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襟裳岬〜えりも〜広尾   1998年8月

 1998年夏の北海道自転車旅行もいよいよ終盤。襟裳岬でゼニガタアザラシを見た後、東京行きのフェリーが出る広尾へ戻りました。

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 えりも町・百人浜のキャンプ場で迎える朝。昨日に引き続き、今日も快晴である。西寄りの風が少し強いようだ。
 今回の北海道自転車旅行ももうすぐ終わり。あとは広尾に戻るだけなので、時間的には余裕がある。
 7時前に出発し、7時半には再び襟裳岬に着いた。

     襟裳岬でアザラシを見る

 昨日は灯台を眺めただけだったが、襟裳岬での最大の目当ては実はアザラシである。岬の周辺にはゼニガタアザラシが生息しているらしいのだ。
 ゼニガタアザラシの名前は黒地の毛皮に浮かぶ白いリング模様が穴のあいた古銭に見えることに由来し、北海道東部沿岸で一年を通して見られるそうだ。確認された生息数は北海道全体で約500頭。そのうちの300頭がこの襟裳岬で暮らしているとのこと。しかも、襟裳岬での生息数は増加傾向にあるという。野生のアザラシにはまだお目にかかったことがないので、今度こそは、との思いは強い。

岬の下のコンブ干し場 駐車場に自転車を残し、双眼鏡を片手に岬の遊歩道を歩き出す。
 周辺の海にはコンブ漁の小舟が浮かび、岬の下の海岸ではコンブを干す作業をしている。そんな傍らを過ぎ、風に揺れるナデシコの濃いピンクの花にも目をとめ、もちろん海上や岩場にアザラシの姿を求めつつ歩くが、そう簡単に見つかるものではない。

 岬の最先端まで行くと、そこに高級な撮影機材を揃えた人たちがいた。NHKの取材スタッフで、1週間近く襟裳岬のアザラシを追っていたそうだ(そばにいた観光客のおばちゃんにそう言っていた)。すでに撤収の準備を進めていたが、沖合に続く岩礁の一番先の方に30頭ほどのアザラシが上陸していると教えてくれる。ここから数百メートルは離れているので、肉眼では全く分からない。さっそく10倍の双眼鏡で覗いてみると、これでもまだ十分ではないが、確かに黒っぽいサツマイモみたいな物体が陽射しを浴びているのが微かには分かる(ような気がする)。あれがアザラシらしいが、双眼鏡でもゴマ粒ほどの大きさにしか見えない上に、みんなじっとしていて、しかも周辺の岩と色が似ているから、まだ確かな見分けはつかない。つぶさに観察を続けた結果、ようやく岩の上を這うように動いていたり、海から上がってきたりする姿を認め、それがアザラシの群れなのだと確信できた次第である。

 岩礁の先にアザラシがいる

 あとからチャリダーが2人やってきたので、アザラシがいると教えて、双眼鏡を貸してあげる。
「あぁ、なんかいるような気がする」
「えーっ、どこにィ?」
 そんな程度の見え具合である。彼らがどこかで聞いてきた話によれば、アザラシたちは天気の悪い日にはもっと岬近くの海岸に上陸するが、晴れの日には近寄ってこないのだそうである。
 何はともあれ、一応はこの目で天然モノのアザラシを見てみたいという願いがかなった。


     風の館

 アザラシ観察を切り上げ、次に岬の「風の館」を訪れる。風速10メートル以上の風が吹く日が年間290日を超える日本有数の強風地域であることにちなんだテーマ館である。
 風に関する科学的な資料の展示から強風体験コーナー、映像展示、吹く風が不思議な音色を奏でる「風の回廊」のほか、望遠カメラで捉えた岬のアザラシの様子をリアルタイムの映像で見られるコーナーもあった。カメラの向きや倍率を自由に操作できて、数十頭のゼニガタアザラシが岩場で日光浴しているのを手に取るように観察できる。ただ、どんなにアザラシが大きくはっきり映っていても、やはり映像では感動が薄いように思われた。

     えりも市街へ

 襟裳岬をあとにしたのは11時20分。まっすぐ広尾へは戻らず、海岸沿いに西へ12キロほどのえりも市街まで行ってみる。
 岬からしばらくはまったく樹木のない、笹の生い茂る丘陵の尾根を左右に海を見ながら走る。真っ青な海と鮮やかな緑のコントラストが素晴らしいが、西風が非常に強く、道路際には「横風注意」の警戒標識が立ち、白と緑の吹流しは真横になったきりである。左へカーヴすると、今度は向かい風で、急な下り坂なのにちっともスピードが出ない。
 庶野から襟裳岬まではほぼ平坦だったのに、岬の西側は地形が険しく、道路も起伏が激しい。強風とアップダウンで、すっかり消耗してしまった。
 


     えりも

 油駒、東洋、歌露、歌別といった集落を過ぎ、庶野から日高山脈末端の峠を越えてきた国道336号線と合流したところが、えりも市街の入口。海辺にオレンジ色のユリがたくさん咲いている。
 ここでは郷土資料館「ほろいずみ」と水産の館を見学。幌泉はこの付近の旧地名である。
 それから街なかのセイコーマートの前でマウンテンバイクの女の子と会う。彼女は今日は襟裳岬のユースホステルから来たそうで、これから三石のキャンプ場まで走るといっていた。真っ黒に日焼けして、逞しいなぁ、と感心する。そういえば、旅の初めの頃に根室の落石で会った自転車の彼女はまだ北海道のどこかを走っているのだろうか。

     馬の親子

 さて、広尾へ帰ろうか。帰路は襟裳岬を通らずに庶野へ短絡する国道の山越えルートを選ぶ。広尾まで47キロである。
 ゆるやかに上ると、まもなく牧場が広がった。過去に多くの名馬を輩出した競走馬生産の名門、えりも農場で、この春、オークスを制したエリモエクセルもこの牧場の出身である。
 さすがに敷地は広大で、道路の両側に延々と牧草地が続き、厩舎もあちこちに点在している。近年はサラブレッドの故郷を訪ねる人々が増え、牧場の見学者が引きも切らないそうだが、ここは見学不可のようだ。

馬のいる牧場 えりも農場を過ぎても、なお牧場が続き、春に生まれたばかりの仔馬が母親に寄り添って草を食む姿があちこちで見られた。
 あの可愛い仔馬たちにとっては今が一番幸せな時である。経済動物としての彼らはやがて母親から引き離され、過酷な試練の道へと旅立っていく。そして、競走能力という一点において選別に選別を重ねられ、最後まで勝ち残ったほんの一握りの馬だけが生存を許され、残りの大部分は淘汰され消えていく。考えてみれば、残酷な話ではある。

     追分峠

 前方に日高山脈の山並みが迫ってきた。末端部とはいえ、それなりにもっともらしい山容で、標高は低くても、頂には雲がかかっている。ただ、天気を崩すほどの雲ではない。
 追分峠

 緑輝く牧場地帯が尽きて、峠への本格的な上りが始まり、エッチラオッチラとペダルを踏む。暑くて、額から汗がだらだらと流れ落ちる。息も切れてくるが、思いのほか早く「追分峠」の標識が現われた。地図によれば、標高は162メートルである。
 時速50キロで峠を一気に下ると、海が見えてきた。再び零細な牧場が次々と現われ、まもなく庶野に着くが、今日は素通り。24年前、祖父もここからバスで広尾へ向かったのだ。

黄金道路     黄金道路

 昨日南下してきた30キロ余りの黄金道路を今日は北へひた走り、フンベの滝に到着。ここから約1キロは工事区間で、自転車と歩行者はトラックで搬送される。
 トラックを待つ間、滝の水を手ですくって喉を潤していると、クルマで来た観光のおばちゃんが「大変ねぇ」と感心したような、呆れたような声をかけてくれる。それから、僕の自転車をしげしげと眺め、
「新しいタイヤでもこんなに磨り減っちゃうの?」
 と訊く。なかなか鋭い。出発前に新品に交換したタイヤが、特に後輪はかなり磨り減ってきているのだ。でも、大丈夫。昨年は使い古しのタイヤのまま旅に出たので、途中で後輪のタイヤがダメになり、交換するはめになったが、今回はまだそこまでひどくはない。最後までこのままで持ちそうだ。

 まもなくトラックがマウンテンバイクの青年2人を乗せてやってきた。運転手はてっきり昨日のおじさんだろうと思って、挨拶しようとしたら、違う人だった。搬送はトラック2台体制でやっているそうだから、昨日のおじさんはもう一台に乗っているのだろう。
 とにかく、また自転車ごとトラックで運ばれ、工事区間を過ぎたところで行き違ったトラックに見覚えのある横顔がちらりと見えた。

     広尾

 広尾に着いたのは16時15分。いよいよ旅の終着点である。何か虚脱感のようなものを感じながら、街のなかをゆっくり走る。
 今日の宿泊地は広尾の街の北側にあるシーサイドパーク広尾という遊園地に隣接した林間のキャンプ場。利用料は200円。砂利混じりの土のサイトで、設備も炊事場とトイレがある程度だが、トイレは立派で、足を踏み入れるとクラシックが盛大に流れ始めた。
 テントを張り終え、ふと天を仰ぐと、快晴だったはずの空にモクモクと雲が湧いていた。雲の下面は灰色を帯び、上方は夕陽に染まり、頂上はまだ真っ白に輝いている。雲を眺めるのは好きだが、首が痛くなるので長くは続かない。

 あたりがだいぶ薄暗くなる頃、食事に出かけた。やまだ食堂という店を見つけ、700円の焼き魚定食を注文。魚は時鮭である。
 隣のテーブルには旅の父子2人連れがやってきた。兵庫県の姫路からだそうだ。父親は学生時代に北海道を旅行して大自然に感動し、その感動を息子にも体験させたいと今回の旅を思い立ったとのこと。クルマの中で寝泊りしながら道内を回っていて、今日は「クッチャロ湖」(屈斜路湖か?)から来たという。料理を待ちながら僕が父親と話をしている間、小学生の男の子は黙々とマンガ雑誌を読み耽っていた。
 セブンイレブンに寄って、キャンプ場に帰ろうとしたら、細かい雨が降り出した。大したことはなさそうだが。
 今日の走行距離は90.7キロ。明日の夜はもう船の上だ。


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