このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

根室標津駅にて
〜1989年8月 廃線から4ヶ月後〜


学校の友人4人で行った北海道ツーリングの「フリー」の日。地図に載っていた根室標津駅に、北の果てのさみしさが漂う鉄道風景を期待して行ってみたのだが、そこには「廃線」という名の、あまりみもさみしすぎる現実が待っていた。



たった4ヶ月間で荒れ果てた構内は随分と広く、その全貌を記録するには僕の腕では不足だった。
普段なら入ることの出来ない場所に堂々と入り込み、シャッターを押したり散策したりするが、誰からもとがめられる事はなかった。



ホームの端にあった信号の制御装置。ここから細いワイヤーが信号機まで伸び、腕木式信号機を動かす。異なる色の電球を切りかえるのではなく、電球の前の色ガラスを動かすのだ。そのあまりの原始的な機構にアキレるやら関心するやら…。数十メートル分のワイヤーの重みにより、レバー操作にはかなり力を要した。それは決して錆びつきによる重みではなかった。



子供の頃、父親に「買って!」とねだった事もある転轍機を操作する。感無量!
ちなみに、おねだりの末、代わりに買ってもらったものは「プラレールのポイント」だった。



セルフタイマーをスタートさせ、大急ぎで上ったのだが間に合わず!!



夏休みの間に、どうやらこのようなイベントが開催されたらしい。



川北に向けて延々と伸びる線路。



現在、根室標津駅跡地は、完全なるサラ地になっているそうです。

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