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「夢の超特急」ならぬ
夢の八八艦隊

第1章 戦艦・巡洋戦艦

●建造予定

No.名称艦名予算年度製造訓令建造所起工進水竣工備考
1第7号戦艦長門T5年度T5.5.12
改T5.10.28
呉工廠T6.8.28T8.11.9T8年度
T9.11.25
2第8号戦艦陸奥T6年度T6.7.31横須賀工廠T7.6.1T9.5.31T9年度
T10.11.22
3第9号戦艦加賀T6年度神戸川崎T9.7.19T10.11.17T10年度
(T11.12.25)
T11.2.5工事中止
横須賀にて空母に改造
S3.3.31竣工
4第10号戦艦土佐T6年度三菱長崎T9.2.16T10.12.18T12年度
(T12.3.E)
T11.2.5工事中止
T13.4.14建造取り止め
実験に供したのち
廃棄処分(T14.2.9沈没)
5第4号巡洋戦艦金剛代艦
天城
T6年度T8.11.17横須賀工廠T9.12.6-T10年度
(T12.11.M)
空母に改造予定のところ
震災により大破
T13.7.15解体処分
6第5号巡洋戦艦比叡代艦
赤城
T6年度T8.11.17呉工廠T9.12.6T14.4.22T12年度
(T12.12.E)
空母に改造
S2.3.25竣工
7第6号巡洋戦艦愛宕T7年度神戸川崎T10.11.22-(T13.12.E)T13.4.14建造取り止め
廃棄処分
8第7号巡洋戦艦高雄T7年度三菱長崎T10.12.19-(T13.12.E)T13.4.14建造取り止め
廃棄処分
9第11号戦艦紀伊T10年度T10.10.12呉工廠---T13.4.14建造取り止め
10第12号戦艦尾張T10年度T10.10.12横須賀工廠---T13.4.14建造取り止め
11第13号戦艦-T10年度未済----T12.11.19建造取り止め
12第14号戦艦-T10年度未済----T12.11.19建造取り止め
13第8号巡洋戦艦-T10年度未済----T12.11.19建造取り止め
14第9号巡洋戦艦-T10年度未済----T12.11.19建造取り止め
15第10号巡洋戦艦-T10年度未済----T12.11.19建造取り止め
16第11号巡洋戦艦-T10年度未済----T12.11.19建造取り止め

典拠: 戦史叢書 海軍軍戦備1 S44
注: 竣工の上段は予定、下段は実際(未成)を示す

<解説>
八八艦隊の建造や維持に当時のわが国の国力が耐え得たか、いささか気がかりではありますが、帝国議会の協賛も得て予算も通ったようですし、その辺はあまり心配しないことに致しましょう。建艦はある意味公共投資であり、雇用の促進も図れるのと、艦艇は重工業製品の集約でもあるため、産業全体の牽引役も期待できます。ことさら税負担のようなマイナス面のみを取り立てて論じるのは、いかがなものかと思われます。
なお、第1〜6号戦艦は「香取」「鹿島」「扶桑」「山城」「伊勢」「日向」、第1〜3号巡洋戦艦は「伊吹」「榛名」「霧島」がそれぞれ該当します。


●45,000トン高速戦艦の計画案(T5.9具申)

Items常備
排水量
T
速力
kt
出力
shp
垂間長ft×
水線幅ft
缶室区画数
Mix/Oil
主砲
口径×
門数
バー
ベット
in
水線
装甲
in
甲板
防御
in
水中
縦隔壁
in
40,85035205,000880×96O×541cm×812933
40,43034-1/2186,000同上M×1+O×4同上11同上同上同上
44,50035215,000915×97O×5同上1212同上同上
43,95034-1/2195,000同上M×1+O×4同上同上同上同上同上

典拠: 平賀譲遺稿集 S60、平賀譲デジタルアーカイブ

<解説>
Ⅰ・Ⅱ案は巡洋戦艦、Ⅲ・Ⅳ案は高速戦艦としての試案で、巡洋戦艦の排水量、換言すれば建造費を約1割増やすことで、攻防両面に優れた主力艦が得られるという主旨の平賀提案でした。T5.9と言えばジャットランド海戦の3ヶ月後で、砲戦距離の増大に伴う砲弾の落角増大と、それに対応する水平防御の強化が叫ばれ、長門型の改正計画を終えた1ヶ月後に当ります。注目すべきは、Ⅰ・Ⅲ案で主力艦の全缶を重油専焼とするアイディアが初めて提示されたことでしょう。後述の第13号艦の実に5年前のことでした。
なお、背景としては同年2〜3月に英海軍が巡洋戦艦アドミラル級(1番艦フッド)を計画し、38.1cm×8門で144,000shp、32ノットを狙ったため、それより2.5〜3ノット優速とするにはどれほどの規模の艦となるか検証する目的が有ったと考えられます。大出力のため、推進軸は6軸という破天荒なものでした。高低圧オール・ギヤード・タービン6基の主機配置図も、平賀譲デジタルアーカイブで公開されています。


●「陸奥変体」と戦艦加賀型の計画案(T6.6/T7.3)

Items常備
排水量
T
速力
kt
出力
shp
垂間長ft×
水線幅ft
缶室区画数
Mix/Oil
主砲
口径×
門数
バー
ベット
in
水線
装甲
in
甲板
防御
in
水中
縦隔壁
in
A112
長門型
33,80026-1/280,000660-1/2×95M×1+O×341cm×8121233
A11534,70030113,000735×97同上同上9(傾斜)同上同上
A11636,700同上120,000同上同上同上(煙路防御強化)
A11737,10032145,000780×97同上同上
A11839,400同上150,000800×97同上同上(煙路防御強化)
A11938,40030120,000790×9741cm×10同上
A12040,400同上124,000800×97同上同上(煙路防御強化)
A12140,60032150,000830×97同上同上
A12243,500同上157,000875×97同上同上(煙路防御強化)
A12336,6002790,000700×97同上同上(煙路防御強化)
A12437,200同上91,000700×100同上121233
A124'38,800同上94,000730×100同上同上(煙路防御強化)
A125
陸奥変体
33,80026-1/280,000660-1/2×102M×1+O×3同上1212(傾斜)33
A12639,300同上88,000700×100同上同上同上10(傾斜)2-3/4同上
A127
加賀型
39,900同上91,000715×100同上同上同上11(傾斜)4同上

典拠: 平賀譲遺稿集 S60、平賀譲デジタルアーカイブ
注: 長門型は混焼缶×6基+専焼缶×15基、天城型は混焼缶×4基+専焼缶×8基

<解説>
前出の45,000トン高速戦艦案に興味を示した加藤海軍大臣の指示により、平賀は30ノット台の軽防御高速戦艦を考究し、多数の試案を提示しました。A123案以降は常識的な速力27ノットで計画されましたが、この流れの中で平賀は主缶に大力量の細管式重油専焼缶を採用し、缶室区画の短縮によって「長門」と同一排水量で連装砲塔1基を増載する案を立てました。「陸奥変体」と通称されるものです。後部3砲塔は機械室後方に互いに近接したピラミッド配置で、3番砲塔は前向きと、ちょうど妙高型巡洋艦の前後を逆にしたような砲塔の全体配置です。船体線図が「長門」と異なるのをはじめ、変更が多岐にわたることから、実際の「陸奥」は工期を優先し、「長門」の同型艦として建造されましたが、このときの設計ノウハウは次の加賀型に活かされています。


●巡洋戦艦天城型の計画案(T8.1具申)

Items常備
排水量
T
速力
kt
出力
shp
水線長ft×
水線幅ft
缶室区画数
Mix/Oil
主砲
口径×
門数
バー
ベット
in
水線
装甲
in
甲板
防御
in
水中
縦隔壁
in
B5832,60030107,000725pp×9741cm×89732-3/4
B5934,200同上112,000735pp×97同上同上(煙路防御強化)
B6034,90032140,000770pp×97同上9732-3/4
B6136,600同上143,000780pp×97同上同上(煙路防御強化)
B6239,90032156,000825×100M×2+O×4同上1193-3/42-7/8
B62A40,00035-1/4210,000925×97M×2+O×6同上982-3/42-3/4
B62B同上同上同上同上36cm×81093-1/2同上
B62C44,000同上230,000935×99同上11同上3-3/42-7/8
B62D46,000同上235,000945×100M×2+O×741cm×8同上同上同上同上
B62E35,000同上195,000890×95同上761-1/21-1/2
B62F同上同上同上同上36cm×8871-3/41-3/4
B62G43,50035220,000940×98M×2+O×641cm×81194
B62'41,00032156,000840×?同上
B63同上29133,000780×?41cm×10
B63'同上同上120,000810×?同上B63案よりヴァイタル・パート20ft短縮
B63''同上同上133,000780×?同上同上
B63a同上同上122,000800×100M×2+O×3同上同上103-3/4
B64
天城型
同上30131,000810×100M×2+O×4同上同上同上同上2-7/8

典拠: 平賀譲遺稿集 S60、平賀譲デジタルアーカイブ
注: B58〜B61案は垂線間長 (pp)、B62案は混焼缶×8基 (25,000shp)+専焼缶×12基 (131,000shp)、天城型は混焼缶×8基 (25,000shp)+専焼缶×11基 (106,000shp)、水線装甲はすべて傾斜装甲

<解説>
B58〜B61案は、前出の軽防御高速戦艦と同時期に考究されたものですが、1916年に米海軍の巡洋戦艦レキシントン級 (CC1-6) が35,000トン、14in砲×10門、35ノットで計画されたため、軍令部(用兵側)よりこれと同等以上の火力と速力、加賀型に準じた防御力、排水量40,000トン以下の要求が提示されました。B62A〜B62G案はその回答となるものですが、機関部(オール・ギヤード・タービン6基6軸と推定)に容積と重量を取られ、艦型が長大となり(レキシントン級は水線長850ft)、実現性に疑問が持たれたため、最大速力を30ノットで甘んじる代わり、火力と防御力でレキシントン級(水線装甲傾斜5in)を圧倒することが主眼とされました。天城型4隻(天城・赤城・愛宕・高雄)の甲鉄は、国内での製作困難(製造能力不足の意と推定)のため、英ヴィッカーズ社に、また天城・赤城の減速歯車装置各半隻(各2軸)分は、製造費節減(各艦49万円)のため、米ウェスティングハウス社に発注されています。
なお、レキシントン級は1919年に43,500トン、33-1/4ノット、16in砲×8門、水線装甲傾斜7inに計画改正されましたが、火力と防御力では依然として天城型(41cm砲×10門、水線装甲傾斜10in)が上回っていました。
一部識者は、「平賀が出来もしない計画を沢山作っていた」と批評しますが、これは用兵側の要求をそのまま呑むと艦型過大となることを悟らせ、落としどころに誘導するための、捨て駒のようなものと考えるのがベターでしょう。


●掉尾6艦の計画案(T8.10具申)

Items常備
排水量
T
速力
kt
出力
shp
水線長
ft
砲塔主砲
口径×
門数
バー
ベット
in
水線
装甲
in
甲板
防御
in
水中
縦隔壁
in
B64
天城型
41,00030131,200820連装×541cm×1011103-3/42-7/8
B65
紀伊型
42,60029-3/4同上同上同上同上1211-1/23-7/8同上
A47,60030152,000860同上同上13124-1/23-1/2
D52,700同上160,000890連装×641cm×12同上
C50,000同上156,000880連装×3+
3連装×2
同上同上
F48,400同上154,000880連装×2+
4連装×2
同上同上
B48,200同上153,0008703連装×4同上同上
E46,600同上150,0008604連装×3同上同上
G52,800同上162,000890連装×3+
4連装×2
41cm×14同上
H50,600同上158,000885連装×1+
4連装×3
同上同上
I54,000同上165,0009004連装×441cm×16同上
J50,000同上同上同上121143
K49,000同上連装×446cm×813124-1/23-1/2
L56,500同上連装×546cm×10同上
M57,200同上3連装×446cm×12同上

典拠: 平賀譲遺稿集 S60
注: 41cm砲はすべて45口径、46cm砲はすべて50口径、水線装甲はすべて傾斜装甲

<解説>
紀伊型2隻は天城型の装甲を強化したマイナーチェンジ版で起工されましたが、いよいよ八八艦隊の掉尾6艦を計画するに当り、既存艦をしのぐ連装・3連装・4連装砲塔による41cm砲×10〜16門艦(A〜J案)と、比較のための46cm砲×8〜12門艦(K〜M案)の概略案が作成され、T8.10に具申されました。
その頃、軍令部も独自に次期主力艦の主兵装を模索しており、翌9年初頭より軍令部主催で、安保清種軍令部参謀を座長とし、造船・造兵など関係各部門の実務責任者による「主砲研究会」が数回開催されました。
席上、軍令部は米戦艦サウスダコタ級 (BB49-54) を凌駕する50口径46cm砲×連装10門艦(表中L案に相当)を切望しつつも、艦型過大となるため、次善の策としてそれに匹敵する50口径41cm砲×3連装12門艦(表中B案に相当)を強く希求しました。これに対し、造船部門代表として参加した平賀は46cm砲×8門艦(表中K案に相当)が最善と主張したようで、技本部員の井口大佐も投射量で46cm砲×8門艦が41cm砲×12門艦に勝るとしてこれに同調し、回を重ねるも両者互いに譲らず、平行線の状況となりました。
ちなみに、「46cm砲×8門ヲ適当トス」の論拠は、
 1. 主砲口径でステップアップした金剛・長門両型がともに8門艦
 2. 46cm砲のほうが遠戦で有利
 3. 想定敵国が46cm砲採用の情報
 4. 46cm砲×8門艦を造れば次に46cm砲×10門艦に進むのが容易(金剛型→扶桑・伊勢両型、長門型→加賀・天城・紀伊各型の先例より)
 5. 46cm砲のほうが長く第一線に留まれる(陳腐化しにくい)
なお、天城型・紀伊型のような「依然トシテ四十五口径(文脈より41cm)砲十門艦ヲ以テ満足セントスルカ如キハ帝国海軍ノ為採ラサル所ナリ」と断定され、次期主力艦候補より排除されています。
一部識者は、「天城型12隻量産説」を主張しますが、国内で一度に4隻しか船台上で建造できず、起工から進水までに約2年を要する主力艦と、一度に数隻を横に並べて短期間で建造できる駆逐艦や潜水艦を同一視した空論で、しかもその間の技術進歩と想定敵国の建造動向に目をつぶるような蛸壺計画であれば、当然排除されてしかるべきでしょう。

<付記>
T13.12.18に平賀が摂政宮裕仁親王(のちの昭和天皇)に進講した「列強軍艦設計の大勢に就て」の説明用掛軸に描かれた「51,000トン戦艦」の輪郭は、前部に1番・2番砲塔を背負式に、後檣直後に3番砲塔、やや離れて艦尾寄りに4番砲塔を配した4砲塔艦を示しています。各砲塔に物差を当ててみると、1番砲塔のみ一回り小さいことが判りますので、表中G案・H案のような1番砲塔連装、2番〜4番砲塔4連装の混載で、排水量が近いH案をイメージしたものと思われます。


●第8号型巡洋戦艦(第13号艦)の計画案(T10頃)

Items常備
排水量
T
速力
kt
出力
shp
燃料水線長ft×
水線幅ft
喫水
ft
CbGM
ft
主砲
口径×
門数
水線
装甲
in
甲板
防御
in
K49,00030炭油46cm×8134-1/2
平賀自筆  (アーカイブ)47,500同上144,000〜
171,000
(840〜860) ×10831-1/2同上
大和資料同上同上152,000〜
156,000
850×10631-3/40.5815.23同上同上
文献A同上同上150,000重油約850×10132同上同上
文献B同上同上同上同上850×10631-3/4同上同上5

文献A: 造艦技術の全貌 S27.7
文献B: 海軍造船技術概要 S29.10 甲板防御厚は約5in
注: 主砲口径はK案のみ50口径、他はすべて45口径、水線装甲はすべて傾斜装甲

<解説>
T9初頭から7月まで数回にわたる「主砲研究会」も意見の一本化に至らず、同年10月1日に島村速雄軍令部長は更迭され、技本も艦本に組織換えされました。以後、翌10年11月の華府軍縮会議開催までの丸1年間にわたり、46cm砲の試作が発令された公式文書は発見されていませんが、平賀は表中K案をベースとし、口径を45口径とし(決断の時期はT9.9頃)、艦型を若干縮小した47,500トン、46cm砲×8門艦の基本計画を進めるかたわら、造兵など関係部門への根回しに精力的に動いたであろうことが、彼の信条と性格から容易に想像できます。島村軍令部長の後任は、金剛・扶桑両型の艦型を決定する諮問会議(M43.4.13)において、大勢の12in砲支持に対して用兵側でただ一人14in砲を支持した山下源太郎大将であったことも、平賀が意を強くした一因と考えられます。
表中「平賀自筆」は、本文中に大正10年2月11〜13日の日付が、また表紙に「47,500T 30knots」の記載と「平賀」のサインがあることより、この時期に彼が基本計画を進めていたことは確実です。出力は144,000〜171,000shpと幅がありますが、4軸とすると1軸当たり36,000〜42,750shp、6軸とすると1軸当たり24,000〜28,500shpとなり、4軸と6軸の間で揺れ動いたことが推察できます。
表中「大和資料」は、大正9年10月、大和型戦艦の基本計画スタートに際し、当初の座長・江崎岩吉(藤本派として知られる)が「第13号艦=第8号型巡洋戦艦の最終計画案」として紹介したもののメモ書きで、平賀の自筆ではなさそうですが、出力が通常語られるところのジャスト15万shpでなく152,000〜156,000shpであることや、浮力中心(前後方向・高さ方向)と重心高がコンマ2桁ftまで算出されていることより、前出の「掉尾6艦の計画案」にあるような概略計画よりも格段にリアリティを感じさせるものとなっています。なお、同級の「ロ号艦本重油専焼缶14基」のソースは不明ですが、紀伊型までのような混焼缶8基2区画を専焼缶3基1区画に改め、缶室全区画を6から5に短縮したとすれば、排水量節減分1,500トンの大部分をまかなえるものと考えられます。
戦後に福井静夫が創作した第13号艦の外観想像図は、後部2砲塔が背負式となっていますが、缶室区画の短縮により煙突は大型1本で可としても、15万shp超の4軸分の主機を最大幅106ft (32.3m) の船体内に横1列に並べるのは困難と思われます。
最近、光人社より発行された奥本剛著「図解 八八艦隊の主力艦」P118-119には、後部2砲塔が背負式でなく、金剛型のような分離配置とした完成予想図が掲載されています。前出の「掉尾6艦の計画案」付図にある4砲塔案も、後部2砲塔が背負式でなく分離配置となっていることより、妥当性が高いと考えられ、その場合の艦内配置は、天城型に見られるような全缶室−翼軸機械室−3番砲塔弾薬庫−内軸機械室−4番砲塔弾薬庫の機械室分離配置とされた可能性が大です。

<付記>
一部識者は、「第8号型用の150,000shpの機関は当時の日本では実現困難」と主張していますが、前記の天城型のように推進軸1本に対して高低圧タービン2基をピニオン(児歯車)4個で接続したツイン(双子)タービンとすれば、1軸当たり37,500shpでもタービン1基当たりではその半分の18,750shpで、長門型の1基当たり2万shpよりも内輪となりますので、当時の日本でも実現になんら困難を生じません。
※この件に関しては、「世界の艦船」第753集 (2012年1月号) 所載の拙稿「ド級戦艦のメカニズム 機関」を参照願います。


●Contingency Plan

万一不幸にして46cm砲の目途が立たなかった場合ですが、45cal. 41cm×連装5基10門艦への後戻りはあり得ず、軍令部の要求どおり50cal. 41cm×3連装4基を搭載するしかありません。その可否について見てみましょう。

Items砲身重量
T
砲塔旋回部
重量
T
砲塔全重量
T
バーベット
内径

ft
ローラーパス
ピッチ円径

ft
45cal. 41cm×3連装1021,110*1,2373733
50cal. 41cm×3連装116.591,170**1,29938-1/234-1/2
45cal. 46cm×連装(147)(1,154)(1,256)(35)(31)
50cal. 46cm×連装1701,2001,30236-1/232-1/2

典拠: 平賀譲デジタルアーカイブ (砲塔砲架重量表 T9.7)
注: 「三連装砲塔計画図」では*1,127T、**1,165T、( )内は所長の推算

以上より、45cal. 46cm×連装砲塔と50cal. 41cm×3連装砲塔とは、重量がほぼ同等であり、支筒部寸法を3連装砲塔対応、弾庫の高さと揚弾機構を46cm砲弾対応とするなど、あらかじめ設計配慮しておけば、船体(プラットフォーム)は同一基本設計で両方に対応でき、いわゆる「リャンメン待ち」の妙手となります。ちなみに、主力艦のGM値は4〜6ftが適当とされ、第8号型巡洋戦艦の5.23ftはまさに理想的なプラットフォームと言えます。
こうして、夢の八八艦隊はまた一歩実現に近づく・・・はずでした(泣)

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