このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

MY FAVORITE TRAIN TRAVEL

小野田線本山支線(雀田〜長門本山間)

      

(写真左)長門本山に停車するクモハ42 2003-2

(写真右)そのクモハ42形電車の車内。木の椅子が年季を感じさせる。

 

乗車日 2003年2月

乗車区間 雀田→長門本山間

 小野田線は宇部線の居能(いのう)駅から分離し、山陽本線の小野田まで行くローカル線である。そして雀田と長門本山の間に「本山支線」が存在する。

 さて、その本山支線に、クモハ42と言う電車が走っていた。僅か1両で、のんびりと、モーターの音をうならせて走っていた。

 このクモハ42、何と1933(昭和8)年生なのである。引退したのが2003年だから、何と70年を生き抜いてきた。

 人間でも70年生きるのは大変だと言われるが、電車が70年生きるのも、凄いことである。

 

 さて、そのクモハ42も、寄る年波や修繕時の部品が底をついたことで、2003年に引退した。

 それにしても、鉄道車両の寿命は概ね20〜30年、使い方によっては違いがあるが、その倍以上を生き抜いたのもまた凄い。新幹線など10〜15年でダメになるのであるから(とはいうものの山陽新幹線の0系は20年以上使っているものもあるが)。

 雀田に着いた私は、駅に止まっているクモハ42を撮影する。

 ホームにはファンや、姿を消すと言うことで地元の家族連れが多く待っている。

 本山支線、雀田と長門本山の間は一駅のみである。

 国鉄時代、かつては宇部線でも小野田線でも、このタイプの電車は走っていた。だが近代化が進み、車両は新しく105系と呼ぶローカル用通勤電車が投入された。といっても投入されたのはもう20年以上前になるのだが。しかしこの支線用には単行運転できる電車がなく、このクモハ42が民営化後も生き残ったのである。民営化後はこの小野田線本山支線のほかは、鶴見線の大川支線にもクモハ12と言う昭和一桁生まれの電車が走っていたのだが、1996(平成8)年に引退した。

 短いホームで発車を待つ電車は、どことなく風情がある。国電、と言うより省線電車といっていい雰囲気だ。

 車内には、寄せ書きノートがあり、乗客が何か書いていた。全国から乗り収めに来ているようだった。

 

 それでも、70年も走り続けたこの車両には、本当にご苦労様と言いたい。

 今までどうもありがとう。

 

 そして今は、荷物電車改造のクモハ123形電車が、この支線を往復している。

 

 

 

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