私とOKIは中学生時代、当時まだ101系が主体だった中央線・青梅線に乗って、
青梅鉄道公園に行ったことがあります。
中学生当時の私と言えば、とにかく電車が大好きだった頃・・・
なので、旧い蒸機ばかりが展示されている青梅には、あまり興味を持てなかったのでしょう。
今ではもう、ほとんど記憶の彼方になってしまいました。
そんな青梅に2007年の年明け早々、ふと思い立って、家族を連れて行ってみました。
そのうちに行こうと思っていた交通博物館が、閉館してしまった例もあるので、
思い立ったら吉日、というわけです。
エントランスの看板
「こんなところだったっけ?」
住宅街の狭い急坂を登ったところ、小高い丘の上にいきなり現れました。
こじんまりとした(というか、かなり狭い)敷地に、SLたちが並んでいます
青梅駅から急な坂を登ったという、かすかな記憶はありましたが。
入場料は、いまどきたったの100円。駐車場はタダ。
日曜日とは言え、寒い季節ということもあってか・・・園内は混雑というほどではなく、
小さな子供を連れた家族連れがノンビリと過ごしています。
みなさん、車両にはあまり興味がないようで、見るからに鉄道オタク風な人は見当たりません(笑)
なので、ゆっくりと鑑賞できるのがいいですね。
D51
最初に見たのはD51。
集煙装置が付いている以外は、標準型とも言える外観でしょう。
D51はいろいろなところに保存されているため、それほど珍しくはないのですが、
野外展示にありがちな「傷み」はなく、とてもきれいです。
車輪やロッドなどまで塗装されているのは、錆対策のためには仕方ないのでしょう。
キャブの中も見れるようになっているのもいいですね。
さすがは国鉄→JRが管理しているだけのことはあります。
続いてはC11。
タンクロコのわりに大きめな車体・・・特にキャブが大きいデザインがあまり好きではないのですが、
実物を見ると、やっぱりいいですね。
特にデフや水タンク側面などの平面部分を見ると、状態のよさがよくわかります。
鉄板をほとんど張り替えて補修したんでしょうが。。。
トップナンバーという貴重さはありますが、デフのステーが大きく弧を描いているのが、
私としては気に入りません。
E10
E10も、実はあまり好きではないロコなんです。
ボイラーが巨大すぎて、どうもアンバランスなのがその理由です。
しかし・・・国鉄では数少ないE型は、かなりの迫力がありますね。
E10は後ろ向きに走ることを前提に設計されたため、機関士席が通常と逆側についているのが特徴。
キャブを覗き込み、その特徴もしっかりと確認してきました。
2120
中学の頃は全く興味のなかった蒸機・・・
特にその頃は、明治時代の蒸機なんて、ちんぷんかんぷんでした。
それが中年になった今や、大好きなんです。
別名B6と呼ばれる2120はその代表格、綺麗にまとまった英国風デザインが、実に素敵です。
ナンバープレートがオリジナルではないのが残念ですが、保存状態の良さには驚くばかりです。
B6が動いているところを、実際に見てみたかったものです。
この110型は、鉄道記念物に指定されています。
鉄道開業時に輸入されたロコのうちで現存するのは、交通博物館にあった1号とこの110型だけだとか。
「きかんしゃトーマス」の世界からそのまま出てきたような、英国丸出しのデザインがたまりません。
傷みを防ぐためのビニールシートが残念ですが、貴重なものですから仕方ないですね。
屋根を付けてくれればいいのですが。。。
スクリュー式連結器+バッファも、今となってはかなり貴重です。
5500
5500型は、明治時代の長距離旅客機で、4-4-0と呼ばれる車輪配置が当時の標準でした。
また、前傾したランボードが英国テンダー機の特徴です。
やはりナンバープレートがオリジナルではないのが残念。
製造銘板も紛失したのでしょうが・・・「ピーコック」とカタカナ書きされているのは、如何なものでしょう。
保存にあたっては、連結器もスクリュー式に戻して欲しかったところです。
余談ですが、このような機関車をNゲージで模型化するのは、細いボイラーがネックになるんでしょうね。。。
8620
大正の旅客機と言えば、この8620でしょう。
細身のボイラーや各所の曲線に、明治時代の英国臭を残しながらも、
より大型化し、迫力を増したデザインは、その後の国鉄型の登場を予感させます。
大きさも手ごろだし、見るからに扱いやすそうな雰囲気がプンプン・・・
事実、蒸機が全廃される間際まで活躍した、形式のひとつになりました。
これはトップナンバーで・・・キャブからランボードに繋がるラインが、S型なのが特徴ですね。
9600
同じく大正期、貨物用ロコと言えば、この9600です。
繊細な8620とは打って変わって、太く・高いボイラーが実に力強く、
9600ならでは・・・他のどんなロコにもない独特な雰囲気を醸し出しています。
その後のD52やC62よりも、ボイラー中心は高いんだそうです。
この、9600にしかないたたずまい、私は大好きです。
この9600も初期型なので、キャブからランボードに繋がる曲線がS型になっていますね。
ロコたちの後ろにも廻ってみました。
すると、あれー・・・8620のテンダーのナンバーは、書体がオリジナルでないんですね(涙)
紛失(盗難?)部品は、できれば元通りに再現してもらいたいものです。
ここまで綺麗な状態を維持しているのですから、そのくらいはたやすいのではないかと思うのですが。
狭い敷地に明治・大正の代表機が並びます
続いて、建物の中に入ってみました。
この手の施設ではお約束の・・・16番の大きなレイアウトがありましたが、
走行させるには100円が必要とのことで、アホくさくてやりませんでした。
(写真も撮り忘れた・・・笑)
しかし、多数が展示されている、大きな模型は楽しかったです。
さすがは大きなサイズで・・・各部の再現もぬかりありません。
153系(左)と157系(右)。どちらも非冷房時代です。
左:D51 1、後ろはC62。しかしD51 1はナメクジなんですけどね(笑)
右:大好きなDF50、しかも茶色!後ろにはEF30が見えます。
EF61、後ろはEF70。やっぱりロコは茶色が最高!
153系、157系、D51、DF50、EF61などは・・・かつての国鉄の主力車両たちですね。
この他、151系、20系客車、キハ82系などもありました。
30年前に来館したときも、同じものが陳列されていたのでしょう(全く覚えていないけど)
そしてその中になぜか、国鉄ではない近鉄20000系ビスタカーとスーパーひたちの姿があって・・・
これは異質でしたね。
さて・・・ここまで見てから、展示されているはずの、C51と新幹線0系を見ていないことに気づきました。
もう一度外に出て、園内を探してみると・・・
ありゃー・・・C51は補修工事中ですか・・・鉄板に囲われていて、全く見ることができませんでした。
C51も、私の大好きな大正蒸機なので、かなり残念です。
補修工事が終わったら頃に、また来ることにしましょう。
0系は・・・階段を下りた別の広場にありました。
30年前は0系はまだ現役だったので、これは展示されていなかったと思われます。
1両だけですが、しっかりパンタを上げているし、外観も綺麗な状態になっていました。
ただ残念なのは、前頭部の樹脂パーツが周囲と同じアイボリーに塗られていること・・・
というか、パテで埋められているジャン!
これじゃ、まるで眉毛を剃ったような顔です。なんでこんなことをしたんでしょう。。。
側面にJRと書いてあるのも気に入らないなぁ。
まぁ、JR東が(今じゃJR東海の)0系を、こうやって保存してくれていることだけでも、
感謝しなくてはいけないのでしょう。
0系
0系は運転席と車内にも入れました。
運転席は。こんなにシンプルなつくりだったんですねぇ。。。
まだ人間工学もさほど進歩していなかった昭和30年代の設計は、
時速200kmで3時間を走破するには、結構疲れたんではないでしょうか。
車内の方は、転換クロスシートがとにかく懐かしい!
リクライニングしなかったんですよね、この椅子。
通路側の取っ手を持って、よっこらしょと転換させるんです。
実際にやってみて、昔の感触が甦りました。
うまく写真には撮れなかったのですが、JNRマーク入りの灰皿も懐かしいですね。
ED16
最後に、これも私の大好きなED16です。準鉄道記念物に指定されているそうです。
もちろんこれも、30年前には現役だった車両ですね。
私にとってはなじみの深い、南武線でも貨物を牽いていたはずです。
現役時代より綺麗に整備された外板が、古豪然とした雰囲気をすっかり消し去ってしまっていますが、
全検を出たばかりのような姿が、とても素敵です。
パンタが銀色に塗られていたのは、ちょっと残念でした。
ちなみに昔は、この場所は戦前の旧い食堂車が展示されていたと聞きました。
ED16を保存するにあたって、その貴重な食堂車は解体されてしまったんだそうです。
中学時代の私は、その食堂車を見たはずなんですが。。。
以上が、30年ぶりに訪れた青梅鉄道公園のレポートです。
気軽に行くにはちょっと遠いのが難点ですが、
入場料が安いこと、すいていること、車両の保存状態がいいこと、マニアが見当たらないこと(笑)が、
とてもいいところだと思いました。
近くには奥多摩のハイキングコースもたくさんあるし、やはりC51の整備が終わった頃に、
もう一度訪れるしかなさそうです。
ところで・・・新しい鉄道博物館ができたら、ここはどうなるんでしょうかね?