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* * (2006/07/30)道東を1日周遊 * *
公開したのは2007年12月になってしまったが、作成したのは2006年夏。作成していたファイル自体がずっとマイドキュメントの片隅に忘れ去られていた・・・という顛末。だいぶ遅れてしまったが多少の手直しを行い、当時の雰囲気のまま公開することとした。 |
また「青春18きっぷ」の時期がやってきた。本拠を釧路に移してから18きっぷの時期が楽しみである。事前に根室本線浜中駅の窓口で発売されている赤い軟券のものを購入した。11,500円也。1日(1回)あたり2,300円也。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ◎◎4726D・釧路発網走行(普通)◎◎ 今夏、18きっぷの記念すべき?1回目は釧路→網走→北見→池田→釧路の名づけて「道東反時計回りの旅」を決行した。時は7月30日(日)6:03の東釧路駅から始まる。釧路駅発の一番列車、根室行き快速「はなさき」を見送り、そのあとすぐに網走行き普通列車が入線する。キハ54−523が今日初めて乗る汽車となった。 車内は席がほとんど埋まるほどの乗車率である。この列車は何度か乗ったことがあるが、早朝の列車ながら乗車率はいつも高い。それに加え、この時期は観光客も加わる。 塘路で4721D(摩周→釧路)、標茶で4723D(川湯温泉→釧路)と交換する。釧路支庁管内最後の駅である川湯温泉ではこの地区で泊まった観光客らしい女性が一人乗車しただけで出発。山を越えると気候の違いがはっきりとわかる。網走支庁管内の緑に着く頃には汽車の窓を開けても暖かい風がはいってくる。線路沿いの畑ではじゃがいもの花が咲いており、春小麦はまもなく収穫の時期となっている。 知床斜里では結構な数の乗降がある。知床半島が世界遺産に登録されたということで、駅の乗降客も増えているのではないだろうか。ホームにも「世界遺産登録地の玄関口」という記述が目に入る。 夏季の臨時駅原生花園はこの時間から賑わっていた。ただ鉄路での旅行者は少ない。駅前の駐車場には「わ」ナンバーのレンタカーが多くとまっていた。冬には流氷が間近に見ることができる北浜を過ぎ、まもなく終点網走に到着する。 |
◎◎網走駅(石北本線・釧網本線)◎◎ 石北本線、釧網本線の終点にあたる網走。この時期はやはり観光客が多い。「北海道デスティネーションキャンペーン」の一環としてだと思うが、きれいな花壇があった。東藻琴高が作成したとのことで、このような試みは今後も続けてほしいと思う。 余談にはなるが、前回のダイヤ改正(2006年3月18日)で稚内、網走両方面の夜行列車が廃止となり季節列車化された。網走方面は流氷シーズンの冬期間の運行となる。夜行列車が全国的に縮小される傾向は実に寂しい限りであるが、とりあえずは冬期間の運行だけでも存続してほしい。 |
| ◎◎4659D・網走発遠軽行(普通)◎◎ 網走からはキハ40−736に乗り換え北見へと向かう。客層を見るとやはり夏休みということで家族連れを含む子供の数が多い。まだエンジン換装をしていないキハ40系の走行音を収録しようと思ったが、この賑やかさに断念した。 網走からはボックス席のうち、3分の4が埋まる程度の乗客であった。短距離乗車もあり、美幌からは夏休みの部活動(とみられる)の高校生が大勢乗車した。その乗客も北見でほとんど降りてしまう。 予断ではあるが、網走〜北見間は女満別と端野を通ることとなる。この二つの町はどちらも平成の大合併に伴い、町の名前が変わってしまった。現在は網走郡女満別町と網走郡東藻琴村が合併し網走郡大空町、北見市、常呂郡端野町、常呂郡常呂町、常呂郡留辺蘂町の4町が合併し北見市となった。上の写真(左:女満別、右:端野)はそれぞれの町名のついた駅であるが、駅名は変わらない。 |
◎◎北見駅(石北本線・旧ふるさと銀河線)◎◎ 北見はオホーツク圏での中核都市である。特別急行「オホーツク」も乗降客は網走より北見の方が多い。ただ北見も全国の例に漏れず、駅前の活気がなくなりつつあるようだ。駅のすぐ横にある百貨店の東急も、郊外の大型スーパーの影響で厳しい競争にさらされている。 北見は今年廃線となったふるさと銀河線の終着駅である。駅舎横には本社社屋(写真上左)がある。現在は事業清算中であり、しばらくはその社名を見ることができる。また構内にはJR北海道北見運転所があり、シートのかけられた銀河線の車両(CR車:写真上右)が見える。どうやら海外に輸出されるらしいが、時期は不明。そのさらに遠軽(池田)方の歩道橋からは石北本線の北見トンネルと銀河線の分岐点(写真下左)を眺めることができる。その歩道橋(南仲町歩道橋)のプレートが気になったので一枚撮ってみました(写真下右)。釧路製です。 |
| ◎◎北見バス・北見(タ)発陸別行◎◎ いよいよ本日のメインイベント?である旧ふるさと銀河線を走る。駅横にある東急の1階、北見バスターミナルが出発点となる。3番乗り場が訓子府、置戸、陸別方面行き乗り場で、12:15発の「北見230あ2051」横付けされた。 ふるさと銀河線運行最終日の翌日、4月21日から鉄道代替バスは運行開始となった。池田側は十勝バス、北見側は北見バスの担当となり、中間地点の陸別にて運行系統が分けられた。ワンステップバスの車内は鉄道代替を意識してか、2列シートが多く着席の定員が多めだ。席は3分の1ほど埋まったところで北見を発車した。 北見の市街地を通り、最初に銀河線と交差するのは北光社の北見方にある跨線橋である。「北光社」停留所での乗降はなかった。このあとは銀河線に並行する道道50号線をひたすら進む。時刻表上は18分では上常呂につく。既にここで北見からの乗客が半分となった。「訓子府駅」停留所は駅前ロータリーを拡張しバスが駅前に乗り入れるため、上下線共に同じ停留所である。 バスから見る限りでは、銀河線自体にそんなに大きな変化は見られなかった。ただ、すでに報道もされているように、踏切部分の整理だけはかなりのスピードで進んでいる。ほとんどの踏切で線路、枕木がはずされ、舗装工事も終了している。今後線路や建造物の撤去が予想されるが、できる限り保存してほしいものである。 置戸に到着。陸別まで向かうのはどうやら私を含めて二人だけのようだ。銀河線時代も置戸〜陸別間は乗客が少ないイメージはあったが、バスになっても苦戦は続くのだろう。けれども乗客がいるのは間違いなく、バス会社や地方自治体はこの路線を守る義務はある。国道242号線の池北峠を通り小利別、川上、分線と駅の近くを通過する。川上〜分線〜陸別間では観光列車として鉄路は存続する計画があり、鉄路はそのままの状態で残されている。観光列車の起点、陸別へはやや早着気味?で到着した。 |
◎◎陸別(旧ふるさと銀河線・陸別駅)◎◎ 陸別は北見、池田の中間地点にある。鉄道代替バスはここで乗り換えとなる。乗り換えの時刻は考慮されているが、鉄道に比べると面倒だ。乗り場は駅前のバス停からとなる。駅近くにある消防署にはバス専用の留置場所が設けられ、深夜には北見バス1台、十勝バス4台の計5台が陸別泊まりとなる。駅舎内には元の銀河線出札口に十勝バスの乗車券販売所が設けられた。 先にも触れたが、陸別町では観光列車として鉄路を残す計画がある。まだ計画中であり、予算などの関係で実現は来年以降となる見込みだ。保存されているCR車は全部で5両ある。CR75−101については塗装の痛みがひどいため、構内の車庫に入れられている。その他の4両とモーターカーについては屋外に留置されている。近くで見るとわかるが、他の車両も結構な痛みが見られる。ラッピング車については、塗装の盛り上がりも見られた。この日は駅構内の草刈りが行なわれており、保存されているCR車のエンジン音が聞くことができた。是非動態保存の事業を軌道に乗せて、末永くCR車を守っていってほしい。 |
| ◎◎十勝バス・陸別発帯広駅(タ)行◎◎ 陸別にて10分ほど休憩し、十勝バスの「帯広230あ2076」で池田へと向かう。十勝バスも同じ停留所を使用し、バス停も2本並んでいる。北見バス同様新車を投入し、こちらはノンステップバスでの運行だ。二人がけの座席は独立していて、背もたれが若干高めである。中間ドアより後ろの座席についてはやや圧迫感がある。 置戸から国道242号線を走ってきたが、陸別から先もしばらくは銀河線と並行する同国道を南下する。また置戸から足寄までは既存の路線バスがなかったため、今回は新設の路線バスとなった。もちろん停留所も新品。廃線の2週間ほど前から設置されていたようだ。大誉地は駅舎があったが、道路が狭いためかバスは国道を通過する。一方上利別は駅前の公衆便所の前に上下線の停留所がある。 予断にはなるが、上利別には集配局である上利別郵便局がある。この郵便局も再編の波が押し寄せ集配局からはずれる決定がなされた。周辺住民の反対もあり廃止時期は延期されたが、銀河線もなくなりこれ以上地域を疲弊させるようなことはやめてほしいものである。 この区間は利別川を何度か渡ることとなるが、その度に見えるのが銀河線の橋梁である。見える景色は銀河線が営業していた頃と何も変わらない。それこそ今にも汽車が走ってきそうな雰囲気さえある。ただ違うのは一つ一つの橋梁に立ち入りを禁止する柵が設置されていることくらいだ。 足寄では駅前のバスターミナル、既存のバス停留所に入る。本別も同様に駅前のロータリーをまわる。本別の次は「駅」で言うと岡女堂。岡女堂は経営者が某ホテルに変わったようだが、駅舎自体の存続は決まっているらしい。高島手前からは道道237号線に入り、高島駅の前にある高島郵便局前にとまる。小さな待合室がある無人駅様舞を通過し、市街地が見えるとまもなく池田駅に至る。 |
◎◎池田駅(根室本線・旧ふるさと銀河線)◎◎ ふるさと銀河線の起点だった池田駅はひっそりとしていた。駅前の噴水には去年はワイン樽が置いてあったが、今年は立派なワイングラスに変わっていた。銀河線代替バスは駅前、タクシー乗り場横のバス乗り場から発着している。帯広・陸別線は全便陸別〜池田〜帯広間の運行となり、バス利用客の利便性は向上したのかもしれない。 池田駅構内の銀河線跡も段々となくなりつつある。まず銀河線の案内に関する掲示板や乗り場案内は消されてしまった。かつては銀河線専用の着発線であった2・3番線先の4番線も、ホームの上屋がきれいになくなった。駅のはずれにある銀河線の池田運転支所だけがその形を残している。 |
| ◎◎2527D・新得発釧路行(普通)◎◎ 今日最後の列車は釧路行きの2527D普通列車である。この日は幸運にも?キハ40−777であった。釧クシのこの車には釧路へ引っ越してきてからたまに見かける車だ。池田駅2番線から定刻に出発した。 池田を出ると次の駅は十弗。ちょっと前に話題となった駅である。十=10、弗=$(ドル)ということで10ドル駅の名前で評判となった。普段は普通の無人駅であり、何の変哲もない。駅のホームにある看板だけがそれを伝える。根室本線には十弗駅のようにいい雰囲気の駅がいくつかある。同じく根室本線にある上厚内という駅も私が好きな駅のひとつだ。 浦幌駅では札幌行きの4010Dに道を譲る。浦幌を過ぎると気候ががらっと変わる。この日は天気がよくかなりの暑さだった。池田駅を出たときも窓を大きく開けていたが、浦幌を過ぎるとだんだんと涼しくなってきた。尺別では2530Dとの交換があり、その停車時間を利用して運転手さんが換気の扉を閉めていた。 白糠に着く頃には日は落ち、薄暗くなってきた。車内は10人にも満たないくらいだった。旅人らしき方も数人おり、おそらく「青春18きっぷ」か「北海道&東日本パス」の利用者ではないだろうか。新富士にあるJR貨物の駅を通る。新釧路川を渡りJR北海道の釧路運輸車両所を通過すると、まもなく本日の終着点釧路駅に到着する。釧路駅に着いたときには既にあたりは暗く、街のネオンがきれいに見えた。釧路駅のホームには到着した列車を含めキハ40系2両、キハ54系1両の国鉄型気動車が並んでいたのが印象的だった。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
* * 終わり * * |
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