このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 

 
夏の佐倉城址公園

 佐倉の城跡は、戦前は陸軍の連隊が置かれていました。戦後は城址公園、国立歴史民族博物館などとなっています。高台に位置し、江戸時代には印旛沼が目の前に広がっていました。
印旛沼は運河として栄えたと言いますが、同時に利根川の遊水地でもあったようです。堀田家は幕府の老中などを勤める家柄で、印旛沼の干拓など、全体のことを考えるとやることができなかったとも言われます。

 

城址公園です。休日には、大勢の人で賑わいます。春はさくらです

城址公園内の国立歴史民族博物館です。

原始から近代までの日本の歴史と文化を知ることができます。手前は水のない空堀です。当時はもっと深く、急斜面だったそうです。

 

博物館の正面付近です。左のアーチが入口です。

城址公園の中の負の遺産です。

佐倉連隊では、20キロの荷を背負った軍人がこの石段を駆けあがったり、飛び降りたりの訓練を強いられていたそうです。


城址公園に立つ、堀田正睦(まさよし)とハリスの像です。


正睦は天保の改革(1833)を宣言し、開国のために奔走し、ハリスと交渉した人物です。改革宣言の日、11月16日は「佐倉市教育の日」と制定されています。

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