このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

八幡神社鳥居 / 守福寺宝殿


国指定重要文化財 八幡神社鳥居(はちまんじんじゃとりい) 平成19年8月27日指定 



(現地解説板に一部加筆の上、掲載)
  葦守(あしもり)八幡神社の鳥居は安芸の宮島の大鳥居と同様に、明神鳥居の柱の基部に稚児(ちご)柱を伴う両部鳥居であり、石鳥居のこの形式のものはめずらしい。花崗岩製で、高さ4.3m、柱の心々間3.4mを測り、柱が太く、低目ぎみに見える時代的特徴を示している。
 向かって右側の柱の内側に「康安元年丑幸十月二日願主神主賀陽重人(中央)、大工沙弥妙阿(右)、祝主僧頼澄(左)」の刻銘があり、1361年(南北朝時代)の造立と判明している。大工の「妙阿」は、この鳥居より十五年前に建立された鼓神社宝塔(国指定重要文化財・上高田所在)の石大工と同一人物であり注目される。
 この鳥居は、在銘の石鳥居としては最古の部類にはいり、この時代のほぼ完全な姿を伝える全国的にも貴重なものである。
(現地解説板より)

 国指定重要文化財 守福寺宝殿(しゅふくじほうでん) 昭和36年3月23日指定


鳥居の奥に位置するのが宝殿


宝殿
 写真:守福寺宝殿実測図(現地解説板より)

 この宝殿は花崗岩の石材を組立てたものである。屋根は正面を切妻、背面を寄棟風に造り、正面に簡素な方柱を立てて庇を出している。いわゆる春日造り社殿にならったもので、素朴な造りながら木造建築の細部構造を刻みだしている。向拝の石柱に「暦応元年(1338)十一月廿二日」の銘があり、南北朝時代に建てられたものであることがわかる。
 元は現在の場所の裏山に建てられていたらしく、この宝殿の前身とみられる「王子堂」と注記された祠が京都神護寺所蔵の『足守荘絵図』(1169年作成)に描かれている。
(現地解説板より)
 
現地周辺図

【所在地】
八幡神社鳥居:岡山市北区下足守
守福寺宝殿:岡山市北区下足守

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