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酔古ざつがく

ヤーンナー 沖縄の屋号

ヤーンナーとは沖縄の家名や屋号のことでその家の方位や家の位置、地勢、戸主の職業、本家か分家かや兄弟の中で何番目かなどのさまざまな事柄に因んでつけられている。また身体的特徴や出身地からも付けられることがある。
私が住んでいた那覇などの都市部では屋号(ヤーンナ)を聞く事は無かったが農村や離島などの血縁や地縁が濃いところでは今でも使っているようである。私が始めて耳にしたのは北大東島に行った時であった。キビ刈りでお世話になった名嘉重太郎さんの家の屋号は重太郎屋であった。又、近くに住む名嘉さんの何番目かの子供の家の屋号はカジヤーであった。ジュウタロウヤーは名前からきたものでカジヤーはその職業からきているものだとすぐ理解できた。息子さんの奥さんは食料品や日用品などのお店をやっていたがその店の名もまたカジヤーで通っていた。私が最初に聞いたのはその店の屋号としての「カジヤー」であったので店の屋号としては随分変なものだと思っていた。息子さんは農機具などの修理をする鍛冶屋であったが私が行ったその当時は製糖工場に勤めていた。
その次に屋号にお目にかかったのは離島の伊是名島であった。かみさんの実家なのであるが「シルシヤ」とその実家は呼ばれていた。何でも自分の物に「しるし」を付けたのが由来らしい。他の屋号と比べるとあだ名に近いような屋号であった。
下記の表に私が知り得た沖縄の「ヤーンナー(屋号)」を紹介しておきます。
読谷村の資料は「ティーウフシーヤー」の松田さんの協力により紹介するものです。この場をかりて感謝致します。
北大東島読谷村
重太郎屋(ジュウタローヤ) 鍛冶屋(カジヤー)具屋(グヤ)具屋新屋(グヤミーヤー)
蔵角(クラカル)蔵端(クラハタ)山保(ヤマフ)
上金細工(イーカンジェーク)
牛百次小(ウンムンナングワー)
鍋名甲(ナービナク)上登殿内(イーヌンドゥチ)
比屋久(サーク)
上門(イージョー)上門小(イージョーグワー)
徳門(トゥクジョー)
西門(イリジョー)後上門(クシイージョー)
吉上門(ユシイージョー) 仲門(ナカジョー)
東門(アガリジョー) 川ヌ上(カーヌイー)
前宇座(メーウザ)松元小(マチムトゥグワー)
伊口(イーグチ)恩納小(オンナグワー)
大喜名(ウフチナー) 大屋(ウフヤ)兼松(カラマチ)
四男又吉(ユナンマテーシ)
蒲又吉(カマーマテーシ)
玉那覇(タンヌファ)伊礼(イリー)金城(カナグシク)
後宮城(クシナーグシク)前山内(メーヤマチ)
上原(イーバレ) 上里(イーザトゥ)渡名喜(トゥナキ)
東池原(アガリイチバル) 高江洲(タケーシ)
前安里(メーアサト) 末吉(シーシ)
伊是名島
ハナシチヤー 前仲(メーナカ)
仲田ヘーク(ナハダンヘーク)西仲田(イリナハダ)
南タハダ(ペーンタハダ)
西親雲上(ニシペーチン)東親雲上(アガリペーチン)
力屋(チカラヤー)村長(スンチョー)
トタン屋(トゥータンヤー)三角屋(サンカクヤー)
印屋(シルシヤー)玉城屋(タマグスクヤー)
沖縄市美里
前ン田 前新屋 平川小 仲前門 前佐阿久 大仲宗根 ナカシ 上門 徳登川 
嘉手納町
フランス 中(ナーカ) 東  ナンヨーゲーイ
ヤンバルヤー、イチマンー、那覇ヤー、グシチャー、久米島
平安座
ウスバヤー ウスバングヮー
壺屋読谷村字楚辺
東(アガリ)クミヤー(久米屋)クミヤーグァー(久米屋小)イーヌシチャ(上の下)加那具屋 上後知花、後具屋、蒲松田、仲知花
次良上地下庫 仲前宇座
加那宮城 西上門 ワブスー新屋、蒲喜名口新屋
イーフングヮー 蒲比嘉 次良喜名
その他読谷村字波平
前(メーヌ)、井戸の西側(カーヌイリ)
親雲上(ペーチン)、大工(セーク)
ジナミヤ タカジョーグヮー ミーナーグスク ミヤ
安里屋(アサトヤー) ひばり マリヤ 徳屋 石垣
ハンジェーク屋 ゼンジロー屋 ハワイ屋 カンゼーク屋
カンゼヤー 牛知花(ウサーチバナ) 西銘屋(にしめや)
辺土名小  東新屋安 新西下小  東リ波平小
新喜納小五男  新垣小  大田良二男  牛仲ノ前
清徳屋  アカサチ 新名嘉  ベーカリー

蔵根新屋 西恩納新屋 タツチョンナー 前蔵根新屋 ウサ蔵根 上地小
ウサ恩納新屋 前蔵根
その他 2
ナガシユウヤー ウンニー イリぐゎあ ヒジョー
喜名(チナー) 荷番屋 元門(ムトジョウ) 
新屋(みーや) 上江城小 (イーグスクングァー)
ニーバン メーフイヤー イセブ ミーカージョー
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