このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 

茨城空港と桜見物(1)

 

 茨城空港が開港して一ヶ月。土曜日にどこかに桜見物もかねて言ってみようということになました。

茨城空港とは、大体次のようなものです

 

ここは、もともと百里飛行場で、航空自衛隊の所属です。もともとは1937年に、百里が原海軍飛行場として発足し、戦後は開拓地になっていました。

1956年に航空自衛隊基地が計画され、66年、基地が設置されました。

空軍基地として、埼玉県入間基地もあるがこちらは戦闘機の配備が地元との協定でできない為、関東地方唯一の首都圏防衛基地とも言われています。(米軍基地は除いて)

 地元振興の為、地元も空港設置を要請。250億円の費用を使い(県は約1/3)民間共用空港として開設されました。

しかし、実際には、いろいろなことがあります。

新滑走路やターミナルビルは、自衛隊基地を間借りした形でもあり、工事に当たっては防衛庁も費用を出して、既存の滑走路の補強工事などもやっています。

単独でやれば、いろいろと批判もあったでしょうが、うまく隠れ蓑に使った感じです。

茨城県も少ない費用で空港を作ることができたと言っていますが、この辺は、陸の孤島とでも言うべきところで、鉾田から石岡に通っていた鹿島鉄道も数年前に廃線になったのです。

 まあ、有事の際に活用できる滑走路が増えたとでも言うことでしょうか??

海外の首脳などが来た時も。羽田や成田周辺の混雑が無いようここに着陸させて、ヘリで東京まで行けば、警護も簡単かもしれませんな。

 などと言っていたのですが、果たしてどんなものか出かけてみました。

 

日立南ICから常磐道、北関東、南関東と乗り継いで、空港北IC(実は今はここが終点)で下りるとすぐーーと言いたいのですが、一般道を10kmほど走ります。空港に行く自動車道は、インターであった1台と対向車が3台のみ。ほとんど交通がありませんでした。

空港への道(右奥が空港)

1300台ほど停められるという駐車場は無料で、今日はほとんどが車です。

2階建てのターミナルビルは、地方空港としてはこんなものでしょう。

 

茨城空港                            証拠写真

空港内は、見物に来た老人と孫の世代で一杯。皆、12時到着の韓国アシアナ航空機が目当てのようです。

1階の出発ターミナルも、帰りの13時の便に乗る人の手続きも、結構、人がいました。

  

一階のロビー                           ただ一便の定期便

2階は半分がみやげ物売り場で、この地方や茨城の名産などのほか、韓国の物産なども売っています。残りの半分は、道の駅風の食堂で、丁度昼時で客が満杯です。

 

みやげ物店                            食堂

 

 2階の送迎デッキに出てみます。ここも人で一杯です。

送迎デッキは、普通、柵が設けられていますが、ここは大きな風防の透明版です。外が良く見えて気が利いていると思ったのですが、実はそうではありません。

板の前に立つと、目線の右半分は見えますが、左半分は曇りガラスのようになって見えません。

 

風防板(左は見えない)                風防板の向こうは自衛隊基地

なぜでしょうか?それは、滑走路の向こう、左側にある基地の部分が見えないようにしてあるのです。雨の日にも同じようなのでしょうから、板の表面ではなく、中に細工があるのでしょう。

 まだ少し早いので、ビルに戻って中を見たりして時間をつぶし、12時少し前にまた出てみると、人で一杯です。

 

一杯の見物人                          やっと着陸

アシアナ航空機が進入、着陸すると拍手をいている人もいます。まさに何かのショーみたいです。タラップを付け乗客が降りてきました。

「77人だよ」と数えていたおばさんが隣の人に話していました。

国土交通省の当初予定が年間80.7万人、見直して69万人だそうですが、今、就航予定の便が100%の搭乗率としても25万人と言うのはうなずけます。

得をしたのは、自衛隊と天下り先を作ったお役人と言うところでしょうかーーー

 

女房は、鉾田名産と言うメロンカレーを買い、小生は証拠物件として饅頭を買ってきました。

1時過ぎに、空港を出て、桜見物です。

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