このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
筑前の小京都と呼ばれる秋月。まめと訪れるのはちょっと場違いな感じではありますが.、さてさて、どうなる事か!? 桜の時期と紅葉の時期には、普段の数倍の観光客が訪れる有名なスポットですが、まめの事を考えて、微妙にシーズンを外して行って見ました。 (‾∇‾;) だって、あんまり人が多かったら、まめに負担になるかなーって思ってね。 当然、紅葉には早かったんですが、緑のもみじも又、オツナ物でした。 鎌倉時代の1203年に、原田(秋月)種雄がこの地を納める頃から、戦国時代までの約400年間は秋月氏の所領であったが、豊臣秀吉によって、寛永元年(1624年)に黒田長政の三男である長興が秋月藩として5万石を与えられている。 そんな歴史がある城下町です。 写真は桜の並木で有名な「杉の馬場」です。 (‾∇‾;) 桜は咲いてませんが・・・ 約500mのまっすぐな道路の両側には200本に及ぶ桜の木が並び、春にはみごとな桜のトンネルを作ります。 時には桜吹雪を起こしては多くの観光客が遠山の金さんを話題にする、(そんな人はいないか?)秋月観光のメインスポットと言える所です。 秋月藩時代には杉の大木があり、藩士・武将たちが木陰となるこの場所で馬揃えや調馬をしていたことに由来する名称であるらしいのですが・・・ 今は、家の「まめしばー」が言ってる様に、杉の木は見当たりません。 (´-ノo-`)ボソッ...家の「まめしばー」も中々、萎える一言を言ってくれます。 秋月城趾には、お城の復元等はされておらず、黒門と呼ばれる大手門が残されており、秋月の象徴と言っていい、大手門は移設されて現在は垂裕(すいよう)神社の参道に建っています。 この黒門は鎌倉時代に古処山城の城門として造られましたが、江戸時代初めに秋月城の大手門として移されました。 そして明治時代からはお宮の神門に使われるなど700年の歴史をもつ古い御門で、福岡県の文化財に指定されています。 (‾∇‾;) うーん!? まめは殿様気分の御様子です。 (´-ノo-`)ボソッ... 顔が白いから、「バカ殿」ってか?? (‾□‾;)!! あ!! まめ、おじさんの手を噛むな!! 我が家の、専属カメラマン「ブタ吉」の作品紹介です。 光と影をうまく、取り入れた絶妙の構図!!難易度が高い1枚です。 (´-ノo-`)ボソッ... 本当は、偶然の賜物では?? 石段の先はに見えるの過去か未来か? そんな想いが交差する1枚 (´-ノo-`)ボソッ... まめが露出過多では?? 古き時代にタイムスリップ。門の内側に子供達の笑い声が聞こえて来る!! (´-ノo-`)ボソッ... 題名のうろこ雲が今一、写ってませんが?? (=´▽`=)ノ なーんて感じで、撮影会を楽しんでましたよ!! 結構二人であーでもない、こーでもないって言いながら撮った写真達です。 ε= (ヽ`◇) 観光客が切れた一瞬のスキを突いて撮るの大変でした!! 秋月城跡の梅園の入り口に建つのが長屋門です。江戸時代初めに、御館奥御殿の御門として造られました。 門の両側に門番などが住む長屋が続いているのがこの門の特徴です。上の写真は、裏側から見た写真で長屋が見えます。 (‾∇‾;) まめが恐い事言ってますが、確かに「何か御用ですか」って門番が出て来てもおかしく無い雰囲気ですよね!! この長屋門も福岡県の文化財に指定されています。 秋月城趾には現在は秋月中学校が立っています。とても開放的な空間で、昭和の学校を思い出してしまいます。 (=´▽`=)ノ 映画の撮影なんかに出てきそうな感じです。 少し、季節外れの秋月でしたが、山々緑と空の青が印象的だった城下町 時代は違うけど、空の青さと緑は今も変わらないんだろーなーって思える1日でした。 (ノ゜o゜)ノ よっしゃ!! 次は3連水車見に行くぞ!! |
ご意見ご感想などは掲示板
「みんなの広場」
に書き込んで頂けると、 (=´▽`=)ノとっても嬉しいです!! オサイセン◎⌒ヾ(‾_‾。) (-人-。) パンパン 誰か書き込んでくれます様に!! 神頼み中 |
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |