このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 

夏の帰省

 

夏の休暇になり、大阪へ帰省する。5月の連休は、ただ飛行機で帰って新幹線で戻ってくるだけだったので 今度こそは旅の要素をとりこみたい。
旅といえば夜行(何か偏っている気がする)である。車船中泊無くして旅なし!(それじゃ、こないだの鹿児島行きは何だったんだ)。
それはともかく、せっかくの機会なので少し旅らしくしてみたい。試案が頭の中を駆け巡る。 「なは」「あかつき」「彗星」といった寝台特急、「ムーンライト山陽・九州」など18切符の使用も考えた。 航路にしても新門司〜阪神間は名門大洋、阪九フェリー共に新造船が投入されて間が無い。 迷っているうちに、しまいには新幹線でさっさと帰ってうだうだとした方が・・・という考えまで浮かんでしまう。
しかしながら、7月の初旬から迷いに迷った挙句に選んだのは、 関西汽船小倉〜松山&ダイヤモンドフェリー上り1便乗り継ぎというコースであった。 前々から、一度は昼間の瀬戸内海を船で通ってみたい、と思っていたので良い機会である。 寝台特急は冬の帰省にでも使えばよかろう。新門司航路のフェリーは、使う機会が巡ってくるかどうか微妙に なってしまったが。

8月9日

なんだかんだで夏休み初日の8月9日。 18切符を使って博多へ。そして筑豊地区の未乗線を一気に乗り潰すべく篠栗線12:01発の 「直方経由黒崎行き(筑前大分まで快速)」に昼食用の弁当を買って乗り込む。 到底弁当だけでは腹は満たされないだろうとは思いつつも、弁当をつつきながら桂川から 新飯塚へと進み、後藤寺線のキハ40に乗り換える。平坦なだけかと思われた後藤寺線は、 廃止線の分岐駅(漆生線か?)や小さな峠越え、石灰石工場の引込み線など幾つかの見所があり、 田川後藤寺まで充実していた。
次は日田彦山線で城野へ向かうが、何度も乗ったことがある線であり、つい先日も乗ったばかりなので ひたすら寝る。城野に着いたら激しく雨が降っていた。 たいした用も無く日豊本線の行橋行きに乗り換える。 以前、別府から日豊本線に乗った時、行橋で平成筑豊鉄道に乗り換えてしまったので、 城野〜行橋の間が乗らずじまいになっていただけなので、たいしたことは無い。
行橋では駅の外へも出ずに、折り返す。小倉で降りてコインロッカーにカバンを一つ放り込んで 身軽になったら、前回、砂津のバス乗り場で見てきになっている、「専用道経由」というバスに乗らねばなるまい。 バス専用道路というのは、かつての線路跡の再利用が多いのである。ましてやここは、かつて西鉄によって 大路面電車線網が築かれていた北九州である。専用道はおそらく北九州市内線の跡地利用に違いない。
という訳で、砂津から専用道経由戸畑渡場行きに乗った。バスは西小倉を過ぎていよいよ専用道路へ入る。 何の変哲もないかのように見える2車線道路、しかしフェンスで区切られたさま、ゆるやかなカーブ、 電停っぽい停留所は、まさに路面電車の専用軌道である。 しかも2車線の道路は旧西日本JRバス阪本線のように「駅」で行き違いをする必要も無く、 また運行本数が多いので、次々と対向バスとすれ違う様子は路面電車そのものである。 ついでに、荒れた路面のためなのか、いたるところに徐行区間があり、 並行道路を走る車にあっさりと抜き去られるところは、まさに路面電車ではないか。 圧巻は専用道の幸町寄り、道路の中央部分がわざわざフェンスで区切られて専用道と化している区間である。 おそらく市内線時代はバラスト敷きの専用軌道区間だったため、道路に吸収されなかったのだと思う。 しかし一部特権バス階級の専用道路となった現在は、変というか、異様というか、不思議な雰囲気をかもし出している。

10数分?専用道路を走ったバスは、フェンスの外へでると、幸町の交差点を右折して若戸大橋の方へ向かうが、 橋は渡らず、その袂にある市営渡船の乗り場に着く。ここから渡船(50円)で若松へ渡れるのである。 もちろん乗船するが、その前にバスと渡船の写真を撮ろう。

     カメラが無い。

小倉で他の荷物と共にロッカーに入れてしまったらしい。肝心な時に忘れ物だ。あ〜もったいない。
若松側へ渡ってしまうと、追い討ちをかけるかのように曳船に引かれて艀が港外へ出て行くところである。 艀に載っているのは、どう見ても鉄道車輌。それも新幹線、九州新幹線用の800系ではないか。 そういえば先日の新聞に、艀に載せられて関門海峡を通過する写真が掲載されていたが、 それがなんで今更、しかもカメラを持っていないこういう時に、図ったかのように湾内から現れるのだろう。 防波堤にはカメラを構えるその筋の一団が居る。こちらは黙って見送るだけである。 この一件が原因なのかは知らないが、その晩は小倉食堂でビールに手を出してしまった。

ラーメンで締めるころに、ほどよい時間になったので港へむかう。 小倉(浅野)21:55発、関西汽船小倉〜松山フェリーの今夜の配船は「フェリーくるしま」 であった。酔っ払って船に乗り込み、ロビーの「臨時席」を横目に普通の2等室に荷物を置く。 前回は見れなかった関門橋通過もバッチリ見た。あとは寝るだけだ。

8月10日

朝の4:30に目が覚めたので下船前の荷造り。携帯用のリュックサックに必要な荷物を詰めて 残りは港でロッカーに保管するのである。
連絡バスで座れるように先頭集団で下船し、荷物を預けてバスに乗る。松山途中下目的は 第1に道後温泉、第2に伊予鉄郊外線の横河原往復、その間の暇つぶしが坊ちゃん列車の撮影である。 この坊ちゃん列車、 街中の路面軌道の上を蒸機(風のディーゼル機関車)が客車を牽いて走る変な乗り物なのだが、 初めて実物を見たにもかかわらず特に変に思えないのはなぜだろう。

伊予鉄 松山市内線坊ちゃん列車

松山での予定行動が終われば、いよいよフェリーだ。松山から神戸へ9時間の船旅である。 荷物を置いた2等船室は、乗り込んで真っ先に部屋に入ったはずなのに、気がつけば中年〜初老の7人連れ:1人 になっていた。客の数は多くはないがそれぞれが思いのままに空間を占有している 状態では、いまさら部屋を移っても良い場所はとれそうにない。DQソ団体でないことを祈って覚悟を決めたが、 覚悟するほどのことではなかった。 問題は、Bデッキ立ち入り不可な上にCデッキも到るところに「臨時席」が設置されてしまい、 公室がほとんど無いことである。船室の居心地が悪い訳ではないが、簡単な椅子くらいが あればなぁ、と思わないでもない。

後方には関西汽船「フェリーくるしま」
松山観光港へ入港するフェリー「ブルーダイヤモンド」
高浜港(駅前)に発着するフェリー

松山観光港へ入港する石崎汽船のフェリー
来島海峡

13時過ぎに来島海峡を通過、今治入港、気がついたらゲーム機に*00円を巻き上げられていた。

時折、甲板に出たりしながらうだうだと無駄な時間を過ごす。

瀬戸内海の景色、しかしまぁ、独りで眺めて楽しい気分でもないような気もする。

17時頃、備讃瀬戸を通過、夕陽に照らされた瀬戸大橋を甲板で眺める。やがて宇高航路のフェリーが 航路を次々と横切る。レンズを向けてみたが50mmではいかんともしがたい。


瀬戸大橋
高松沖
オレンジフェリー

高松沖でオレンジフェリーと離合。そろそろ腹が減ってきた。

18時過ぎ加藤汽船のフェリーとすれ違う。腹が減って、写真を撮りに動く気力が湧かない。 だいたい、あの船の形は何だ。スリッパみたいな形しやがって

19時すぎになり、播磨灘。阪神〜新門司航路の1便と次々とすれちがっているんだと思う。はっきり見えないけど。

19時、食堂の営業再開。折角なので一食くらいは船内で調達しよう。カフェテリアレーンには色々と 並ぶ中には麦のジュースもあって思わず手が伸びかける。 ダメだ。ここで手を出すと酒なしで旅行できなくなるぞ。 実際、今でもかなり危ないのである(帰ってから飲んでしまったので無駄な努力であった)。

六甲アイランドには着いたら、下り便に乗る客が ターミナルにあふれていた。人の波を横目にすぐに連絡バスで住吉へ移動。大阪での乗り換えの便を 考えて、JRに乗る。乗車した快速米原行きは、新快速運用を引き摺り下ろされた?223の1000×12だった。 久々のアーバンネットワークを堪能、やっぱ環状線の103系はええなぁ。


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