このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

江差線訪問記その3

9月5日(木)


江差から戻る列車も行きと同じく満席だった。私は途中で降りるつもりだったのでデッキに立っていた。
江差からの列車には高校生等も乗り、地元の客の割合が少し増えたように思えた。
運転士は江差から30代前後の若い男が務めている。デッキに立つ私を少し鬱陶しく思っているようだった。これを書いている今頃(2014年3月下旬)はもっと鬱陶しい客が増えている頃だろうに…

隣の上ノ国で地元民を数名降ろし、中須田で高校生を降ろす。乗ってくる客も少しいた。しかしやはり目立つのは廃線目当ての客たちである。線路わきの道路にも数名カメラを目撃した。一度、廃止間際の売り上げを算出して、廃線のニュースが経営に与える影響なんかを分析した記事を読んでみたいが、Biz誠あたりやってくれませんかね…

そんなことを考えていると、13時38分、列車は目当ての駅、湯ノ岱に着いた。私のような客以外にも、周辺に集落がある関係か、高校生や地元民と思しき客も数名降りた。

↑タブレット受け渡しの瞬間               ↑この国民温泉保養センターに向かう

↑列車が行ってしまうと長閑なものである      ↑雪国のペンションのような外観の駅舎

温泉に行く前に函館までの切符と白鳥の自由席特急券を買うことにする。この駅でわざわざ買うのは、ここが駅員配置かつマルス未設置だからである。ゆえに
←待合室の座席の上で撮った( 常備券 )
今では貴重な紙の券が出てくる

なお、これを手に入れるためにここを訪れる同業者は多いらしく、私以外にもこの時3名が窓口で切符を買っていた。
そしてその影響か、窓口には発売できる切符の種類を限定する旨の張り紙がされていた。さらに、釣銭用の小銭が苦しいようで、窓口氏は申し訳なさそうに私に「小銭は…ないですかね?」と尋ねてもきた。この時は小銭が無く、私は恐縮しながら1000円札を出したのだが、今後廃止が近くなればなるほど、大変になるだろうなぁ…といたく同情した。

無事切符を入手した後、荷物をごろごろと引きながら温泉に向かう。

↑駅前を少し行くと道道に出る             ↑途中にある踏切

↑北海道らしい名前の踏切だった           ↑さらにしばらく行くと目的の温泉施設が見えてくる
温泉施設が見えてからも、なお距離はあった。天ノ川と言う洒落た名前の川を渡り、左に折れて田舎の一本道を登ると…


ようやく辿り着いた。


入って靴を脱ぎ、受付で入浴料350円を払いタオルを買った。公立の施設なのか、良心的な値段である。

浴場の手前には宴会が出来そうな部屋があり、休憩室として開放されていたのでここにキャリーケースを置く。カーペットが敷いてあり、はまなすやサンライズのカーペットカーのような、落ちつく空間である。
この部屋には江差線の歴史がパネルで展示してあり、江差線を走った歴代の車両たちのヘッドマークが展示されていた。江差線が廃止されるゆえの企画だろうか。


荷物を置き、少し休憩した後に風呂に入る。次の列車は16時47分と3時間もあるので、約1時間ほど、風呂を満喫した。露天風呂はないものの、3種類の湯船に打たせ湯もあり、客が少なかったことも手伝って非常に満足のいく空間だった。湯はぬめり感のある茶色で、珍しい炭酸泉だという。開かれて長い年月がたつのか、湯船が変色するほどであり、普通の温泉郷では味わえない面白い空間であった。

湯から出た後は、自販機で清涼飲料水を買い、休憩スペースでくつろぐ。なんだか、田舎の祖母の家に来たような感覚である。もっとも私の祖母は都会に住んでいるので、本当にこんな感じなのかは分からないが、少なくとも癒されることは間違いない空間である。諸事情からまだ社会人ではないが、社会の歯車になった折には、年に1度は来て静養したい、と思える場所である。江差線が無くなると来るのが大変になるが…


のんびりしているうちに部屋の時計は午後4時を指し、日が傾き始めてきたので後ろ髪を引かれる思いをしながら退散する。
帰りに撮影した天ノ川

駅に戻り、駅構内を撮影して回る。駅舎の半分以上を運行のための設備が占めているので、駅待合室は思ったよりも小さかった。

↑駅自体は道道から少し入った場所にある     ↑出札窓口

↑冬に活躍するであろうストーブ            ↑構内踏切が現役

一通り撮り終え、ホームで待っていると駅員が出てきた。そしてディーゼルエンジンの音が聞こえ、キハ40がやってきた。

↑またも単行                        ↑駅員さん、お疲れ様です。

車内は来た時より少し混雑がマシになっていたので、今度は座ることにした。もう江差線に乗って来ることはないのだと思うと、寂しさがこみ上げてきた。そんなセンチメンタルな私を乗せた列車は、神明を過ぎるとエンジンをフル稼働させて峠越えに入っていった。

おわり  戻る

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