このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

いつだってやめられる(2014・イタリア)

【あらすじ】
 37歳のピエトロは天才的な生物学の研究者だが、予算削減で大学の職を失う。研究に人生をささげてきたピエトロが出した結論は、合法ドラッグを作って稼ぐこと。そのために元同僚で不遇をかこつ経済学、化学、人類学、ラテン語の専門家を呼び集めて犯罪集団を組織する。(フライヤーより引用)

 主人公のピエトロは共同研究者でも難しいというような内容の研究をしていて、大学予算削減のあおりを食って失職する。それまでも短期雇用で月500ユーロのかつかつの生活、自宅で家庭教師をして収入を補おうとするも生徒には舐められてしまい授業料を払ってすらもらえない。同棲する彼女は薬物依存者のカウンセラー(民生委員と訳出されていたが)をしているものの収入は少なく、ピエトロが長期雇用になってくれるのを心待ちにしていた。
 そんな彼女にピエトロはクビになった事を言い出せず、アパートの共益費の支払いも迫る。彼が困っていたところ、街で羽振りの良い教え子を見つけ、授業料を払えと追いかけていくと、ディスコに辿り着く。そこで彼が出会ったのが危険ドラッグ。1錠100ユーロもするという話を聞き、生物学の知識から、これは自分なら合法的に作れて儲かると考え、昔共同で研究していた元化学研究者のもとを訪れる。大学を追われ中華料理店の皿洗いで糊口をしのぐ彼を説得し、仲間にする。そこから「薬の売人に化けられる」という理由でフィールドワーク経験豊富な元人類学者や、経理担当として数字に強い(がポーカーには勝てない)元数理経済学者、夜に強い夜勤ガソリンスタンドバイトのラテン語研究者×2、大学考古学科のトラックなら警察に止められないからと非常勤でしのぐ考古学者、といった無職博士仲間を次々引きいれ、「博士ギャング」が誕生する。

 薬局や熱帯魚店でシャンプーや中和剤を仕入れ、それを分解して精製するのは日本の覚醒剤製造とあまり変わらない(最近の危険ドラッグは中国から原材料を輸入し国内で簡単な加工をするようだ)。
しかし博士号持ちは精度にこだわった。週末、大学の研究室に忍び込み、純度98パーセント(死ぬと思うんだが)かつ保健省指定リストにない成分の錠剤を作り出し、街のディスコで売りさばく。
 これまでの危険ドラッグとは段違いの効き目にファンが増え、博士ギャングたちもどんどん羽振りが良くなっていく。反面主人公の彼女の元には皮肉にも中毒者がどんどんやってくるようになる。
「たとえ羽振りが良くなっても今までどおりの生活をしろ」と主人公は言うが、皆それを守らず、考古学者は1皿50ユーロするランチを優雅に食い、ラテン語研究者×2はバイト先の倉庫から高級ホテルに引っ越し娼婦をはべらせ刺青を入れる、化学研究者はパーティーで出会ったロシア娘に入れ込んだ挙句自分も常用者になってしまう。かくいう主人公も持ってる服がどんどん高価になり、とうとう彼女にばれてしまう。

そうした中、主人公たちの商売を快く思わない地元マフィアが出現し、主人公の彼女が誘拐される。また化学研究者が薬漬けのまま交通事故を起こして警察に捕まってしまう。ピンチを迎えた彼らは最後の大仕事に賭ける…。

【感想】
東京と大阪で行われたイタリア映画祭で上映されたこの作品。アカデミックポストを失った研究者が食うためにクスリを作るという、ポスドクの悲哀を感じさせるストーリーに一部界隈で注目が集まっていたが、自分も院卒無職なのでこれは見に行かねばと思い、大阪の会場に向かった。
映画館ではない、ホールでの上映であったが、会場はほぼ満員。東京では当日券も売り切れたという。私は事前にセブンイレブンでチケットを購入していたので難なく座ることが出来た。しかもほぼ真ん中。観賞には申し分ない座席であった。

イタリアのゴールデングローブ賞・コメディ部門で最優秀を取ったという実力に相応しく、会場からは終始笑い声が絶えなかった。私は普段はおとなしく映画を見る方だが、今回は周りにつられて笑い声をあげてしまった。

100分という上映時間の中で、登場人物も多いなか、かなりテンポよく話は進む。そして最後まで笑いどころが詰まっていて、なおかつバッドエンドではないから満足感でいっぱいになれる映画ではある。
どちらかというとブラックユーモアが多い感じなので、大人向けのコメディといった趣がある。
研究者たちの世間ずれしている人柄に笑わされ、そんな彼らが慣れない密売に悪戦苦闘する姿に笑わされ、研究者だからこその悪知恵にニヤリとさせられる。

なお客層は年齢層が高めであった。自分のようなポスドク一歩手前?はあまりいなかったように思う。やはり明日は我が身だと見るのが辛いからか。自分もどこかひきつった笑いになっていた。

この映画は、新聞に博士号持ちの清掃員がカント哲学について路上で論争しているという趣旨の記事が載った事がきっかけだそうである。
日本でも博士1万人計画だの、大量の法務博士号持ちを生産している法科大学院制度だの、高学歴ワーキングプアの話題には事欠かないが、世界最古の大学を持つイタリアでも事情は同じようだ。
作中、元人類学者が高卒を装い就活するも、大卒と見抜かれて雇ってもらえない場面がある。
日本でも一時期、高卒枠で募集された公務員試験に学歴を偽って大卒が多く採用されていた問題が発覚した事があるが、無駄に高学歴だったり変に専門性があると雇ってもらえない悲劇というのはおそらく万国共通なのだ。

なお法学関係の研究者は出てこなかったが、教会法専門の弁護士というローマらしい人物が会話に登場する。しかも教皇の書面を代筆したというエピソード付きで。法律関係は資格試験が曲がりなりにも整備されていて、野に放り出してもある程度は食える(が贅沢は出来ない)ので、人文系や生物系の研究畑から見たらまだまだぬるいのかもしれない。そこに身を置く自分としては、法学はまだ潰しがききそうと思う反面、法分野によっては厳しいだろうなあとも思わなくもない。本作から外れるのであまり詳述はしないが、生命系ポスドクからすれば今の日本の弁護士連中が「資格を取ったのに食っていけない」とSNSや雑誌でピーピー喚くのは、「資格を取ったのに(昔みたいに贅沢に)食っていけない」の誤りではないのか、と言いたくなるのではなかろうか。
(まあ、このネタに関してはオーバードクター同士で内ゲバしてても仕方がないので、皆で手を取り合って(連帯してw)文科省前にピケ張りして、デモでもしますかねぇ。それともこの映画のように、法学系が合法な分野を発掘し、生命系がそれを実現し、人文系が論理付けして社会運動を起こしますか。そうすれば国も世間も聞く耳を持ってくれるはず…)


国が豊かになるにつれ、大学進学率が上昇し、高学歴者が増えたゆえの悲劇をショッキングかつ面白く伝える本作。日本での公開は未定だそうだが、是非公開して、衆参両院での院内上映会などやってもらいたいものである。

おわり

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