このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

国指定史跡
旧岡山藩藩学跡

旧岡山藩藩学跡(国指定史跡)

「 所 在 地 」岡山市北区蕃山町 岡山中央中学校敷地内  「指定年月日」大正11年3月8日

 ■岡山藩藩学は、藩主池田光政が寛文9年(1669)に藩士の子弟教育のために創設した学校である。学校の敷地は、南北202.5メートル(112間半)、東西110.7メートル(61間半)もあり、南から南門(本瓦葺、薬医門)、はんち(池)、校門(入母屋造り、本瓦葺)、講堂(入母屋造り、本瓦しころ葺、建築面積120坪)、中室、食堂を一列に配して建てられ、東側に文学場5舎、西側に演武場5舎等が配置されていた。

■藩学校は、廃藩置県後の明治4年(1871)7月に閉校になり、その後、明治9年(1876)に岡山県師範学校、同44年(1911)岡山県女子師範学校が置かれ、旧建物は漸次撤去されていった。大正11年(1922)の史跡指定当時には、講堂、校門、南門、はんち等が残されていたが、昭和20年6月29日の岡山空襲により、焼失した。この池が岡山藩学跡として現存する唯一の遺構である。平成16年・18年・19年に一部発掘調査が実施され、開学期の遺構等が検出されている。
(現地説明板より)

<この池が岡山藩学跡として現存する唯一の遺構>
 岡山中央中学校の校庭の南西隅に残る半円形の池で、当時の面影を今に伝えている。
 池は支那の学制を基として各藩の学校の講堂前に半円形に造られたものであるが、我が国ではこれが完全に残っている唯一のもである。


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