このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

山梨県/東京都道33号(上野原あきる野線)、都県境峠の改良

山梨県と東京都を繋ぐ当該都県道は、平成に入るまで都県境が不通区間であった。その改良や経路の変更を公報で漁った。


赤で示した道路が現道であるが、その旧道は青で示した、地図にも載ってる徒歩道だと思っていた。だから調べるなんてこともしなかったのだが・・・。

 

昭和40か50年代の東京都西多摩管内の管内図

山梨県内の経路が随分違う!小伏〜猪丸は今は山梨県道棡原藤野線(現522号)だが、重用してた?いやでも管内図に描かれてないって事はまだ認定前か。そして都県境から現道への経路(予定?)も描かれてるし。それに甲武トンネルの位置が実際よりちょっと東寄りな気がする。やっぱりあの甲武トンネルの脇から伸びる廃道は未成だったのか?

まぁいい、この意外な経路がどうなって今(2015/01/現在)に至るか、俄然気になったので資料を漁った。とはいっても山梨県は甲府まで行かんとあかんので、だいぶ時間が掛かった。その割に解明とはいかなかったのが残念。


●S34の大月土木?の管内図


上と同じ経路で描かれている。

 

●S46の管内図

経路が変わっている。途中までは現道と同じ経路となった。この時点で三二山川沿いから峠に至る道は県道であった事がないと判断して良いだろう。県境付近を見てみると、何か変わってる感じ。S34の方は県境付近で東に膨らんでいるように描かれている。単なる描き方の違いか、それとも実際に変わったのか・・・?そして、山梨県道棡原藤野線(現522号)が描かれているが、重用区間だったこともなさそうな感じ。

 

●S53の管内図


まぁコレは上のS46と同じだ。

ちなみに山梨県道棡原藤野線(現522号)はS43に供用を開始した。


その告示。

 

東京と都山梨の管内図では、県境の経路の描かれ方に違いがあるのでcheck。


東京都の管内図ではオレンジ線のような経路であるというが、それはちょっとうそっぽい(後で出てくる東京都公報の図による)。

 

そしてもう1つ、山梨県内での経路変更であるが、変更後の経路が山梨県の管内図が小縮尺な為にいまいち分かり辛い。

管内図通りに描くとおおよそBの線形になるが、いちいち下って谷を越えるのかと考えたら、どうも違う気がする。それよりは、あの甲武トンネルの脇に伸びる廃道(未成道)のルートのAが経路であったと考える方が妥当な気がする。Aは、東京都の管内図にあった線形にも近いし・・・。もちろんコレは推測でしかないので、ホンマはAでもBでもなく、その間とかかも知れんし。まぁ兎に角これ以上は確かめようが無い。

この管内図を元に山梨県報を県立図書館で漁ったが、出てこなかった。まぁ抜けも多かったので、その部分にあったのかも知れんが、無いもんはしゃーないんで、東京都側の改良について見ていく。

 

上野原五日市線(当時)が都道認定されても、しばらくは峠は不通のままであった。

●S36/09/22の告示

 
峠の入口、南秋川を渡る「南秋川橋」の架け替え。区域変更の告示しかなかったが、供用開始もこの頃だろう。

 

地図で示すとこう↓

だいたいこんな感じかな。もちろん道路幅員は今より狭いだろうがね。経路は同じだと思う。

 

●S43/11/19の告示

 
峠道の途中まで供用開始。

 

地図で示すとこう↓

何でか知らんが、峠の途中まで供用開始した。何か意味あんのかコレ。

 

 

●H02/04/25の告示

 
南秋川橋の拡幅?区域変更の告示だが、供用開始も同時である。

 

 

●H02/04/26の告示

 
栗坂トンネルと甲武トンネルの供用開始。旧道についての告示は無かったので、この日から2重経路。

 

地図と山梨県報

 
山梨県報の路線名は間違ってる。そして、県報に載ってる供用開始の延長からして、車線が1.5から2に変わってる辺りまでが供用開始の区域なんだろう。

道路改良で車が通れるようになったが、旧道処理が残った。

●H10/06/15の告示


トンネル開通から8年経ってようやく不通区間の指定解除となった。なお、山梨県側は告示が見つけられなかったので廃止時期不明。

 

詳細図↓

 
右からABCDの順。この図を見ると、都県境手前の線形がどうも管内図と違うような・・・あんなに都県境手前で曲がってないようだ。

 

 

都県道上野原あきる野線の山梨県側の当初の経路に驚いたトコから始まった、県境付近の改良の追跡は不完全ではあるが終了。

 

以上

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