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太陽の向こうは−1

「私、この旅でやっと決心がつきました。主人とも重二さんとも・・・別れようかと。」
深くため息をついて、真知子は話を続けた
「ひとりで生きていきます。今までは支えられてきた。これからは自分の人生を自分で切り開こうかなぁって、そう思いますのよ。」
的場は真知子の横に座って、黙って聞いていたのだった。
そして、はるか太陽に向かってこう言った。
「貴方は奥様ね。」
真知子「貴方は女一人でお子さんを育てられたのね。」
的場「ええ。その代り息子は強く育ったわ。私は何度も挫けそうに・・・」
真知子「私はこの旅でかけがえのない友を得たわ。それは貴方よ。」
的場「真知子さん、ありがとう。それは私にも言えるのよ。」

二人は一週間の旅を終えて、帰途についた。
真知子は雅幸とはるなのもとへ・・・
的場は康祐のもとへと・・・


大阪のマンションへ帰った真知子は、ドアを勢いよく開けたと同時に、真っ青な顔の雅幸が突っ立っていた。
その側では、頬に手を当てて泣いているはるなの姿が・・・
いったい、何が?
マンションの窓から見える夕日が眩しく、静かな夜を迎えるには相応しくない、そんな時間が三人を待っていた。
沈黙がこんなにも苦しいものなのか。
けれど、同じ沈黙でも、雅幸、真知子、はるな。
三人三様。
それぞれが違った気持ちで時間を見つめていた。
突然雅幸が、沈黙を破った。
「はるな!僕をこれ以上苦しめないでくれ!」
真知子ははじめて雅幸の涙をみた。

夏が来るには少し早い、梅雨の夕暮れであった。

<つづき>
太陽の向こうはー2

真知子「あなた!いったい、はるなが何をしたの?」
雅幸「・・・・・」
はるな「おかあさん、ごめんなさい。」
雅幸「はるな、今日はもうここまでにしよう。今夜、僕はホテルに泊る!」
そう言い残して雅幸は出て行った。

後に残されたふたりは、一言も言葉を交わさないまま時を過ごした。
北海道のお土産が寂しく玄関に残されたまま・・・
旅の話をする事もなく時は流れていった。
真知子は、はるなが女として悩んでいることなど知るすべもなかった。
はるなが、自分の部屋で過ごすためCDを持っていった。
しばらくして部屋からは「I love you」のメロディーが真知子の耳を擽った。
—はるなは大学で悩みでも・・・希望校に入ったって喜んでいたのに?だけど、雅幸さんの様子は普通じゃなかった。どうしたんだろう。それなら、ホテルに泊るっておかしいわー

次の日、大学に行く準備で忙しく動き回っていたはるなに、真知子は声をかけた。
「はるな、今夜献立はどうするの?お父さんがお帰りになるとお寿司でも握ろうか?」
「おかあさんに任せるよ。じゃ、行ってきます。」
はるなは何かから逃げるようにして、あたふたと出かけていった。
—あら?夕べは雨だったのかしら・・・洗濯物がびしょびしょー
雅幸は傘もささずに飛び出たのか、雅幸の傘があった。

—あっ、そうだわ。雅幸さんに電話をしようー
携帯を左手に持って、雅幸の番号を・・・
と、同時に着信音が・・・
「お母さん、私です、はるなです。お母さんごめんなさい。許して!」
「はるな?どうしたの?何が何だか、お母さんにはわからない。」
「お母さん、私・・・」
そこで、電話が切れた。
再び雅幸に・・・
ところが叉着信音が・・・
「俺、真知子?元気?娘さん何か変わったことなかったかい?君、旅に出ていたんだね。」
真知子は重二の声を聞きながら、この人とはもう終わりだ。そう思った。


太陽の向こうはー3

はるなのさっきの言葉の中で、気になるひと言が・・・
「おとうさんが戻らなかったら、もし、そうなったら・・・私のせいよ。ごめんなさい。」
いったい、二人に何があったというのか?
真知子は重二の今の「娘さんに〜」の言葉で、この人にもかかわりがあるのかもしれない。
そう思った。
三度目の着信音が、これから真知子を悩みから遠ざける役割を果たすのだった。
「僕・・・真知子、よく聞いてくれ。今、(青い翼)の二階にいる。もし、あいつより僕を選ぶなら、待っている。そうでなければ、今度は、僕が旅に出る。いいかい?今夜待っている。」
「・・・・・」
—ホテル「青い翼」は重二さんと私しか知らないはず。あ〜それから、美津子さんも知っている。どうして、雅幸さんが知っているのかしら?−
真知子は旅先で決心した。それは、雅幸とも重二とも別れること。どちらを選ぶこともなく、一人でやっていく決心をしたばかり。けれど、帰宅して、事情が変わった。行ってみよう。
行くと何か吹っ切れそうな気がしないでもない。
行こう・・・!
一年前に重二と「青い翼」で会うときのように、真知子の心はもう張り裂けんがごとくであった。
「雅幸さん!」真知子は小さく叫んで、もう切れている携帯に向かって「雅幸さんがすき。」
そう言った〜
時間はまだ早かったが、外の空気を吸いたくなった。
はるなには置手紙を残して、真知子は本町へと向かうのだった。
—はるな、心配しなくてもいいわよ。お母さんは何があっても貴方の味方。茶の間にお土産を置いているから。貴方にそっくりな少女の木彫りの肖像画よ。今夜は遅くなるから、先に寝て。−
夕食の準備をして、洗濯物を済ませた真知子は、雅幸の好きなブルーのブラウスと白いパンツルックに着替えた。
季節はまだ梅雨。
けれど、もう、灼熱の太陽が雅幸と真知子に降り注ごうとしていた。
この時、真知子の記憶は完全に戻っていたのであった。


太陽の向こうはー4

大学では、はるなは以外にも活発だった。
友達は、自宅通学のはるなを羨んだ。
はるなは、家では静かな娘ゆえ、雅幸をてこずらせる事は殆どなかった。
大学では、外国部学部のドイツ語学科を専攻。
単科大学でないため、大学は規模が大きかった。
父雅幸は、法学部、法律学科
時々図書館で一緒になる先輩に、はるなは声をかけられた。
「家だと暑いから、図書館は貧乏学生には有難いねぇ」
はるなは昨夜からの父母の事で頭がいっぱいだった。
「ん?」
「君に声をかけているのだけれど・・・聞えて・・・いるのですかぁ?」
「・・・・・」
「何か、調べ物なの?」康祐は前からクラブにも入らずの後輩を気にしていた。
「いいえ、家だと、暑いから〜」
「アッハハハハハ〜、じゃ、僕と一緒だ。」
「一緒ですね。」
「暑いねぇ。」
「先輩、学部は?」
「僕?ん〜何学部だっけ?あっそう、法学部。来年は就職できるかなぁ?」
「あら、私の父と同じ。」
「失礼を、自己紹介からだねぇ。名は的場康祐。ここ貧乏大学の法学部、法律学科。来年留年予定者名簿入り。アッハハハハハ。」
「私、今年からこの貧乏大学に無事入学。」
「アッハハハハハ・・・」
お互いの自己紹介をしながら、はるなは、昨夜の出来事に、思いをめぐらせていた。
午後の授業は休講のため、プロスレコード店でのバイトがある。
けれど、はるなは休む予定でいた。
重二がやってくる可能性があったからだ。
まだ、雅幸から攻められるような関係には到っていない。
しかし、重二ははるなからみれば、大人の魅力で引っ張っていく存在であった。
雅幸は見てしまったのだ。
重二とはるなの約束事を・・・。
風呂からあがったはるなは、携帯を手にしている雅幸と目があってしまったのだ・・・ 

太陽の向こうはー5

図書館から帰った康祐は、母が用意していった夕食を早めに食べた。
小さい頃から一人での食事は、なんでもなかった。
—そうだ、はるな君はレコード店でアルバイトって・・・行ってみようかなぁ

はるなは、重二が来店する可能性があったが、休んでもいつかはいやな思いをしなければならない。
だから、行く事にしたのだ。
父には悟られた。もう、重二さんとは逢えない。絶体絶命のあの瞬間を、今一度思い出した。

「はるな!なんだ。最近お前の様子が何時もと違ったから、悪かったが、メールを見た。僕は・・・いったい、どう理解をすればいいのだい。はるな、おかあさんが今日帰る。言っておく。僕は、重二を許さない。」
あの日、重二とケーキセットを食べ、ドキドキを抑えているはるなに、重二は言った。
「はるなちゃん。君は真知子にそっくりだ。」
「・・・・・」
その後店を出た二人は軽いくちづけを・・・
大学生活は気もそぞろ。
うきうき、わくわく、男子学生に目もくれず、重二を思った。
重二は、はるなに真知子の面影を見ていた。すでに、真知子の心を掴むことは出来なくなった重二は、今度はその娘はるなに夢中になった。

雅幸が見たメールは男女の約束を意味していた。寸前だった。
はるなのほほを鉄のような手で突き飛ばした。はるなは瞬間雅幸を睨んだ。
しかし、すぐに、元の娘はるなに戻った表情を見た雅幸は、後悔の念と悔しさで、男泣きした。
そこへ、真知子が帰ってきたのだった。
はるなは、今夜はマンションへ帰っても、父さんも、お母さんもいない。
アルバイトして時間を過ごそう。
いつものようにレジにスタンバイしたはるなは、ニコニコして入ってくる康祐に気が付いた。
「素敵なお店じゃないか。僕も使ってよ。」
浴衣姿がちらほらとみられる夏本番のある日の午後であった。
<つづく>

太陽の向こうはー6


「先輩。」
はるなは小さくそう言った。
「本気だぜ。お袋もがんばって働いてくれているし、自分もひと稼ぎしないとね。」
はるなは、早速康祐の希望に応じることにした。
「先輩、じゃ、面接の日はお店から直接連絡ありますから、待っていてください。」
その日をきっかけに、はるなは青い翼を康祐に託す事になるのであった。
青い翼とは、幸せの翼の事である。
真知子を包むために重二が雅幸から奪い取った青い翼。
今は、それも空しく真知子が離れていった。
そして、はるなを・・・。
重二は、はるなでなく、真知子を追っているのかもしれない。
仕事中に執拗にメールを送ってきた。
母と愛し合ったその人と、娘の自分が関わってしまった。
今更ながら罪悪感が襲ってきた。
閉店の9時にレコード店内では「蛍の光」がなり出した。
私服に着替えて、ふと自転車置き場に目をやったはるなの見たものは、美津子であった。
—どうして・・・?
はるなは嫌な予感がして、帰る時間をずらす事にした。
しかし、30分待っても、美津子はいた。
仕方なく帰ることにしようとドアに手をかけ、思い切って開けたその時・・・
「おい!」
「ん?」
「はるなくん、送ってくよ。なんだい、その顔は?ボディガードに向かって見せる顔じゃないよ。」
「先輩!」
思わず駆け寄って、そして、康祐の乗っているバイクに一目散に向かっていった。
「そうそう、そうこなくては。じゃ、しっかりつかまってよ。」
「ええ。」
おとなしいはるなが思い切った行動に走ったのは、美津子に対する恐怖心からだった。
「これから毎日ボディガードしてあげるから、僕の採用を祈ってよ。」
「いいわ、がんばってね。」
「しかし、バイトでは、はるなくんが先輩だなぁ。アハハハハハ・・・。」
暗い夜道に康祐の笑い声だけが、爽やかに響くのであった。
<つづく>

太陽の向こうはー7

帰る途中、はるなは、今夜家に帰っても、両親はいない事を康祐に言った。
「じゃ、帰っても危ないよ。僕の家に来ればいいよ。お袋喜ぶよ。」
「ええ、行くわ。」
「アハハハハハ。誘ってはみたが、君って冒険家だね。」
「だって・・・」
いきなりはるなを連れてきた康祐を見て、照子は自然にこう聞いた。
「あら、ガールフレンド?それにしても、こんなに遅く。ご両親に電話したの?」
はるなは、もじもじしながら「いいえ。」と言って康祐を見た
「アハッ、いいじゃないか。固い事言わないの。」
「そうはいかないわよ、康祐。」
「ごめんなさい、今、母に電話を・・・・・」
いったん外へ出て、はるなは真知子の携帯に電話を入れた。

「おかあさん?はるなよ。」

一方、雅幸と会った真知子は、今まで避けていた自分の気持ちを話した。
雅幸も同じように、重二に対しての気持ちを言った。
二人はホテル「青い翼」から出て、自宅に帰っていた。
「なーんだ、お母さん、それなら、今から帰ろうかなぁ?」
いつの間にか側にいた康祐がはるなの真後ろから声をかけた。
「はるな君、僕と変わろうか?ん〜っと、変わってくれる?」
「・・・・・」
「的場康祐です。このたび、はるな君の事情により、僕の家に泊まってもらう事になったのですが、お母さん、お許しを・・・・・」
「的場さん?あら、ご縁ね。あっ、ごめんなさい、私、はるなの母です。娘がお世話になっているようですね。最近同じ名字の的場さんとご縁があって、つい、親しく呼んだのですが。」
「いいですよ、僕、はるな君からバイトの送り迎えを仰せつかって・・・・・」
「ん?」
はるなはいつ自分が頼んだの?そう言いたかったが、康祐の緊張した顔を見て、笑ってしまった。
この時は照子も真知子も不思議な縁に気づかずにいた。
総てをベールに包む深い夜は、まるで男と女の複雑な関係を打ち消してくれるようであった。
<つづく>

愛の果実—1

ニュースは、大型台風16号の進路状況を流していた。
「このぶんだと、明日の夜に大阪を直撃だなぁ。」
康祐はそう言って夕食のカレーにかぶりついた。
照子とはるなは目を合わせて笑った。
「康祐、よほどお腹が空いていたのね。」
「そうだなぁ〜はじめてのボディガードは身体と神経がすりへっちゃうよ。アハハハハハ。」
「ごめんなさいね、康祐さん。」
「ん?いい、いい。」
変なこと言ったかなぁ?
康祐がそう思ったとたん、肉で喉を詰まらせた。慌てた康祐は「水、水・・・・・!」
「ところで、もう、1時を過ぎたわよ。はるなさん、奥に床をこしらえたから、横になって・・・・・」
「ありがとうございます、じゃ、おやすみなさい。」
「はるな君、じゃ、おやすみ。明日大学は休講だよ、きっと。」
「ええ、それなら、バイトへ直行するわ。」
「分かった、叉、送るね。」
「送ってもらうのはまだいいわ。バイトが決まってからお願いします。」
「だめ、遠慮しなくても。」
「ありがとう、じゃ、お願いするわ。」

はるなが部屋を出て康祐がふとテーブルに目をやった、その時、はるなが忘れていた携帯から、アイラビューの着メロが流れてきた。
照子と康祐は、何時までも鳴り続けるメロディーにただ顔を見合わせるばかりであった。

携帯の向こうの主は重二であった。
重二は、美津子から康祐の事を聞いた。
なさぬ仲の愛を追い求める重二。
二度とも許されぬ愛。
妻であった陽子とは、なぜかぶつかってばかり。
陽子から出る言葉は、いつも命令調。
別れ話は意外と素直に聞いてくれた。
冷え切った夫婦に、言葉は要らなかった。
<つづく>

愛の果実—2

台風の生ぬるい風に、はるなは不気味さを感じた。
照子と康祐にお礼を言って、バイト先へは一人で行くことを告げ、西長堀駅に向かった。
西長堀は大阪ではおしゃれな街として、若い人に人気があった。
難波まで歩いて30分はかかる。
プレスレコード店は、難波の新歌舞伎座のすぐ側にあった。
賑やかな商店街を通り抜け、あまり目立たないところで、はるなはコーヒーを飲むため、店に入った。
ここは重二と毎回逢おうと約束した喫茶。
はるなは大きくため息をついた。
やっぱり忘れられない。
しかし、忘れなくては・・・・・
はるなの若い心は、張り裂けんばかりに痛かった。
逢いたい・・・・・
その時、「アイラビュー」の着メロが鳴り出した。
ブルブル〜〜〜〜〜〜
身体に携帯のブルブルが伝わった。
手が震え、唇が乾き、そして・・・・・はるなは硬直した身体を側の電柱にもたれかけ、携帯を左に持ち変えて、ぐっと握ったまま耳にあてた。
「俺だ〜はるな。」
はるなは生ぬるい風に向かって自分の顔を当てた。
あふれ出る涙を拭う事もなく、恥じるべき自分が悲しかった。
「はるなです。」
「はるな、逢いたい。迎えに行く。言ってくれ。」
「前に重二さんとケーキを食べた喫茶店よ。」
「わかった、行くから、待っていてくれ。」
どこでどう歯車が狂ったか、再びはるなは重二の愛の嵐の真ん中にいた。
そこへ、康祐の声が風に乗って聞えてきた。
気のせいなのか?そうじゃなかった、康祐が道路を挟んで向こうの信託銀行前でVサインを示していた。
はるなは一目散に康祐に向かって走り出した、その時・・・・・
とてつもない速さで滑り込んだ車にはるなは吸い込まれるようにぶつかった。

重二と康祐、そして倒れた女性はるながはじめて三人で会った瞬間であった。
<つづく>

愛の果実—3

重二は目の前での出来事を理解できなかった。
慌てて降りて、はるなを抱きしめるなり、一年前の今日を思い出していたのだ。

一方、康祐は急いで救急車を携帯で呼び出した。
康祐のVサインは、プレスレコード店からの吉報であった。
「あなたは?」重二に反応はなかった。
「・・・・・」
重二の中では、はるなは真知子であった。

救急車が着き、重二が乗り込むのを見た康祐は、何かを感じた。
病院では、重二と康祐は一言もしゃべらなかった。
はるなの学生証から実家の電話番号がわかり、連絡がいった。
駆けつけた雅幸と真知子は、重二の姿を見ていったい何が起こったのかを問うた。
真知子は、つかつかと重二に近づき、こう言った。
「お引取りください!」
はるなの症状は面会謝絶であった。
病院の廊下で、真知子の鋭い声だけが強く響いた。
雅幸、真知子、康祐に囲まれた重二は、帰らないわけにはいかなかった。
「そうですか、じゃ、俺は帰る。しかし、責任は取る。」
そういうなり、その場から立ち去っていった。

暫くして両親が医師に呼ばれた。
「ご両親ですね。」
「はい。」
「はるなさんの命は取りとめました。しかし、50パーセント記憶が戻らないでしょう。望みは、はるなさんに向ける愛が、記憶を呼び戻すことでしょう。」
「・・・・・」
康祐はこの事を聞いて、いったん引き上げる事にした。
「じゃ、僕は帰ります。お大事に。」
「ありがとうございます。康祐さん、叉、お世話になりました。」
「じゃ。」
康祐はすでにはるなを愛し始めている自分をみつめていた。

<つづく>

愛の果実—4

病院から帰ってどっかと椅子に座りこんだ康祐は、今日の出来事を振り返った。
はるなの側にいた人は、いったい、誰なのかなぁ?
しばらくして自宅の電話が鳴った。
母の照子だった。
「康祐、今日は、残業なのよ。遅くなるから、先に食事をしていて。」
「いいよ、適当にするから、心配しなくて。」
「何か、変わったことない?」
「母さんが帰ってから話すよ。はるな君が交通事故にあったのだよ。」
「あら、それは大変。じゃ、明日、お母さんお休みだから、康祐、お見舞いに付き合ってくれない?」
「いいよ。詳しくは今夜話すよ。」

一方病院では、はるなのその後である。
意識は戻ったものの、父とも母とも分からなかった。
50パーセントどころか、まったく分からない様子をみて、真知子は不思議な運命を呪った。
きっと、時間が解決してくれる。
雅幸はそう信じた。
「真知子、大丈夫だよ。命が助かった、よかったじゃないか。」
「ええ、そうね。」

台風16号は大阪を直撃。
九州は最大風速58メートルを記録した。
照子は息子と共に病院へ向かった。
あの日から3日が過ぎた。
真知子がずっと付き添っていた。
照子と康祐がはるなの病室に入って、ふと、側に付き添っている真知子と出会った。
照子と真知子は同時に驚きの出会いをした。
「富永さん。」
「的場さん。」
ふたりの様子を見て、康祐が言った。「あれ?知り合いだったの?」
この2,3日、今まで経験した事のない出来事に、康祐は驚いた。

<つづく>

愛の果実—5

季節は秋
自宅へ帰ったはるなは、父とも母とも分からずに、毎日を過ごしていた。
父である雅幸と母である真知子から、大学とバイトだけは行くようにと言われていた。
バイトは康祐が毎日送り迎えした。
携帯から頻繁にかかっていた「アイラビュー」のメロディもなくなった。
康祐ははるなに言った。
「はるな君、着メロ設定ね、僕の・・・そうだなぁ、「さくら」にしてよ。森山直太朗ファンだから。」
「いいわよ。」
はるなは、あれからいつも言葉少なく答えるようになった。
康祐は、それでもいいと思った。ゆっくりでいい、ゆっくりで・・・・・
康祐が気付いた事。
それは、はるなはいつも遠くを見るようになったのだ。
過ぎ行く夏を惜しむように。
きっと、思い出したい事、思い出したくない事に対して、はるな君は葛藤しているに違いない。
バイト先では黙々と仕事をこなしている。
「はい、今月の入荷はこれだけです。あっ、それから、客注三件ありました。一件クレームがありましたが、どうすればいいですか?」
クレームは速店長に言う事になっている。
バイトが引けて、直ぐに送っていたが、今夜は給料日。
康祐ははるなを喫茶に誘うつもりであった。
「はるな君、今日はちょっと、寄り道しようよ。いいだろ?」
「ええ、いいわよ。」
あくる日はどちらも午前中は休講になっていた。
父と母へ連絡しようと携帯を左手にもったその時・・・・・
はるなは軽い頭痛がした。
見知らぬ男がじっとこっちを見つめていた。
はるなは何だか分からなかったが、急に貧血を起こして倒れた。
「ん?はるな君、どうしたの?はるな・・・・・君・・・・・はる・・」
康祐の声は聞えなくなった。
秋も未だ始まったばかりの、切ない時間が康祐とはるな、そして、もうひとり・・・・・

<つづく>

それから一年

美津子は、母の助手をしながら、生き甲斐を見つけたと手紙に記していた。
美津子は習字が3段の腕を持っている。デパートに認められて、その仕事を手がけている、との事。
陽子は重二の移り気な性格に悩まされ続けていた。
離婚をしてからは、陽子の才能が発揮され、以外に仕事が順調に進んだ。
けれど、忙しくなると助手も必要になってくる。
ふと、美津子の事を思い、携帯に電話をしたところ、父親に愛想をつかした娘は、快く引き受けることを承知してくれたのだ。

一方、雅幸と真知子は、娘、はるなが一人暮らしを宣言。
「はるな、お父さんは、はるなが、そう、決心したのなら、賛成だよ。真知子はどう?」
「私は、寂しくなるけれど、一度、皆が離れて見るのも、自分を見つめる事と、相手を見つめる事で、いいことだと、思うわ。」
「じゃ、いいのね。」

あれからの的場家は、はるなを励まし、人の道を解いた。
始めは重二とはるなの事を知らなかったが、母、照子から聞いて、驚き、助けようと決心した。はるなは突然のめまいで気を失ったが、それは、重二をみてショックを受けたのであって、交通事故とは無関係だった。

それぞれの人生に青い翼は関わったが、今は、空へと飛び立ち、それは、幸せの国へ向かうかの如く、強く、爽やかに飛び立って行った。
北の国で、重二もそれを見て、やっと、真知子の幸せを遠くから祈っている・・・・・そんな、秋空の午後であった。

<完結>

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