このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

  笠間周辺とつつじ祭り

 女房も出かけて、一人。朝から快晴です。どこかに行こうと思い立ち、北関東自動車道が開通したので、これを使って、笠間周辺に行ってみようと考えました。 友部ICの先の新しく出来た笠間西ICまで行き、ここから50号笠間に戻るルートです。

この途中には、常陸国出雲大社西念寺という二つのスポットがあります。そして笠間市内には、日本三大稲荷の一つとも言う笠間稲荷神社、最近、大きくなったつつじ公園のつつじ祭り日動美術館、県立陶芸美術館、笠間城址などがまとまってあります。帰り道の友部ICの近くには笠間歴史民俗資料館があります。

しかし、なんと言うことでしょうか、今日は月曜日、美術館や資料館は皆休み、更に行ってみると、笠間城址への道もつつじ祭りのため車では入れません

結局、市内では、笠間稲荷つつじ祭りを見て終わりになってしまいました。笠間は秋に昔から有名な菊人形がありますからその時にでもまた行くことにしましょう。

 北関東自動車道は殆ど直線で、快晴の新緑は素晴しく、笠間西ICを降り50号泉を少し水戸のほうに向かって進むと左手の丘の上に、常陸国出雲大社があります。

いかなる由来があって建てられたのか、良く分かりませんが、由来書にいわく、「神代に、大国主命は、少名彦命と常陸の国づくり励んだ。(このことは、磯前酒列神社などにも言われている)ここ福原の地は日が沈み休まる「日隅宮」といわれる、島根県出雲大社から大国主命の第二子建名方大神が鎮まる諏訪大社の直線上の日が生まれる常陸国へと神縁で結ばれている」と書かれています。 

 しかし、出雲大社から御分霊を受けて建てられたのが、平成4年ですから、なぜ??と言うことで良く分かりません。

 
     

 拝殿の大注連縄                              居られました大国主命

   

   大社つくりの本殿                                この方向が出雲?

 さて、ここから、更に笠間方面に進むと、右側にあるのが西念寺です。

こちらは、故事来歴が極めて明確です。親鸞聖人がこの地で20年という歳月を過ごした所です。Wikipediaに拠れば、次のように書かれています。(一部簡素化した)

 

鎌倉時代の初め、他の宗派の迫害で越後に流され、それを解かれた浄土真宗の開祖親鸞は、1214年に稲田の領主であった稲田九郎頼重の招きに応じてこの地に草庵を結んだ。

そして、623歳の時、弟子の善性に草庵を譲って京都へ旅立つまでの約20年間に渡り、この草庵を、広く関東から東北までの布教の拠点とした。その後善性の子孫たちは西念寺と共に稲田から信濃から越後に移転するが、稲田氏の子孫が稲田草庵跡に西念寺を再建する。今日でも浄土真宗立教開宗の聖地として、真宗門徒の崇敬を集めている。

   

浄土真宗別格本山西念寺山門                                  本堂

 裏山には、戦国末期、戦いに敗れた武将が自害しようとしたのをここの僧侶が和議を結んで救われたことに感謝して建立したという太子堂があります。

更に奥には、浄土宗が、その後も京都で迫害を受け、親鸞の墓が暴かれそうになったりした為、分骨して、ここに御頂骨堂が造られました。現在の御頂骨堂は、新しいもので、寄進者を見ると全国に跨っており、浄土真宗の広い信仰がわかります。

   

   感謝で造られた太子堂                               御頂骨堂

寺は、殆どの部分が、再建されているが見返りの橋など周辺の風情には、昔の面影が感じられました。この地方、稲田は御影石の産地としても有名です。

   

    聖人見かえりの橋                             寺を振り返る

ここから、数km進むと笠間の町です。

     鳥居をくぐって笠間の町へ

ここは、笠間稲荷、菊人形、陶芸などが有名です。一時、笠間の芸者と言うのも有名で今でも旅館などにその時代の面影が感じられます。

   

昔をしのばせる旅館                       参道前の通り

ここは鎌倉初期から笠間氏が支配していました。上杉と組んで南下してくる佐竹と対抗する為、三国時代は小田原の北条についていましたが、秀吉の北条攻めのとき、北条に加担し、滅亡しました。その後、城主は何回も変わり、赤穂浪士で有名な浅野氏もここの藩主であった時代があります。

浅野時代の国家老大石邸跡

 最後の藩主牧野氏の時代に、笠間焼きの焼き物の基礎ができたといわれ、今では焼き物でも有名で、多くの工房などがあります。茨城県立陶芸美術館もあるのですが、月曜日はお休み。

古い城下町で道が狭く、稲荷神社周辺の街中の駐車場は皆、個人経営で金を取ります。今回は、まずはつつじ公園に行き、公営の駐車場に車を駐車しました。

ここには、交通整理の人がいて、市内の人でないとそこから先まで行かせてくれません。(高遠でも同じようなことがありましたーー)

 従って、笠間城址までは行くことができず、途中は山道もありそうで、行くのを諦めました。

駐車場を出て、少し坂を上ると、坂東23番札所左白山観世音寺です。こじんまりとしたお寺です。

 

 左白山観世音寺

更に登るとゲートがあり観覧料500円也を取られます。

梅も桜もつつじも、これが相場なのでしょう。ここからまた坂道ですが、つつじはほぼ満開に近くなっています。人出も週日にしてはそこそこです。

   

 上り坂のつつじ                         山頂から笠間の町を

   

 山頂から水戸方面                        山頂から南を

 ここのつつじ山は、初めはすくなかったらしいのですが、年々広げているようです。

つつじの向こうの杉の木がいささか気に入りません。遠くまでもう少し見晴らせるような工夫が欲しい所です。

   

こんなものもある。座頭一の出身地                           色々なつつじ

山を下って、駐車場の横から、笠間稲荷神社まで、歩きましたが狭い町ですからたいした距離ではありません。稲荷神社の門前の土産物屋も店を閉じて居る所が何箇所かありました。

この不景気ですから、もっとお参り客が多くてもよいと思いましたが、連休直前の月曜ではこんなものでしょう。ここは、お稲荷さんと言っても狐や紅い鳥居がないですね。

   

   参道入り口の鳥居                          三問前の土産物屋

   

    山門                                 拝殿

  

    拝殿裏の本殿                          やっと会えたお狐様

連休中の1000円の効果に期待しましょう。ちなみに、日立南ICから笠間西ICまでは、普段の割引料金で1000円です。

門前の店でくるみ入りのお稲荷さんと海苔巻きを買って昼飯とし、帰ってきました。

9時に出て、往復約120km、帰り着いたら、まだ2時前です。月曜日は、公営の所があちこち休みで、出歩くのには支障がありますね。

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