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 房総半島のローカル線を訪ねて 1997年6月7日


     東京湾横断フェリー

 川崎・浮島港6時30分発のマリンエキスプレス木更津行きフェリー「オーロラ」に愛車と一緒に乗り込む。木更津までの往復切符は自転車込みで2,590円。
 朝の東京湾は意外に風が冷たいが、65分間の航海の大半を甲板上で過ごす。航行する船舶の数が多いので、飽きることがない。半年後にはこのフェリーの仕事を奪うことになる東京湾横断道路(アクアライン)もほぼ完成した姿を海上に現わしている。

     木更津〜牛久

 7時35分に木更津に到着し、ここからは国道409号線を内陸部へと走る。2年前の夏に初めて自転車で旅に出た時、走った道である。前回は真夏の炎天下でかなりきつかった印象があるが、2度目だとすでに馴染みの道という感じである。途中、養鶏場の前にある卵の自動販売機に目を留めたり、競走馬の育成牧場である大東牧場(あのライスシャワーもいたことがある)への坂を上って馬を見てくる余裕もある。

     小湊鉄道に沿って

 丘陵地帯を抜けて、市原市の小湊鉄道上総牛久駅前には9時15分に着いた。ここからはこのローカル線に沿って房総半島の奥地へと分け入っていく。
 牛久の街を抜け、美しい緑の田園に浮かぶ孤島のような上総川間駅を過ぎ、9時35分には上総鶴舞駅までやってきた。
 

 この駅は昔ながらのひなびたローカル線の風情を今に伝えており、なんとも言えない雰囲気がある。赤茶色の瓦屋根の木造駅舎。草がはえた広い構内。ずっと昔から時間の流れが止まっているかのような、まるで全体がひとつの骨董品みたいな駅である。駅事務室をのぞくと、おばさんがひとりぽつんと座って、うつらうつらしていた。

 前回はここから大多喜方面へ向かったが、今日はさらに線路に付き合って養老渓谷をめざす。
 緑の丘の狭間を赤茶けた細い線路や蛇行する養老川と絡み合うように続く県道を緩やかに上っていく。

 里見駅前は10時過ぎ。ここも駅舎は鶴舞駅と似た造りだが、ちゃんと制服姿の駅員がいる。折しも、上総中野行きのクリーム色と朱色のディーゼルカーが緑の中から姿を現わした。わずかな乗降があり、運転士が駅員とタブレットを交換すると、ディーゼルカーはエンジンを唸らせて、緑の中へ消えていった。僕もまた列車のあとを追うように走り出す。

     養老温泉

 だいぶ山が深まって、養老渓谷駅前には10時50分に到着。ここもこじんまりとした駅舎で、切妻屋根の下にスズメが巣を作っている。
 駅前からは渓谷散策のハイキングコースがあり、行楽客の姿もちらほら。しかし、僕は少し休憩しただけで、さらに自転車を走らせる。
 上総中野へ向かう小湊鉄道の踏切を渡り、さらに2キロほど行くと、渓谷沿いに養老温泉がある。ちょうど市原市と大多喜町の境界あたり。この辺が養老渓谷観光の中心のようだ。旅館が立ち並び、どこも昼食付きの日帰り入浴ができるようだ。
 とりあえず渓谷の眺めと涼しげな水音を楽しみ、それから老舗らしい養老館に自転車をとめる。
 フロントで昼食メニューから奮発して鰻重を注文し、1,500円プラス入浴料700円を払い、仲居さんに日帰り客用の広間に案内される。まだ昼前ということで、館内は閑散として、ほかに客はいないようだった。
 お茶でひと息ついて、まずは温泉へ。お湯はコーラみたいな色をしているが、湯加減もちょうどよく、自転車でひたすら走った後だけに心身ともにリフレッシュ。仲居さんの話だと、このあたりは大昔は海であり、堆積した海藻類が成分に含まれているため、こんな色のお湯なのだとか。
 さっぱりした気分でほかに誰もいない広間に戻り、運ばれてきた鰻重をあっという間に平らげ(こういう状況では何を食べても味わうというよりかき込むという感じになってしまうものだ)、それから複雑な造りの館内で道に迷いながら、なんとか外に出てきた。

     房総の山の中を行く

 12時20分に養老温泉を出発。
 地図を見ると、ここからもう少し南へ行って右折すれば、上総亀山に出られるから、そこからは木更津までひたすらJR久留里線に沿って行けばよい。亀山までは山また山のコースだが、なんとかなるだろう。
 というわけで、さらに道なりに上っていくと、地図にはない新しいトンネルがあり、これを抜けて下ると大田代で、ここを右へ折れる。養老渓谷にかかる橋を渡り、再び長い上り坂が始まる。これから越えようとするのは房総半島を南北に走る標高200〜300メートル級の山々であるが、やはりそれなりにきつい。
 お尻を浮かせてエッチラオッチラ上っていくと、緑の中に小さなトンネルが現われ、これをくぐって急カーブを勢いよく下っていくと、山あいに開けた筒森集落。ここからまた上っていく。鬱蒼とした山林の中に再びトンネル。これを抜けると、大多喜町から君津市に入る。市原市と同じように君津市も臨海工業都市のイメージが強いけれど、実際には房総半島の山深くにまで市域を広げているのである。
 トンネルを抜けてすぐの黄和田畑は高原風に開けた土地で、ここから南へ見送る山道を15キロも行けば天津小湊で外房の海に出るが、僕は西へ向かう。

     上総亀山

 道端に咲くタチアオイの赤い花を見ながら山間を縫うように小さな集落を結んで走っていくと、やがて亀山。時刻は13時20分。
 集落の中に久留里線の終点・上総亀山駅がある。起点の木更津から32.2キロ。典型的な田舎の終着駅といった風情で、小さな木造駅舎の旧字体で書かれた表札もいい感じだ。朱色のディーゼルカーがぽつんと停車している。
 線路の先端を見にいくと、車止め付近はレールが赤く錆びつき、砂利もまばらで、雑草が生えていた。

     久留里

 その上総亀山駅をあとに線路に寄り添うようにして木更津をめざす。久留里線に乗ったことはないから、汽車旅好きとしては初めての路線に乗車するような気分でもある。
 小櫃川の流れと久留里線の線路を左に見ながらアップダウンの多い山裾の道を北へ10キロほど行くと、久留里の町に着く。ここは城下町であると同時に水の町でもあり、あちこちに井戸があって、こんこんと清水が湧いている。ポリタンクやペットボトルに水を汲んでいく人も多い。なかなか味わいのある町だが、今回は冷たい噴泉で手や顔を洗い、喉を潤しただけで、また走り出す。

     再び東京湾を渡って

 だんだん周囲が開けてきて、東横田でけさ走った国道409号線に合流。ここからはもう10キロ走れば木更津である。
 結局、木更津港には15時半に着き、16時発の川崎行きに乗る。船は朝と同じ「オーロラ」だった。帰りも行楽客で賑わう甲板上で過ごすが、この航路を利用するのもこれが最後かと思うと、少し寂しい。それは単なるノスタルジーではなくて、東京湾横断道路は自動車専用なので、フェリーがなくなると気軽に房総半島へ自転車で出かけられなくなってしまうのだ。複雑な思いで、西日に輝く完成間近の横断道路を眺めた。
 川崎・浮島港には17時05分に着き、家には18時50分帰着。今日の走行距離は154.9キロ。

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