このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 

夜行日帰り四国の旅

となりの芝生は明らかに青い。
さんふらわあ あいぼり

1月19日(日)、冬の18切符通用最終日の前日である。小浜線に乗りに行ってもまだ 1日分残った18切符を使用するために、これから四国は高知へでかけ、ただ鉄道で帰ってくる。

という訳で大阪南港フェリーターミナル。時刻は20時をまわり、乗船が始まった。 タラップから車両甲板を経由して船室への階段を登ると案内所の奥を左手に入った 所が今夜の宿、いわゆるひとつの「2等」大部屋である。カーペット敷きの区画が6つ、 壁際に積み上げられた箱枕、それぞれに散らばっている客、悲しいかな、この航路の 2等客は毛布さえ有料(1枚50円)なのだ。

とりあえずスペースを確保した後、甲板に出てみた。 この時間帯、大阪南港FTに残っているのは、 大阪高知特急フェリー「フェリーこうち」以外には、 21:00出港の関西汽船松山寄航の別府行「さんふらわあ あいぼり」だけである。 灯りに照らされてうかびあがる白い船体、太陽のマーク、向うの船は 2等だって、毛布とマットが用意されている。展望浴場だってあるし、レストランでは 暖かい食事だってとれるのだ。それにひきかえこっちの船、2等は前述の通りだし、 あとは案内所兼売店で弁当を売っているくらいだ。風呂?そういえばどこかに そんな設備があったかもしれないが、2等の客の目には触れないように設置されて いるのである。

なんだかんだと不平不満を心に秘めながらも本当は好きで乗っているので、 出港(21:20)してしまえばそれはそれ、決して楽しくないことはない。 その証拠に23時に部屋が消灯された後もなかなか寝付けず、 ようやく寝たのは2時をまわってからだった。

6:00には室内灯が点灯し船内放送も始まった。 外はまだ暗いが既に湾内に入っているらしく、窓外にいくつも灯りが見えた。
高知港への入港時は水路のような入り江航行する。 そのことは地図で確認したりして知ってはいた。 ただ、今回のようにまだ暗いうちに入港してしまうと、景色は期待できそうにない と考えていたのだが、眠気覚ましに甲板に出てみて驚いた。 まだ暗い水面を行きかう船の灯り、陸地の街灯と山々、湾内の小島、 そしてそれらを朧げに浮かび上がらせる月明かり、波にくだける丸い月。 月が本当に明るいのである。これほど明るいと、確かに月夜の夜襲なぞ 成功しないだろう。
なんとも幻想的な風景に、寒さも忘れて(もちろん着込んでいたが) しばらく見とれていると、接岸の時間が近づいて来た。この景色だけでも 今回、旅行にでたかいが十分にあったと言っても過言ではない。

船を下りたあとは桟橋5丁目から土電に乗ろうと考えていたのに、 真っ暗でどっちへ向けて歩けばいいのか皆目見当がつかなくなってしまい (電停は港からすぐだったのに)、 あえなくフェリー連絡の高知県交通バスのお世話になる。 そしてバスから眺めた路面電車はなんともいえず魅力的だった。 特にはりまや橋の平面交差がたまらない。

キハ32 土讃線繁藤駅にて

池田の町並みと2000系「南風 いしずち」 阿波池田〜佃間にて撮影

高知からはキハ32だった。国鉄型だからといって喜んでいられない「ロングシート」車輌である。 途中ですれ違った高知方面行は、キハ58だったり、後免なはり線からの乗り入れ車輌だったり、 見ているだけで目の毒な車輌が続く。おまけに阿波池田で乗り換えた琴平行では キハ54の登場である(四国のキハ54はロングシート)。情けなくなって手帳に思わず書きなぐった。

    「わーい、国鉄型だ♪」

 

金毘羅さんの展望台から

昨夜の睡眠不足からくる眠気が限界に達して坪尻を通過(残念)したころに意識が 無くなり、知らない間に琴平に着いていた。さぁ、観光だ。琴平といえば 金毘羅さんである。

門前でウドンを食って腹ごしらえの後、早速階段へ向かって突き進む。 ひたすら階段を登る。タッタカ タッタカ登る。ようやく着いた
←のあたりが本殿?らしい。

しかしこれで終りではない、人で賑わう展望台の脇からは、奥宮への階段が ひっそりと続くいている。幸い、紺色の袴の巫女さんを拝んで疲労は回復済みである。 ここまでくれば損得抜き、不純な動機無しの延長戦だ。
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これが長かった。
18回まで延々続く延長戦、さすがに下りはヒザが笑った。

コトデン

琴電を横目にJR琴平駅へ戻り、岡山行に乗る。ようやくクロスシート車にありつけた。 岡山なのに何故か大ヒネ表記(大阪の日根野電車区所属)の113系で 瀬戸大橋を渡り、

児島でマリンライナーに乗り換えて高松へ向かう

単に瀬戸大橋を渡ってみたかっただけなのだが、寄り道をした おかげでこの後エライ目にあってしまうのである。

岡山と香川の間に橋が架かって連絡船が廃止された とはいえ、今も高松と宇野の間には3社のフェリーが30〜45分間隔で終夜運行 している。わざわざ四国へ舞い戻ったのはこの航路に乗る為(そして宇野から 宇野線に乗る為)である。
現在、宇高間に就航しているのは宇高国道フェリー、 四国フェリー、本四フェリー(津国汽船)の3航路で、このうち前の2航路は390円なのに対して 本四フェリーは300円と少し安い。どの船に乗るか決めずに高松駅を出て フェリー乗り場へ行くと、ちょうど本四フェリーの船が入港していたので、 これに乗る。津国汽船は日通の代理店?らしく、 ファンネルの印もどことなく○通マークに似ているし、船名はズバリ「第十五日通丸」 である。それはいいのだが安いだけあって船は古いし船室もなんだかなぁ・・・ 何もない。出港直前、となりのバースに四国フェリーの船が入港してきた。 それを眺めているとつくづく

「ババ引いたなぁ」

と思う。というよりも、安い、古い、という話は聞いていたの だから「飛んで火に入るなんとやら」であろう。


夕もやの中に瀬戸大橋が見えた

あぁ堂々の輸送船?宇高国道フェリー(手前)と直島航路の船(後)

約1時間の航行中は船室にじっとしているだけでは もったいない。だからといって景色を眺める以外にすることも無いのだが、 気がつけば後方から1隻の船が追い上げてくるようである。さっき高松で見た四国フェリー の船ではないから宇高国道フェリーらしい。次第に差が詰ってきた。

はぁ。

先発だからと本四フェリーに乗ったのに、これでは本当に良いとこ無しではないか。 浮かれた気分が一気にしぼみかけたが抜かれる事は無く、 途中で直島〜宇野間のフェリーも加わって、第十五日通丸を先頭に3隻が縦隊で 宇野港へと向かう。なんだか船団を組んでいるみたいで、先頭の船に乗っているので 愉快ではある。 しかし予想以上に時間をとられ、宇野線に1本乗り遅れてしまった。 これで岡山→姫路が予定より1時間遅くなる。

宇野駅で待っていたのは、今度は阪和線色の113系クハ (もちろん大ヒネ)と間に挟まった網干区の モハユニット(湘南色)の4両編成だった。

・エライ目

別にどうということは無い。 年末以来JR西でお馴染みの「楽しい振り替え輸送♪」である。 相生で乗り換えた新快速は明石で歩みを止めてしまった。
「20:30分頃、六甲道駅構内で落雷が原因と思われる信号故障が発生し・・・」

小浜線の帰りも振り替えのお世話になっている上に 寄り道していなければ故障する前に大阪に着けたようなので少しへこむ。
それでも何とかして帰らずばなるまい。 へこみながらも18切符利用者にも配られた振替輸送票を手に、 直通特急に乗り換えて梅田へ向かった。


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