからはできない。一般には、置換基の
立体障害
によってオルト位には
求電子試剤
が攻撃しにくいといえるが、一方で電子豊富なオルト・パラ配向性基は電子不足な求電子種と電気的に
親和性
があるため、オルト位へ求電子試剤が近づきやすいともいえ、予測が難しい。
他の置換基やベンゼン以外の芳香環でも、どの位置が相対的に電子密度が高まるかを予測することができれば、反応の行方を予想することが可能であり、選択的に目的物を得る合成ルートをデザインすることができる。
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