このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

近鉄奈良線生駒トンネル

近鉄奈良線生駒トンネルは近鉄の前身の大阪電気軌道(以下 大軌)が大阪と奈良を最短で結ぶ為に大正3年に完成
したトンネルです。当時は複線で長大なトンネル他にはありませんでした。
昭和30年代になって奈良線沿線の急激な人口増加によって小断面の生駒トンネルでは、現在見る事が出来る大型車
の走行が不可能で、更に奈良線などでは線路の中心間隔が小型車・中型車に合わせて建設されたので輸送力増強に
合わせて新ルートで大型車が走行可能なトンネル(新生駒トンネル)が建設され、切り替えられました。生駒以東でも向
谷トンネル、山田トンネルなどが廃止、新ルート切り替えなどで昭和39年10月1日に奈良線全線で大型車両の運転が
可能となりました。
ここでは生駒トンネル大阪方を2004年8月9日に訪れた物を紹介します。

鷲尾トンネルがあった場所に現在の石切駅があります。トンネルはオープンカットされ姿を消しました。
 
 旧線の橋脚と路盤跡です。ここから旧生駒トンネルに線路が続いていました。右は路盤から大阪方に向いて撮影。
2005年2月現在、左上の橋脚は撤去されてしまいました。
 
孔舎衛坂(くさえざか)駅跡と路盤跡です。今の複線の路盤(大阪線など)と比べると凄く狭いです。
 
上りホーム付近に残る架線柱の土台です。少し離れた神社に東大阪線生駒トンネルの貫通石が安置されています。
 
旧生駒トンネル大阪方です。入り口は東大阪線の保守用、緊急通路として現在も使用されています。右は生駒トンネ
ル(隋道)3388メートルの表示を剥がした(消した?)痕でしょうか?

新生駒トンネルが開通した後は鉄道線としての役目は終えましたが、縁の下の力持ちとしてまだ健在のようです。

廃線跡トップへ戻ります。

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください