このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください


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01



プーが亡くなって、無事四十九日もすぎ、どうにか、私の心の整理もついて来た様です。
仏壇と言う程では有りませんが、プーのコーナーは今でも我が家の一角に「デン」と存在している状態なのです。
当初は私の部屋にスペースを作るつもりでしたが、プーにも家族皆に会って欲しいと言う思いから、リビングと言うか台所と言った方が良い所なんでが、皆が毎日プーに会える所に、遺骨と写真を置いています。

プーの大好きだった、おやつやえん麦など、ほんの少しですが、毎日誰かが差し入れしているんですよ。
時には、いちごが乗っていたり、バナナが置いてあったり、プーには到底食べられそうにないお菓子が置いてあったりします。
お花も造花ですが、「プーには暗いお花は合わない」と当初置いてあった、それらしい花からいつのまにか、明るい花達に変わって、「やっぱりプーには、太陽いっぱいのひまわりだろー」と、等々ひまわりまで咲いてしまいました。
写真では見えませんが、お花の右にちょっと見える赤い物体は、なんといちごの実の造花なんです。
お陰で、暗いイメージは一切無いコーナーになってしまいました。
本当に、感謝です。

いつのまにか、皆が朝出かける時は、「行ってきまーす」とプーに挨拶し、帰って来たら「ただいまー」と代理プー人形を一撫でしています。
そのうち、代理プー人形の頭が黒くなってしまうのでは??と思う今日この頃です。

さて、プーの闘病生活の事を最後に書き残して置かないと思っていましたが、中々辛い作業の為に、書けませんでした。
今年の年明け10日位に、又ゲリが始まり、お尻の回りが、「あっと言う間に」化膿をおこし、うまく座る事が出来ない状態まで、悪化してしまいました。
これから、4/7まで毎週病院に通院する事になるのですが、結果としては、はっきりとした原因は究明出来ないままに亡くなってしまいました。
只、最後に火葬を行なった時に、葬儀の人が、こっそり私に教えてくれた事があります。
火葬及び、供養にあたって、プーの生前の状態や、治療方法等の概略をお話していたのですが、火葬が終わったプーの腹部は黒く変色しており、ガン細胞が腹部全域に回っていた事を裏付ける証拠がはっきり出ているとの事を教えて頂きました。
結果論でしか無いのですが、ゲリの外傷に気を取られ過ぎて、内臓の治療が出来ていなかった事になります。

ですが、私は病院の方々を恨んでいる訳ではありません。たぶん、病院の方も薄々感じていられたと思いますし、今考えれば、プーにもその徴候が出ていました。
私が、逆の立場なら、私でも多分分っていても、話さないで治療を続けるだろうと思いますし、手術でどうにかなる程の大きさでは無かった様に思えます。仮に手術を行なってもいたずらに寿命を縮めるだけの行為でしか無かったのではと思います。

さて、ここからはプーの病気の進行を箇条書きで書き進めいきますので、興味の無い方は読み飛ばして頂く事を願います。

1/10~1/26まで、化膿止めの薬と、整腸剤にて一時的には回復に向かいますが、まだ、綺麗に座れ無い為に右側を下にして横になった状態で寝ている為に右足側面の毛が少しづつ、剥げて来る症状がでてくる。

2/2 整腸剤を止めると、又ゲリをおこす為、この時より「飲むヨーグルト」を1日2回5CCづつプーに与える事を始める。
この週より、ゲリはほとんど収まり、朝の軟便も通常のブドウの房の状態に戻り、仮に踏み付けても対した汚れでは無くなりましたが、以前として、横座り状態の為、こんどはおしっこで右足側面に、床擦れの様な跡が残り始める。

2/9~2/16
上記症状の改善が無く、床擦れが悪化して行く、化膿止めの抗生物質が長期使用の為、効果薄れて来た事とプーへの負担が心配の為、一時中止を話し合い、翌週より中止を決定する

2/23~3/1 化膿止めの投薬中止の為、プーにおしめ(人間の新生児用)を付ける。おしっこによる化膿はかなり効果が有ったが、交換の時期が非常に難しく、遅れると悪化する場合もあった。
又、緩すぎると外してしまうし、強く付けると腰の部分の皮膚に負担が掛る為、最初1週間のみ付け続けたが後半の2週間は必要な時(様子見に抱いている時間帯のみ)の使用に切り替える。
短い時間であれば、お互いに負担にならず、効果的だった。

3/8 突然、右耳の先端部分の壊死が始まり、右耳の1/3程がポテトチップの様な状態となる。
左耳にも、同様の徴候が表れており、再度抗生物質の投与を始めるが、左耳の壊死も止まらない状態。難しいと医師から診断される。死を覚悟する。

3/15 左耳も壊死がおき、病院の変更をする。
これまでの状況と、治療が難しいと告知を受けた事を説明し、治らなくても良いので、少しでもプーに楽になる方法を相談する。
すでに、体重が1.5キロ程までに減ってしまっている為に、小動物用のミルクを1日50~80CCづつ与える事を始める。
自分で、食べる事をほとんどしなくなっていた為に、食事もだっこして口元まで持って行って与える状態が始まる。
お風呂も、プーに負担になる状態の為に、床擦れ用の軟膏を処方してもらい、お風呂の代わりに消毒液で化膿の進行を止める事を始める。
消毒液は乾燥も早く、それなりの効果があったが、傷がある場所はプーが痛がる。
もはや痛がる事をしたくない。時間を掛けて軟膏と乾燥用パウダーなど出来る限りの投薬を無駄としりつつ、処方してもらう。
略1週間プーとの時間に総べてを費やす生活に突入する。プーが懸命に生きようとする意志を感じ始める。
バスタオル等を大量に買い、ケージ内に簡易ベットを作り少しでも、プーの床擦れが傷まない様にと願いをかける。

3/22~3/29
状況は変わらなかった。食事もまったく食べなくなり、ミルクのみで命をつないでいる状態が続く。
覚悟を決めて、プーと一緒に寝る事を最後にしたくなり、自分のベットにプーを連れていく。
たぶん、今晩が山だと、何故か確信を抱いていた。
一言「プーもうがんばらなくていいから」と声を掛ける。もはや目を開けている事さえ、辛い状態のプーが必死に私に、にじり余って来る。
小さな口をパクパクして、何か言っているが、私には分らない。
せめて、最後に大好きなキャベツをと思い、冷蔵庫から1枚取って来る。
与えると、必死に食べはじめる。1枚を食べ終えると又、催促する。結局3枚を食べて私の横で、幸せそうに寝息をたてはじめる。
そのまま、数時間一緒に眠りにつく。
ふと、横でゴソゴソ動く気配で目がさめる。決して元気とは言いがたいが、そこには少なくとも死を感じさせる事の無いプーが居た。
「がんばらなくていいって言ったのに」と又言って、1人で泣いた。横には言う事を聞かない、ガンコ者のプーが居るだけだった。

4/7 奇跡の様な時を過ごし、プーは1週間元気だった。
最後の最後まで、私の事心配して、無理に無理を重ねたカラ元気では有ったが、カラ元気にはカラ元気で返してあげなければと、不思議と平穏な日々をプーと過ごす事ができた。
あの忘れられない夜に、ブーが言った事が気になるけど。
最後の瞬間、プーは私の膝の上で、間違い無く「行って来ます」と言った。
「さよなら」では無く「行って来ます」と言った。
行って来ますと言ったのだから、「ただいま」と帰って来る事でしょう。
私は彼の帰りを待つ事に決めた。例えどんなに哀しくとも・・・・

02

プーとのお話は今回が最後にしたいと思っています。
私に色々の事を教えてくれた、小さな親友でした。

色々な事を考えましたが、思いきって里親募集に応募して見ました。
普通にペットショップで購入も考えたのですが、どうしても後1歩が踏み出せなくて・・・

そんな時に応募した先に色々な縁を感じてしまい、
無理を承知でお願いして見ました。
あくまで私的な一方的な感情でしかないのですが、
何故か、「ただいま」と帰って来てくれる様な気がして。

本当の縁なら、又ここに登場してくれると思っています。







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