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夏の五つの小さな旅 2004 VOL.3

   烏山線と鹿島臨海鉄道

 8月28日、土曜日。「青春18きっぷ」の有効期間は9月10日までで、まだ3日分残っている。現在、台風16号が西日本に接近中で、関東も雨の予報だったが、朝起きると曇りだった。というわけで、第3回目の小旅行。行き先はまだはっきりしない。
 家を出た時点では常磐線で出かけて、廃止が決定的とされる茨城県の日立電鉄に乗り、水戸から鹿島臨海鉄道を通って千葉回りで帰ってこようと考えていた。あるいは木更津へ行って、房総半島の山あいに分け入る久留里線に乗ってみようかとも考えた。
 新宿で切符に日付スタンプを捺してもらい、山手線外回りホームに上がったところで、久留里線の案が消え、常磐線に乗るつもりで上野駅に着いたのだが、発車案内板で常磐線の列車より先に東北本線の快速宇都宮行きがあることを知り、急に気が変わった。

     宇都宮

 上野9時45分発の快速「ラビット」で1116分に宇都宮着。これから烏山線に乗ってこようと思う。もちろん、初めて乗る路線である。
 烏山線は宇都宮から2つ目の宝積寺を起点とする20.4キロの路線で、1時間に1本の割合で列車がある。宝積寺1135分発には間に合わないので、その次は1235分発だ。
 少し時間があるので、最近、宇都宮の名物になっている餃子を食べに行く。まず駅東口にある大谷石でできた「餃子の像」を見て、それから西口駅前の宇都宮餃子館という店に入った。有名無名タレントの色紙が壁にたくさん貼ってある。
「モノマネという芸は人生そのものだ」
 というプリティ長嶋の色紙の前で餃子定食を食べる。

 宇都宮1151分発に乗るはずが乗り遅れて1211分発の黒磯行きに乗る。駅のホームには昔ながらの駅弁立ち売りが健在。宇都宮駅は駅弁発祥の地でもある。心を惹かれるが、餃子を食べたばかりなので、もちろん買わない。それにロングシートの各駅停車では雰囲気も出ない。

     烏山線

 とにかく、1221分に宝積寺駅に着いて、烏山線のディーゼルカーに乗り換え。待っていたのはキハ40型ディーゼルカーの2両連結。車内は端から端までの超ロングシートで、乗客はまばら。先日の只見線と違って冷房が付いている。
 1235分に発車した列車は東北線と分かれて、黄金色に色づいた田園風景の中を行く。いかにもローカル線らしいのどかな風景。
 1両目に乗ったので乗務員室が見えるのだが、新人の見習い運転士なのか、ベテランの指導員が2人ついている。若い運転士は安全マニュアル通りに声を出して確認しながら、きびきびとひとつひとつの操作を行っている。指導員はそれを逐一チェックして、何やらシートに書き込んでいる。
 途中の大金駅で上り列車と行き違い。
 「JR烏山線を利用して電化を実現しよう!」という地元自治体の看板が立っている。「乗って残そう××線」という看板は過疎ローカル線でよく見かけるが、こちらはもっと積極的だ。
 栗の木が多い丘陵地帯をトンネルで抜けて、列車は滝という駅に着く。東北線で相席だった「青春18きっぷ」の熟年夫婦がここで降りていった。近くに龍門の滝というのがあるのだ。
 列車が動き出すと、すぐに右車窓にその滝がある。線路は滝の上流側の高い所を通っているので、滝そのものを列車から眺めることはできないが、そこで川の水が崖下に落下しているのは分かる。下流側からは滝と列車を同時に写せる撮影名所でもある。
 まもなく、町並みが広がって城下町・烏山に1309分着。折り返しの発車は1337分だから28分ある。駅の周辺をちょっと散歩するにはちょうどよい。駅前にはタクシー会社やJRバスのターミナルがあり、終点駅にふさわしい雰囲気。
 青い瓦屋根の昔ながらの木造駅舎で、線路は2本あり、相対式のホームがある。ただし、使われているのは駅舎側の1番線だけ。線路は駅の先で再び1本に合流し、夏草に埋もれながら続き、突き当たる道路の手前の車止めで終わっている。しかし、その道路の向こう側にも路盤らしきものが続いているから、あるいは当初は烏山からさらに先まで建設する計画があったのかもしれない。今となっては烏山線の電化以上に実現の見込みは薄いだろうけれど。

 さて、烏山からは真岡鉄道(旧国鉄真岡線)の終点茂木までさほど遠くないはず(あとで調べたら国道で17キロほどの距離)。もし路線バスでもあれば茂木から真岡鉄道で下館へ抜けよう、とも考えていたのだが、茂木方面行きのバスはないようなので、やはり1337分発の列車で折り返す。
 帰路になって気がついたのだが、烏山線には起点の宝積寺以外に七つの駅があり、それぞれに七福神が割り当てられているようだ。たとえば、烏山が弁財天、大金が大黒天など。おそらく、起点が宝積寺(宝の積もる寺)だったり、途中に大金駅があったりと縁起の良さそうなイメージから「烏山線に乗って七福神めぐり」という乗客誘致作戦を考えついたのだろう。

 列車は宝積寺から東北線に乗り入れて宇都宮には1432分着。次の目的は茨城県の水戸と鹿島神宮を結ぶ鹿島臨海鉄道。宇都宮1440分発で小山に1506分着。水戸線の1512分発に乗り換えと慌しい。
 小山を発車すると一時的に車内灯が消えて直流電化区間から交流電化区間に入り、20分余り行くと左右から真岡鉄道と関東鉄道が合流して下館に着く。まだ乗ったことのない真岡鉄道はいずれ訪ねてみよう。この路線にはSL列車も走っている。
 列車が笠間を過ぎて、まもなく並行する道路沿いにセイコーマートがあった。北海道のコンビニエンスストアで、広い北海道を自転車で旅する者にとってはオアシスのように有り難い存在である。そのセイコーマートが北海道以外ではなぜか茨城県にだけ(?)あるのだ。北海道が恋しくなった。
 友部から常磐線に直通して水戸には3分遅れの1636分着。

     鹿島臨海鉄道

 水戸から次の鹿島神宮行きは1704分発。鹿島臨海鉄道はJR路線ではなく、「青春18きっぷ」では乗れないので、鹿島神宮までの乗車券を買う。1,530円だったが、実はこれでは180円払い過ぎだった。
 鹿島臨海鉄道の列車は終点の鹿島神宮でJR鹿島線と接続しているわけだが、鹿島臨海鉄道とJR東日本の境界は鹿島神宮駅ではないのだ。ややこしいのだが、こういうことである。
 鹿島線は国鉄時代の昭和45年に総武本線の香取から鹿島神宮まで開業した。しかし、この路線は最終的に水戸をめざしており、この時も鹿島神宮からさらに3.2キロ先の北鹿島まで線路(この区間は貨物線の扱いだった)が建設された。
 一方、鹿島臨海鉄道も同じ年に鹿島臨海工業地帯と鹿島線を結ぶ貨物鉄道として開業し、北鹿島で鹿島線に接続した。この区間はいまも貨物専用線として健在で、鹿島臨港線と呼ばれている。
 その後、北鹿島〜水戸間の線路も完成したが、その経営は国鉄ではなく、鹿島臨海鉄道が引き受け、昭和60年に鹿島臨海鉄道大洗鹿島線として旅客営業が始まった。その結果、北鹿島駅が国鉄(民営化後はJR東日本)と鹿島臨海鉄道の境界駅となったのである。しかし、北鹿島は貨物駅のため旅客列車は停まらず、水戸からの列車はすべて鹿島神宮まで乗り入れ、一方、鹿島線の列車も鹿島神宮折り返しのままだった。つまり、鹿島神宮〜北鹿島間はJR路線なのにJR列車は走らず、他社列車が走るという妙なことになったわけだ。ちなみに、その後、北鹿島はサッカー鹿島アントラーズの本拠地の最寄りということで、旅客駅に昇格して鹿島サッカースタジアム駅に改称され、試合のある日に限り列車が停まっている。
 ということで、僕は水戸から鹿島サッカースタジアムまでの乗車券を買えばよく、そこから先は「青春18きっぷ」で乗れるのだった。JR区間分の180円を損したが、まぁ、大したことはない。

さて、2両連結の赤いディーゼルカーは定刻1704分に発車。水戸駅の構内を出ると高架線に駆け上がり、常磐線と分かれて右へカーブしていく。
 眼下に田園風景が広がり、座席もクロスシートなので車窓を眺めやすい。

 前方にマリンタワーが見えてきて、再び右に大きくカーブすると大洗駅に到着。この駅は初めてだが、大洗までなら東京から自転車で走ったことがある。大洗を出てすぐ左車窓に北海道行きフェリーがちらりと見えた。
 ずっと平地を高架橋で来た列車はここから丘陵地帯に入って南へ向かう。トンネルや切通しが多くなるが、しばらくは右車窓に注目。
 やがて右側に涸沼が広がり、線路と並行する道路が見える。東京から大洗まで自転車で走った時に通った道である。実は、初めての路線に乗ってみたいという以上に、あの道を車窓からもう一度見たいというのがこの列車に乗った動機だった。東京から真夏の炎天下を150キロ近くも走り続け、ヘトヘトになってあの坂道を登った時のことなどを思い出すと、なぜかジンとくるものがあった。
 その時、休憩のために立ち寄った涸沼駅から先は未知の区間だが、丘陵地帯が続き、時折、サツマイモ畑があったり、谷間の低地に水田があったりする。
 新鉾田を出て、しばらく北浦の水面を右に見ながら走り、あとは鹿島灘の砂丘沿いを行くが、海は見えない。わずかに「長者ヶ浜潮騒はまなす公園前」というとんでもなく長い駅名が海の近さを物語っていた。
 左手に競技場が見えてきて、鹿島サッカースタジアム駅を今日は通過し、貨物専用の鹿島臨港線を左に分岐するとJR鹿島線に入り、終点の鹿島神宮には1820分着。まもなく夜が訪れた。

 鹿島神宮からは1840分発の電車を佐原で千葉行きに乗り継ぎ、千葉で夕食をとって帰る。23時前に帰宅。
 これで烏山線、鹿島臨海鉄道と、鹿島神宮〜鹿島サッカースタジアムの1駅間だけ乗り残していた鹿島線を乗りつぶしたことになる。いったいどんな意味があるのか知らないが。

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