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☆ 同潤会アパート ☆  Last Update 27 / July / 2002

 おそらく多くの方が、レトロアパートの代表格として"同潤会アパート"という言葉を耳にされたことがあることでしょう。
 "同潤会"とは、旧内務省社会局所管の外郭団体で、関東大震災時に国内外から寄せられた義捐金を資本に設立されました。
 同潤会の事業目的は、関東大震災の復興や不良住宅解消のための住宅建設で、大正末期から昭和初期にかけて、東京や横浜に、数多くの鉄筋コンクリート造アパートや木造住宅を建設しました。
 同潤会は戦時中に、厚生省所管の住宅営団に移行し、更に戦後、その住宅営団も解散した(させられた)ため、同潤会の住宅はその時点で居住者に分譲され(大塚女子アパートのみは東京都所管に…)、現在に至っています。

 同潤会アパートは老朽化が進み、平成時代になってから取り壊しが急速に進んでいます。当初16ヶ所あった同潤会アパートも現在では、青山・三ノ輪・上野下・清砂通・大塚女子・江戸川の6ヶ所を残すのみとなっています。(しかも青山・清砂通・大塚女子は、再開発計画が進行中で、近い将来の取り壊しが決定しています…)

>> 現存の同潤会アパートについて
・青山アパート(昭和2年完成)
 表参道駅(営団銀座線・半蔵門線・千代田線)と明治神宮前駅(営団千代田線)の中間の表参道沿いにあり、住宅というよりはむしろ、多くの商店が入居しています。建物はヨーロッパ風のデザインで、表参道のおしゃれな雰囲気と程良くマッチしています。 <写真有>
・三ノ輪アパート(昭和3年完成)
 三ノ輪駅(営団日比谷線)と三河島駅(JR常磐線)の間の、大通りから離れたちょっと目立ちにくい場所にあります。(私も探し出すのに非常に苦労しました…)こちらは完全な住宅として使われており、いかにも下町風の雰囲気を醸し出していますが、建物は老朽化のために外壁が落ち、鉄筋が剥きだしになっている箇所が多く、痛々しい感じがします…
・上野下アパート(昭和4年完成)
 稲荷町駅(営団銀座線)のすぐそばにあります。この駅が開業したのが昭和2年末なので、上野下アパートは、当初から地下鉄駅がすぐそばにあるという、当時としては非常に恵まれた環境にあったわけですね…。前述の三ノ輪アパートと同じような雰囲気の建物ですが、こちらは大通りに面している部分が店舗になっている点が異なります。状態も、三ノ輪アパートよりは多少良さそうに見えます…
・清砂通アパート(昭和5年完成)
 清澄白河駅(都営大江戸線)と菊川駅(都営新宿線)の間にあります。ここは建物の数が非常に多く、また、清洲橋通りと三ッ目通りの交差点部分には、L字形の建物(1,4号館)があり、これまで、この地区のヌシとして君臨し続けてきましたが、1,4号館は残念ながら、平成14年夏に解体されました。 <写真有>
・大塚女子アパート(昭和5年完成)
 茗荷谷駅(営団丸ノ内線)のすぐそばにあります。名称通り、働く独身女性(ちなみに当時は"モガ(モダンガール)"と呼んでいたとか…)のために建てられたアパートです。1階の玄関口はとても重厚な雰囲気になっています(勿論、番人が駐在…)。これなら不審者も入りにくいでしょうね…(何!?)
 なお残念ながら、ここも平成14年度限りで解体され、跡地は第三者に売却されることが決定しています。
・江戸川アパート(昭和8年完成)
 飯田橋駅(都営大江戸線・営団東西線・有楽町線・南北線・JR中央線)と江戸川橋駅(営団有楽町線)の間にあります。このアパートは、ある程度裕福な階級を対象にしたもので、低所得者向けの住宅を建設し続けてきた同潤会にとっては、新たな試みだったといえるでしょう。敷地内には小さな公園があり、建物の大きさも他の同潤会アパートに比べ大きく、戦後のマンションやアパートにも通ずる雰囲気が感じられます。


>> 写真集 <<

☆ 同潤会青山アパート ☆
(No.1〜14)

☆ 同潤会清砂通アパート ☆
(No.1〜9)


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